発表のポイント
◆ 台風のような激しい気象を変化させるのに有効な人工的な小さな介入をシミュレーションによって探る新しい手法を開発。
◆ 先行研究では介入の強さ・位置・時刻をあらかじめ設定し、その影響をシミュレーションで評価してきたのに対し、本手法は目標を設定すると自動で最適な介入を設計するデータ駆動型のまったく新しい手法であることが特徴。
◆ 気象学と制御工学を融合した本手法を適用することで、台風のような極端気象を変化させる有効な介入手法の発見につながる可能性があり、防災への貢献が期待される。
シミュレーションにおいて青で示す介入を徐々に弱くし、台風弱化を実現する「小さい力」を探求する。
概要
東京大学大学院工学系研究科の澤田 洋平 准教授、大阪大学大学院工学研究科の橋本 和宗 准教授らによる研究グループは、台風のような激しい気象を変化させるのに有効な人工的な小さな介入をシミュレーションによって探る新しい手法を開発しました。
本研究ではアンサンブルカルマン制御(注1)という新しい数理手法を用いることで、台風の制御可能性を探索するコンピュータシミュレーションを行いました。本手法は制御工学の数理を活用し、目標を設定すると自動的に最適な介入を設計することができる、先行研究にはないまったく新しいものです。シミュレーションの結果、台風の中心から250km程度離れた場所の大気最下層から、元々の水蒸気量の1%未満の水蒸気を奪っていくという介入が見つかりました(図1)。この介入により台風の中心気圧を3hPa程度上げ、最大海面風速を5m程度下げることができるとシミュレーションで見積もっています。介入の強さや規模は先行研究を下回るもので、本手法が効率的な介入手法の探索に有用であることを示す結果です。一方で、今回見つかった介入は未だ大規模で現実的に実装することは困難です。そのため、この研究成果は台風を人工的に変化させられることを直接示すものではありませんが、開発した新手法は今後台風のような極端気象を変化させる有効な介入手法の発見につながる可能性があり、防災への貢献が期待できます。

図1:アンサンブルカルマン制御を用いた台風制御シミュレーション
左4枚は各時刻における介入の例を示す。青く塗られている小さい領域において大気下層の水蒸気を削減している。正方形の中心に台風の目があり、黒い点は強い対流活動を示す。右図は台風の中心気圧の時系列。中心気圧は大きいほど台風の勢力が弱い。黒線が介入なし、青線が介入ありで介入によって台風が弱化している。
発表内容
1961年に米国において台風を対象としたクラウドシーディング(注2)が行われて以降、多くの研究者が台風のような激しい気象を人工的に変化させることを目指してきました。現実の気象に対し安易に介入実験を行うことは環境面・倫理面で問題があるため、最近の研究ではコンピュータシミュレーションを用いた有効な介入手法の探索が行われています。
先行研究におけるコンピュータシミュレーションには3つの大きな問題がありました。第一に、気象予測の精度が限られていることを考慮していない、という点です。気象は複雑でカオス性(注3)を持つため、遠い未来まで予測することはできません。しかし先行研究では、どこまでも先の未来まで気象の様子を知り得るということが暗黙に仮定されていました。
第二に、人類が与えることができるような非常に小さい介入外力を見つけるようなデザインになっていないという点です。大自然に対して人類が及ぼせる影響は限られており、環境面・倫理面からも介入は最小限であるべきです。気象のカオス性から、非常に小さな力で未来の気象の状態を大きく変え得るということが指摘されてきましたが、先行研究のシミュレーション手法ではそのような小さい力を確かな科学的な根拠を持って見つけることは原理的に困難でした。
第三に、継続的・適応的な介入を設計できないという点です。台風は発生から上陸まで長い時間をかけて発達・衰退する現象です。そのため長い時間をかけて継続的に介入することが期待されます。また、時々刻々と変化する状況を検知しながら、柔軟に介入の強さや位置を変えていく試みも期待されています。しかし先行研究のシミュレーションではあらかじめ介入の強さ・位置・時刻を全て決めてしまうため、継続的・適応的な介入をうまく設計することができません。
本研究の主たる成果は、上記3つの問題を同時に解決する数理手法を提案し、実際に台風に対して適用したシミュレーション結果を提示した点にあります。3つの問題を解決するために、本研究では目標を設定すると自動で最適な介入を設計するデータ駆動型のまったく新しい数理手法を提案しました。データ駆動型の手法はロボット制御などを専門とする制御工学では長年研究されてきていますが、非常に大規模かつ複雑な気象に制御工学の知見を直接適用することは困難です。本研究では気象学者と制御工学者の協働により、気象への応用に適した新しい制御数理としてアンサンブルカルマン制御を提案し、その有効性を台風に対するシミュレーションで実証しました。多くの先行研究では台風が存在する領域全体にわたる大規模な介入がシミュレーションされてきましたが、本研究では台風のごく一部に対する介入で台風の強度を弱化できることが明らかになり(図1)、新しい手法の有効性を実証できました。台風の中心から250km程度離れた場所の大気最下層から、元々の水蒸気量の1%未満の水蒸気を奪っていくという介入で、台風の中心気圧を3hPa程度上げ、最大海面風速を5m程度下げることができるとシミュレーションで見積もっています。
本研究で求めた介入手法は現状では実際に実装可能なものとは言えません。そのため本研究は台風制御・気象制御実現への小さなはじめの一歩にすぎません。しかしながら、本成果は台風制御実現に向けた長い道のりにおける重要な飛躍となると考えられます。新手法の活用により今後さまざまな介入手法の設計が行われることが期待でき、いずれ台風のような極端気象を変化させる有効な介入手法の発見につながる可能性があります。
発表者・研究者等情報
東京大学 大学院工学系研究科 社会基盤学専攻
澤田 洋平 准教授
南出 将志 特任准教授
Le Duc 特任講師
大阪大学 大学院工学研究科 電気電子情報通信工学専攻
橋本 和宗 准教授
Yuyue Yan 研究当時:特任研究員
現:東京大学大学院情報理工学系研究科 特任研究員
論文情報
雑誌名:Geophysical Research Letters
題 名:Data-driven exploration of tropical cyclone’s controllability
著者名:Yohei Sawada, Masashi Minamide, Yuyue Yan, Kazumune Hashimoto, Le Duc
DOI:10.1029/2025GL120393
URL:https://doi.org/10.1029/2025GL120393
研究助成
本研究は、ムーンショット型研究開発事業「社会的意思決定を支援する気象-社会結合系の制御理論(課題番号:JMPJMS2281)」の支援により実施されました。
用語解説
(注1)アンサンブルカルマン制御
気象の制御問題を解くことに特化した新しい数理手法。気象学においては、観測データと気象シミュレーションを統合する手法としてアンサンブルカルマンフィルタが広く用いられています。予測問題と制御問題の双対性に着目し、このアンサンブルカルマンフィルタを制御問題に転用した手法です。
(注2)クラウドシーディング
雲にドライアイスやヨウ化銀などの雨の「種」を散布することで人工的に雨を降らせる技術。本研究では用いていませんが、気象制御の代表的な手法として広く認知されています。
(注3)カオス性
初期状態のわずかな違いが将来大きな差となって現れるような性質。気象はカオス性を有すると広く考えられています。そのため初期状態の推定に少し誤差があると、未来予測に大きな誤差が生まれてしまい、これが気象予測の難しさをもたらしています。一方で、初期状態にわずかに介入することで、未来に大きな差を生み出すことができることを意味しており、この性質が気象制御を容易にするのではないかとされています。
プレスリリース本文:PDFファイル
Geophysical Research Letters:https://doi.org/10.1029/2025GL120393
おすすめ記事
本件に関連する記事はこちら
機械学習により熱流を制御するナノ構造物質の最適設計に成功

量子フィードバック制御のトポロジカルな分類に成功 ―擾乱から保護された量子制御の設計に向けて―


