【研究成果のポイント】
◆ 下水中のウイルス量と比較することで、検査数が減少すると実際の感染者数が過小に把握され、見逃された感染が増えている可能性を明らかに。
◆ 臨床検査データだけでは捉えにくい感染拡大や医療関連感染(院内感染)の兆候が、「下水サーベイランス」によって把握できることから、検査体制が縮小した状況でも地域全体の感染動向を調べる既存の監視手法を補完する有効な手段となることに期待。
◆ 本研究は、「検査数の変化が感染状況の見え方を大きく左右する」ことを実証的に示し、今後の感染症監視体制の設計に重要性を示した。
概要
大阪大学感染症総合教育研究拠点の村上道夫教授、北海道大学病院感染制御部(当時)・ソフィア北円山クリニックの石黒信久博士、札幌市下水道河川局事業推進部の石田睦課長(水質管理担当)、東京大学大学院工学系研究科附属水環境工学研究センターの北島正章特任教授(感染症総合教育研究拠点連携研究員)らの研究グループは、札幌市の下水中の新型コロナウイルスRNA濃度と、北海道大学病院内で報告された感染者数や検査数の関係を解析することで、病院内の報告感染者数は下水中ウイルスRNA濃度が示す感染規模よりも大きく下振れしていることが分かり、見逃された感染が増えている可能性を明らかにしました。

図 下水中新型コロナウイルスRNA濃度と大学病院で報告された市中感染者数および院内感染の有無
そして、検査数の変動が感染状況の把握にどのような影響を与えるのかを検討したところ、新型コロナウイルス感染症が5類感染症に移行して以降生じていた、下水中のウイルスが示す感染規模と報告感染者数との間の乖離は、検査数の変化によって説明できることが分かりました。このことは、臨床検査に基づく統計だけでは、実際の感染拡大を過小評価してしまう可能性があることを示しています。
本研究は、地域の下水調査を感染拡大の早期発見や感染状況の客観的把握のための手法として使える可能性を示唆しており、今後の多層的な感染症監視体制の重要性を示しました。
本研究成果は、2025年12月24日(水)に国際誌「Environment International」に掲載されました。
【村上道夫教授のコメント】
感染者数が減っているように見えるときでも、それが必ずしも感染リスクの低下を意味するとは限りません。本研究は、検査数が減少すると実際の感染拡大が統計上は見えにくくなることを、下水データという独立した指標から示しました。下水サーベイランスは、検査体制や受診行動の変化に左右されにくく、社会全体の感染状況を客観的に把握できる手法です。今後の感染症対策では、検査データだけに頼らない多層的な監視体制を考えることが重要だと考えています。
研究の背景
感染症の流行状況は、これまで主に医療機関で行われるPCR検査などの検査結果に基づいて把握されてきました。しかし、検査数が減少すると、無症状者や検査を受けない人の感染は統計に反映されにくくなり、実際の感染状況が見えにくくなるという課題があります。
下水中のウイルス濃度を測定することで感染状況を把握する「下水サーベイランス」は、公式に報告される感染者数を補完する方法として注目されていますが、新型コロナウイルス感染症が5類感染症に移行して以来、下水中ウイルスRNA濃度が示す感染規模と、公式に報告される感染者数との間に乖離が生じていました。
そこで本研究では、札幌市の下水処理場の未処理下水中の新型コロナウイルスRNA濃度と同市内の北海道大学病院で報告された感染者数および検査数の関係を解析することで、乖離の要因が検査数によって説明できるかを検討しました。
研究の内容
本研究では、下水中の新型コロナウイルスRNA濃度を継続的に測定し、そのデータを病院内の報告感染者数や検査数と比較しました。さらに、検査数の変化が感染者数の推定に与える影響を分析しました。
解析の結果、新型コロナウイルス感染症が5類感染症に移行して以降、病院内の報告感染者数は下水中ウイルスRNA濃度が示す感染規模よりも大きく下振れし、見逃された感染が増えている可能性が示されました。一方、検査数によって感染者数を補正すると、下水中ウイルスRNA濃度と報告感染者数の相関関係が改善され、院内感染の新たな発生の有無を予測するうえでも、下水サーベイランスが有用である可能性が示されました。
本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)
本研究は、「感染者数の減少」が必ずしも「感染リスクの低下」を意味しないことを、検査数の観点から明確に示しています。今後、検査体制が限定的となる状況においても、下水サーベイランスを併用することで、感染状況をより客観的に把握できる可能性があります。
これは、感染症流行時の警戒レベルの判断や、医療・介護施設での感染対策、行政による情報発信の根拠を強化することにつながります。検査数に依存しすぎない多層的な感染監視体制の重要性を示した点で、本研究は今後の公衆衛生政策に貢献するものと考えられます。
特記事項
本研究成果は、2025年12月24日(水)に国際誌「Environment International」に掲載されました。
タイトル:“Insights from wastewater surveillance into testing-related underreporting and hospital-acquired SARS-CoV-2 infections”
著者名:Michio Murakami, Nobuhisa Ishiguro, Hiroki Ando, Mutsumi Ishida, Toshihiro Hamada, Sho Nakakubo, Reiko Oyamada, Takahiro Hayashi, Yusuke Niinuma, Keisuke Kagami, Tatsuya Fukumoto, Keisuke Taki, Tomoyuki Endo, and Masaaki Kitajima
DOI:https://doi.org/10.1016/j.envint.2025.110028
本研究は、日本財団・大阪大学 感染症対策プロジェクト、厚生労働科学研究費補助金健康安全・危機管理対策総合研究事業、科学技術振興機構(JST)「未来社会創造事業」、日本医療研究開発機構(AMED)の一環として行われました。
参考URL
大阪大学感染症総合教育研究拠点 村上 道夫 教授
https://www.cider.osaka-u.ac.jp/researchers/michio-murakami/
北海道大学病院感染制御部(当時)・ソフィア北円山クリニック 石黒 信久 博士
https://researchmap.jp/nishiguro
東京大学大学院工学系研究科 北島 正章 特任教授
https://researchmap.jp/mkitajima
札幌市下水サーベイランス
https://www.city.sapporo.jp/gesui/surveillance.html
プレスリリース本文:PDFファイル
Environment International:https://doi.org/10.1016/j.envint.2025.110028
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