発表のポイント
◆ 量子測定によって誘起されるトポロジカル相転移を調べる汎用的な手法を提案した。
◆ 測定下の量子系においてもトポロジカル相のバルクエッジ対応が実現することを実証した。
◆ 測定下の量子相に対する体系的・統一的な理論の構築に寄与することが期待される。
量子測定によって誘起されるトポロジカル相の概念図
概要
東京大学大学院工学系研究科物理工学専攻の大島久典大学院生、藤陽平助教、望月健助教、理化学研究所の濱崎立資理研白眉研究チームリーダーらは、測定下の量子系(注1)に対する有効エネルギーの準位構造とバルクのトポロジカル不変量(注2)を調べる方法を提案し、その方法を実際に用いて量子測定によって誘起されるトポロジカル相転移(注3)の理論的解析を行いました。その結果、幻の粒子とも呼ばれる「マヨラナ粒子(注4)」に由来するゼロエネルギーエッジ状態が、測定下のトポロジカル相で出現することを発見しました。また本研究では、孤立量子系(注5)で普遍的に成立するトポロジカル相のバルクエッジ対応(注6)が測定下の量子系においても発現することを実証し、測定によって誘起されるトポロジカル相転移の強固な理論的基盤を与えました。本研究で用いた手法は広いクラスのトポロジカル相に対して用いることができる汎用性があり、測定によって誘起される量子相の体系的・統一的な理解につながると期待されます。
本研究は、2025年6月18日(米国東部夏時間)に米国科学雑誌『Physical Review Letters』のオンライン版に掲載されました。
発表内容
【研究背景】
外部から測定を受けながら時間発展する量子系では、測定の頻度に応じて量子状態が持つエンタングルメント(注7)の性質が劇的に変化する「測定誘起相転移(注8)」が起こります。測定誘起相転移は従来調べられてきた孤立系の相転移現象と多くの類似点を持ちながら、孤立系には存在しない独自の量子相が発現するなどの相違点もあり、近年非常に注目されています。
最近の研究により、孤立系で知られているトポロジカル相転移に似た相転移が測定下の量子系でも起きることが明らかになりました。それらの先行研究では、トポロジカルに自明な相と非自明な相に加えて、孤立系に存在しない臨界相が現れることも示されました。しかし、これらの現象は孤立系のトポロジカル相転移の理解に不可欠な概念である「エネルギーギャップ(注9)」や「バルクのトポロジカル不変量」の視点からは十分に議論がなされておらず、そもそもそれらの量をどう定義していいかも不明でした。
【研究内容】
従来の測定誘起相転移の研究ではエンタングルメントの振る舞いに主眼が置かれてきましたが、本研究では測定下の量子系の時間発展にリャプノフ解析(注10)を導入することで、測定下の量子系に対する有効的なエネルギー準位構造とバルクのトポロジカル不変量を計算する汎用的な枠組みを与えました。
その結果、トポロジカル相では有限のエネルギーギャップの中にマヨラナ粒子に由来するゼロエネルギーエッジ状態が存在する一方、自明相ではゼロエネルギーエッジ状態が消失することを発見しました。他方で、臨界相ではエネルギーギャップが閉じることが分かりました。さらに、測定結果を適切に選択して系の境界条件を実効的に変化させることで、孤立系において定義されていたトポロジカル不変量を測定下の量子系にも拡張できることを示しました(図1参照)。このトポロジカル不変量の動的な振る舞いから、測定に誘起されるトポロジカル相、自明相、臨界相を明確に区別できることを確認しました。これらの振る舞いはゼロエネルギーエッジ状態の出現・消失、及び臨界相におけるエネルギーギャップ閉鎖と対応しており、測定によって誘起されるトポロジカル相においてもバルクエッジ対応が成立することを示す結果となりました。
図1:測定下の量子系に対するトポロジカル不変量の概念図
孤立系では異なる境界条件のもとでの量子状態の振る舞いを比較することでトポロジカル不変量を定義するが、測定下の量子系では測定結果が部分的に反転した状態を選択することでトポロジカル不変量が構築できる。
【研究の意義と展望】
本研究の結果は、孤立系のトポロジカル相において普遍的に成立するバルクエッジ対応が、測定によって誘起されるトポロジカル相においても実現することを強く示唆し(図2参照)、トポロジカル物性の理解を測定下の量子系へと拡張する一歩となります。加えて、本研究で導入したリャプノフ解析とトポロジカル不変量は、一般的な量子多体系に適用できる汎用性を備えているため、多様な系への応用を通じて、測定によって誘起される量子相の体系的・統一的な理解に大きく寄与すると期待されます。
図2:測定によって誘起されるトポロジカル相のバルクエッジ対応についての概念図
トポロジカル相、臨界相、自明相はエネルギーギャップの開閉とゼロエネルギーエッジ状態の有無で区別でき、それらはバルクのトポロジカル不変量の動的な振る舞いと対応している。
発表者・研究者等情報
東京大学大学院工学系研究科物理工学専攻
大島 久典 博士課程
兼:理化学研究所開拓研究所濱崎非平衡量子統計力学理研白眉研究チーム 大学院生リサーチアソシエイト
藤 陽平 助教
望月 健 助教
兼:理化学研究所開拓研究所濱崎非平衡量子統計力学理研白眉研究チーム 客員研究員
理化学研究所開拓研究所濱崎非平衡量子統計力学理研白眉研究チーム
濱崎 立資 理研白眉研究チームリーダー
兼:理化学研究所数理創造研究センター数理基礎部門 上級研究員
論文情報
雑誌名:Physical Review Letters
題 名:Topology and Spectrum in Measurement-Induced Phase Transitions
著者名:Hisanori Oshima*, Ken Mochizuki, Ryusuke Hamazaki, Yohei Fuji
DOI:10.1103/PhysRevLett.134.240401
URL:https://doi.org/10.1103/PhysRevLett.134.240401
研究助成
本研究は、科研費「相互作用する量子多体系におけるトポロジカル秩序相の微視的理論(課題番号:20K14402)」、「測定下の量子多体ダイナミクスに現れる普遍性の解明(課題番号:24K06897)」、「複雑性指標に基づく開放量子系のダイナミクス及び相転移に関する研究(課題番号:23K13037)」、「量子多体系における速度限界の解明およびその制御への応用(課題番号:24K16982)」、JST ERATO「沙川情報エネルギー変換プロジェクト(課題番号:JPMJER2302)」の支援により実施されました。
用語解説
(注1)測定下の量子系
外部から繰り返し測定を受ける量子系のこと。量子的な状態は複数の結果に対応する状態が重ね合わさっているという顕著な特徴がある。測定行為はこの重ね合わせを破壊し、状態を測定結果の確定した状態へと遷移させるため、物理的な現象に影響を及ぼす。
(注2)トポロジー、トポロジカル不変量
トポロジーとは、対象を連続的に変形しても変化しない性質のこと。量子力学におけるトポロジカル不変量とは、量子状態の持つトポロジーを定量的に表す量のこと。通常トポロジカル不変量はバルク、つまり物質内部の性質によって決定される。
(注3)相転移、トポロジカル相転移
相転移とは、系のパラメータを変化させた際にある値を境に系の性質が劇的に変化する現象のこと。磁石をバーナーで炙り温度を上げると磁性を失う磁気相転移はその代表例。量子系の状態が持つトポロジーが、あるパラメータ値で劇的に変化する現象をトポロジカル相転移と呼ぶ。
(注4)マヨラナ粒子
イタリアの物理学者エットーレ・マヨラナにより1937年に理論的に存在が予言されたが、その存在は素粒子実験で直接的には確認されていない幻の粒子。
(注5)孤立(量子)系
外部とエネルギーや粒子、情報のやり取りがない量子系。孤立系での相転移現象や物質のトポロジーの研究手法は高度に発達しており、それを基に多くの重要な現象が明らかにされてきた。一方、外部から測定を受ける量子系は孤立系ではなく、そのような系における研究は今なお発展途上である。
(注6)バルクエッジ対応
物質の内部(バルク)が非自明なトポロジーを持っているとき、系の端(エッジ)に局在するエッジ状態が現れる現象のことで、孤立系では普遍的に成立することが知られている。
(注7)エンタングルメント
古典力学では説明できない、量子力学系特有の相関のこと。量子もつれとも呼ぶ。
(注8)測定誘起相転移
測定の頻度を変化させた際に起こる相転移現象。当初はエンタングルメントが示す性質の劇的な変化にともなう相転移現象として研究されていたが、本発表のテーマである測定によって誘起されるトポロジカル相転移では、トポロジカルに自明な相と非自明な相をエンタングルメントから単純に区別することはできない。
(注9)エネルギーギャップ
系が取りうる「最低のエネルギー状態」から「次に低いエネルギー状態」に遷移するために必要な最小のエネルギー差のこと。孤立系のトポロジカル相では有限のエネルギーギャップの中に、エッジ状態が現れる。
(注10)リャプノフ解析
元々は、古典カオス系においてわずかな初期状態のズレが時間経過に伴ってどれだけ拡大するか調べる手法として発展した。本発表においては、これを測定下の量子系に応用した。具体的には、系の時間発展を生成する演算子の特異値解析をする手続きを指す。
プレスリリース本文:PDFファイル
Physical Review Letters:https://doi.org/10.1103/PhysRevLett.134.240401
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