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【第16回 インタビュー】応用化学専攻 西島杏実先生


聞き手:求 幸年教授(研究科長特別補佐)

ナノ物質を自在にデザインする
―二次元のポリマーシートが持つ新たな可能性を拓く―

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原子や分子のスケールで物質を操り、社会変革を牽引するナノテクノロジー。化学の分野でも、分子の作り出すナノ空間をデザインし利用することで、新しいナノ物質を作り出す試みが行われています。東京大学工学系研究科の若手研究者がその成果と未来、発展について語る対談の第16回。求 幸年教授が工学系研究科応用化学専攻の西島杏実助教へ、錯体化学についてインタビューします。


:西島先生は錯体化学の分野で分子性ナノ空間材料の合成、設計、構築の研究をされています。分子ナノ空間を制御して新しいナノ物質を作り出すとのことですが、具体的にはどのような研究なのでしょうか?

西島:私が研究している錯体化学という分野では、有機配位子と、金属イオンを混ぜると形を持った錯体が形成されるという反応を使ってものづくりに取り組んでいます。現在の研究室では、特に錯体が作り出すナノ空間を利用することを目指しています。
錯体化学といいますのは、金属イオンの周りに配位子と呼ばれる有機分子や電荷を帯びた化合物が配位結合という結合様式で連結した化合物を研究する分野です。配位結合をうまく利用すると、金属イオンと配位子が勝手に集まって特定の形を作る、という面白い現象(「自己集合現象」と呼ばれる)を引き出せます。材料をたくみに、賢く準備してあげると、例えば三角形や四角形など欲しい物質の形をデザインできるのですね。
私は現在、層と層の間に空間を持つような、層状に広がった錯体材料を利用しています。層の間のスリット状の穴にモノマーとよばれる高分子(ポリマー)の原料(プラスチックの原料)を導入して、その穴の中でポリマーを作る「重合反応」を行なうと、この錯体の層の穴の薄さを転写したような極薄の二次元ポリマーができるのです。普通のポリマーは鎖状、ひも状ですが、二次元の極薄のシートにしてやるとさまざまな物性の違いが見えてきています。

:錯体を上手く扱うと、分子が勝手に集まってきて特定の形をつくるというのは興味深いです。ポリマー合成のための型みたいなものを作って、そこに分子を流し込むことによって、自分の欲しい物質を作り出せるわけですね。西島先生の研究では、二次元状に自己組織化させることが可能とのお話しでしたが、狙った形を作るコツといいますか、レシピのようなものは確立されているのですか?

西島:半分は確立されていますが、半分は試行錯誤しつつ合成戦略を見つけていこうとしているところです。確立されているのは、自分たちでデザインできる有機配位子の合成ですね。有機分子で金属に配位するものを、一つ一つ分子のパーツと分子のパーツをつないでいくことで自分たちの設計通りに作ることができます。例えば、L字型の配位子やバナナ型の配位子といったものも合成することができます。一方で、金属イオンと配位子が自己組織化した形を予測することは難しいです。
「この配位子をちょっと伸ばせば同じ形ができるだろう」というところまでは予測はできますが、ゼロから自己組織化を予測することはできません。自然界の力に任せて自己集合させ、2次元状の自己組織化が起こる環境・条件を、試行錯誤を繰り返すことで見つけていきます。


:素材的な部分は、ある程度コントロールできるけれども、全体のデザインみたいなものはトライアンドエラーが重要というわけですね。計算化学などを用いた物質設計を取り入れたりもするのでしょうか?

西島:そうした試みもされていますが、現場の感覚からすると予想された構造よりもトライアンドエラーでいろいろな構造を出していく方が早いし、面白いですね。

:現在は実験で実際に作ってみる方がメインなわけですね。二次元的な隙間を作っておいて、そこに流し込んだモノマーを重合させるということですが、低次元系というのは非常に魅力的ですね。私が専門としている物性物理学の分野でも、一次元や二次元物質は、例えば量子現象など、普通の三次元物質とは異なる多彩な物性が現れるため注目を集めています。高分子の分野での二次元膜というのは、どのような物性の面白さがあるのでしょうか?

西島:ポリマーは、固体の材料になったときに、分子鎖の絡まりあいが物性を決めているという特徴があります。そこでポリマーを二次元状にすると、漁網のようにポリマーが架橋されて網目になったような二次元シートを作り、紐どうしが絡みにくくなります。
この場合、振動や応力を加えたときに、一次元の絡み目があるポリマー材料系では弾性的であるのに対して、二次元の絡み目がない系ですとポリマー同士が引っかかる力がないので、サラサラの液体状になってきます。ポリマーの形の違いによって、材料としての力学的物性の特徴の違いを出すことができるのです。

:二次元状というと、一枚一枚ペラっと剥がれるようなイメージですか? 大きさはどの程度で、物質にはバラエティもあるのでしょうか?

西島:厚みは均一に0.7ナノメートル程度、層の大きさは100ナノメートルから2マイクロメートルぐらいのサイズのものができます。
穴に入る原料さえ使えば、カチオン性やアニオン性のシートといったさまざまなバラエティを出すことができるのです。

:物理の世界でも二次元物質っていうのは大流行で、グラフェンを代表にさまざまな物質が見出されて、それらを組み合わせることで全く新しい人工物質を作ろうという試みが盛んに行われています。同じようなことが高分子の分野でも注目されつつあるわけですね。最近の研究のハイライトとしてはどのようなものがあるでしょうか?

西島:最近の私たちのホットトピックは、アニオン(カルボン酸)のポリマーシートです。アニオン側(塩基側)に振るとアニオンに、酸性側に振ると中性の官能基になるというpH応答性を示します。すると、溶液の中で平らなシートになったり、紙がくしゃっと丸まったような構造になったり、構造変化を示すということが見えつつあります。普通の無機シートでも剥がすとロールアップするといった現象はありますが、くしゃっと丸まることはあまりないですね。ポリマーの柔らかさを持っている二次元シートだからこそ、丸まったり開いたりという構造変化があって、材料としても新しい可能性が見えてくるのではないかと思っています。

:pHを制御すると力学的に制御が可能というのはとても面白いですね。どのようなきっかけで実現にいたったのでしょうか。また、応用としてはどのようなことが考えられますか?

西島:作ったポリマーを化学的に処理してみると、二次元性を維持したままバリエーションが出せるよね、と考えてやってみたらうまくできたのです。
応用として、ポリアニオンなどの電荷を持っているポリマーは、ドラッグデリバリーなどに利用の可能性があります。また、平らな状態で表面をコーティングできないかと考えています。普通の鎖状のポリマーではかなり層の厚みを積まないと表面を覆えないと思いますが、二次元シートならかなり薄く、効率よく表面を覆うことができるのではと思っています。

 

研究者を目指して出会った仲間


:西島先生は、錯体化学の研究分野にどのようなきっかけで興味を持たれたのでしょうか?

西島:学部生のときはグラフェンにすごく興味があって、それを加工して、多孔質材料を作ろうというテーマで研究をしました。学部生の研究を通じて学んでいくうちに、錯体からなる多孔質材料が機能性やデザインの観点で面白そうだ、と感じました。そこで、大学院で大学を移って、錯体化学で多孔質材料を作るという研究を始めました。

:工学系は女性が少なく、女性が進みづらい雰囲気があるといった声も聞かれますが、これまで何か抵抗のようなものを感じたことはなかったですか?

西島:もともと、家族のおかげで科学館に頻繁に行くなど身近に科学を感じられる環境があって、自然と昔から科学が好きでした。また、女性が科学をやることは、独自性を出してやっていける道なんじゃないかと思いました。
私自身はこれが自分の道だと思っていたので、特に不自由はなかったかなと思います。確かに男性は多いですが、少ない女性同士仲良くなれるという部分もあります。

:それはこれから理工系に進もうと考えている方々にも心強いお話しですね。西島先生にとって、理工系で博士課程まで進んでドクターをとり研究者を志すにあたって、支えになったものはありますか?

西島:MERIT(メリット:統合物質科学リーダー養成プログラム)に参加して、そこで出会った友人にはおおいに励まされた部分、奮起させられたところがあります。ですから仲間を見つけていくということは重要と思います。さかのぼれば中学校や高校でもなんとなく理科ができる友達がいました。そうした仲間と話してみると、お互いに利益になって情報交換できるようになります。良い仲間を自分でみつけて繋がりを作ることを意識してされるといいと思いますね。

:MERITは、博士進学を志す学生さんを修士博士一貫で経済的にサポートして、異分野の学生や産業界の方々との交流を通じて、自身の研究やキャリアの視野を広げていただくといった目的を持つ教育プログラムですね。

西島:私にとってMERITは最高のプログラムです。通常、異分野の博士学生どうしはなかなか交流の機会がないのですが、MERITではそうした機会が多く得られました。研究のことを話すと自分の中で言葉を磨いていくきっかけにもなりますし、将来困ったときに頼れるのは、きっとこの人たちなんだろうと言う優秀な仲間に会えました。
電気工学系でネズミの脳にデバイスを貼り付けているという人から、理論物理系で日夜コンピュータで計算を走らせているという人もいましたね。今も当時からの友人に研究の相談をしたりしています。

:卒業後もぜひそうした素晴らしいネットワークを活用して欲しいです。MERITプログラムは、支えとなる人のつながりのほか、ご研究に役立った部分はありますか?

西島:半年ほど、ドイツのカールスルーエ工科大学へ留学に行く決意を後押ししてくれました。幸いドイツの奨学金に応募する機会を見つけまして、半年間留学しました。留学中は新しいことを学べたので本当によかったなと思います。博士論文の研究成果に直接つながったわけではないのですが、今の研究に間違いなく役に立っていると思います。

:どのようにご研究につながっているのでしょうか?

西島:合成の技術というのは、経験を積まないとなかなか自分の作りたいものを作れないという側面があります。新しい合成手法を学んで、作りたい配位子を作れるようになってきたのはそのときの経験が役立っています。

 

 

ポリマーを自在にデザインしたい


:今後、ご自身のご研究についてどのような夢をお持ちでしょうか?

西島:ポリマーというのは、分子的には紐状で絡まって形になっていて、材料としてあまり規則性がないものです。そのポリマーで、自在に形を作りたいという想いがあります。これまでは、小さい分子が組織化して特定の形を作るという自己集合、自己組織化の研究をしてきたわけですが、さらにポリマーのような長い鎖の分子でもただ絡まっているだけでなく、ポリマーを規則的に並べて、できれば自己集合させて目的の形を作りたいというのが大きな目標です。
ポリアニオンのシートを作り出せたように、二次元の空間を使って、このポリマーの形を制御する方法は目標の一つの足がかりだと思います。この先考えられるのは、合成の時に使った錯体材料の空間の形を変えてみることですね。例えば、三次元的に広がった空間でポリマーを合成すると、その三次元の穴の構造を転写したポリマーを作ることができるのではないかと思います。
さらに錯体材料の空間をキラルに螺旋状にすることで、ポリマーにも螺旋性を持たせることができるのではないかと思います。空間を生かして、ポリマーを特定の形にしたいという目標があります。まずは手持ちのコマとしてナノ空間を使って、ポリマーを成形することをさまざまに展開していきたいと考えています。

:ポリマーの形状や構造を自在にデザインしたいというのはとても大きな夢ですね。どの辺が一番難しい点、チャレンジが必要となる点でしょうか?

西島:さまざまな方法でポリマーの形を作り込もうと言う研究はありますが、ポリマーの鎖そのものが一つの分子量になっておらず、統計的分布のあるような性質を持っています。
そうしたばらつきのあるようなものが規則正しい構造になるかというと、なかなかそうではないのです。まずはやはりポリマーのサイズをバシッと揃える合成法が必要だと思います。そのためには合成方法、ポリマーの成長反応の制御ということになってきます。
その他にも、ナノ空間でポリマーを合成することでポリマー鎖を編み込んだりユニークな構造を作り出してみたいですし、構造に由来する新しい機能を見つけていきたいですね。

 

fig4※zoom取材時の様子

Profile
西島杏実助教
宮城教育大学附属中学校(宮城県)出身、宮城県立仙台第二高等学校(宮城県)出身
聞き手 研究科長特別補佐 求幸年教授
世田谷区立緑丘中学校(東京都)出身、東京学芸大学附属高等学校(東京都)出身
※所属や職位の情報は全て取材時点での内容です。