キラルでない結晶が“光の回転”を生む新原理を発見 -従来の定説を覆す新しいラマン光学活性の起源を解明-

2026/05/21

【ポイント】

○フェロアキシャル秩序に起因するラマン光学活性の発現機構を世界で初めて解明

○フェロアキシャル秩序によって光とフォノンの新しい相互作用が生じることを解明

○キラリティの概念を拡張することで、新しい物性探索・光計測手法への応用に期待

 

【概要】

東京科学大学(Science Tokyo) 理学院 物理学系の佐藤琢哉教授、楠野楽到大学院生、東京大学 大学院工学系研究科の木村剛教授、北海道大学 大学院工学研究院の渡邉光准教授らの研究グループは、中心対称性(用語1)を持ち非磁性な結晶であるNiTiO3(チタン酸ニッケル)において、ラマン光学活性(Raman Optical Activity, ROA、用語2)が生じることを明らかにしました。
従来、ROAはキラル分子や磁性体など、右円偏光と左円偏光で応答が異なる系において観測されると考えられてきました。しかし本研究では、中心対称性を持つため本来は右円偏光と左円偏光で同じ応答を示すはずの結晶においても、フェロアキシャル秩序(用語3)を持つ場合には、ラマン散乱強度に顕著な差が生じることを見いだしました。
さらに、対称性の解析および第一原理計算(用語4)により、従来は電気双極子近似の範囲では生じないと考えられてきたこの現象が、実際にはその範囲内で生じ得ることを示しました。本研究は、キラルでない物質でもROAが生じ得ることを明らかにし、光と物質の相互作用に関する従来の理解を大きく拡張する成果です。
本成果は、米国物理学会誌「Physical Review Letters」に5月19日(現地時間)付で掲載されるとともに、特に重要な論文としてEditors’ Suggestionに選出されました。

 

fig1

図1 フェロアキシャル秩序を持つ結晶におけるラマン光学活性(ROA)の模式図。結晶中の回転(下部の黄色矢印で示される電気双極子モーメント)の向きから決まるアキシャルベクトル(紫矢印)を持つ同一ドメインにおいて、円偏光の組み合わせに依存してラマン散乱強度が異なる(ROAが発現する)ことを示している。上部のらせん構造は円偏光を表し、オレンジが左円偏光(L)、青が右円偏光(R)に対応する。入射光と散乱光の組み合わせは、LR(左図)、RL(右図)の2通りであり、その組み合わせに応じて散乱強度に差が生じる。

 

●背景

物質の「キラリティ(左右非対称性、用語5)」は、自身に入射した光を回転させる性質(光学活性)を生み出す重要な性質です。ラマン光学活性(ROA)はその一種で、円偏光を用いたラマン散乱において、右円偏光と左円偏光の散乱強度の差として観測されます。これまでROAは、キラル分子や磁性体など、右円偏光と左円偏光に対する応答が異なる系において観測される現象として知られてきました。

一方で近年、フェロアキシャル秩序と呼ばれる新しい秩序状態が注目されています。この状態は、結晶中の原子やその配列がある軸の周りで回転するような配置をとり、その回転の向きが全体としてそろっていることに由来します。つまり、原子の並び方に「回転の向き」が定まっている状態です。フェロアキシャル秩序には、このように回転の向きを持つにもかかわらず、結晶全体としては中心対称性を保ったまま存在できるという特徴があります。さらに、この構造は鏡映対称性(鏡に映した像と元の構造が一致する性質)など一部の対称性を持たない一方で、中心対称性は保たれうるという性質を持ちます。

 

●研究成果

本研究では、フェロアキシャル物質であるチタン酸ニッケル(NiTiO3)単結晶に対し、円偏光ラマン分光を行いました。その結果、下記に挙げられる特徴が観測されました。

  • 右円偏光と左円偏光でラマン散乱の強度に大きな差が生じる(ROA)。

  • その強度差はフォノン(用語6)のモードごとに異なる。

  • 結晶の異なる面で測定すると、ROA信号の符号が反転する(ドメイン依存性)。

これらの結果は、観測されたROAが試料固有の対称性やドメイン構造に起因することを示しています。

特に、右円偏光と左円偏光のラマン散乱強度の差を、それらの平均強度で割ったROAの指標は最大で約1.0に達し、分子系のROA(約10-3)と比べて桁違いに大きいことが分かりました。この値は理論的に取り得る最大値に近く、本物質において極めて強い光学応答が実現されていることを意味します。

対称性解析および第一原理計算により、この現象は以下の要因で説明されます。

  • フェロアキシャル秩序による回転の向きの定義

  • フォノンの回転モード(右回りと左回り)の非対称化

  • 円偏光の向きとフォノンの回転の向きの組み合わせによるラマン散乱強度差の発現

すなわち、結晶中に定義された回転の向きに対して、フォノンの回転モードと電子状態との相互作用が方向依存性を持つことで、一方向の回転がより起こりやすくなる、いわば “ラチェット機構”のような非対称性が生じ、ROAが発現していることが明らかになりました。これは、従来はより高次の相互作用が関与すると考えられてきた光学活性が、電気双極子相互作用(用語7)という基本的な過程の範囲内で生じ得ることを示しています。

さらに、近赤外光(785 nm)での共鳴条件により、この効果が顕著に増強されることが観測されました。このことは、特定の光のエネルギーにおいて電子状態が強く関与していることを示しており、電子状態と格子振動の結合が重要な役割を果たしていることが分かりました。

 

●社会的インパクト

本研究は、下記の点において重要な意義を持ちます。

  • 「キラルでない物質でも、通常の旋光とは異なるラマン光学活性が生じる」という新概念の提示

  • フェロアキシャル秩序の新しい検出手法(ラマン分光)の確立

これまで光学活性はキラリティの存在と密接に結びついて理解されてきましたが、本成果はその前提を覆し、結晶中の原子の回転的な秩序によっても光学応答が制御できることを示した点で、光と物質の相互作用に対する理解を大きく拡張するものです。

これにより、新奇トポロジカル物質(用語8)の探索、光・フォノン相互作用の制御、光学デバイスや量子材料への応用などへの展開が期待されます。特に、光の偏光状態に応じた応答を持つ新しい機能性材料の設計や、フォノンを利用した情報制御など、次世代の光・量子技術への応用につながる可能性があります。

 

●今後の展開

今後は、下記について研究を進める予定です。

  • フェロアキシャル秩序を持つ他物質への適用

  • ナノスケールでのドメイン観察

  • フォノン磁気モーメント(用語9)など新奇物性の探索

これらを通して、フェロアキシャル秩序と光学応答との関係をより一般的に理解し、多様な物質系における普遍的な物理機構の解明を目指します。

さらに本研究を発展させることで、光学活性を示す物質の範囲をより広く探索し、従来は捉えることが難しかった結晶中の隠れた対称性や非自明な状態を光によって可視化する手法の確立を目指します。これにより、回転的な自由度やフォノンに起因する磁気的性質などに基づく新しい量子現象の理解が進むと期待されます。

将来的には、これらの知見を基に、光の偏光状態を利用して物質の応答を制御する新しい機能性材料や光デバイスの創出を目指します。

 

●付記

本研究は、科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業 ERATO(JPMJER2503)、CREST(JPMJCR24R5)、および次世代研究者挑戦的研究プログラム(SPRING)(JPMJSP2180)、日本学術振興会 科学研究費助成事業(科研費)(JP21H01032、JP22H01154、JP26H02234、JP25H00392、JP25H01247、JP23K13058、JP24K00581、JP25H02115)、文部科学省 X-NICS(JPJ011438)、自然科学研究機構 OMLプロジェクト(OML012301)、理化学研究所 TRIPイニシアティブおよび特別研究員制度、ならびに東京科学大学博士学生支援プログラム(Universities for International Research Excellence事業)の支援を受けて実施されました。

 

【用語説明】

(1)中心対称性:物体の中心を通して位置を反転させても同じ構造に見える性質。
(2)ラマン光学活性(ROA):円偏光を用いたラマン散乱において、右円偏光と左円偏光で散乱強度が異なる現象。通常は励起光(入射光)に円偏光を用いるが、本研究では励起光と散乱光の両方の円偏光状態を制御して測定している。
(3)フェロアキシャル秩序:結晶中の原子配置に由来する回転の向き(軸性ベクトル)が巨視的に整列した状態であり、極性を伴わず中心対称性を保ったまま存在可能な秩序。
(4)第一原理計算:量子力学に基づいて、経験的な仮定に頼らず物質の性質を計算する手法。
(5)キラリティ:鏡に映した像と重ね合わせることができない性質(左右非対称性)。
(6)フォノン:結晶中の原子振動を量子化した準粒子。
(7)電気双極子相互作用:光の電場と物質中の電気的な分極の相互作用。
(8)トポロジカル物質:物質の対称性や構造に由来して特異な電子状態が安定に現れる物質。本研究成果は、こうした物質探索への応用も期待される。
(9)磁気モーメント:物質が持つ磁石のような性質の強さと向きを表す量。原子や電子の運動やスピンに由来して生じる。

 

【論文情報】

掲載誌:Physical Review Letters

論文タイトル:Raman Optical Activity Induced by Ferroaxial Order in NiTiO3

著者:Gakuto Kusuno, Takeshi Hayashida, Takayuki Nagai, Hikaru Watanabe, Rikuto Oiwa, Tsuyoshi Kimura, and Takuya Satoh

DOI10.1103/wrv8-4f7k

 

【研究者プロフィール】

佐藤 琢哉(サトウ タクヤ) Takuya Satoh

東京科学大学 理学院 物理学系 教授

研究分野:物性物理学

 

 

 

プレスリリース本文:PDFファイル

Physical Review Letters:https://journals.aps.org/prl/abstract/10.1103/wrv8-4f7k