プレスリリース

超高感度フォトトランジスタを開発 ―深層学習や量子計算用シリコン光回路の高速制御が可能に―


1.発表者

竹中 充(東京大学 大学院工学系研究科 電気系工学専攻 教授)

落合 貴也(研究当時:東京大学 工学部 電気電子工学科 4年生)

トープラサートポン カシディット(東京大学 大学院工学系研究科 電気系工学専攻 講師)

高木 信一(東京大学 大学院工学系研究科 電気系工学専攻 教授)

 

2.発表のポイント:

◆導波路型として最高の感度をもつフォトトランジスタを実証。
◆シリコン光導波路に化合物半導体薄膜を貼り合わせた素子構造を考案。シリコン光導波路自体をゲート電極とすることで、1兆分の1ワットと極めて微弱な光信号の検出に成功。
◆シリコン光回路中の光信号のモニターが容易になることで、深層学習や量子計算用光回路の高速制御が可能となり、ビヨンド2 nm以降の光電融合を通じたコンピューティング技術の発展に寄与すると期待される。

 

3.発表概要

東京大学大学院工学系研究科電気系工学専攻の竹中充 教授、落合貴也 学部生、トープラサートポン・カシディット 講師、高木信一 教授らは、STマイクロエレクトロニクスと共同で、JST 戦略的創造研究推進事業や新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDOの助成のもと、シリコン光回路中で動作する超高感度フォトトランジスタ(注1)の開発に成功しました。

光吸収層となるインジウムガリウム砒素(InGaAs)薄膜をシリコン光導波路(注2)上に貼り合わせ、InGaAs薄膜をトランジスタのチャネル、シリコン光導波路をゲートとした素子構造を新たに提案しました。シリコン光導波路を伝搬する光信号の一部がInGaAs層に吸収されてトランジスタの閾値電圧がシフトすることで光信号が増幅されるフォトトランジスタ動作を得ることに成功しました。シリコン光導波路をゲートとしたことで、光吸収を抑えつつ、効率的なトランジスタ動作が得られるようになったことで、光信号が100万倍に増幅される超高感度動作を実現しました。これは従来の導波路型トランジスタと比較して、1000倍以上高い感度であり、1兆分の1ワットと極めて微弱な光信号の検出も可能となりました。

今回新たに開発した導波路型フォトトランジスタを用いることでシリコン光回路中の光強度をモニターすることが可能となります。これにより、深層学習や量子計算で用いられるシリコン光回路を高速に制御することが可能となることから、ビヨンド2 nm(注3)において半導体集積回路に求められる光電融合を通じた新しいコンピューティングの実現に大きく寄与することが期待されます。

本成果は、2022年12月9日(英国時間)に英国科学雑誌「Nature Communications」オンライン版にて公開されました。

 

本研究は、JST戦略的創造研究推進事業(CREST)(グラント番号:JPMJCR2004)および国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)(グラント番号:JPNP14004, JPNP16007)の支援により実施されました

 

4.発表内容

<研究の背景・先行研究における問題点>

過去50年以上に渡り進展してきたトランジスタの微細化は5 nmに達しており、引き続き世界中で更なる微細化に向けた研究開発が進められています。一方で、微細化は今後一層の困難を伴うことから、ビヨンド2 nm世代においては、光電融合によるコンピューティング性能の向上が必要と考えられています。このような背景のもと、大規模なシリコン光回路を用いた光演算に注目が集まっています。光演算では積和演算等が可能で、深層学習や量子計算の性能が大幅に向上すると期待されており、世界中で活発に研究が行われています。

シリコン光回路を用いて所望の光演算を実行するためには、光回路中に多数集積された光位相器などの光素子を精密に制御することが必要となります。しかし、現在用いられているシリコン光回路では、回路中の動作をモニターする素子がなく、光回路の動作状態は演算結果から推定するしかなく、高速な回路制御が困難であるという課題を抱えていました。

光回路をモニターする素子としてゲルマニウム受光器を多数集積する方法が検討されていますが、光回路の規模が大きくなると、回路構成が複雑になることや動作電力が大きくなってしまうことが課題となります。一方、光入力信号で駆動するフォトトランジスタは、トランジスタの利得により高い感度が得られることから、微弱な光信号の検出に適しています。しかし、これまで報告されている導波路型フォトトランジスタは感度が1000 A/W以下と小さく、また光挿入損失も大きく、光回路のモニターとしては適していませんでした。このことから、高感度で光挿入損失も小さく、集積化も容易な導波路型フォトトランジスタが強く求められてきました。

 

<研究内容>

以上の課題を解決するため、本研究では、シリコン光導波路上に、化合物半導体であるインジウムガリウム砒素(InGaAs)薄膜をゲート絶縁膜となるアルミナ(Al2O3)を介して接合した新しい導波路型フォトトランジスタを開発しました。本研究で提案した導波路型フォトトランジスタの素子構造を図1に示します。InGaAs薄膜がトランジスタのチャネルとなっており、ソースおよびドレイン電極がシリコン光導波路に沿ってInGaAs薄膜上に形成されています。今回提案した素子では、シリコン光導波路をゲート電極として用いる構造を新たに提唱しました。これにより、InGaAs薄膜直下からゲート電圧を印加することが可能となり、InGaAs薄膜を流れるドレイン電流(Id)をゲート電圧(Vg)により、効率的に制御することが可能となりました。ゲート電極として金属ではなくシリコン光導波路を用いることで、金属による吸収も避けられることから、光損失も小さくすることが可能となりました。

フォトトランジスタの動作原理を図2に示します。光照射がないときは、ソース・ドレイン端子間で電流が流れにくいオフ状態となっています。この状態でシリコン光導波路から光信号を入射すると、InGaAs薄膜で光信号の一部が吸収され、InGaAs薄膜中に電子・正孔対が多数生成されます。生成された電子はトランジスタ電流として流れる一方、正孔はInGaAs薄膜中に蓄積することから、トランジスタの閾値電圧が低くなるフォトゲーティング効果(注4)が発生し、トランジスタがオン状態になります。このフォトゲーティング効果を通じて、光信号が増幅されることから、微弱な光信号の検出も可能となります。

作製した導波路フォトトランジスタの顕微鏡写真を図3に示します。光ファイバからグレーティングカプラを通じて、波長1.3 μmの光信号をシリコン光導波路に結合して、フォトトランジスタに入射することで、素子特性を評価しました。図4aにさまざまな光入射強度に対して、光電流を測定した結果を示します。ゲート電圧が大きくなるにつれて、トランジスタがオン状態となり利得が大きくなることから大きな光電流が得られています。また、631 fW(注5)という1兆分の1ワット以下の極めて小さい光信号に対しても大きな光電流を得ることに成功しました。図4bにフォトトランジスタの感度を測定した結果を示します。入射強度が小さいときは大きな増幅作用が得られることから、106 A/W以上と極めて大きな感度が得られることが分かりました。フォトトランジスタの動作速度を測定した結果を図5に示します。光照射時は1 μs程度、光照射をオフにしたときは1100 μs程度でスイッチングすることから、光信号のモニター用途としては十分高速に動作することが分かりました。

6にこれまで報告された表面入射型(白抜き記号)や導波路型(色塗り記号)フォトトランジスタの応答速度および感度について比較したベンチマークを示します。これまで応答速度が1 ns以下の高速なフォトトランジスタが報告されていますが、感度は1000 A/W以下と低く、光信号モニターとしては適していません。一方、グラフェンなどの2次元材料を用いた表面入射型フォトトランジスタは極めて高い感度を持つ素子が報告されていますが、応答速度は1 s以上と遅く、光信号モニターとして適していません。本発表では、光信号モニター用途としては十分な応答速度を得つつ、導波路型として過去最大の106 A/Wという極めて大きな感度を同時に達成することに成功しました。

7に、素子長に対するフォトトランジスタの光損失を評価した結果を示します。単位長さ当たりの光損失は0.2 dB程度であることから、素子長を0.5 μm以下にすることで、挿入損失を0.1 dB以下に低減可能であることが分かりました。フォトトランジスタとしての動作は素子長に大きく依存しないことが期待されることから、素子短尺化により高感度を維持しつつ、光信号にとってほぼ透明な光モニターが実現可能であることも分かりました。

 

<社会的意義・今後の予定>

今回、新しい導波路型フォトトランジスタを開発することで、極めて微弱な光信号も検出可能かつ光損失も小さい光信号モニターをシリコン光回路に集積することが可能となります。これにより、大規模なシリコン光回路の状態を直接モニターして高速に制御することが可能となることから、光演算による深層学習や量子計算など光電融合を通じたビヨンド2 nm以降のコンピューティング技術に大きく貢献することが期待されます。今後は、開発した導波路型フォトトランジスタを実際に大規模シリコン光回路に集積した深層学習アクセラレータや量子計算機の実証を目指します。

 

5.発表雑誌

雑誌名:「Nature Communications」(オンライン版:12月9日)

論文タイトル:Ultrahigh-responsivity waveguide-coupled optical power monitor for Si photonic circuits operating at near-infrared wavelengths

著者:Takaya Ochiai, Tomohiro Akazawa, Yuto Miyatake, Kei Sumita, Shuhei Ohno, Stéphane Monfray, Frederic Boeuf, Kasidit Toprasertpong, Shinichi Takagi, Mitsuru Takenaka*

DOI番号:10.1038/s41467-022-35206-4

 

6.用語解説

(注1)フォトトランジスタ

入射された光電流を増幅できるトランジスタ。

(注2)シリコン光導波路

シリコンを矩形状に加工して光をシリコン中に閉じ込めることができる配線に相当する光の伝送路。

(注3)ビヨンド2 nm

トランジスタが2 nm以下にまで微細化された技術世代の総称。

(注4)フォトゲーティング効果

入射された光信号によりトランジスタの閾値電圧がシフトする現象。

(注5fW

f(フェムト)= 10-15631 fW0.631 兆分の1ワット。

 

7.添付資料

 

fig1

図1 新しく開発した導波路型フォトトランジスタの素子構造。インジウムガリウム砒素(InGaAs)薄膜がシリコン光導波路上にゲート絶縁膜を介して接合されている。シリコン光導波路をゲート電極として用いることで、InGaAs薄膜中を流れる電流を制御するトランジスタ構造となっている。

 

 

fig2

図2 フォトトランジスタの動作原理。

 

 

 

fig3

図3 試作した導波路型フォトトランジスタの顕微鏡写真。

 

 

fig4図4 (a)光電流特性および(b)感度特性。

 

 

fig5

図5 スイッチング時間の測定結果。

 

fig6

図6 他のフォトトランジスタと比較したベンチマーク。

 

fig7

図7 素子長に対する光損失の測定結果。

 

 

プレスリリース本文:PDFファイル

Nature Communications:https://www.nature.com/articles/s41467-022-35206-4