プレスリリース

“適度な運動”が⾼⾎圧を改善するメカニズムをラットとヒトで解明 〜頭の上下動による脳への物理的衝撃が好影響〜

 

国立障害者リハビリテーションセンター、東京大学、国立循環器病研究センター、東京農工大学、九州大学、国際医療福祉大学、関西学院大学、群馬大学、東北大学、大阪大学大学院医学系研究科、岩井医療財団、新潟医療福祉大学、所沢ハートセンターの共同研究グループは、ラットを用いた実験とヒト成人を対象とした臨床試験にて、適度な運動が高血圧改善をもたらすメカニズムを発見しました。
軽いジョギング程度の運動中、足の着地時に頭部(脳)に伝わる適度な物理的衝撃により、脳内の組織液(間質液)が動きます。これにより脳内の血圧調節中枢の細胞に力学的な刺激が加わり、血圧を上げるタンパク質(アンジオテンシン受容体)の発現量が低下し、血圧低下が生じることが、高血圧ラットを用いた実験で分かりました。
さらに、この頭部への物理的衝撃を高血圧者(ヒト)に適用すると、高血圧が改善することを世界で初めて明らかにしました(図1)。
この結果は、適度な運動による健康維持・増進効果において、運動時に頭部に加わる適度な衝撃が重要である可能性を示すものであり、本成果は、英科学誌『Nature Biomedical Engineering』に掲載されました。
2023年7月7日:オンライン公開
論文タイトル:Interstitial-fluid shear stresses induced by vertically oscillating head motion lower blood
pressure in hypertensive rats and humans(頭部上下動で生じる脳の間質液流動による力学的刺激が
高血圧を改善する)
DOI: 10.1038/s41551-023-01061-x URL: https://www.nature.com/articles/s41551-023-01061-x

fig1

 

図1:本研究で明らかにした適度な運動による高血圧改善のメカニズム及びそのヒトでの検証 ラットで高血圧改善効果が示されている中速度(分速20 メートル)走行では、前肢の着地時に 頭部に約1 Gの衝撃(加速度)が生じる。この頭部への衝撃を再現するラットの受動的頭部上下動 は、脳内の間質液を流動させ、血圧調節中枢が存在する脳領域のアストロサイトにおけるアンジオ テンシン受容体の発現を抑制し、高血圧を改善した。ヒトにおける適度な運動である軽いジョギン グでも、足が着地する際に頭部に約1 Gの衝撃が生じるが、頭部への1 Gの衝撃をヒトで再現する 座面上下動椅子は高血圧を改善した。

 

研究成果のポイント

<ラットでの実験結果>

・高血圧を自然発症するラット(高血圧ラット)において、ヒトの軽いジョギング程度に相当する運動(分速20メートルの走行)を続けると、高血圧改善効果、交感神経※1活性抑制効果があることが報告されていた(岸ら、Clinical and Experimental Hypertension、2012)。また、その分速20メートルで走行中のラットでは、前足が着地する毎に頭部に約1 Gの衝撃※2が加わることを本研究グループは明らかにしていた(柳ら、iScience、2020)。今回、麻酔した高血圧ラットの頭部に1 Gの衝撃がリズミカルに加わるように、毎秒2回頭部を上下動させると(これを受動的頭部上下動と名付けた)、脳内の組織液(間質液※3)が流れ、細胞に力学的刺激(流体せん断力※4)が加わり(図2)、これを1日30分間・2~3週間以上続けると、高血圧改善(血圧低下)効果があることが分かった。

・高血圧ラットにおける高血圧の病態に関与することが知られている延髄の一部(吻側延髄腹外側野※5)のアストロサイト※6におけるアンジオテンシン受容体※7の発現が、1日30分間・4週間の運動でも、1日30分間・4週間の受動的頭部上下動でも、低下することが分かった。

・延髄における間質液の動きを阻害すると、運動や受動的頭部上下動による高血圧改善効果も、アストロサイトにおけるアンジオテンシン受容体発現低下も、交感神経活性抑制効果も認められなくなった。

 

<ヒトでの検証結果>

・ヒトにおける適度な運動の典型である、軽いジョギングあるいは速歩きでも、足の着地時に頭部に1 Gの衝撃が上下方向に加わることが分かった(図3左)。

・座面が上下動することで、1 Gの上下方向の衝撃がヒトの頭部に加わるように設計された椅子(図3右)に1日30分間・1週間に3日・1ヶ月間(4.5週間)搭乗すると、高血圧改善効果、交感神経活性抑制効果が認められた(図4)。

・1週間に3日・1ヶ月間の上下動椅子搭乗期間の終了後も、約1ヶ月間は高血圧改善効果が持続した。

 

高血圧はWorld’s biggest killerとも言われ、世界における最大の死亡危険因子となっています。適度な運動が高血圧の予防・治療に有効であることは分かっていましたが、運動が高血圧を改善する仕組みはよく分かっていませんでした。

本研究の意義は、運動の高血圧改善効果の背景となるメカニズムの発見です。これまでに、「適度な運動」の効果は、高血圧改善に限らず、認知症、うつ病をはじめ多くの脳機能関連疾患の症状・障害の軽減・改善にて、統計的には証明されています。そこで、運動時に生じる脳内組織液流動の重要性は、それらの疾患にも当てはまることが考えられます。さらには、どんな運動を、1日どのくらい、1週間に何日行えば、健康維持になるのかといった健康寿命延伸へ向けた重要な問題の解決にもつながるものです。今回の研究の成果からは、運動により頭部に適度な物理的刺激を与えることが、脳、さらには身体の健康維持に役にたつ可能性が考えられます。

 

本研究は「日本学術振興会科学研究費助成事業」「国立研究開発法人科学技術振興機構」「国立研究開発法人日本医療研究開発機構」「文部科学省先端研究基盤共用促進事業」「公益財団法人上原記念生命科学財団」「公益財団法人内藤記念科学振興財団」からの支援を受けて行われました。

<研究の意義・背景>

超高齢社会を迎えた日本のみならず、先進諸国において、健康寿命の延伸が喫緊の課題となっています。認知症、うつ病、糖尿病、癌など多くの、特に加齢に関連した疾患・障害に「適度な運動」が有効であることが統計的に証明されています。一方で、「適度な運動」の反対である「身体不活動※8」は、特に高齢者においてさまざまな疾患の原因となり、日本における死亡危険因子(リスクファクター)の第3位となっています(池田ら、Lancet、2011)。

このように、適度な運動の重要性は確立されていますが、運動の何が身体に好影響を与えるか、ほとんど分かっていません。例えば、有酸素運動には上下動(飛ぶ、あるいは、飛び跳ねる)を伴うものが少なくありませんので、本当はその上下動が重要なのかもしれません。

 

<検証した仮説>

今回の研究では、「運動→頭部に適度な衝撃→脳内間質液流動→脳内の細胞に力学的刺激→脳内の細胞の機能調節」という分子の仕組みが、死亡リスクファクターとして世界で第1位(2009年、WHO発表の資料)・日本で第2位(池田ら、Lancet、2011)である高血圧の予防あるいは改善においても重要な役割を果たしているかを、動物・細胞実験のみならず、ヒト高血圧者を対象とした臨床試験で検証しました。

 

<今後の展望>

本研究でそのメカニズムを追究した適度な運動の効果は、脳に限ったものではありません。骨・関節、筋肉などの運動器はもちろんとして、肝臓を始めとする腹腔内臓器や内分泌器官にも、適度な運動が好影響を与えることが明らかとされています。本研究チームは、身体に良い効果をもたらす運動の本質の少なくとも一部が、運動時(特に、足の着地時)に身体に加わる力(衝撃)で生じる間質液の流動であるとする仮説を(図5)、マウスやラットにて検証してきました(斉藤ら、Clinical Science、2018;宮崎ら、Science Advances、2019;柳ら、iScience、2020)。本研究により、代表的な生活習慣病である高血圧症に対する適度な運動の効果に、身体への物理的衝撃で生じる間質液流動の促進が重要な役割を果たすことが、ヒトでも示されました。本研究の成果は、「運動とはなにか?」という問いへの答えにつながるとともに、骨・関節・神経の病気や怪我などで運動したくても運動できない者(例えば、寝たきりの高齢者や肢体不自由障害者)にも適用可能な擬似運動治療法の開発につながる可能性があります。

 

<研究内容>

(1)ラット頭部へ適度な物理的衝撃を与える受動的上下動は、高血圧を改善し、交感神経活性を抑制する

ラットの頭部に加速度計を設置し、(ラットにとっては)適度な運動となることが報告されている分速20メートル(1分間で20メートル)の走行をさせたところ、前肢の着地時に頭部に約1 Gの大きさの上下方向の衝撃が検出されました。麻酔下に高血圧ラットの頭部を上下動することで1 Gの上下方向の衝撃を頭部に与えたところ(1日30分間で4週間)、分速20メートルの走行(やはり1日30分間で4週間)と同様に、血圧が下降し、尿中に排泄されるノルエピネフリン※9の量が減少しました。一方、この受動的頭部上下動による血圧下降・交感神経活性抑制は、高血圧ラットにのみに生じ、正常血圧ラットの場合はさらなる血圧下降・交感神経活性低下は生じませんでした。

(2)受動的頭部上下動も適度な運動も、血圧調節中枢のアストロサイトにおけるアンジオテンシンII 1型受容体の発現を低下させる

ラットで、1日30分間・4週間の受動的頭部上下動と分速20メートルの走行は、いずれも吻側延髄腹外側野のアストロサイトにおけるアンジオテンシンII 1型受容体の発現を低下させました。

(3)受動的頭部上下動(上下方向に1 Gの衝撃)により、脳に微小な変形が生じ、延髄の間質液が流動し、局所の細胞に流体せん断力が加わる(図2)

造影CTや蛍光標識したハイドロゲル10の導入にて、延髄における間質液の移動(流れ)の速度(流速)、経路(流路)の構造・配向性・サイズを検討し、計算したところ、頭部への1 Gの上下方向の衝撃は局所の細胞に1 Pa(パスカル)を少し下回る程度の流体せん断力をもたらすことが分かりました。

(4)流体せん断力による、アストロサイトにおけるアンジオテンシンII 1型受容体の発現低下は、培養細胞でも再現される

1 Paを少し下回る流体せん断力を培養アストロサイトに加えたところ、アンジオテンシンII 1型受容体の発現が低下し、アンジオテンシンIIに対する応答性が低下しました。 

(5)高血圧ラットの延髄にて間質液の流動を阻害すると、適度な運動や受動的頭部上下動による効果が消失する

ラットの吻側延髄腹外側野にハイドロゲルを導入すると組織液の流動が阻害されますが、細胞への栄養供給などは保たれるので細胞死は促進されません。しかし、吻側延髄腹外側野にハイドロゲルを導入した高血圧ラットでは、分速20メートルの走行や受動的頭部上下動による血圧下降効果、アストロサイトにおけるアンジオテンシンII 1型受容体発現低下、尿中ノルエピネフリン排出量減少の効果が消失していました。これは、運動や受動的頭部上下動の効果が間質液の流動を介していることを示します。

(6)ヒトの軽いジョギング程度の運動で、足の着地時に頭部に約1 Gの衝撃が加わる

ヒトで健康によいとされる軽いジョギングあるいは速歩き(時速7キロメートル)を行なった時も、足の着地時に約1 Gの衝撃が頭部に加わることが分かりました(図3左)。

(7)座面上下動椅子搭乗により、ヒトの高血圧が改善し、交感神経活性が抑制される

高血圧症を有するヒト成人が、頭部に1 Gの上下方向の衝撃を与える座面上下動椅子(図3右)に、1日30分間、週に3日、1ヶ月間(4.5週間)搭乗すると、高血圧が改善し、交感神経活性が抑制されました(図4)。また、1ヶ月間の座面上下動椅子搭乗期間の終了後も、約1ヶ月間は高血圧改善効果の持続が観察されました。なお、過度の血圧低下(低血圧症状)を含め、この座面上下動椅子搭乗による明らかな有害事象は認められませんでした。

 

<参考図>

fig2

 

図2:運動時に頭部に生じる約1 Gの衝撃により、脳組織に微小な変形が生じ、間質液が流動し、脳内の細胞(例えば、アストロサイト)に力学的刺激(流体せん断力)が加わる脳局所の微小変形を示す中央(上と下)の図では、細胞(アストロサイト)の一部を青、間質液(間質腔)をピンクで表した。

 

 

fig3

図3:ヒトの適度な運動時の頭部への衝撃を再現する座面上下動椅子

ヒトの軽いジョギングでも足の着地時に頭部に生じる衝撃(加速度)は1 Gであり、これを再現するために、座面が上下動する椅子を作製した。

 

fig4

図4:座面上下動椅子搭乗による高血圧改善・交感神経活性抑制効果

高血圧者を対象に、座面上下動椅子搭乗(左)の効果検証を目的とした臨床試験を実施した。1日30分、1週間に3日、計1ヶ月間(4.5週間)の座面上下動椅子搭乗は、高血圧改善(右上)・交感神経活性抑制(右下)効果を有することがわかった。血圧変動LF(low frequency = 低周波数)パワーは交感神経活動度の指標で、心拍間隔変動LF/HF(high frequency = 高周波数)パワー比は交感神経と副交感神経の活動度のバランスの指標であり、これらの低下はいずれも交感神経活性の低下を示唆する。右のグラフ中、線分の色は、各被験者に対応する(例えば、各グラフの青い線分は同一被験者からのデータを示す)。

 

 

fig5

 

図5:適度な運動の正体(本質)に関する考察・仮説

有酸素運動には、ランニング(ジョギング)、ウォーキングなど、足が接地(着地)した瞬間に地面からの反力を受け、身体に物理的衝撃が加わるものが多い。本研究では、健康維持・促進法としての運動の正体(本質)の少なくとも一部が、身体への物理的衝撃及びそれにより生じる間質液流動促進であるとする仮説(の一部)を検証した。

本研究では、水泳・水中歩行・自転車(エアロバイクを含む)漕ぎなど、身体への物理的衝撃があまり想定されてこなかった運動でも、頭部に0.5 G程度の加速度が生じることを確認した。また、ラットを用いた実験で、0.5 Gの頭部への衝撃でも1 Gの衝撃とほぼ同程度の高血圧改善効果を認めた。

 

<用語説明>
※1 交感神経:拮抗する副交感神経とともに自律神経系を構成する神経。交感神経の興奮が下界からのストレス刺激に対する反応として生じ、血圧上昇、物質代謝の亢進につながる。下界からの刺激に対する反応のみならず、定常状態における交感神経の活性(興奮度)にも生理的意義があり、定常状態での交感神経過活動が高血圧症の病態に関与することが知られている。

※2  1 Gの衝撃:衝撃の大きさ(強度)は加速度で表現される。GはGravityの頭文字であり、加速度の単位として用いられる時には重力加速度(9.8 m/s2)を意味する。本研究にて、ラットのみならずヒトにおいても、軽いジョギング程度の運動中に、足の着地時に頭部に約1 Gの上向きの衝撃(加速度)が加わることが確認された。

※3 間質液:組織・臓器の実質以外の部分は間質、間質に存在する体液(組織液)は間質液と呼ばれる。間質液は、細胞外液のうち血管内を流れる血液とリンパ管の中を流れるリンパ液を除く液体であり、量は血液の4倍を占め、細胞外液としては圧倒的に最大量である。生体内では血液に直接には接しない細胞が多いが、間質液に接しない細胞は存在しない。

※4 流体せん断力:物体内部のある面の平行方向に、すべらせるように作用する応力をせん断応力(ずり応力=shear stress)と言う。本研究で解析している流体せん断力は、物体の歪みにより生じる本来のせん断応力ではなく、流体が動くことで流体と物体(細胞)の境界面に生じる摩擦力である。血管の内腔側表面に存在する血管内皮細胞の機能維持に、血流で生じる流体せん断力が重要な役割を果たしていることが知られている

※5 吻側延髄腹外側野:脳幹部(延髄)に存在し、交感神経活動の制御中枢であり、血管運動中枢とも呼ばれる領域。この領域の細胞(ニューロン、アストロサイト)の機能変容が高血圧の病態に深く関与することが知られている。吻側(ふんそく)とは、脳解剖における表現であり、脳幹では、脊髄のある方(尾側)の反対側を指す。

※6 アストロサイト:グリア細胞の1種であり、その形状から星状細胞(アストロサイト)と名付けられた。その主たる機能はニューロン(神経細胞)機能のサポートと考えられてきたが、数はニューロンよりも多く、近年、アストロサイトの機能障害が脳機能関連疾患の病態に深く関与することが明らかにされつつある。

※7 アンジオテンシン受容体:ここではアンジオテンシンII 1型受容体を指す。アンジオテンシンとは、ポリペプチドの1種で、血圧上昇作用を有する生理活性物質である。生体内でアンジオテンシノーゲンの分解により作り出されるアンジオテンシンI~IVのうち、アンジオテンシンIIが最も強い血圧上昇作用を有する。アンジオテンシンII 1型受容体を介したシグナル伝達には、血管収縮作用、血管壁肥厚作用、動脈硬化作用、心筋肥大作用などがあり、その異常は高血圧症、認知症を始め、広く老化や慢性炎症に関与することが知られている。

※8 身体不活動:死亡リスクファクターの世界第4位、日本第3位と報告されており、健康維持に極めて大きな悪影響を及ぼすとされているが、身体不活動の明確な定義はない。一般的には運動不足と類似した意味合いで捉えられている。

※9 ノルエピネフリン:ノルアドレナリンともいい、副腎髄質から分泌されるホルモン(副腎髄質ホルモン)の1種。血圧上昇、中枢神経系の刺激などの作用を有し、その24時間尿中排泄量は信頼性の高い交感神経活性指標とされる。

※10 ハイドロゲル:水に溶けない高分子物質及びその膨潤体であり、具体的にはコンニャク、寒天、ゼリーのようなもの。ハイドロゲルを組織内に導入すると、血管内あるいはリンパ管内以外に分布する細胞外液、すなわち間質液が存在する間質腔における組織液(間質液)の移動が阻害される。ただし、間質液が排除・除去されるわけではなく、間質液内の物質(溶質)の拡散は阻害されないので、必ずしも細胞への栄養分の供給や細胞が放出する物質の排泄が阻害されるわけではないと考えられる。

 

 

 

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Nature Biomedical Engineering:https://www.nature.com/articles/s41551-023-01061-x