- 核酸医薬を効率良くセンチネルリンパ節に送達できる「ダイナミックナノマシン」を開発
- がん転移の関所となるセンチネルリンパ節に核酸医薬を送達することで、その免疫系が活性化され、マウスモデルでのがんの転移・再発を抑止
- がん免疫療法が強化され、免疫療法が無効ながんにも効果
- ナノマシンのサイズ精密調整(~10 nm)が可能となり、センチネルリンパ節への送達が実現
- 計算科学的手法によりナノマシンの設計が可能
- 5年以内の治験の開始を目指す
- 本発表は、東京大学大学院工学系研究科の宮田完二郎教授(iCONM客員研究員)のグループがiCONM研究者と共同で進める研究プロジェクト
発表内容を記した論文:
C.-Y.-J. Lau*, H. Kinoh, X. Liu, J. Feng, F. Aulia, K. Taniwaki, N. Qiao,
S. Ogura, M. Naito and K. Miyata*, J. Am. Chem. Soc., in press
https://doi.org/10.1021/jacs.5c04234
公益財団法人川崎市産業振興財団 ナノ医療イノベーションセンター(センター長:片岡一則、所在地:川崎市川崎区、略称:iCONM)は、東京大学大学院工学系研究科マテリアル工学専攻/バイオエンジニアリング専攻の宮田完二郎教授(iCONM客員研究員)のグループとの共同研究の結果をまとめ、「経時的に構造を変化させるダイナミックポリプレックス(注1)を用いて、アンチセンス核酸(注2)をセンチネルリンパ節(注3)に送達することで、乳がんの再発と転移を抑制した」 と題する論文が6/20付の米国化学会誌 J. Am. Chem. Soc. (注4) に掲載されましたのでご報告します。
センチネルリンパ節(SLN)は、乳がんが転移する際の最初の関所であり、がんの進行をくいとめる重要な役割を果たしています。しかしながら、転移能力を持った進行がんでは、SLN内でがん細胞などにより分泌されるタンパク質「TGF-β1」を介して、がん細胞を攻撃するはずの細胞傷害性CD8陽性T細胞(注5)が不活性化されています。本研究は、この細胞傷害性CD8陽性T細胞を再活性化することで乳がんの再発・転移を抑制することを目指しました。実際には、TGF-β1の発現レベルを下げる「アンチセンス核酸(ASO)」を設計し、それをSLNに送達するナノマシンを開発しました。一般的に、リンパ節などを含む生体組織は微細な網目構造を持つため、そこを通り抜けられるサイズの薬剤あるいはドラッグデリバリーシステムを調製する必要があり、血管系と比較してリンパ系の薬剤送達はハードルが高いです。例えば、新型コロナウイルスワクチンで用いられる脂質ナノ粒子のサイズ~100 nmでは、リンパ節への薬剤送達にはサイズが大きい可能性が懸念されます。これに対して今回研究チームは、10 nmかつASOが緩く内包された「ダイナミックナノマシン」を作ることで、効率よくASOをSLNに送り届け、標的となる免疫細胞内でASOを機能させることに成功しました。本ナノマシンは、ブロックポリマーの「正に帯電したアミノ酸の配列」および「生体適合性ポリマーであるポリエチレングリコール(PEG)の長さ(あるいは分子量)」を上手く調節することで実現されました。具体的には、正に帯電したリジンが10個連なったアミノ酸と比べ、非荷電性であるグリシンが間に入ったグリシン-リジン10個の繰り返し構造を持つアミノ酸(注6)は負に帯電したASOを緩く内包し、標的細胞内でASOを適切に放出できることがわかりました。さらに、PEGの分子量を10,000前後に調整することで、SLN内のASO分布量および分布範囲を増加させることができ、それ以外の正常組織へのASO分布を減らすことができました。実験の結果、最適化されたナノマシンは、SLN内のTGF-β1量を減少させ、SLN内で枯渇したCD8陽性 T細胞を再活性化し、乳がん切除手術後のがん再発と肺転移を劇的に抑制することがマウスモデルで明らかになりました。これらの発見は、進行乳がんに対するシンプルで安全な核酸医薬治療を可能にする分子設計指針を提供するものです。現在、適切な治療法がないトリプルネガティブ乳がん(TNBC)など難治性乳がん(注7)の転移・再発を抑制し、根本治療を実現する方法論を近い将来構築できればと考えています。
<本研究の新規性>
- 脂質ナノ粒子などの既存のナノ医薬とは全く異なる「ダイナミックナノマシン」を開発した。
- 核酸医薬と緩く結合するポリマーを設計することで、核酸医薬1分子が優先的に内包され、かつ凝縮(脱水和)しない動的な会合体(=ダイナミックナノマシン)が得られる。
- 上記ダイナミックナノマシンの性質に基づいて、サイズの精密調整および効率的な核酸医薬放出が可能となる。
<将来的な社会への貢献>
がん患者の免疫系を強化し、免疫療法が無効の患者さんでも効果が得られるようになり、難治性がんの治療成績の向上が期待できる。現在、ナノ医薬/マシン技術を東京大学より知財化し、AMED・橋渡しプロジェクト研究を通じて実用化に向けて研究中。5年以内の治験を目指す。
カチオン性ポリペプチドの精密分子設計を通じて、1分子の核酸医薬を緩く内包するダイナミックナノメディシン(=ナノマシン)を新たに調製した。皮内投与されたナノメディシンは効率よくセンチネルリンパ節へと核酸医薬を送達し、免疫細胞の活性化を通じてがん免疫療法を強化することができる。
本研究は、「AMED橋渡し研究プログラム(橋渡し研究支援プログラム):出口指向の橋渡し研究支援によるアカデミア研究成果の最大化」において、「腫瘍排出リンパ節を標的としたがん再発・転移抑制に向けた核酸ナノ医薬技術の開発」として国立研究開発法人国立がん研究センター橋渡し研究推進センター(CPOT)の支援を受けて進められています。
注1)ダイナミックポリプレックス:プラス電荷を帯びたポリマーが、核酸医薬やDNAなどマイナス電荷をもつ物質と静電気の力で引き合い形成される複合体を「ポリプレックス」というが、静電気で緩く結合しているため、ポリマーと核酸医薬は付いたり離れたりを繰り返す動的平衡にある。それゆえ、「ダイナミック」の接頭語を付けた。
注2)アンチセンス核酸(ASO):mRNAの狙った構造に対し相補的に結合し、その部分の翻訳を妨げることで、特定のタンパク質の発現を抑える核酸医薬。
注3)センチネルリンパ節(SLN):脇の下に複数存在するリンパ節で、乳がんがリンパ管経由で転移する際には最初の関所となる。乳がんが進行性となり転移を起こす際の指標ともなり、SLNからがん細胞が見つかった場合には、ステージⅡの病期に入ったことを意味する。
注4)米国化学会誌(J. Am. Chem. Soc.):1879年に刊行された米国化学会の基幹学術誌。掲載論文は2024年までに4,300万回ダウンロードされ、57万回引用されている。2024年のインパクトファクター(2年)は、14.5。
https://pubs.acs.org/page/jacsat/about.html
注5)CD8陽性T細胞:細胞傷害性リンパ球(CTL)とも呼ばれ、腫瘍に対する免疫防御において重要な役割を担い、胸腺で産生される。CD8補助受容体を細胞表面に持ち、抗原提示細胞に応答する。CD8陽性T細胞が欠如すると抗腫瘍免疫が阻害され、がんの病勢が進行しやすくなる。
注6)グリシン-リジンの繰り返し構造:グリシンは非荷電性アミノ酸、リジンは正の荷電性アミノ酸であり、交互に配置することで正電荷の密度が調節され、デリバリー材料とASOの相互作用が制御される。
注7)難治性乳がん:例えばトリプルネガティブ乳がん(TNBC)は予後が最も悪い乳がんのひとつで、乳がん全体の10-15%を占める。診断から5年以内の再発リスクが他の乳がんに比べて高く進行も早い特徴があり、また一般的な乳がん治療に用いられるホルモン療法、HER2分子標的薬が効かず治療の選択肢が少ないという課題がある。そのため、新たなモダリティでの効果的な治療法の開発が待ち望まれている。
公益財団法人川崎市産業振興財団について
産業の空洞化と需要構造の変化に対処する目的で、川崎市の100%出捐により昭和63年に設立されました。市場開拓、研究開発型企業への脱皮、それを支える技術力の養成、人材の育成、市場ニーズの把握等をより高次に実現するため、川崎市産業振興会館の機能を活用し、地域産業情報の交流促進、研究開発機構の創設による技術の高度化と企業交流、研修会等による創造性豊かな人材の育成、展示事業による販路拡大等の事業を推進し、地域経済の活性化に寄与しています。
https://www.kawasaki-net.ne.jp/
ナノ医療イノベーションセンターについて
ナノ医療イノベーションセンター(iCONM)は、キングスカイフロントにおけるライフサイエンス分野の拠点形成の核となる先導的な施設として、川崎市の依頼により、公益財団法人川崎市産業振興財団が、事業者兼提案者として国の施策を活用し、平成27年4月より運営を開始しました。有機合成・微細加工から前臨床試験までの研究開発を一気通貫で行うことが可能な最先端の設備と実験機器を備え、産学官・医工連携によるオープンイノベーションを推進することを目的に設計された、世界でも類を見ない非常にユニークな研究施設です。
https://iconm.kawasaki-net.ne.jp/
東京大学大学院工学系研究科マテリアル工学専攻について
技術社会発展の機軸となる構造物やデバイスの進化には、それを構成するマテリアルの進化が極めて重要な役割を果たします。その進化のために新しいマテリアルを創製する"DESIGN OF MATERIALS"、新たなマテリアルを生み出す革新プロセスや環境に配慮したマテリアル生産プロセスを開発する"DESIGN FOR MATERIALS"、さらには、様々なマテリアルが構造物やデバイスとして機能するまでを考え、マテリアルのリサイクルなども視野に入れた技術を開発する"DESIGN WITH MATERIALS"の3つのコンセプトを三位一体で統合させ、人類の幸福を目指した技術社会の実現を目指して研究・教育に取り組んでいます。
https://www.material.t.u-tokyo.ac.jp
https://www.bmm.t.u-tokyo.ac.jp
東京大学大学院工学系研究科バイオエンジニアリング専攻について
バイオエンジニアリング専攻は、少子高齢化が進み、持続的発展を希求する社会において、人類の健康と福祉の増進に貢献することを目指します。本専攻では、この目的を達成するために、既存の工学及び生命科学ディシプリンの境界領域にあって両者を有機的につなぐ融合学問分野であるバイオエンジニアリングの教育・研究を推進します。バイオエンジニアリングの特徴は、物質・システムと生体との相互作用を理解・解明して学理を打ち立てるとともに、その理論に基づいて相互作用を制御する基盤技術を構築することにあります。生体との相互作用を自在に制御することで、物質やシステムは人間にとって飛躍的に有益で優しいものに変身し、革新的な医用技術が生まれることが期待されます。このようなバイオエンジニアリングの教育・研究を通じて、バイオメディカル産業を先導し支える人材を輩出するとともに、予防・診断・治療が一体化した未来型医療システムの創成に貢献することを目指します。
http://www.bioeng.t.u-tokyo.ac.jp/
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J. Am. Chem. Soc.:https://pubs.acs.org/doi/10.1021/jacs.5c04234
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