発表のポイント
◆ 一回のフル充電で一ヶ月以上動く超低電力な指輪型無線マウスの開発に成功しました。
◆ 指輪―リストバンド間をつなぐ超低電力な無線通信技術を開発し、指輪型無線マウスの消費電力の大部分を占める通信システムの消費電力を従来の2%まで削減しました。
◆ 提案する指輪型マウスをARグラスやリストバンド型デバイスと併用して使うことで、屋内外を問わず、いつでもどこでもARインタラクションができるようになると期待できます。

低電力な指輪型無線マウス「picoRing mouse」
概要
東京大学大学院工学系研究科の高橋 亮 特任助教と、川原 圭博 教授、染谷 隆夫 教授、横田 知之 准教授らによる研究グループは、指輪型入力デバイス(注1)が物理的に小さな電池しか搭載できず短時間で電池切れを起こすという課題に対し、一度のフル充電で一ヶ月以上動作できる、超低電力な指輪型無線マウスを世界で初めて実現しました(図1)。これまでの研究では、BLE(注2)などの低電力無線通信を使い指輪からARグラス(注3)へ直接通信を行っていましたが、BLEが指輪の大半の消費電力を占めるため、指輪を常に使うと数時間で電池が切れてしまいます。本研究では指輪の近くに装着できるリストバンドをARグラスとの中継器として用い、指輪―リストバンド間では超低電力な磁界バックスキャタ通信を使うことで、指輪型無線マウスの長時間駆動に成功しました。これはBLEと比べ消費電力が2%程度で済むという点で新規性があります。この研究成果は、ずっと使えるARグラス用の入力インターフェースとして期待されます。

図1:picoRing mouseのプロトタイプ写真とアプリケーションを示すイメージ図
ARグラスをかけたユーザが、リストバンドと指輪型無線マウスを装着することで、公共交通機関のような混雑した場所や屋外の開けた環境でも、周囲の目を気にせず自然に目の前の仮想画面を操作できる。
発表内容
軽量なARグラスなどの登場により、仮想画面を通したインタラクションが屋内の閉じた環境のみならず、屋外の開けた環境でも利用できるようになりました。AR グラスだけでは仮想画面を見ることしかできないため、リストバンドや指輪などの別のウェアラブルデバイスを利用して、ARグラスと併用できるウェアラブル入力インタフェースが期待されています。特に、人差し指に装着する、指輪型入力デバイスは、指の微細な入力動作も正確にセンシングできるため、ユーザにとって疲れづらく長時間利用できるうえに、周囲にも目立たず扱えるという利点があります。しかし、この種の小型デバイスは物理的な制約から電池容量の小さな小型電池しか搭載できず、BLEのような低電力無線通信技術を使用しても長時間動作が困難でした。さらに指輪からBLEでジェスチャデータを外部へ連続送信すると、5-10時間程度で電池切れが生じるため、ユーザへ頻繁な充電作業を求める結果となり、実用性に課題がありました。
この度、本研究チームはNFC(注4)などでも利用される、外部からの磁界バックスキャタ通信技術(注5)に着想を得て、世界で初めて指輪型デバイスにμW級の無線通信技術を導入し、超低電力な指輪型無線マウス「picoRing mouse」を開発しました(図1)。従来の磁界バックスキャタ技術は無線通信に加え、無線給電も同時に行うようにコイルを設計するため、通信距離が1-5 cm程度と短い状況に特化した利用しかできません。そのため、指輪―リストバンド間のように12-14 cm程度と、ある程度距離がある場合、無線信号の増幅を行わない磁界バックスキャタでは指輪からの通信が困難でした。本研究では指輪―リストバンド間の中距離通信に特化した高感度な磁界バックスキャタの開発に向け、分散コンデンサを利用した高感度なコイル(注6)とバランスドブリッジ回路(注7)を組み合わせました(図2)。

図2:picoRing mouseの(a)システム図と(b)その回路図。
(c)分散コンデンサによる高感度なコイルの概要。
これにより、磁界バックスキャタの通信距離を約2.1倍延ばし、指輪―リストバンド間での信頼性の高い低電力通信を実現しました(図2)。リストバンドからの送信電力が0.1 mW程度と低い状況でも、外部の電磁ノイズなどに対して頑強な通信性能を発揮できます(図3)。

図3:(a)従来と提案する磁界バックスキャタの距離に対するSNR。
(b)周波数多重化で送られる指輪からのデータに対するSNR。
(c)屋外や公共機関での使用時のSNR。
この高感度な磁界バックスキャタ通信技術を利用した指輪型無線マウスは、磁気式トラックボールとマイコン(注8)、バラクタダイオード(注9)、コイルを組みあせた負荷変調システムだけで実装できるため、最大消費電力449 μWで済む超低電力なウェアラブル入力インタフェースが実現できます(図4)。

図4:指輪型無線マウスの概要と動作時間
軽量で目立たない指輪型デバイスは、ARグラスの操作性を飛躍的に向上させ、今後普及するARグラスを屋内外問わず使用するきっかけとなるのみならず、ウェアラブル無線通信の研究の発展に寄与することが期待されます。
〇関連情報:
[1] picoRing: battery-free rings for subtle thumb-to-index input(UIST '24: Proceedings of the 37th Annual ACM Symposium on User Interface Software and Technology, 2024/10/11)
https://dl.acm.org/doi/10.1145/3654777.3676365
[2] デモ動画「picoRing mouse: ultra-low-power ring-based wireless tinymouse」
発表者・研究者等情報
東京大学 大学院工学系研究科
高橋 亮 特任助教
李 禕帆 博士課程
川原 圭博 教授
染谷 隆夫 教授
横田 知之 准教授
学会発表情報
学会名:The 38th Annual ACM Symposium on User Interface Software and Technology(UIST2025)
会 期:2025年9月28日~10月1日(韓国時間)
題 名:Ultra-low-power ring-based wireless tinymouse
著者名:Yifan Li, Masaaki Fukumoto, Mohamed Kari, Shigemi Ishida, Akihito Noda, Tomoyuki Yokota, Takao Someya, Yoshihiro Kawahara, Ryo Takahashi*
研究助成
本研究は、「JST ACT-X(課題番号:JPMJAX21K9)」、科研費「国際先導研究(課題番号:JP22K21343)」、「JST ASPIRE(課題番号:JPMJAP240)」、「旭硝子財団」の支援により実施されました。
用語解説
(注1)指輪型入力デバイス
指に装着してジェスチャーなどの動きを検知する小型のウェアラブルデバイスです。ARグラスなどの入力インターフェースとして使用されます。
(注2)BLE
Bluetooth Low Energy(ブルートゥース・ロー・エナジー)の略で、近距離無線通信規格の一つです。低消費電力が特長ですが、小型デバイスからの連続的なデータ送信には限界がありました。
(注3)ARグラス
拡張現実(Augmented Reality)を実現する眼鏡型デバイスです。現実世界に仮想の映像や情報を重ねて表示します。
(注4)NFC
Near Field Communication(ニア・フィールド・コミュニケーション)の略で、近距離無線通信技術の一種です。非接触決済や交通系ICカードなどに広く利用されています。
(注5)磁界バックスキャタ通信技術
磁界を利用した無線通信技術です。能動的に電波を発信するのではなく、外部から送られてくる磁界を反射(バックスキャタ)させることで情報を送ります。受動的なため、非常に低い電力で動作します。
(注6)分散コンデンサを利用した高感度なコイル
通信の感度を高めるために、複数のコンデンサをコイルに分散配置して設計したものです。これにより、遠い距離にある信号も効率よく捉えることが可能となります。
(注7)バランスドブリッジ回路
回路のバランスを利用して、通信対象からの信号だけを効率的に取り出すための回路です。外部からのノイズを打ち消し、通信の信頼性を高める効果があります。
(注8)マイコン
マイクロコントローラの略です。コンピュータの基本的な機能を一つにまとめた小さなチップで、デバイスの制御やデータ処理を行います。
(注9)バラクタダイオード
電圧を加えることで静電容量が変化する半導体素子です。この性質を利用して、通信信号を変調(情報を載せること)するために使用されます。
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