強誘電体界面の電荷分布直接観察に成功 ~強誘電体デバイスの理解と性能向上を加速~

2025/06/16
ポイント
  • 強誘電体内部のドメイン界面の電荷状態はデバイス特性を支配する主要因と考えられてきたが、その電荷分布を観察することは極めて困難であった。
  • 最先端電子顕微鏡により、強誘電体ドメイン界面の電荷分布の直接観察に成功した。
  • 本成果は、積層セラミックコンデンサー(MLCC)などの強誘電体デバイスのより詳細な特性理解と性能向上につながると期待できる。

JST 戦略的創造研究推進事業 ERATOにおいて、東京大学 大学院工学系研究科 附属総合研究機構の関 岳人 講師、遠山 慧子 助教、髙本 昌弥 大学院生(現 株式会社村田製作所)、柴田 直哉 機構長・教授、幾原 雄一 東京大学特別教授らは、強誘電体ドメイン界面1における電荷分布の直接観察に成功しました。

強誘電体セラミックスを用いた積層セラミックコンデンサー(MLCC2は、スマートフォン、パソコン、テレビ、車載機器など、さまざまな機器の電子部品として利用されています。モバイル機器や家電製品、IoT機器などの発展に伴い、MLCCのさらなる小型化、大容量化、高信頼性化が求められています。MLCCは、多数の強誘電体層と内部電極が交互に積層した構造を持っており、さらに強誘電体層の内部には、分極方向の異なるドメイン(分域)とナノ(10億分の1)メートルスケールのドメイン界面が存在しています。このドメイン界面には、分極変化による電荷と、その電荷と電気的なバランスをとるためにたまった逆符号の電荷が存在すると考えられており、その電荷状態が、電圧を印加する際にドメインが再配列する現象や漏れ電流の発生などに影響を与え、MLCCの性能や信頼性を大きく左右すると考えられてきました。しかし、強誘電体ドメイン界面の電荷状態をナノレベルで直接計測することは、これまで極めて困難でした。

今回、関 講師らは、最先端電子顕微鏡を用いた局所電荷観察とピコ(1兆分の1)メートルスケールの原子変位の観察を組み合わせることにより、強誘電体ドメイン界面に形成されたナノメートルスケールの電荷分布を直接計測することに成功しました。本研究は、強誘電体材料におけるドメイン界面の移動現象や電気伝導性の解明に向けた大きな一歩であり、今後の強誘電体デバイスの真の特性理解と性能向上につながることが期待されます。

本研究成果は、2025613日午後2時(米国東部夏時間)に米国科学誌「Science Advances」のオンライン版に公開されました。


本成果は、以下の事業・研究領域によって得られました。

 戦略的創造研究推進事業 総括実施型研究(ERATO)

 研究領域:「柴田超原子分解能電子顕微鏡プロジェクト」(JPMJER2202

(研究総括:柴田 直哉(東京大学 大学院工学系研究科 附属総合研究機構

機構長・教授))

研究期間:2022年10月~2028年3月

JSTは本プロジェクトで、極低温から高温までの温度領域において原子スケールの構造および電磁場分布を同時に観察することを実現し、物質・生命機能の起源を直接「観る」ことができる、従来の原子分解能電子顕微鏡を超えた「超」原子分解能電子顕微鏡とも呼ぶべき新たな計測手法を構築します。

 

その他、JST 戦略的創造研究推進事業 個人型研究(さきがけ)(課題番号:JPMJPR21AA(関 岳人)、JPMJPR24J7(遠山 慧子))、日本学術振興会(JSPS)科学研究費補助金基盤研究(A)「材料・デバイス界面空間電荷層直接観察手法の開発と応用(研究代表者:柴田 直哉、課題番号:JP25H00793)」、同 科学研究費(課題番号:JP22H04960、JP24K01294)による支援を受けて行われました。

また本研究は、東京大学 大学院工学系研究科「次世代電子顕微鏡法社会連携講座」、東京大学・日本電子産学連携室、文部科学省 先端マテリアルリサーチインフラ事業(東京大学 マテリアル先端リサーチインフラ微細構造解析部門)の支援を受けて実施されました。


<研究の背景と経緯>

モバイル機器やIoT機器において、(1)一時的な電荷の蓄積と放出、(2)直流電流を通さず交流電流は通す、(3)信号や電源に含まれるノイズの吸収――などの機能を持つMLCCは、極めて重要な電子部品です。今後、電子機器の高度化や自動運転システム、医療機器、宇宙機器などの開発を進めていくためには、MLCCのさらなる小型化、大容量化、高信頼性化が必須の技術課題です。

MLCCは、多数の強誘電体層と内部電極が交互に積層した構造を持っており、その性能は強誘電体の誘電率と電極間の距離に強く依存します。さらに強誘電体内部では原子の並び方により自然に電荷の偏りが生じることで正電荷と負電荷が対となる分極が形成され、ドメインと呼ばれる分極方向がそろった領域とその界面であるドメイン界面が無数に存在しており、電圧印加時のドメイン界面の移動現象や電気伝導がMLCCの安定性や信頼性に大きな影響を及ぼすと考えられています。

ドメイン界面は分極方向が異なるドメインの界面であるため、界面に余分な電荷がたまると考えられています(図1)。この電荷は分極電荷と呼ばれ、界面上に存在します。しかし、この分極電荷はエネルギー的に不安定であるため、反対の符号の電荷(補償電荷)が集まることによって電気的に安定化すると考えられています。

このような界面での電荷状態(電荷のたまり方)は、外部から電圧を印加することによってドメイン界面がどう動くかを決めるため、実際のMLCCの動作とも密接に関連しています。つまり、このドメイン界面に形成されたナノメートルスケールの電荷状態を解明することは、強誘電体デバイスの動作特性を理解するために極めて重要です。

しかし、ナノメートルスケールの局所界面における詳細な電荷状態を直接計測することは、技術的手法が確立しておらず極めて困難であり、ドメイン界面の電荷状態に関する研究は主に理論的なアプローチにとどまっていました。

 

fig01

1 強誘電体ドメイン界面のモデル

(a)HH界面の模式図。分極Pの向きが界面に対して向かい合っており、界面には正の分極電荷が形成されると考えられる。

(b)TT界面の模式図。分極Pの向きが界面に対して背中合わせとなっており、界面には負の分極電荷が形成されると考えられる。

 

近年、走査透過電子顕微鏡(STEMScanning Transmission Electron Microscopy3を用いた微分位相コントラスト(DPC)法4による電場・電荷観察手法が大きく発展しました。特に本研究グループにより結晶界面の電場・電荷を定量的に観察する傾斜スキャン平均DPC(tDPC)法5が開発され、半導体ヘテロ接合の2次元電子ガス6や固体電解質粒界のスペースチャージ層7を定量観察することが可能になってきました。これを受け、この手法を用いた強誘電体ドメイン界面の電荷分布を定量的かつ高空間分解能で可視化する技術の開発が期待されていました。

 

<研究の内容>

本研究グループは、強誘電体結晶であるタンタル酸リチウム8をモデル材料として、tDPC法を用いてドメイン界面の電荷分布の直接観察に挑戦しました。観察にはtDPC法を行うための独自システムと、超高速・高感度分割型検出器を搭載した原子分解能磁場フリー電子顕微鏡(MARSMagnetic field-free Atomic Resolution STEM9を用いました。さらに超高感度原子構造観察手法である最適明視野法(OBFOptimum Bright Field10を用いて、ドメイン界面近傍のピコ(1兆分の1)メートルオーダーの原子変位を計測し、界面近傍の分極量を独立に決定しました。これらの結果を組み合わせることにより、ドメイン界面の詳細な電荷分布状態を解明しました。

1に示す強誘電体ドメイン界面の模式図において、(a)は分極P方向が互いに向かい合う方向の界面であり、head-to-headHH)界面と呼ばれます。(b)は分極(P)方向が互いに背中合わせの方向の界面であり、tail-tailTT)界面と呼ばれます。このHHTTにはそれぞれ正および負の分極電荷がたまると考えられています。

2に、実際にタンタル酸リチウム結晶内部のドメインを電子顕微鏡により観察した像を示します。電子回折実験による詳細な解析の結果、図2の(a)(b)はそれぞれ上側と下側のドメインの分極方向が反対方向を向いていました。つまり、これらのドメイン界面はそれぞれHHおよびTT界面であると考えられます。

 

fig02

図2 タンタル酸リチウム結晶内部のドメインを観察した電子顕微鏡像

各ドメインの分極方向を矢印で示している。電子回折により得られた分極方向から、(a)(b)はそれぞれHH界面、TT界面と同定できる。スケールバーは50ナノメートル。

 

これらの界面に対して、tDPC法による電場観察を行った像と電場強度のラインプロファイルを図3に示します。(b)(e)のようにHH界面とTT界面では電場方向が完全に逆転していることが分かりました。HH界面では界面の中心から電場が湧きだすように発生しているのに対して、TT界面では界面の中心方向に電場が収束するように発生していることが明らかになりました。さらにこの電場分布の発散を計算することで、電荷密度分布を見積もった結果、(c)(f)のようにHHおよびTT界面の中心にはそれぞれ正および負の電荷が存在していることが分かりました。

この結果は図1に示したHHおよびTT界面の中心に異なる符号の分極電荷が存在するという理論モデルと良く整合します。また、界面中心の正および負の電荷の周囲に逆符号の電荷が取り巻くように存在していることも分かりました。これらの逆符号電荷は、分極による界面中心の電荷のかたよりを打ち消し、界面を安定化するために蓄積した電荷(補償電荷)であると考えられます。

 

fig03

図3  tDPC法による電場像と電場強度のラインプロファイル

(a)HH界面のtDPC電場像と(b)αからβ方向へのラインプロファイル。明るいコントラストは右向きの、暗いコントラストは左向きの電場を表している。青い矢印は分極の方向を示している。HH界面の中心から左右に湧き出すように電場が発生している。

(c)図(b)の電場プロファイルを電荷密度分布に変換したプロファイル。界面の中心に正電荷、その左右に負電荷が蓄積していることが分かる。

(d)TT界面のtDPC電場像と(e)αからβ方向へのラインプロファイル。青い矢印は分極の方向を示している。TT界面の中心に向けて電場が収束している。

(f)図(e)の電場プロファイルを電荷密度分布に変換したプロファイル。界面の中心に負電荷、その左右に正電荷が蓄積していることが分かる。HH界面とTT界面で真逆の電荷状態になっていることが実験的に明らかになった。

 

次に、OBF法を用いてドメイン界面近傍の原子変位を詳細に計測し、分極量変化を見積もりました。図4にその結果を示します。ドメイン界面を横切る過程で、(b)(e)に示すように原子変位がピコ(1兆分の1)メートルオーダーで大きく変化しています。次に、この変位量から分極電荷を導き出した結果を(c)(f)に示します。原子変位計測からも、HHおよびTT界面においてそれぞれ正、負の分極電荷が形成することが示唆されます。

 

fig04

図4  OBF法によるドメイン界面近傍の原子変位計測と分極電荷

a)HH界面のOBF STEM像。

b)(a)から原子変位を計測したプロファイル。縦軸はTa原子カラムの変位量。

c)(b)から計算した分極プロファイル。

dTT界面のOBF STEM像。

e)(d)から原子変位を計測したプロファイル。縦軸はTa原子カラムの変位量。

f)(e)から計算した分極プロファイル。スケールバーは1ナノメートル。

 

最後に、OBF法により求めた分極電荷分布をtDPC法により求めた電荷分布から差し引いた補償電荷のみの空間分布を、図5に示します。本手法により、分極電荷を補償するために集まってきた補償電荷の空間分布を初めて定量的に計測することに成功しました。タンタル酸リチウム結晶の場合、この補償電荷の起源は、HH界面の場合はLiイオン空孔、TT界面の場合はLiサイトに置換したTa原子であると考えられ、実際にTT界面上でLiサイトに置換したTa原子も直接観察しています。

このように、複数のSTEM法を駆使して組み合わせることにより、強誘電体ドメイン界面の電荷状態をナノメートルスケールで解明することに成功しました。

 

fig05

5 図3により求めたtDPC法による全電荷密度分布から図4に示したOBF法により

求めた分極電荷分布を差し引いた補償電荷のみの電荷密度分布プロファイル

aHH界面、(bTT界面。HH界面とTT界面では、補償電荷が逆符号となっている。

 

以上のように、本結果によって個々のドメイン界面は、界面と分極方向の関係に応じて分極電荷があり、それを打ち消すために電荷が集まることで、全体が安定化されていることが実験的に明らかとなりました。このような補償電荷の存在は、ドメイン界面の移動しやすさや電気伝導性の発現に大きな影響を及ぼすため、ドメイン界面と強誘電体特性との関係の解明において極めて重要な知見です。本研究で示した計測手法を駆使することで、強誘電体デバイスの真の特性を正しく理解し、それにより性能向上につなげることが期待されます。

 

<本研究の意義および今後の展開>

 MLCCに代表される強誘電体デバイスの性能向上は、持続可能な社会の実現に向けて極めて重要です。強誘電体内部のドメイン界面は、デバイス特性と密接に関係することから、現象がどう起きているかを物理的にイメージして理解するとともに的確に制御することが求められています。しかし、これまではドメイン界面の電荷状態を直接観察する測定手法が存在せず、本質的な理解が難しいとされてきました。本研究成果は、強誘電体デバイスの性質が現れるしくみや、その性質を制御する方法を理解する上で、重要なブレークスルーになると考えられます。

 

<用語解説>

1)強誘電体ドメイン界面

外部電場がない状況下でも電気的な分極(自発分極)を持ち、その向きが外部電場によって可逆的に反転可能な物質を強誘電体という。強誘電体内部に存在する分極の向きがそろった領域をドメイン(分域)と呼び、その界面をドメイン界面と呼ぶ。強誘電体内部にはこのドメインとドメイン界面が無数に存在し、電圧印加によりドメイン界面が移動し、巨視的な分極量が変化することでエネルギーを蓄えることができる。

 

2)積層セラミックコンデンサー(MLCC

 チタン酸バリウムなどの誘電体と電極を多層に積み重ねたチップタイプのセラミック コンデンサー。セラミックスが持つ優れた高周波特性などを生かしながら、小型かつ大容量を実現できるため、電子機器など広範な用途に利用されている。最新のスマートフォンには、MLCC1000個程度利用されている。MLCCMulti-Layer Ceramic Capacitorの略。

 

3)走査透過電子顕微鏡(STEM:Scanning Transmission Electron Microscopy

細く絞った電子線プローブを試料上で走査し、透過散乱した電子を検出することで試料構造を得る手法。現在、電子線プローブの最小サイズは0.1ナノメートル以下となっており、原子分解能の構造観察が可能である。

 

4)微分位相コントラスト(DPC)法

試料の内部の電磁場によって入射電子が曲げられる現象を捉え、内部電磁場を可視化する方法。ナノメートルから原子分解能以上の非常に高い分解能で電磁場や電荷を可視化することが可能。

 

5)傾斜スキャン平均DPC(tDPC)法

通常は平行に入射する電子線を、意図的に複数方向に傾けてスキャンし、平均した信号を得る新しいスキャン方法。tDPC法により、結晶界面において定量的な電場像を得ることが可能となった。

 

62次元電子ガス

主に半導体のヘテロ界面局所において2次元的に分布する電子。面内移動度が大きいため、高移動度デバイスに用いられる。

 

7)スペースチャージ層

結晶と結晶の界面である粒界などにおいて、電荷が不均一となることで原子の持つ電場が現れた層。

 

8)タンタル酸リチウム

 LiTaO3。三方晶系イルメナイト類似構造を持つ強誘電体であり、非線形光学材料、圧電素子、焦電素子などに用いられている。

 

9)原子分解能磁場フリー電子顕微鏡(MARSMagnetic field-free Atomic Resolution STEM

MARSは、2019年に本研究チームが開発した磁場フリーの環境で計測可能な電子顕微鏡。詳細は以下のプレスリリースを参照。

88年の常識を覆す画期的な電子顕微鏡を開発~磁石や鉄鋼などの磁性材料の原子が直接見える~」(2019524日)

https://www.jst.go.jp/pr/announce/20190524/index.html

 

10)最適明視野法(OBFOptimum Bright Field

近年開発された超高感度STEM法。分割型検出器で同時取得された多数枚のSTEM像から理論的に最も信号ノイズ比が高くなるように原子像を再構成する。16分割検出器を用いた場合、従来広く用いられている環状明視野(ABFAnnual Bright Field)法と比べておよそ70倍の感度を持つ。

 

<論文タイトル>

Real-space observation of polarization induced charges at nanoscale ferroelectric interfaces

(強誘電体ナノスケール界面における分極電荷の実空間観察)

DOI: 10.1126/sciadv.adu8021

 

 

 

プレスリリース本文:PDFファイル

Science Advances:https://www.science.org/doi/10.1126/sciadv.adu8021