発表のポイント
◆ ナノサイズの薬剤キャリアの大きさを調節し、胎盤を通過しにくくすることで、妊娠中に投与された薬が胎児へ移行することを抑えられる可能性を明らかにしました。
◆ 早産治療薬と抗がん剤をナノキャリアに封入し、分娩後のヒト胎盤およびマウスによる検証から、母体の治療効果を維持しつつ、胎児への薬の移行を大幅に減らせることを示しました。
◆ 本手法は他の薬剤についても応用できる可能性があり、妊婦に対する薬物治療の安全性向上と、妊娠中に治療可能な疾患の拡大につながることが期待されます。

ナノ医薬品が胎盤を通過しにくい粒子サイズを明らかにし、妊娠中に用いるナノ医薬品の設計原理を解明
概要
東京大学医学部附属病院女性診療科・産科の鈴木 研資 助教、同大学大学院工学系研究科のCabral Horacio 教授を中心とする研究グループは、同大学大学院医学系研究科の入山 高行 准教授らとの共同研究により、胎児への薬物曝露を抑えながら妊婦を治療するための、新たなナノ医薬品の設計原理を明らかにしました。
出産後のヒト胎盤を用いるex vivoヒト胎盤灌流モデル(注1)により、PEG(ポリエチレングリコール)を表面に有する高分子ミセル(注2)は、粒子径が約30 nm以上になると胎盤を通過しにくく、胎児側へ移行しにくいことを示しました。さらに、この原理に基づき、早産治療薬インドメタシン(注3)と白金系抗がん剤を内包する高分子ミセル型の薬剤キャリアを開発しました。ヒト胎盤およびマウスによる検証では、治療効果を保ちながら、胎児への薬剤移行を大幅に低減することが示されました。本研究は、母体と胎児の間の薬剤分布を制御することで、妊娠中の薬物治療の安全性を高める新たな戦略であり、さまざまな疾患を有する妊婦の治療選択肢拡大につながることが期待されます。
発表内容
【研究背景】
妊娠中に薬を使用する際には、薬剤が胎盤を通過して胎児に届き、胎児に悪影響を及ぼす可能性が問題となります。現在、妊娠中に薬を使用できるかどうかの判断は、限られた使用経験に基づいていることも多く、胎児への薬物曝露を予測し、制御するための合理的な方法の確立が求められています。
胎盤は、母体と胎児の間で物質の移動を調節するバリアとして働いています。これまで、分子や粒子が大きく、水になじみやすい物質ほど胎盤を通過しにくいことが報告されてきました。しかし、薬を必要な場所へ届けるドラッグデリバリーシステムにおいて、胎盤通過を抑えるための明確な設計原理は明らかになっていませんでした。
【研究内容】
本研究では、水に溶けにくい薬剤を内部に包み、表面に水になじみやすいPEGを有する高分子ミセルについて、胎盤の通過しやすさを調べました。出産直後のヒト胎盤に母体側と胎児側の血液循環を再現するex vivoヒト胎盤灌流モデルを用いて評価したところ、粒子の大きさが胎盤通過性を左右する重要な因子であることが分かりました。特に、約30 nm以上の高分子ミセルでは、胎盤を通過して胎児側へ移行する量が著しく減少しました(図1)。

図1:粒子サイズによる胎盤通過性の違い(ex vivoヒト胎盤灌流実験)
PEG系材料の胎盤通過性を評価しました。胎盤通過の陽性対照としてアンチピリンを使用しました。8-arm PEG(8~10 nm)、金ナノ粒子(NP)10 nm、20 nm、30 nmと粒子サイズが大きくなるにつれて胎盤通過量は段階的に減少し、30 nmの金ナノ粒子では胎児循環への移行がほとんど認められませんでした。
この結果に基づき、早産治療に用いられる一方で胎児への影響が懸念されるインドメタシンを、粒子径42 nmの高分子ミセルに封入しました。ヒト胎盤灌流モデルにおいて、通常のインドメタシンでは投与量の約18%が胎児側へ移行したのに対し、高分子ミセルに封入すると0.05%未満まで低下しました。さらに、マウスによる検証では、胎児への移行を抑えながら、通常のインドメタシンと同程度の早産予防効果が維持されました。
白金系抗がん剤についても、粒子径を30 nmまたは70 nmに調整した高分子ミセルでは、ヒト胎盤灌流モデルにおいて胎盤通過がほとんど認められませんでした。また、乳がんを発症したマウスによる検証では、抗腫瘍効果が維持されていました。
以上の結果から、粒子サイズを調整することにより、母体への治療効果を保ちながら、胎児へ届く薬剤量を減らせる可能性が示されました。
【今後の展望】
本研究は、妊娠中に用いるナノ医薬品の基本的な設計原理を明らかにしたものであり、さまざまな薬剤にこの技術を応用して治療薬の開発を行うことで、これまで胎児への影響を懸念して使用が制限されてきた薬剤についても、より安全に使用できる可能性を広げる成果です。
なお、本研究は東京大学動物実験委員会および東京大学大学院医学系研究科・医学部倫理委員会の承認を得て実施されました。
発表者・研究者等情報
東京大学
医学部附属病院 女性診療科・産科
鈴木 研資 助教
大学院医学系研究科 生殖・発達・加齢医学専攻
入山 高行 准教授
兼:医学部附属病院 女性診療科・産科 副科長
大学院工学系研究科 バイオエンジニアリング専攻
カブラル・オラシオ 教授
陳 鵬文 東京大学特別研究員(日本学術振興会外国人特別研究員)
宮崎 拓也 研究当時:博士課程
論文情報
雑誌名:ACS Nano Medicine
題 名:Defining the Size Threshold of PEGylated Nanomedicines Crossing the Human Placenta Enables Safe Prenatal Therapies
著者名:Kensuke Suzuki#, Pengwen Chen#, Takuya Miyazaki#, Jingyu Wan, Kazue Mizuno,Kazunori Igarashi, Keiichi Kumasawa, Yasuko Terada, Yasushi Hirota, Yutaka Osuga, Kazunori Kataoka, Takeshi Nagamatsu, Takayuki Iriyama*, Horacio Cabral*(#共同筆頭著者、*共同責任著者)
URL:https://pubs.acs.org/a/5339134?guestAccessKey=0a915c41-7977-4afd-94e1-d7c3d72472ef
研究助成
本研究は、科研費「基盤研究(A)(課題番号:JP23H00546)」、「基盤研究(B)(課題番号:JP16H03179)」、「挑戦的研究(萌芽)(課題番号:JP22K19541)」、「若手研究(B)(課題番号:JP15K20130)」、「国際共同研究加速基金(国際共同研究強化(B))(課題番号:JP21KK0197)」の支援により実施されました。
用語解説
(注1)ex vivoヒト胎盤灌流モデル
出産後の胎盤の母体側と胎児側の血管に灌流液を流し、薬剤や物質が胎盤を通過する程度を測定する実験系です。ヒト胎盤そのものを用いるため、動物種による胎盤構造の違いを避けて通過性を評価できます。
(注2)高分子ミセル
水になじみやすい親水基と呼ばれる部分と、薬剤を保持する部分をもつ高分子が、水中で自己集合して形成するナノメートルサイズの運搬体です。
(注3)インドメタシン
プロスタグランジンの産生を抑える非ステロイド性抗炎症薬です。早産抑制に用いられることがありますが、胎児動脈管収縮や腎機能障害など胎児への副作用が問題となり、妊娠週数や投与期間が制限されています。
プレスリリース本文:PDFファイル
ACS Nano Medicine:https://pubs.acs.org/a/5339134?guestAccessKey=0a915c41-7977-4afd-94e1-d7c3d72472ef
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