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- 2024
中性子線とナノテクノロジーを武器に「悪魔のつくった表面」を制御する ―セラミックスの製造技術の課題を克服し、排ガス浄化触媒に新しい未来を! ―
【発表のポイント】
- 「神が中身のある物体を創造し、表面は悪魔の仕業でできた」。1945年にノーベル物理学賞を受賞したパウリ博士は、材料の表面科学の難しさを、そう例えました。現在もその難しさは変わっていません。
- 自動車の排ガス中の温室効果ガスを無害化する排ガス浄化触媒は、環境負荷の低減に重要です。しかし、排ガス浄化触媒に使用するセラミックス材料では、原材料の粒子の大きさを均一に制御することが困難でした。
- 本研究では、セラミックス粒子の「自己組織化」における粒子表面の役割に着目しました。粒子表面を中性子線やX線、顕微鏡で分析することで、粒子表面の性質の変化が、セラミックスの構造に大きな違いをもたらすことが分かりました。
- セラミックス粒子の自己組織化の性質を理解し利用することで、排ガス浄化触媒をはじめとしたセラミックスの製造における技術課題を克服し、新たな機能材料の開発に貢献します。
【概要】
セラミックスのナノ粒子は、シリコンやアルミニウムなどの酸化物や窒化物です。セラミックスには、金属ナノ粒子に比べて腐食が起こりにくく、耐熱・耐放射線に優れ、安定に使用できるという特性があるため、機能材料として注目を集めています。例えば、排ガス浄化触媒、光触媒、化粧品、塗料、半導体センサー材料、色素増感材料、ナノ多孔膜など、私達の生活の様々な場面で利用されています。今回、排ガス浄化触媒の材料製造プロセスを調べたところ、反応の初期段階には液体だけしか存在しないと思われていましたが、小さなナノ粒子(1次粒子)もできることを発見しました。さらに1次粒子は時間を置くことで規則的に集まり、少し大きな粒子(2次粒子)となることを発見しました。この発見は、機能性材料を構成する高次構造(2次粒子が規則的に配列したもの)に繋がる粒子の結合様式や配列方法を制御する集積ナノテクノロジーにかかわる知見として、新しい触媒や光学材料の製造技術の進歩に寄与することが期待されます。
なお、本研究は国立研究開発法人日本原子力研究開発機構(理事長 小口正範)の青柳登研究副主幹、池田篤史研究主幹、上田祐生研究員、元川竜平研究主幹、奥村雅彦研究主幹、蓬田匠研究員、東京大学の斉藤拓巳教授、山形大学の西辻祥太郎准教授、北海道大学の佐﨑元教授らによる共同研究チームによるものです。
自動車の排ガス浄化触媒は、セリウム塩やジルコニウム塩を硝酸溶液に溶解することで作製します。本研究ではその際に、これまでに見たことのない性質を示す集積ナノテクノロジーに関する現象を発見しました。通常、金属イオンであるセリウムイオンは、濃度が高くなると固体が沈殿として析出するのに対して、濃度が低くなると液体に全て溶けます。ところが今回、正イオンが粒子に集まってくることで、セリウムイオン濃度が高い場合では1次粒子ができ、低い濃度では2次粒子が生成する「自己組織化」[1]が起きていることが分かりました。
研究チームは、水溶液中の微粒子が集まってできる「自己組織化」に注目し、2次粒子がどのようにして形成されるかを詳細に調べました。X線小角散乱測定(SAXS)[2]と中性子小角散乱測定(SANS)[3]、さらに最先端の顕微鏡技術を用いて分析を進めた結果、2次粒子がさらに緩やかに集まる、高次構造を発見しました(図1右)。この高次構造は2次粒子表面でのイオンの濃度差によってもたらされるということが分かりました。
この発見は、自己組織化構造に表面相互作用が重要であることを明示的に示した初めての例です。今後、自己組織化構造の特性を考慮に入れたセラミックスのナノ粒子を用いて、新しい視点による機能材料開発に繋がる可能性があり、我が国の環境負荷の軽減技術に貢献することが期待されます。
本成果は、英国Springer Nature社が出版する国際学術誌「Communications Chemistry」のオンライン公開版(6月12日(現地時間))に掲載されました。
【これまでの背景・経緯】
現代社会は、持続可能な未来を目指しています。産業と技術革新の基盤を作ることに関心が高まっていますが、環境負荷の低減は基本的な設計思想の根幹にあります。環境負荷を低減する素材として、ナノ粒子の製造方法に注目が集まっています。現在このナノ粒子から作成したセラミックスは、ディーゼル自動車の排ガス浄化触媒や、有害有機物を無毒化する光触媒として利用されています。
ナノ粒子材料を用いた排ガス浄化触媒等の化学合成で用いられる方法の一つにワンポット合成法という方法があります。この方法ではフラスコに反応基質を入れて、反応容器を変えることなく多段のプロセスを経るため、エネルギーロスや廃棄物ロスを低減できるなど、多くの経済的・環境的メリットがあります。しかし、この方法の効率や反応速度、そして触媒材料の選択性などの特性を理解することは簡単ではありません。その一因として、従来の合成方法(図1左)が、ナノ粒子材料の持つ階層性(階層構造)に注目していないことが挙げられます(図1右)。
固体触媒の中には階層的に集まる構造(階層構造)をしているものがあります。さらに、この階層構造を持つ触媒の前駆体分子が複数集まることで、界面活性剤の分子に似た「自己組織化構造体」を形成する可能性があります(図1右)。したがって、ワンポット合成法のフラスコの液体(反応前の初期状態)における「自己組織化構造体」の階層構造を明らかにし、凝集・分散に影響する集まり方を明らかにすることが、セラミックス触媒の製造技術の発展にとって重要な視点になると考えられます。
「自己組織化構造」は、適度にエネルギーを散逸させながら、形の大部分を維持し、発展させるための構造だと考えられており、生体内や、有機・無機の結晶や化合物にも存在します。ミクロな自己組織化構造の観察は一般的に難しいものですが、中性子線やX線は、ミクロレベルの観察に極めて有効です。そこで本研究では、X線小角散乱測定と中性子小角散乱測定を用いて、階層性を保って自己組織化するナノ粒子の構造を決定し、それらが織りなす模様を観察することを目指しました。
【今回の成果】
本研究では、有機合成で反応触媒として使われるCAN(硝酸セリウムアンモニウム)という物質を原料にして作り出されるナノ粒子に焦点を当てました。この原料は硝酸に簡単に溶けます。しかし、「溶ける」と一口に言っても、その中で起こっている現象はとても複雑な過程が組み合わさって進行します。研究を進める中で、研究チームはCANが集まりセリア[4]の1次粒子が作られることを発見しました。セリアの1次粒子はセリウムイオンと水が化学反応する加水分解によって生じ、数分から数時間で生成が終了しました。さらに時間が経ち、数日から数週間経過すると、この1次粒子が集まり出し、2次粒子となることを見出しました。このように、1次粒子から2次粒子へ大きさの階層が上がると粒子が集まる反応が遅くなることも分かりました。
この現象を理解するために、ナノスケールの構造を分析できるX線小角散乱測定を行いました。その結果、セリアの2次粒子は1ナノメートルから3ナノメートルの大きさで液中に溶けており、高濃度ではお互いの反発力が作用した結果、2次粒子は形成しませんでした。しかし、低濃度では反発力が弱まる反面、粒子が互いに引き合う力が生じた結果、2次粒子を形成しました。2次粒子は、25ナノメートルの大きさの粒子になりますが、それでも沈殿は生じることなく液体中を浮遊することも分かりました。この理由を調べるために、JRR-3に設置されている中性子小角散乱装置(SANS-J)を用い、負イオンで帯電した2次粒子表面近くの正イオンの分布の分析を進めました。その結果、2次粒子は、自己組織化後に表面の性質が変化し、表面付近に自身の大きさ(25ナノメートル)の25%くらいの薄い正イオン層(6ナノメートル)を伴うことが分かりました(図2)。この層にはアンモニウムイオンが多く含まれますが、アンモニウムイオンは粒子結合部位(図2の赤色部分)では排除され、粒子間距離が離れた部位(図2の黄色より外側の上下)では緩く集まってきます。このように、アンモニウムイオンは2次粒子の周囲に不均一に集まるために、「程よく」凝集・分散の制御に重要な役割を果たしていることを突き止めました。そして、レーザー共焦点微分干渉顕微鏡[5]を用いて観察すると、その程よく集まった集合体がさらに緩やかに集まり、自己組織化の進んだ大きな面状、紐状の緩やかな集まり(高次構造)として現れることが分かりました(図3)。
今回、セラミックスの製造のプロセスにおいて、ナノ粒子の自己組織化によって粒子の大きさや形が決定されるということが明らかになりました。また、その形が粒子表面の特殊な薄い層の作用でもたらされることを初めて明らかにしました。さらに、粒子が緩やかに集まることで、機能を持つ高次構造ができることが分かりました。このように、面状に広がる粒子を積層する技術を既存の色素含浸技術と組み合わせて行うことで、触媒材料以外の応用も考えられます。セリアは耐環境性が高く、酸素を吸蔵するセラミックスであるため、例えば、強靭な顔料やナノ多孔膜の製造方法に繋がる可能性があります。このようにナノ粒子製造における諸課題を克服し、ナノ粒子製造の結果生じるセラミックス等を通じて、例えば排ガスのような環境負荷を低減させることに貢献します。
【まとめ・今後の展望】
本研究は、セラミックス触媒材料の製造技術を飛躍的に進歩させる可能性を秘めた2次粒子の表面の集まり方や結合に関する知見を提供しています。今回獲得した自己組織化を利用した集積ナノテクノロジーを応用することで、セラミックス触媒材料も含めた材料全体の製造技術を進化させることができると考えています。研究をさらに進めるためには、溶液内のイオンと表面の薄い層の制御との関係、2次粒子間に働く力を詳しく調べる必要があります。これらの研究が進むことで、今後は、耐食性コーティング、剥がれにくい顔料、太陽光発電のナノ多孔膜材料として利用できる可能性があります。
また、今回の結果を通じて、X線と中性子線を活用した分析が表面の薄い層の解明に強力なツールになることが、改めて示されました。新材料の開発にはX線分析と中性子線分析も大いに活用できます。
【論文情報】
- 雑誌名:Communications Chemistry
- タイトル:Globular pattern formation of hierarchical ceria nanoarchitecture
- 著者名:Noboru Aoyagi,1 Ryuhei Motokawa,1 Masahiko Okumura,1 Yuki Ueda,1 Takumi Saito,1,2 Shotaro Nishitsuji,3 Tomitsugu Taguchi,4 Takumi Yomogida,1 Gen Sazaki,5 and Atsushi Ikeda-Ohno1
- 所属:1 日本原子力研究開発機構(原子力機構)、2 東京大学大学院工学系研究科、3 山形大学工学部、4 量子科学技術研究開発機構、5 北海道大学低温科学研究所
<付記>
各研究者の役割は以下の通りです。
- 青柳、元川(原子力機構):セリアの階層構造を明らかにするための実験デザイン
- 青柳、元川、奥村、上田、蓬田、池田(原子力機構)、西辻(山形大)、佐﨑(北大):本研究にかかるデータの収集と分析
- 青柳(原子力機構)、斉藤(東大):表面の相互作用に関する考察・議論
- 青柳、元川(原子力機構:研究総括)
本研究は、日本学術振興会の科学研究費助成事業(20K05387、23K17808、18KK0148、18H01921、22H02010)、原子力機構のファンドである黎明研究、萌芽研究などの助成を受けて実施されました。
【参考文献】
- Ikeda-Ohno, A., Hennig, C., Weiss, S., Yaita, T. & Bernhard, G. Hydrolysis of tetravalent cerium for a simple route to nanocrystalline cerium dioxide: an in situ spectroscopic study of nanocrystal evolution. Chem. Eur. J. 2013, 19, 7348-7360.
- Aoyagi, N. et al. Photophysical Property of catena-Bis(thiocyanato)aurate(I) Complexes in Ionic Liquids. Cryst. Growth Des. 2015,15, 1422-1429.
- Murata, K.-i., Asakawa, H., Nagashima, K., Furukawa, Y. & Sazaki, G. Thermodynamic origin of surface melting on ice crystals. Proc. Natl. Acad. Sci. USA 2016, 113, E6741-E6748.
- Motokawa, R.; Kobayashi, T.; Endo, H.; Mu, J. J.; Williams, C. D.; Masters, A. J.; Antonio, M. R.; Heller, W. T.; Nagao, M., A telescoping view of solute architectures in a complex fluid system. ACS Cent. Sci., 2019, 5, 85-96.
【用語の説明】
[1] 自己組織化
化学や工学分野での自己組織化とは、原子や分子、またはイオンや錯体が組み合わさって超構造を形成する反応やその反応生成物を指します。組み上がった分子には、ガス吸蔵や化学分離などの機能を付加することができます。
[2] X線小角散乱測定
物質のミクロな構造を観察・分析するための技術です。物質内部の重元素のナノスケールの構造を詳しく調べることが可能です。
[3] 中性子小角散乱測定
物質のミクロな構造を観察・分析するための技術です。物質内部の軽元素のナノスケールの構造を詳しく調べることが可能です。本研究で扱われた液体試料に適用できる装置は、JRR-3に設置されている装置(SANS-J)を使いました。
[4] セリア
セリウム(原子番号58)が酸素と結合したセラミックスです。耐火性、耐熱性に優れ、工業用材料としての利用は多岐にわたります。代表的なものが、ディーゼルエンジンから未燃燃料の炭化水素(HC)、不完全燃焼の一酸化炭素(CO)、窒素酸化物(NOx)の排出を抑制する自動車の排ガス三元触媒(TWC)です。
[5] レーザー共焦点微分干渉顕微鏡
結晶の表面や気液界面など、分子レベルで平らな表面を詳細に観察するために開発された顕微鏡です。ノイズ光の除去と試料の厚みのコントラストを強調することを組み合わせた技術です。これによって、例えば原子や分子1層分の厚みの、極めて薄い試料を測定することができます。
プレスリリース本文:PDFファイル
Communications Chemistry:https://www.nature.com/articles/s42004-024-01199-y