プレスリリース

量子スピン液体のデカップリング現象の発見~極低温・強磁場でスピンが格子から孤立する~

 

 物質・材料研究機構(以下、NIMS)は東京大学と共同で、磁性体の新奇な磁気状態として注目されている量子スピン液体状態において、電子スピン系と格子系の相互作用が極めて弱くなり、スピンが格子から孤立してしまう「スピン-格子デカップリング現象」を世界で初めて観測しました。

 水を冷やすと氷になるように、一般的に物質の温度を下げると、原子や分子は整列して安定な状態(秩序のある状態)へと転移します。その例外である量子スピン液体は、電子のスピンが極低温でさえ整列せずにふらふらしている不思議な状態です。理論的には量子スピン液体状態では、スピノンと呼ばれる特異な粒子が物質内部を自由に動き回り、そのために、様々な興味深い物理現象を引き起こすと考えられています。実際に、量子スピン液体になる有機物質 k-(BEDT-TTF)2Cu2(CN)は、電気を全く流さない(電子は動けない)絶縁体であるにもかかわらず、比熱や磁化率の実験結果は、物質内部をスピンが自由に動き回っていること示しています。その一方で、熱伝導率の実験は、スピンがまったく動けないかのような結果を示しており、この相違は長年の謎でした。

 本研究において、上記共同研究グループは、k-(BEDT-TTF)2Cu2(CN)の純良単結晶を育成し、0.1ケルビンという極低温、17テスラという高磁場領域まで、磁気熱量効果を精密に測定しました。その結果、極低温・磁場中において、電子スピン系から格子系へ、熱が急激に流れなくなることを発見しました。これは、量子スピン液体状態において、電子スピン系と格子系の相互作用が極めて弱くなる、すなわち、スピンが格子から孤立して、エネルギーをやり取りできなくなる現象、「スピン-格子デカップリング現象」が生じていることを意味しています。この結果は、長年未解決であった、量子スピン液体になる有機物質の比熱、磁化率、および熱伝導率といった性質の間に見られる相違点に統一的な解釈を与えるものです。

 本研究で発見した「スピン-格子デカップリング現象」は、現象自体も非常に興味深く、今後、デカップリング現象の全容を解明することによって、新たな磁気冷凍技術の確立や、磁場によりON/OFFできる熱伝導フィルターなどの応用への可能性も開けると期待できます。

 本研究は、国立研究開発法人物質・材料研究機構の磯野貴之(NIMSポスドク研究員)と宇治進也(機能性材料研究拠点、副拠点長)らの研究グループ、および国立大学法人東京大学大学院工学系研究科の鹿野田一司 教授らの研究グループの共同で行われました。

 本研究成果は、英国科学誌Nature Communicationsのオンライン版に平成30年4月17日発行号に掲載されました。

 

 

 

プレスリリース本文:PDFファイル

Nature Communications:https://www.nature.com/articles/s41467-018-04005-1

国立研究開発法人物質・材料研究機構 (NIMS) : http://www.nims.go.jp/news/press/2018/04/201804230.html