発表のポイント
◆ 細胞外小胞(EV)の表面電荷と膜脂質組成の関係を体系的に整理し、EV機能との関連を明確化した。
◆ エクソソームと細胞膜由来EVで表面電荷の強さが異なる理由を、「膜脂質非対称性」の観点から説明した。
◆ EV医薬品の品質評価・規格化において、表面電荷(ゼータ電位)が有効な指標となる可能性を示した。

細胞外小胞の膜脂質構造と表面電荷の違い
概要
東京大学大学院工学系研究科の瀬尾 尚宏 特任准教授と一木 隆範 教授らの研究グループは、細胞外小胞(Extracellular Vesicle: EV)(注1)の表面電荷と、細胞膜を形づくる脂質の組み合わせである膜脂質組成との関係を体系的に整理し、これらがEVの機能を規定する重要な要因であることを明らかにしました。
EVは細胞間情報伝達を担うナノスケールの粒子として注目され、医療応用に向けた研究が進んでいますが、その品質を評価するための指標は十分に確立されていません。本総説では、エクソソームと細胞膜由来EVで表面電荷が異なる理由が、リン脂質(注2)の非対称な分布に起因することを示し、EVの物理化学的特性と生物学的機能を統合的に理解するための枠組みを提示しました。本成果は、EVの分類基準の明確化に寄与するとともに、品質評価の統一基準が未確立であるEV医薬品・医療技術における品質確保や機能設計にもつながることが期待されます。
発表内容
細胞外小胞(EV)は、細胞から分泌される脂質二重膜構造を有するナノ粒子であり、タンパク質やRNAなどの生体分子を運搬することで細胞間コミュニケーションを担っています。特にエクソソームは、がんや神経疾患などの診断・治療への応用が期待されており、国内外で医薬品開発や品質ガイドライン策定に向けた取り組みが進んでいます。
一方、EVはサイズや起源の異なる多様な粒子群を含むため、その物理化学的特性と生物学的機能の関係は十分に整理されていませんでした。とりわけ、表面電荷(ゼータ電位)(注3)はナノ粒子の体内動態や細胞取り込みに影響する重要なパラメータであるにもかかわらず、EVにおける起源や違いは統一的に理解されていませんでした。
本総説では、既存研究を統合し、EVの表面電荷がどのように生じるかを膜脂質組成の観点から体系的に整理しました。その結果、エクソソームは比較的弱い負電荷を示す一方、細胞膜由来EV(マイクロベシクル等)は強い負電荷を示すことが明らかになりました。この違いは、リン脂質の一種であるホスファチジルセリン(PS)が膜の内側に保持されるか、外側に露出するかという「膜脂質非対称性」に起因することが示されました。
図1:表面電荷の差がEVの機能の違いを生む
さらに、EVのゼータ電位は、細胞の状態やEVの種類に応じて変化しうることから、単なる物性値にとどまらず、生理状態や機能を反映する指標として利用できる可能性が示されました(図1)。
現在、ヒト細胞由来EVを用いた医薬品開発においては、品質の均一性や機能の再現性を担保するための評価指標の確立が求められています。本総説で明らかになった「表面電荷と膜脂質組成の関係」は、EVの分類・分離・品質評価の基盤となる知見であり、今後のEV医薬品の規格化や標準化において重要な役割を果たすと期待されます。さらに、本成果はEVの設計指針にもつながるもので、表面電荷や脂質構造を制御することで、標的指向性や体内動態を最適化した次世代ナノ医療技術の開発へと発展する可能性があります。例えば、老化細胞が出すEVの強い負電荷は、老化と共に現れるいろいろな病気と関連しており、老化EVを除去する技術の開発は、お年寄りの健やかな生活の実現に寄与できると考えています。
発表者・研究者等情報
東京大学 大学院工学系研究科
バイオエンジニアリング専攻
瀬尾 尚宏 特任准教授
兼:川崎市産業振興財団ナノ医療イノベーションセンター 客員研究員
マテリアル工学専攻
一木 隆範 教授
兼:同研究科 バイオエンジニアリング専攻 教授
川崎市産業振興財団ナノ医療イノベーションセンター 研究統括
論文情報
雑誌名:ACS Nano Medicine
題 名:Negative surface charge and membrane lipid composition underlying extracellular vesicle function(正式版:5月13日付掲載)
著者名:Naohiro Seo, Takanori Ichiki
DOI:10.1021/acsnanomed.5c00108
URL:https://pubs.acs.org/doi/10.1021/acsnanomed.5c00108
研究助成
本研究は、科学技術振興機構(JST)CREST(課題番号:JPMJCR17H2)」、「COI-NEXT(課題番号:JPMJPF2202)」の支援により実施されました。
用語解説
(注1)細胞外小胞(Extracellular Vesicle: EV)
細胞が分泌する、脂質二重膜で包まれたナノサイズの小胞の総称。血液や尿などの体液中に存在し、エクソソームやマイクロベシクルなどが含まれます。内部にはタンパク質や核酸を含み、細胞間コミュニケーションに関わることから、バイオマーカーや医療応用の面で注目されています。
(注2)リン脂質
細胞膜の基本骨格を作る主要な脂質の一種で、分子の電荷や配置の違いによって膜の性質や働きに大きく影響します。
(注3)表面電荷(ゼータ電位)
粒子表面が帯びている電気的な性質を示す指標で、体液中での分散の安定性や細胞との相互作用に影響します。
プレスリリース本文:PDFファイル
ACS Nano Medicine :https://pubs.acs.org/doi/10.1021/acsnanomed.5c00108
おすすめ記事

全身投与を介した脳へのmRNA送達戦略 -中枢神経系疾患の新たな治療基盤として期待-

温度によるサリドマイド結晶の構造変化を明らかに:分子環境と結晶熱膨張の関係の新たな知見で、キラル医薬品の結晶化や品質確保に期待


