AIが古着一着ごとの環境負荷を「見える化」 ―フリマアプリの商品情報から、環境負荷の算出根拠となる「製品固有データ」を自動抽出―

2025/09/12

発表のポイント

フリマアプリに出品された古着一着ごとの環境負荷(温室効果ガス)を、AIで自動推計する手法を確立。
出品者が投稿したタグ画像や説明文から、AIが素材や使用回数を高精度で特定・推定できることを実証し、製品ごとの環境負荷算定における障壁を乗り越えた。
手間のかかる環境影響評価のデータ収集を自動化し、循環型経済における情報透明化を加速させることが期待される。

 

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研究概要

 

概要

東京大学大学院工学系研究科の川原 圭博 教授、草将 澄秋 大学院生と株式会社メルカリの研究グループは、AIを用いて製品固有データを自動抽出し、フリマアプリに出品された衣料品の環境負荷(温室効果ガス、Greenhouse Gas:GHG(注1))を推計する算出フレームワークを構築しました。
製品のGHGを評価するライフサイクルアセスメント(LCA(注2))は重要ですがデータ収集の手間が大きく、特に一点ものである中古品の評価は困難でした。本研究では、AI(ビジョン言語モデル、VLM(注3))を活用しました。出品者が投稿した商品画像(タグなど)や説明文からLCAに大きな影響を与える4つのパラメータ(素材組成など)を特定したうえで自動抽出し、これを既存GHG排出係数データベース(注4)と連携させる手法を構築しました。メルカリのトップス3,500点を対象とした検証では、素材組成で81.6%など高精度な抽出を確認しました。「データ収集の壁」をAI技術で乗り越え、環境影響評価を大幅に効率化するアプローチです。

 

発表内容

〈研究の背景〉
気候変動対策が世界的に重要視される中、企業や社会に対し、製品の原材料調達から製造、使用、廃棄に至るライフサイクル全体でのGHGを算定し、開示する要求が強まっています。これは、消費者が環境に配慮した選択を行ううえでの重要な指標となり、また企業が自社の環境影響を正確に把握するために不可欠です。
この算定にはLCAの手法が用いられますが、大きな問題があります。それは、製品ごとの素材、製造方法、使用状況といった詳細なデータ(一次データ)を収集するのに膨大な時間とコストがかかることです。業界平均値などの「二次データ」を使わざるを得ないケースが多く、この「データ収集の壁」が、正確な環境影響評価の普及を妨げてきました。
また、フリマアプリの普及などでリユース(中古品取引)市場が拡大しています。リユースはGHG削減に貢献すると期待されますが、その効果を定量的に示すことは困難でした。一点ごとに状態や使用履歴が異なる中古品のデータを個別に収集することは現実的ではなかったためです。
本研究は、この「データ収集の壁」をAI技術で乗り越え、従来は不可能だった中古品一点ごとのGHG算定を自動化することで、循環型経済における環境貢献度を可視化することを目指しました。

 

 〈研究の内容〉
本研究では、一般のユーザーが投稿した不均一で曖昧さを含む情報(非構造化データ)から、専門的なLCA計算に必要な一次データをAIがどの程度正確に抽出できるかを検証しました。

対象とデータ:
日本のフリマアプリ「メルカリ」で2020年に取引された中古衣料品の中から、「トップス」3,500点(レディース、メンズ、キッズ、ベビー)を分析対象としました。

AIによるパラメータ抽出:
画像とテキストを同時に理解できるVLMであるOpenAIのGPT-4oを使用しました。出品者が提供した「商品画像(服全体やタグの写真)」「商品説明文」「商品の状態」などの非構造化データから、LCA計算におけるGHG排出量算出に不可欠な4つのキーパラメータを自動抽出するシステムを構築しました。

  • 抽出対象パラメータ:「素材組成」「衣類サイズ」「洗濯方法(水洗い可・不可)」「推定使用回数」
  •   抽出プロセス:例えば、説明文に素材が明記されていなくても、AIが品質表示タグの画像を読み取って素材を特定します。また、「試着のみ」「数回着用」といった説明文の記述から、その製品が過去にどれくらい使用されたか(使用回数)を推定します。

用語の標準化によるデータベースとの連携を経たGHGの自動算出:
AIが抽出した断片的な情報と、既存のGHG排出係数データベース(AIST-IDEA(注5)など)を自動的に結びつけるプロセスを構築しました。抽出されたデータが、データベースと連携できるよう用語の標準化(例:素材名を統一表記に変換)を行い、生産、流通、使用(洗濯・乾燥)、廃棄の各段階におけるGHGを算出しました。

検証と精度:
AIが抽出した結果の精度を検証するため、14名のレビュアーによる人手での評価を行いました。その結果、3,500点のサンプルにおいて、素材組成は81.6%、サイズは92.3%という高い精度で抽出できていることが分かりました。これは、AIがフリマアプリ上の多様で不均一なデータからでも、カーボンフットプリントの分析に必要な素材情報を高精度に自動抽出できることを示しています。しかし、洗濯方法の抽出精度は56.6%に留まりました。

〈総合的な分析結果〉
これまでの衣類のGHGに関する分析では、服の素材は固定したうえで、洗濯の仕方(温水や乾燥機の利用等)や頻度など「使用段階」での違いに議論の焦点が置かれる傾向にありました。これは、消費者の行動変容によるGHG削減の可能性という点で注目されやすかったためだと考えられます。
しかし、今回フリマアプリ上で実際に流通している3,500点もの衣類データを個別分析したところ、異なる実態が明らかになりました。衣類のライフサイクルにおいては、素材組成(素材の種類と割合)がGHGを左右する主要な要因の1つであることが示唆されました。
実際、市場には単一素材だけでなく多種多様な混紡素材が存在します。この「素材の多様性」とそれぞれの生産段階での違いが、個々の衣類のGHGを左右する主要因であると言えます。この点は、今回現実の市場データを分析したことで得られた発見であり、GHG削減に向けたデザイン段階(素材選定)の重要性や、環境評価における素材など衣類の個別特性の重要性を示唆する結果です。

〈今後の展望〉
本研究で確立した自動評価手法は、考え方としては、衣類以外の製品カテゴリにも応用可能です。これは、企業の環境情報開示の取り組みを強力に支援します。特に、サプライチェーン全体の排出量(スコープ3(注6))の算定において、リユース市場などでの一次データ収集は大きな課題でした。本手法によりデータを効率的に収集することで、算定精度の高度化とコスト削減に貢献します。
将来的には、消費者が価格やデザインだけでなく「環境負荷」という新たな基準で商品を選択できることで、環境配慮型の消費行動を促進し、循環型経済が実現することが期待されます。

 

発表者・研究者等情報

東京大学 大学院工学系研究科

 草将 澄秋 修士課程
 川原 圭博 教授

 

株式会社メルカリ
 文 多美 メルカリR4Dラボリサーチャー
  兼:東京大学インクルーシブ工学連携研究機構 価値交換工学部門 共同研究員

 

学会発表情報

会議名:第12回ライフサイクルマネジメント国際会議
(The 12th International Conference on Life Cycle Management, LCM2025)
開催日:2025年9月9日~12日
開催地:イタリア、パレルモ
発表題名:「環境影響評価のための衣料品情報の自動推定
(Automated Estimation of Clothing Information for Evaluating Environmental Impact)」
発表者名草将 澄秋、文 多美、川原 圭博
URLhttps://www.lcm2025.org/

 

研究助成

本研究は、メルカリR4Dラボと東京大学インクルーシブ工学連携研究機構との共同研究である「価値交換工学」の成果の一部です。 

 

用語解説

(注1) 温室効果ガス(Greenhouse Gas, GHG):大気を構成する成分のうち、温室効果をもたらすもの。主に二酸化炭素、メタン、一酸化二窒素、フロン類を指します。
(注2) ライフサイクルアセスメント(Life Cycle Assessment, LCA):製品やサービスの一生(ライフサイクル)にわたる環境負荷を定量的かつ客観的に評価する手法。GHGの算定などに用いられます。
(注3) ビジョン言語モデル(Vision Language Model, VLM):大規模言語モデル(LLM)の一種。テキスト情報だけでなく、画像情報も同時に処理し、両方を組み合わせて理解・分析する能力を持つAIモデル。本研究ではOpenAIのGPT-4oを使用しました。
(注4) GHG排出係数データベース:特定の活動(例:電力消費、特定の素材の生産、輸送など)が単位あたりに排出する温室効果ガスの量(排出係数、または原単位)がまとめられたデータベース。LCAを実施し、環境負荷を算出する際の基礎データとなります。
(注5) AIST-IDEA(Inventory Database for Environmental Analysis):国立研究開発法人 産業技術総合研究所で開発された代表的なLCA用インベントリ(排出係数)データベース。日本の統計データに基づき、国内のほぼ全ての産業分野に関する環境負荷データが整備されています。
(注6) スコープ3(Scope 3):企業の温室効果ガス排出量の算定・報告における区分の1つ。スコープ1(事業者自らによる直接排出)、スコープ2(他社から供給されたエネルギー使用に伴う間接排出)以外の、事業活動に関連するサプライチェーン(上流・下流)の全ての排出量を指します。原材料調達、製品の使用・廃棄などが含まれます。

 

 

 

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