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メタバースに人の動きを組み込む超薄型、高信頼モーションセンサ

 

[発表のポイント]
1.厚さわずか5 µmの超薄型シリコンを用いた曲げセンサを開発し、センサ信号が長時間安定して動作した。
2.超薄型シリコンセンサは、接着剤を使わずに超薄型プラスチック基板と接着/配線されています。
3.接着剤がないため、超薄型でドリフトを生じる機械特性を軽減することに成功しました。

 

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[概要]

東京大学大学院工学系研究科の高松誠一准教授(現ニューヨーク州立大学ビンガムトン校教授)、伊藤寿浩教授、と、理化学研究所 福田憲二郎専任研究員らによる研究グループは、新しい高感度かつ高信頼の特性をもつ人間のモーショントラッキングセンサを開発しました。

今後活用が進むメタバース分野においては、人間のモーショントラッキング技術の高精度化と高信頼性化が極めて重要です。人の動きをバーチャル空間に投影するには、全身の動きから微細な手のジェスチャーまで、さまざまな種類のモーショントラッキングセンサが必要となります。これらのモーショントラッキングにおいて、高感度な曲げセンサは極めて重要な役割を果たします。なぜなら、人体の多くの動きが関節の曲げ動作に基づいているからです。しかし、柔軟でありながら長期的に安定した性能を持つ曲げセンサの開発は困難でした。従来センサではセンサ自体に伸縮特性を有するゴムが使用されたりやセンサと外部配線の接続に接着剤が使用されています。これらのポリマー材料は、高引張下で材料内部で滑りが生じるため、センサ信号にドリフトが生じることが知られています。

本研究では、5µm厚の極薄薄膜シリコン曲げセンサ、2µm厚の極薄配線基板を無接着剤接合技術を用いて接続する事で、長期的な動作不良の原因となる機械的特性、粘弾性特性を軽減し、高感度で高い信頼性を持つモーションセンサの実現に成功しました。今回の成果は、今後人のモーショントラッキング装置の軽量化や高信頼性化、ロボットのモーションコントロール技術の小型化など、さまざまなモーショントラッキング技術の高信頼性化に貢献することが期待されます。

本研究成果は、2025年1月24日に米国科学誌「Devices」のオンライン版に掲載されました。

 

[発表内容]

メタバース分野は、次世代産業の1つとして社会的に注目されています。メタバース分野の発展には、手の握る事や足を曲げる等の身体動作をメタバース空間に投影し、人間に仮想空間への没入感を与える事が重要です。特に多くの関節を有し様々な動作をつかさどる手・指のモーショントラッキングは特に需要の高い要素です。関節運動から成る実際の身体の曲げ動作を違和感なく高精度にメタバース空間に投影するために、手や指のモーショントラッキングには、小型で高信頼性の曲げセンサが必要とされてきました。しかし現在の曲げセンサでは、指を動かしている間に感度や変化するドリフトが発生することが問題となっていました。これは曲げセンサとして一般的に伸縮特性のあるゴムやシリコン材料が使用される点、センサと外部配線の接続に接着剤が使われている点に起因します。これらのポリマー材料は、粘弾性をもち同じ引張力を印加し続けると材料内で分子のずれが生じ、センサ信号に時間依存性のドリフトが発生する課題がありました。

そこで我々は、これらの課題を解決するために、以下の超薄型高信頼性曲げセンサ技術を開発しました:

 

“超薄型シリコンによるひずみ抵抗式曲げセンサ”:ドリフトのないセンサとして、厚さ5 µmの超薄型シリコン曲げセンサを開発しました。

 

“水蒸気プラズマを使った直接結合技術”:この超薄型シリコンセンサは、厚さ2 µmのパリレン基板に作製した金(Au)の外部配線上に実装されています。センサと金配線の接合には、水蒸気プラズマを用いた無接着剤接合法を使用し、原子レベルの直接接合による低接触抵抗でセンサを実装しました。

 

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図1:水蒸気プラズマ処理を用いたセンサと外部金配線の接合断面図(論文より転載)

 

“長期安定した耐久性”:従来技術では千回程度の安定性しかなかったが、本センサは10,000回の曲げサイクル後でも目立ったドリフトや劣化が見られず、高い信頼性と安定性を有している。

 

 

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図2:センサ信号のドリフトと10000回の耐久試験(論文より転載)

 

指の模型の関節部に、作製した超薄型高信頼性曲げセンサと従来の接着剤を用いて実装した曲げセンサを貼り付け、得られたセンサ信号を基に仮想空間上の指の曲げを投影しました。そして時間経過と共にどのようにセンサ信号がドリフトするか測定するかと共に仮想空間上の指の曲げ変化を観察しました。その結果、指を一度曲げ、伸ばした状態で模型を保持すると、従来曲げセンサの場合は伸ばして数分以内に材料由来のドリフトの影響でセンサ信号が変動し、仮想上の指の曲げ角と現実の曲げ角が一致しません。一方で本センサは、センサ信号が一定であり現実空間の指の曲げを仮想空間に高精度に投影する事が可能です。

 

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図3:メタバースへのセンサの適応(論文より転載)

(A)従来のセンサによるドリフトの様子、 (b) 本センサによる安定した信号。

 

[今後の展望]

センサ信号のドリフトが非常に少なく、機械的耐久性の高い本曲げセンサは、人間の曲げ動作を高精度かつ高信頼にメタバース空間に投影する事が可能です。したがって、今後メタバース分野等の新たな産業に使われる人間のモーショントラッキング装置の軽量化や高信頼性化、ロボットのモーションコントロール技術の小型化など、さまざまなモーショントラッキング技術の高信頼性化に貢献することが期待されます。

 

[発表者・研究者等情報]

東京大学 大学院工学系研究科

高松 誠一 研究当時:准教授

           現在:ニューヨーク州立大学ビンガムトン校 教授

高桑 聖仁 助教

山本 道貴 助教

富田 直人 博士後期課程 学生

劉 浩 博士後期課程 学生

横田 知之 准教授

染谷 隆夫 教授

伊藤 寿浩 教授

 

理化学研究所

福田 憲二郎 専任研究員

 

産業技術総合研究所

小林 健 主任研究員

 

[論文情報]

雑誌名:Device

題 名:Flexible no-drift data glove using ultrathin silicon for the metaverse

著者名:Seiichi Takamatsu, Masahito Takakuwa, Kenjiro Fukuda, Michitaka Yamamoto, Naoto Tomita, Hao Liu, Takeshi Kobayashi, Tomoyuki Yokota, Takao Someya, Toshihiro Itoh

DOI: 10.1016/j.device.2024.100686

URL: https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S2666998624006434

 

 

本センサを用いたVRデータグローブへの応用デモンストレーション 

 

 

直接接合(本研究)と接着剤接続のセンサ信号のドリフト比較