プレスリリース

世界初!中性子による岩石膨張の線量率効果を確認 ―原子力発電所の長期運転安全評価への貢献―

 

発表のポイント

原子力発電所の長期運転において、コンクリート構造物の安全性は重要な評価項目の一つであり、生体遮蔽壁などの中性子やガンマ線の照射影響を受ける部材では、コンクリートに用いる骨材中の石英や長石類といった岩石鉱物の膨張による変質が議論されています。
本研究では、世界で初めて異なる中性子束での中性子照射による岩石鉱物の膨張を評価し、線量率が低いほど膨張量が小さいことを明らかにしました。また、理論式をもとに中性子束の影響を考慮して、実際の原子炉における生体遮蔽壁が受ける中性子束の環境での鉱物膨張を予測すると、同じ中性子フルエンス(照射された中性子の総数)において従来の加速試験で得られた膨張量よりも小さく、1/10以下に収まる可能性が示されました。
これらの知見は、今後、原子力発電所が長期運転する場合のコンクリート構造物の安全性評価への貢献が期待されます。

 

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中性子照射による石英の膨張の様子

 

概要

東京大学大学院工学系研究科の丸山一平教授、村上健太准教授、千葉大学大学院工学研究院の大窪貴洋准教授、鹿島建設株式会社の紺谷修博士、澤田祥平博士、株式会社三菱総合研究所の河合理城主任研究員、江藤淳二主任研究員、およびエム・アール・アイ リサーチアソシエイツ株式会社の猪狩貴史博士の研究チームは、原子力発電所で使用されるコンクリートの長期的安全性評価に用いることを目的とし、異なる中性子束(注1)下での岩石鉱物の膨張量を評価しました。その結果、中性子束が小さいほど膨張量が小さく、また、岩石鉱物中の鉱物粒子が大きいほど膨張量が小さいことが明らかになりました。この膨張は鉱物中の結晶構造が乱れることによって生じますが、線量率による影響があることから、結晶構造の乱れが元の整列した状態に戻る回復現象が存在すると考えられます。この回復現象の影響と中性子照射による乱れの影響とのバランスにより、膨張速度が決定することを示唆しています。この現象をモデル化し、実際の原子炉における生体遮蔽壁が受ける中性子束の環境での鉱物膨張を予測した結果、従来の知見よりも著しく小さく、膨張量は1/10以下になる可能性が示されました。

これらの成果は、放射線が照射されるコンクリート部材の性能変化を適切に評価、予測することを通じて、長期的な原子力発電所の運転に貢献できると期待されます。

 

発表内容

現在、カーボンニュートラルの観点から原子力発電が見直されており、特に経済性の観点から原子力発電所の長期運転が重要な社会的課題になっています。一方で、原子力発電所の運用においては安全性を第一に考え、さまざまなリスクを評価し、性能を確認することが望まれています。材料の経年変化の評価は大きな課題の一つです。原子力発電所に使用されている鉄筋コンクリート部材は、耐震性能を保持するだけでなく、放射線の遮蔽や、さまざまな設備を支える機能を担っています。取替が困難な構造物であるため、経年変化を適切に予測し、運転期間中に問題が生じないことを確認することが重要です。

コンクリートは建築物や社会基盤構造物として広く利用されており、これまでに100年以上の知見が蓄積されているため、経年変化について多くの情報が集まっています。しかし、原子力発電所特有の環境、なかでも中性子やガンマ線照射環境下における経年変化や劣化メカニズムについては、現在も多くの議論が行われています。これまでの知見は、加速試験による実験結果に基づいているのが現状で(関連情報[1])、原子力規制庁の報告書にもその結果が示されています(関連情報[2])。

このような背景のもと、実際のコンクリートの状態を科学的に精緻に予測、評価することが望まれています。本研究チームは、この観点で、異なる中性子束の条件下で国内産のさまざまな岩石を照射しました。そして、同一の中性子フルエンス(注2)の条件で粉末 X 線回折法(注3)を用い、照射後の結晶の格子定数を求めることで体積変化率を算出しました。その結果を図1に示しています。

この結果から、中性子束が小さいほど膨張量が小さいこと、岩石の鉱物粒子サイズが大きいほど膨張量が小さいことが明らかになりました。中性子束の大きさによって膨張量が異なるということは、単に中性子照射によって結晶が乱れて膨張するということではなく、結晶の中には乱れた結晶が元に戻る現象、回復現象が存在することを示唆しています。つまり、単位時間あたりにおいて中性子照射によって結晶が乱れて体積膨張する効果と、回復現象によって体積が収縮する効果が相互に影響し、そのバランスにより膨張量が決定することが明らかになりました。

 

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1:中性子束の大きさによる各岩石中の石英の膨張量

 

これらの事実にもとづき、結晶が乱れて膨張しアモルファス(注4)化する現象と、アモルファス化した部分が回復現象によって元の結晶に戻る過程を単純化したモデルを作成しました。このモデルを用いて、中性子束、中性子によってアモルファス化する反応の断面積、アモルファス化した部分が結晶に戻る回復効果を考慮できる数値モデルを提案し、実験データにフィッティングさせ、それぞれのパラメータを求めました。得られたパラメータを用いて、原子力発電所のコンクリートが実際に受ける現実的な中性子束の環境での膨張挙動を予測すると(図2参照)、従来の予測よりも膨張量が1/10以下に小さくなることが明らかになりました。

 

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2:数値モデルの実験のフィッティングと現実的な条件による石英の膨張量
(図中の矢印は参照すべき軸を表している)

 

今後これらのメカニズムの妥当性を確認するとともに、特に実際の構造物からサンプルを取得して検討を深めることなどにより、より現実的な中性子照射環境における骨材膨張とコンクリートの経年変化を評価することで、原子力発電所中にある鉄筋コンクリート部材の要求性能に対して合理的に安全性を評価できると考えています。

なお、本研究は、日米民生用原子力研究開発ワーキンググループ(CNWG)の枠組みの下で協力・連携して進められており、国際原子力協力に貢献しています。また、チェコ Research Centre ŘežCVR)の施設利用を伴う協力の下で実施されています。

 

〇関連情報:

[1] I. Maruyama, O. Kontani, M. Takizawa, S. Sawada, S. Ishikawa, J. Yasukouchi, O. Sato, J. Etoh, T. Igari, Development of soundness assessment procedure for concrete members affected by neutron and gamma-ray irradiation, J. Adv. Concr. Technol. 15 (2017) 440–523. https://doi.org/10.3151/jact.15.440.

[2] 小嶋正義, 中野眞木郎, 田口 清貴:中性子照射がコンクリートの強度に及ぼす影響,NRA技術報告書, NTEC-2019-1001, 2019. https://www.nra.go.jp/data/000281637.pdf

 

発表者・研究者等情報                                        

東京大学大学院工学系研究科

丸山 一平 教授

村上 健太 准教授

 

千葉大学大学院工学研究院

大窪 貴洋 准教授

 

株式会社三菱総合研究所

江藤 淳二 主任研究員

河合 理城 主任研究員

 

鹿島建設株式会社

紺谷 修 博士

澤田 祥平 博士

 

エム・アール・アイ リサーチアソシエイツ株式会社

猪狩 貴史 博士

 

論文情報                                          

雑誌名:Journal of Nuclear Materials

題 名:Neutron flux impact on rate of expansion of quartz

著者名:Ippei Maruyama*, Kenta Murakami, Takahiro Ohkubo, Shohei Sawada, Osamu Kontani, Takafumi Igari, Masaki Kawai, Junji Etoh

DOI10.1016/j.jnucmat.2025.155631

URLhttps://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0022311525000261

 

研究助成

本研究は経済産業省「原子力の安全性向上に資する技術開発事業(課題番号:JPMT003830)」の助成を受けたものです。

 

用語解説

(注1)中性子束:

単位時間あたりに照射される中性子の数。線量率ともいう。

 

(注2)中性子フルエンス:

照射された中性子の総数。

 

(注3)粉末 X 線回折法:

粉末の試料にX線をあてて、回折する散乱角から結晶の構造などを分析する手法。

 

(注4)アモルファス:

結晶構造を持たない物質の状態のこと。

 

 

 

プレスリリース本文:PDFファイル

Journal of Nuclear Materials:https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0022311525000261