発表のポイント
◆ アンモニア合成触媒であるモリブデン錯体及び光誘起電子移動触媒であるイリジウム錯体を用い、常温常圧の温和な反応条件下、可視光を照射することで、窒素ガスと水から光触媒的にアンモニアを合成することに成功した。
◆ 本研究は、2種類の分子触媒、可視光エネルギー及び有機リン化合物を用いることにより窒素ガスを窒素(N)源、水分子をプロトン(H+)源とする触媒的アンモニア合成を達成した世界で初めての例である。
◆ 地球上に豊富に存在する窒素ガスと水からアンモニアを合成できる反応が、常温常圧の反応条件下、太陽光(再生可能エネルギー)の主成分である可視光により進行したことから、カーボンニュートラル化の達成に向けて注目されている「グリーンアンモニア合成法」の開発へつながることが期待される。
窒素ガス(N2)と水(H2O)からの触媒的アンモニア(NH3)合成を
可視光エネルギーにより駆動することに成功!
発表概要
東京大学大学院工学系研究科の西林仁昭教授らによる研究グループは、アンモニア合成触媒(注1)であるモリブデン錯体と光誘起電子移動触媒(注2)であるイリジウム錯体の2種類の分子触媒、及び還元剤としてトリフェニルホスフィン(Ph3P)等の有機リン化合物(注3)を用いることで、太陽光の主成分である可視光照射下、常温常圧の「窒素ガス(N2)」と「水(H2O)」から「アンモニア(NH3)」(注4)を光触媒的に合成することに成功した。アンモニアは、肥料や化成品等、多様な産業活動を支える原料として広く利用されてきた。更に近年では、燃焼時に二酸化炭素を排出しない性質やわずかな加圧や冷却で容易に液化する性質から、水素ガス(H2)よりもエネルギー密度が高い状態で貯蔵・運搬が可能なエネルギーキャリア・燃料として活用することが世界中で検討されている。本反応は、地球上に豊富に存在する窒素ガスと水を反応の原料、再生可能エネルギーの筆頭である太陽光エネルギーを反応のエネルギー源として、アンモニアを触媒的に合成できた世界で初めての例である。本研究の成果は、カーボンニュートラル化の達成に向けた地球にやさしいアンモニア、いわゆる「グリーンアンモニア(注5)」の合成法開発に向けた重要なマイルストーンとなることが期待される。
本研究成果は、2025年5月22日(英国夏時間)に「Nature Communications」(オンライン速報版)で公開された。
発表内容
〈研究の背景〉
アンモニアは、ハーバー・ボッシュ法(注6)の開発に伴って普及し、肥料・化成品・医薬品等、多様な産業活動を支える重要な化合物として広く用いられてきた。更に近年では、燃焼時に二酸化炭素を排出しない燃料、及び容易に液化して貯蔵・運搬しやすいエネルギーキャリアとして利用できる有用な性質から、カーボンニュートラル化の達成に向けた重要な化合物として大きな注目を集めている。上記のハーバー・ボッシュ法は、窒素ガス(N2)と水素ガス(H2)からアンモニア(NH3)を合成できる、廃棄物の少ない(原子効率の高い)反応系であり、極めて有用な工業プロセスである。しかし、高温高圧の反応条件を維持するために大規模なプラントと多量のエネルギーを必要とする等の課題がある。また、現在水素ガスは化石資源から製造しており、それに伴う環境負荷も懸念されている。これらの背景から、ハーバー・ボッシュ法に代わる環境にやさしいアンモニア合成法、すなわち、地球上に豊富に存在する「窒素ガス」と「水」から「再生可能エネルギー(太陽光エネルギー)」のみを利用して常温常圧の温和な反応条件下で合成される“グリーンアンモニア”合成法(図1a)の開発が人類の喫緊の研究課題の1つと考えられている。このような反応系は、反応原料の入手が容易で、かつ特殊なプラントを必要としないため、場所を選ばずに広く簡便に導入できることが期待される。
東京大学西林研究室は、これまでグリーンアンモニア合成法の開発を目指し、分子性の触媒(遷移金属錯体)を用いた光触媒的アンモニア合成反応を開発してきた。2022年、西林研究室は、電子とプロトン(H+)を与えることで窒素分子からアンモニアを高い効率で合成できる独自に開発したアンモニア合成触媒(モリブデン錯体)と、光エネルギーを吸収することで熱的には生じ得ない特殊な電子移動反応を引き起こせる光誘起電子移動触媒(イリジウム錯体)を組み合わせることで、常温常圧の窒素ガス雰囲気下、アンモニアを光触媒的に合成できる光反応系の開発に世界に先駆けて成功した(図1b, Nature Communications, 2022, 13, 7263)。しかし、この反応系では、ジヒドロアクリジンと呼ばれる有機化合物を水素(H)源とする必要があり、上述のグリーンアンモニア合成法へと発展させるためには、水素(H)源をジヒドロアクリジン等の有機化合物から、地球上に豊富に存在しかつ安価で入手容易な「水」へ置き換えることが次の課題と考えられる。
〈研究の内容〉
水をアンモニア合成反応の原料とするためには、水分子から電子やプロトン(H+)を取り出し、それらをモリブデン錯体へ供与する必要がある。しかし、水分子は比較的安定な分子であるため、例えばモリブデン触媒と単純に混合しても、電子やプロトン(H+)が水からモリブデン錯体へ自発的に移動することは通常困難である。したがって、水分子を活性化する反応と上述の光触媒的アンモニア合成反応を効果的に組み合わせる必要があると考えられる。
今回本研究グループは、有機リン化合物を用いた水分子の光化学的な活性化反応を活用し、水をアンモニア合成反応のプロトン(H+)源とした新しい反応系の開発を行なった。2018年に同研究グループは、光反応によって有機リン化合物から他の分子への電子移動(光誘起電子移動)を引き起こすと、水分子との間にP-O結合が形成されることを見出した(Chem. Eur. J. 2018, 24, 18618-18622.)。この結合形成によって水分子は活性化され、他の分子へ容易にプロトン(H+)を供与できる強い酸として機能できることが明らかになっている。この反応系から得られた知見を応用し、光酸化力の高い光誘起電子移動触媒を用いて有機リン化合物からの光誘起電子移動を引き起こすことで水分子を活性化してモリブデン錯体上で進行するアンモニア合成反応のプロトン(H+)源として水を利用することを狙った。具体的には、アンモニア合成触媒としてモリブデン錯体、光誘起電子移動触媒としてイリジウム錯体、還元剤として有機リン化合物、プロトン(H+)源として水を含む溶液に対して、常温常圧の窒素ガス雰囲気下、可視光を照射したところ、アンモニアが触媒的に生成した(図1c)。更にこの反応系では、基質と触媒間のプロトンの受け渡しを促進できる「プロトン伝達体(ピリジン誘導体)」を加えることで反応活性が劇的に向上することが明らかとなった。これまでに報告されてきた光触媒的アンモニア合成反応系の中で最も高い触媒回転数(注7)を達成すると共に、量子効率(注8)を先行研究での2%から本研究での22%へと飛躍的に向上させることに成功した。
本光触媒反応の反応機構を調査したところ、図2に示した複数の過程を経て進行していると推定された。まず照射した可視光のエネルギーを用いて光誘起電子移動触媒であるイリジウム錯体が有機リン化合物からの電子移動を引き起こし、イリジウム錯体は還元状態に、有機リン化合物は酸化状態となる。酸化状態の有機リン化合物は、水分子と結合を形成して水分子を活性化する。一方、モリブデン錯体は、窒素分子を活性化してニトリド配位子を有するニトリド錯体(注9)を生成する。イリジウム錯体の還元状態が電子を、水分子と結合した有機リン化合物がプロトン(H+)をニトリド錯体へ供与(プロトン共役電子移動)することでアンモニアが生成される。なお、水分子と結合した有機リン化合物からニトリド錯体へのプロトン(H+)移動は、プロトン伝達体存在下では大幅に加速される。
図2:今回の光触媒反応系における反応機構
〈今後の展望〉
本研究は、カーボンニュートラル化の達成に向けて今後更なる需要の拡大が予想されるアンモニアを、常温常圧の窒素ガスと水から太陽光の主成分である可視光を用いて合成することに成功した世界初の例である。本研究成果はグリーンアンモニア合成法の開発に向けた重大な知見を与えると同時に、さまざまな研究分野において大きな波及効果をもたらすものと期待される。
〇関連情報:
プレスリリース①「世界で初めて窒素ガスと水からのアンモニア合成に成功~常温常圧で世界最高の触媒活性、持続可能な社会へ~」(2019/4/24)
https://www.t.u-tokyo.ac.jp/press/foe/press/setnws_201904251057246383830380.html
プレスリリース②「計算化学に基づいて巧みに分子設計された超高活性アンモニア生成触媒の開発に成功!――触媒活性の世界最高記録を大幅に更新!――」(2023/4/18)
https://www.t.u-tokyo.ac.jp/press/pr2023-04-18-001
プレスリリース③「常温常圧の極めて温和な反応条件下で、可視光エネルギーを用いて 窒素ガスをアンモニアへと変換することに世界で初めて成功!」(2022/12/02)
https://www.t.u-tokyo.ac.jp/press/pr2022-12-02-001
発表者
東京大学大学院工学系研究科応用化学専攻
山﨑 康臣 講師
遠藤 佳輝 研究当時:修士課程
西林 仁昭 教授
論文情報
雑誌名:Nature Communications
題 名:Catalytic ammonia formation from dinitrogen, water, and visible light energy
著者名:Yasuomi Yamazaki, Yoshiki Endo, Yoshiaki Nishibayashi*
DOI:10.1038/s41467-025-59727-w
URL:https://www.nature.com/articles/s41467-025-59727-w
研究助成
本研究は、科研費基盤研究(S)「超触媒を利用した窒素分子からの革新的分子変換反応の開発(課題番号:20H05671)」、「高活性な窒素固定触媒に基づく窒素分子の自在変換法の開発(課題番号:24H00049)」、学術変革領域研究(A)「プロトン共役電子移動反応を鍵とするグリーンアンモニア合成反応の開発(課題番号:24H01834)」、挑戦的研究(萌芽)「可視光を駆動力とする窒素と水素とからのアンモニア合成反応の開発への挑戦(課題番号:24K21778)」、学術変革領域研究(B)「多電子CO2変換を実現する複合光反応場の開発(課題番号:23H03832)」、学術変革領域研究(B)「分子触媒・反応場・反応解析法の革新と協奏:CO2光多電子還元の学理構築(課題番号:23H03830)」、科研費基盤研究(C)「可視光駆動型光触媒的窒素固定化反応における機構的研究(課題番号:24K08441)」、の支援により実施された。また、本研究で開発に成功したモリブデン錯体を触媒として利用した触媒的アンモニア合成反応の実用化に関する共同研究をNEDOグリーンイノベーション基金(幹事企業:出光興産株式会社)として実施している。
用語解説
(注1)アンモニア合成触媒
今回の研究では、中心の金属イオンに対して3カ所(同一平面上)で配位できる配位子(ピンサー配位子)を有するモリブデン錯体をアンモニア合成触媒として用いている。窒素分子の活性化は、まず2つのモリブデン錯体が窒素分子を挟み込む中間体(窒素架橋二核モリブデン錯体、 [Mo]-N≡N-[Mo])を形成した後に、窒素—窒素結合の切断によりニトリド錯体(注9、 [Mo]≡N)を生成させることで進行する(2[Mo] + N2 → [Mo]-N≡N-[Mo] → 2[Mo]≡N)。
(注2)光誘起電子移動触媒
可視光を吸収することで高エネルギーな励起状態となり、系中の分子と電子の授受を伴う化学反応を引き起こすことができる触媒(「可視光酸化還元触媒」、「可視光レドックス触媒」、「レドックス光増感剤」とも呼ばれる)。本反応系では、光誘起電子移動触媒として励起状態において高い酸化力を有するイリジウム錯体を用いることで有機リン化合物からイリジウム錯体への電子移動が生じ、光触媒反応が開始される。
(注3)有機リン化合物
リン-炭素(P-C)結合を有する有機化合物の総称。本反応系では、リン原子にフェニル基が3つ結合しているトリフェニルホスフィン(Ph3P)、もしくはその誘導体が高い反応活性を示した。本反応中、有機リン化合物(R3P)は合計2つの電子と2つのプロトンを放出し、最終的には安定なホスフィンオキシド(R3P=O)へと変換されることが確かめられている(R3P + H2O → R3P=O + 2e− + 2H+)。
(注4)アンモニア(NH3)
常温・常圧では無色の気体であるが、常温下8.5気圧まで加圧、もしくは常圧下−33 °Cまで冷却することで液化できると知られており、エネルギー密度の高い液体として貯蔵・運搬することが容易である。
(注5)グリーンアンモニア
再生可能エネルギーを用いて製造されるアンモニアを指し、製造の過程で二酸化炭素を排出しないため、カーボンニュートラル社会に適した燃料・エネルギーキャリアとしての利用が近年精力的に検討されている。
(注6)ハーバー・ボッシュ法
フリッツ・ハーバーとカール・ボッシュにより開発された窒素ガスと水素ガスからアンモニアを製造する工業プロセス。高温高圧の反応条件下(400~600 °C、200~1000気圧)、鉄触媒を用いて窒素ガスと水素ガスを直接反応させる。反応式は、N2 + 3 H2 → 2NH3で表され、原料に用いた全ての原子が生成物に含まれる、廃棄物の極めて少ない画期的な反応系である。
(注7)触媒回転数
アンモニア合成触媒1分子あたりアンモニアを何分子生成したか、すなわち触媒が失活するまでに何回触媒サイクルを駆動できたかを示す指標。触媒の性能を評価する指標として広く用いられている。
(注8)(外部)量子効率
照射した光子数と生成したアンモニアの物質量の比、すなわち照射した光子のうち何%をアンモニア合成反応に結びつけられたかを示す指標。同じランプを用いた場合、量子収率が高い反応系ほど、光反応が早く進行する。
(注9)ニトリド錯体
ニトリド配位子(N3−)を有する錯体。本反応系では、モリブデンイオンとニトリド配位子間は形式的に三重結合で表現される([Mo]≡N)。電子とプロトン(H+)をそれぞれ3つずつ受け取ることで、ニトリド配位子はアンモニア配位子へと変換される([Mo]≡N + 3e− + 3H+ → [Mo]-NH3)。
プレスリリース本文:PDFファイル
Nature Communications:https://www.nature.com/articles/s41467-025-59727-w
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