発表のポイント
◆ 腸管表面の細菌叢に関連する生体試料を採取するための、格納可能なブラシを備えた磁気駆動型カプセルを開発しました。
◆ 外部の永久磁石を用いることで、カプセルを腸壁に保持したまま内部のブラシを動作させ、局所的なサンプリングを行うことが可能になります。このサンプリング機能は、摘出したブタの小腸を用いて実証されました。
◆ 採取されたサンプルは、細菌DNAの抽出およびその後の生物学的解析に問題なく使用され、カプセルを用いた腸管表面のサンプリングの実現可能性が実証されました。
磁気駆動カプセルの動作概念および構造
概要
東京大学大学院工学系研究科の新井 史人 教授と戴 玉国 特任研究員らによる研究グループは、腸管表面から生体試料を採取するための、磁気駆動カプセル(注1)を開発しました。消化管を対象としたカプセル技術の研究はこれまでも行われてきましたが、腸管から試料を採取することに焦点を当てた研究は、組織生検や腸液・管腔内容物の採取を目的とするものが主でした。今回開発されたカプセルには、出し入れ可能な柔軟なブラシと、内部に永久磁石が組み込まれています。外部の永久磁石をロボットマニピュレータで操作することで、カプセルを腸管表面に保持・密着させた状態で内部のブラシを動かし、試料を採取することができます。採取後は、ブラシをカプセル内に収納することが可能です。
本研究グループは、摘出したブタ小腸を用いて、サンプリング能力の評価を行いました。このカプセルは腸管表面関連サンプル(注2)の採取に成功し、採取されたサンプルはその後の生物学的解析に供されました。また、採取したサンプルから細菌DNAを抽出し、PCRおよび16S rRNA遺伝子シーケンシング(注3)を行った結果、採取された試料がその後の生物学的解析に利用可能であることが確認されました。
本研究は、カプセルを用いた腸管表面のサンプル採取の実現可能性を実証し、腸管表面から生体情報を取得するための新たなアプローチを提示するものです。この技術のさらなる発展は、局所的な腸管環境のより詳細な調査を支援し、カプセルを用いた消化管サンプル採取の応用範囲を拡大する可能性があります。
本研究成果は、2026年9月29日付で、学術出版社Cell Press(セル・プレス)が創刊した「Device(デバイス)」のオンライン版で公開されました。
発表内容
〈研究の背景〉
腸内環境には多様な微生物群集が存在しますが、それらは消化管全体に均一に分布しているわけではありません。特に、腸管表面に関連する微生物は、腸管内腔に存在する微生物とは異なる場合があります。腸管表面は宿主と細菌叢との相互作用における重要な界面であるため、この領域から採取されたサンプルには、局所的な腸内環境を研究する上で貴重な生物学的情報が含まれています。
消化管から生体試料を採取する手法として、カプセル型サンプリング技術への関心が高まっています。既存のシステムは、組織生検や腸液・管腔内容物の採取といった用途向けに開発されてきました。しかし、カプセルを用いたサンプリング手法の多くは、主に組織内部あるいは管腔内の物質を対象としており、腸管表面から直接的かつ能動的に試料を採取することに焦点を当てた研究はほとんどありませんでした。
このような背景から、本研究グループは腸管表面から直接的に試料を採取するための磁気駆動型のカプセルを開発しました。このカプセルは、格納可能なブラシを用いて腸壁に接触し、ブラシを回転することで腸管表面に付着したサンプルを採取することができます。採取されたサンプルはその後の生物学的解析に利用可能であり、腸管表面に関連する生物学的情報を取得するための新たな手法となる可能性があります。
〈研究の内容〉
本研究では、腸管表面からサンプルを採取するために特別に設計された、磁気駆動型カプセルを開発しました。このカプセルは、柔軟なブラシ構造、スクリュー機構、および2つの内部永久磁石を内蔵しています。カプセルの位置は、ロボットマニピュレータの手先に固定された永久磁石(外部磁石)の位置と姿勢を制御し、外部磁場を変化させることで、遠隔操作することが可能です。回転モード(図1a)では、外部磁石の回転によってカプセルが回転運動を行い、腸管表面に沿って位置を調整できます。並進モード(図1b)では、外部磁石を移動させることで磁気的な吸引力が発生し、カプセルを目的の位置へと引き寄せることができます。

図1:磁気駆動カプセルの位置制御の概念
(a) 回転モードによるカプセル位置の制御、 (b) 並進モードによるカプセル位置の制御。
サンプリング時には、2つの外部磁石を用います。一方の外部磁石でカプセルを腸管壁面付近に保持し、もう一方で内部のサンプリング用磁石を駆動します(図2a)。サンプリング用磁石の回転はねじ機構によって軸方向の動きに変換され、これによりブラシがカプセルの内側から外側に伸長して腸管壁面に接触します。柔軟なブラシは組織との接触時に変形し、表面に付着した物質を採取します。採取後、回転を逆転させることでブラシはカプセル内に引き込まれ、採取したサンプルが保持されます。

図2:磁気駆動カプセルによる採取概念と細菌叢解析結果
(a) ロボットマニピュレータを用いたカプセルサンプリングの概念図、 (b) カプセルによる小腸表面からのサンプリング過程 、(c) 採取試料の細菌叢解析結果。
摘出したブタ小腸を用い、このサンプリング機構の実現可能性を評価しました(図2b)。露出させた腸管表面にカプセルを配置した後、磁気駆動によってブラシを伸展させ、組織表面に接触させて生体試料を採取しました。実験の結果、異なるブラシ構造を用いても生体試料を採取できることが確認され、カプセルを用いた腸管表面サンプリングの実現可能性が実証されました。
さらに、採取されたサンプルについて、その後の生物学的解析への利用が可能かどうかを評価しました。本カプセルを用いて採取したサンプルは、DNA抽出および16S rRNAのPCR増幅に適したものでした(図2c)。続いて、採取サンプルから抽出したDNAを用いて16S rRNA遺伝子の塩基配列解析を行いました。これらの結果は、提案されたカプセルが、その後の生物学的解析に利用可能な腸管表面由来のサンプルを採取でき、局所的な腸管環境に関連する生物学的情報を調査するための新たな手法となり得るものであることを示しました。
〈今後の展望〉
本研究は、磁気駆動型カプセルを用いて、生物学的解析に供する腸管表面由来のサンプルを採取することの実現可能性を実証するものです。提案された手法は、これまであまり注目されてこなかった、腸管表面での直接サンプリングに対して、磁気駆動によるカプセルの非接触操作をベースとした新たな戦略を提供するものです。本技術は、腸管表面由来のサンプルの直接採取を可能にすることで、腸管の局所環境に関するさらなる生物学的情報の取得につながり、消化管の健康や宿主と細菌叢の相互作用に関する今後の研究に貢献することが期待されます。
発表者・研究者等情報
東京大学大学院工学系研究科
新井 史人 教授
戴 玉国(Dai Yuguo) 特任研究員
論文情報
雑誌名:Device
題 名:Magnetically Actuated Brush-Structured Capsule for Intestinal Surface Sampling
著者名:Yuguo Dai, Shuzhang Liang, Hao Mo, Huaiyi Zhang, Kenta Yamamoto, Hiroki Kawashima, Fumihito Arai*
DOI:10.1016/j.device.2026.101304
URL:https://doi.org/10.1016/j.device.2026.101304
研究助成
本研究は、JST ムーンショット型研究開発事業(グラント番号:JPMJMS2214-01)の支援を受けたものです。
用語解説
(注 1)磁気駆動カプセル
外部磁場を用いて非接触で遠隔操作し、機械的に作動させることが可能なカプセル型デバイス。
(注 2)腸管表面関連サンプル
腸管表面またはその近傍から採取された生物学的材料(細菌叢や、局所的な腸管環境に関連するその他の生物学的構成要素を含む)。
(注 3)16S rRNA遺伝子シーケンシング
細菌の16SリボソームRNA遺伝子の塩基配列情報に基づき、細菌群集を解析するために一般的に用いられる手法。
プレスリリース本文:PDFファイル
Device:https://doi.org/10.1016/j.device.2026.101304

