プレスリリース

有機溶媒を全く用いず分子触媒によるメカノケミカルアンモニア合成に成功! ―窒素ガスとセルロースからのアンモニア合成が可能に―

 

発表のポイント

◆ ボールミルを用いたメカノケミカル反応により、分子触媒であるモリブデン錯体の存在下、有機溶媒を全く用いることなく、常温常圧の温和な条件で窒素ガスからアンモニアを合成することに成功した。
◆ 本研究は、分子触媒を用いて、窒素ガスと固体試薬とを直接反応させることによりアンモニア合成を達成した世界で初めての例である。また、有機溶媒を用いた従来の反応系では全く反応しない不溶性の化合物であるセルロースもアンモニア合成のための反応剤として使用可能となった。
◆ エネルギーキャリアとして有望なアンモニアを、高価で有害な有機溶媒を使用せず、温和な条件下において合成できたことから、より実用に近いアンモニア合成への展開が期待される。

 

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有機溶媒を用いることなくモリブデン触媒によるアンモニア合成に成功!

 

発表概要

東京大学大学院工学系研究科の西林仁昭教授、京都大学大学院人間・環境学研究科の吉田寿雄教授らによる研究グループは、ボールミル(注1)を用いたメカノケミカル反応(注2)により、触媒であるピンサー型の配位子(注3)を有するモリブデン錯体の存在下、有機溶媒を全く用いることなく、常温常圧の温和な条件で窒素ガスからアンモニア(注4)を合成することに成功した。本反応では、1気圧(常圧)の窒素ガスと還元剤であるヨウ化サマリウム(注5)、水素源である水やアルコールがメカノケミカル条件で反応し、高い収率でアンモニアを与える。有機溶媒を用いた反応系では全く反応しない不溶性の化合物であるセルロース(注6)もアンモニア合成のための反応剤として使用可能となった。エネルギーキャリアとして有望なアンモニアを、高価で毒性の高い有機溶媒を使用せず、かつ温和な条件下において合成できたことから、より実用に近いアンモニア合成への展開が期待される。

本研究成果は、2024109日(英国夏時間)に「Nature Synthesis」(オンライン速報版)で公開された。

 

発表内容

〈研究の背景〉

アンモニアは、肥料や医薬品などの窒素原子を含む化合物の原料として用いられるほか、近年では燃焼時に二酸化炭素を排出しない環境にやさしいエネルギーキャリアとして注目を集める重要な化合物である。アンモニアは現在、ハーバー・ボッシュ法(注7)により窒素ガスと水素ガスを原料として世界中で合成・供給されている。窒素ガスは非常に反応性に乏しいため、ハーバー・ボッシュ法による窒素ガスからアンモニアへの変換には、鉄系触媒の存在下、高温高圧(400-600度、100-200気圧)の極めて厳しい反応条件が必要となる(図1a)。加えて、水素ガスの原料として大量の化石燃料(石油・石炭・天然ガス)が消費されており、莫大な量の二酸化炭素の発生を伴う工業プロセスであることが知られている。二酸化炭素は代表的な温室効果ガスであり、持続可能な社会の実現に大きな障害となる。それゆえ、化石燃料を原料とする水素ガスの代わりとなる、安価で入手容易な水素源を利用して、温和な反応条件下で進行する次世代型アンモニア合成法の開発が望まれている。

 

 

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図1:今回実現したメカノケミカル反応によるアンモニア生成反応と関連する反応の比較

a)ハーバー・ボッシュ法によるアンモニア合成、b)モリブデン錯体を用いた有機溶媒中におけるアンモニア合成、c)本研究:モリブデン錯体を用いた有機溶媒を全く使用しないメカノケミカルアンモニア合成。

 

東京大学西林研究室では、遷移金属錯体を分子触媒として用い、常温常圧の温和な条件で窒素からアンモニアを合成する反応を開発してきた。とくに、ピンサー型の配位子を有するモリブデン錯体の存在下、ヨウ化サマリウムを還元剤として、常温常圧の温和な反応条件のもと、窒素ガスと水やアルコールからアンモニアを合成する触媒的なアンモニア合成法を報告している(図1b, Nature, 2019, 568, 536; Nature Synthesis, 2023, 2, 635)。本反応は極めて高効率なアンモニア生成法であることに加え、地球上に豊富に存在し、安価で入手容易な水を水素源として利用する点で理想的な反応系といえる。しかしながら、本反応は有機溶媒に反応物を溶かして行う均一系反応(注8)であるため、アンモニアを大量に製造する際には高価かつ毒性の高い有機溶媒を大量に使う必要があることが実用化に向けた懸念点の1つであった。

 

〈研究の内容〉

上述の課題を解決するため、近年急速に研究が進展しているボールミルを用いたメカノケミカル反応(図2)に着目した。メカノケミカル反応は、粉砕や超音波照射など、機械的な刺激を与えることにより促進される反応全般のことを指している。中でもボールミルを用いたメカノケミカル反応は、強い機械的な撹拌が反応系に加わることにより、無溶媒で反応が進行するほか、従来の反応と異なる反応選択性を示す、溶媒に溶けない反応剤を用いた際にも高効率で反応が進行するなどの特徴があり、注目を集めている。しかしながら、こうしたメカノケミカル反応はその多くが固体(または少量の液体)試薬同士の反応であり、窒素ガスなどの気体を反応剤として用いるメカノケミカル反応は検討例が限られていた。

 

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図2:メカノケミカル反応に使用する装置

a)今回使用した、市販のボールミル装置(Retsch社製MM 400)。反応容器を中央2か所にセットして左右に30 Hzで振動させ、反応を行う。b)ステンレス製の反応容器とボール。容器の内部にボールと試薬(窒素ガス、固体試薬およびモリブデン触媒)を入れ、a)の反応装置にセットする。

 

こうした背景のもと、今回本研究グループは、2019年(Nature, 2019, 568, 536)および2023年(Nature Synthesis, 2023, 2, 635)に報告したピンサー配位子を有するモリブデン錯体を触媒とし、窒素ガスからアンモニアを生成する反応がボールミル条件で進行するかどうか検討した。その結果、有機溶媒を全く用いないメカノケミカル条件においても、モリブデン触媒存在下、1気圧(常圧)の窒素ガスと還元剤であるヨウ化サマリウム(固体)、水素源である水やアルコール(固体または液体)が反応し、高い収率(モリブデンあたり最大で860当量)でアンモニアが生成することを見出した(図1c)。これは、分子触媒を用いた窒素固定反応を、溶媒を全く使わないメカノケミカル条件で実現した世界で初めての例である。また、非常に興味深いことに、植物や紙の主要な成分であり、豊富に存在する資源であるセルロースを水素源として用いた場合にも高効率でアンモニアを与えた。対照的に、セルロースは有機溶媒にほとんど溶けないため、有機溶媒を用いる従来の反応系においては全くアンモニアが生成しなかった。また、有機溶媒を使わない本手法のもう1つの利点として、生成したアンモニアをエネルギー消費の多いプロセスである蒸留操作を経ることなく回収することが可能となった。さらに、本メカノケミカル条件でのアンモニア生成のメカニズムを詳細に調べ、窒素ガスと固体試薬の間で起こる窒素窒素結合の切断反応と、固体試薬同士で起きる窒素水素結合生成反応が反応進行の鍵となっていることを明らかにした。

 

〈今後の展望〉

本研究成果は、エネルギーキャリアとして有望なアンモニアを、温和な条件下、高価で毒性の高い有機溶媒を全く使用せず合成できることを示した、窒素循環社会(注9)の実現に向けた重要な成果である。また、分子触媒を用いた窒素ガスからのアンモニア合成反応が、従来の溶媒を用いた均一系の条件から、気体固体間で起こる不均一な反応系へと展開できたことは意義深く、気体固体界面における電気化学的アンモニア合成などを含む、より実用的な反応系への道を新たに切り拓く成果であるといえる。

 

〇関連情報:

「プレスリリース①世界で初めて窒素ガスと水からのアンモニア合成に成功~常温常圧で世界最高の触媒活性、持続可能な社会へ~」(2019/4/25

https://www.t.u-tokyo.ac.jp/press/foe/press/setnws_201904251057246383830380.html

 

「プレスリリース②計算化学に基づいて巧みに分子設計された超高活性アンモニア生成触媒の開発に成功!――触媒活性の世界最高記録を大幅に更新!――」(2023/4/18

https://www.t.u-tokyo.ac.jp/press/pr2023-04-18-001

 

発表者

東京大学大学院工学系研究科応用化学専攻

杉野目 駿 助教

室田 来実 研究当時:修士課程

西林 仁昭 教授

 

京都大学大学院人間・環境学研究科

山本 旭 助教

吉田 寿雄 教授

 

論文情報

雑誌名:Nature Synthesis

題 名:Mechanochemical nitrogen fixation catalysed by molybdenum complexes

著者名:Shun Suginome, Kurumi Murota, Akira Yamamoto, Hisao Yoshida, and Yoshiaki Nishibayashi*

DOI10.1038/s44160-024-00661-y

URLhttps://www.nature.com/articles/s44160-024-00661-y

 

研究助成

本研究は、科研費基盤研究(S)「超触媒を利用した窒素分子からの革新的分子変換反応の開発(課題番号:20H05671)」、「高活性な窒素固定触媒に基づく窒素分子の自在変換法の開発(課題番号:24H00049)」、挑戦的研究(萌芽)「可視光を駆動力とする窒素と水素とからのアンモニア合成反応の開発への挑戦(課題番号:24K21778)」、若手研究「遷移金属錯体を用いた触媒的メカノ窒素固定反応の開発(課題番号:23K13758)」、学術変革領域研究(A)「プロトン共役電子移動反応を鍵とするグリーンアンモニア合成反応の開発(課題番号:24H01834)」の支援により実施された。また、本研究で開発に成功したモリブデン錯体を触媒として利用した触媒的アンモニア合成反応の実用化に関する共同研究をNEDOグリーンイノベーション基金(幹事企業:出光興産株式会社)として実施している。

 

用語解説

(注1)ボールミル

容器内にボールと粉砕したい試料を入れ、容器を振動または回転させることにより、試料に機械的な衝撃を与えて細かく粉砕する手法または装置のこと。

 

(注2)メカノケミカル反応

粉砕や超音波照射など、機械的な刺激により促進される反応のこと。中でもボールミルを用いたメカノケミカル反応は、無溶媒で反応が進行する点、従来の反応と異なる反応選択性を示す点、不溶性の試薬も反応に用いることができる点などから近年急速に研究が進んでいる。

 

(注3)ピンサー配位子

遷移金属を含む同一平面上の3方向から3つの配位原子が結合する配位子。1分子の配位子が3点で金属と結合することで強固な結合を形成でき、高い熱的安定性を与える。

 

(注4)アンモニア

NH3で表される常温・常圧で無色の気体。アンモニアは、化学製品の原料として使用されるほか、主に窒素肥料として利用されており、これは食料を大量に生産する上で必要不可欠である。

 

(注5)ヨウ化サマリウム

希土類金属(レアアース)の一種であるサマリウム(Sm)とヨウ素(I)からなる化合物。有機合成反応の分野において、還元剤(電子を与える試薬)として広く用いられている。なお、触媒的アンモニア合成反応に利用したヨウ化サマリウムは反応終了後には酸化された状態で系中に存在しているが、電気化学的還元手法などにより回収再利用が可能である。

 

(注6)セルロース

ブドウ糖(グルコース)が多数結合した構造を持つ天然の高分子であり、紙や植物の主要な成分である。地球上に極めて豊富に存在する資源である一方で、ほぼ全ての有機溶媒に対して不溶であるため、通常の均一系反応に用いることは非常に困難である。

 

(注7)ハーバー・ボッシュ法

約100年前に開発された、窒素ガスと水素ガスから鉄系の触媒を用いてアンモニアを合成する方法。現在でも工業的に広く用いられている。開発者のフリッツ・ハーバーとカール・ボッシュ(両者共にノーベル化学賞受賞)にちなんでハーバー・ボッシュ法と呼ばれている。合成されたアンモニアが主に窒素肥料として用いられることから、「空気からパンを作る」方法と呼ばれる。

 

(注8)均一系反応

反応に関与する試薬が溶媒中に均一に溶解した状態で行う反応のこと。研究グループが以前報告したモリブデン錯体を用いた有機溶媒中でのアンモニア合成反応も含め、分子性の錯体を用いた反応は通常均一系反応に分類される。

 

(注9)窒素循環社会

アンモニアをエネルギー媒体とする社会。石油や石炭などの従来の化石燃料は燃やせば二酸化炭素を発生する。一方、次世代のエネルギー媒体として期待されている水素は燃やしても水しか発生せず、地球に非常にやさしいと言えるが、貯蔵・運搬が困難である。その点、アンモニアは窒素と水素への分解反応で二酸化炭素を発生させずにエネルギーを取り出すことができるだけでなく、容易に液化するので、貯蔵・運搬が極めて容易で取り扱いやすい。つまり、アンモニアをエネルギー媒体として利用できれば、現在問題となっている環境・エネルギー問題を一挙に解決し得る可能性が高まるため、その実現が期待されている。

 

 

 

プレスリリース本文:PDFファイル

Nature Synthesis:https://www.nature.com/articles/s44160-024-00661-y