発表のポイント
◆ 酸化セリウム担持金ナノ粒子触媒を用いることで従来型選択性を打破し、シクロヘキセノン類と第二級アミン類からメタフェニレンジアミン類を得る高難度反応を達成。
◆ 脱水素芳香環形成及び2つの求核剤との反応を経るメタ二置換ベンゼンの一段階合成であり、空気中の酸素のみを酸化剤とする環境調和的な新合成法を実現。
◆ 身の回りに遍在するもののこれまで多段階を要する環境負荷の大きい手法で合成されていたメタ二置換ベンゼンが、環境にやさしい一段階合成で入手可能となり、さまざまな新しいメタ二置換ベンゼンも合成可能であるため、地球環境に調和したプロセスへの置き替えや効率的な新規機能性化学品の創製が期待される。
酸化セリウム担持金ナノ粒子触媒による脱水素芳香環形成を経るメタフェニレンジアミン類の選択合成
概要
東京大学大学院工学系研究科の谷田部孝文講師、山口和也教授、木村平蔵大学院生らによる研究グループは、金ナノ粒子(注1)を酸化セリウム(CeO2)担体上に分散担持した不均一系触媒(注2)を用いることで、第二級アミン類(注3)を求核剤とした脱水素芳香環形成反応(注4)を経るメタフェニレンジアミン類(注5)の選択合成に成功しました。脱水素芳香環形成及び2つの求核剤との反応を経るメタ二置換ベンゼンの一段階合成であり、空気中の酸素のみを酸化剤とする環境調和的な新合成手法です。本研究では、一般的に脱水素芳香環形成反応で用いられるパラジウム触媒や光レドックス触媒等とは異なる、担持金ナノ粒子触媒特有の脱水素触媒作用を発見し、酸化セリウム担体との協働触媒作用(注6)により、これまでの生成物選択性(注7)制御の課題を解決しました。本成果により、医農薬品や機能性ポリマー等幅広く利用され身の回りに遍在するものの、これまで多段階を要する環境負荷の大きい手法で合成されていたメタ二置換ベンゼンが、環境にやさしい一段階合成で入手可能となりました。さらに、さまざまな新しいメタ二置換ベンゼンも合成可能であることから、地球環境に調和したプロセスへの置き替えや効率的な新規機能性化学品の創製が期待されます。
発表内容
置換ベンゼンは医農薬品、液晶、染料、機能性ポリマー等、身の回りに遍在し、人類社会を支える重要な化合物群です。特に2つの置換基を導入した二置換ベンゼンを合成する場合、一置換ベンゼンを基質とした反応が一般的ですが、目的の位置に選択的に置換基を1つ導入するために、有害な試薬の使用や多段階の合成ステップが必要となり、環境負荷の問題が生じる場合があります。特に、電子を与える置換基をメタ位に2つ導入することはオルト・パラ配向性(注8)のためきわめて困難であり、新たな合成手法の開発が望まれています。そこで、近年では、脂肪族化合物を基質とした脱水素芳香環形成反応が置換ベンゼンを合成する環境にやさしい新手法として注目されています。特に、メタフェニレンジアミン類のような電子を与える置換基を2つ導入したメタ二置換ベンゼンは、シクロヘキセノン類と2つの求核剤を反応させ、脱水芳香環形成を行うことで、理論的には選択的かつ一段階で合成可能です。しかし、従来の脱水素芳香環形成反応に用いられるパラジウム触媒や光レドックス触媒等では、基質や中間体からの脱水素型の副反応によりさまざまな副生成物が不可逆に生成して目的のメタ二置換ベンゼンへの脱水素はほとんど進行せず、そのようなメタ二置換ベンゼンの一段階合成は達成できていませんでした。また、アミン類を求核剤とした脱水素芳香環形成反応により、医薬品や機能性ポリマー等に含まれる重要な構造であるメタフェニレンジアミン類を合成する反応は、生成物選択性制御がさらに高難度であり、これまで報告されていませんでした。
本研究では、担持金ナノ粒子触媒特有の脱水素触媒作用を新たに発見し、脱水条件にて酸化セリウム担持金ナノ粒子触媒(Au/CeO2)を不均一系触媒として用いることで、シクロヘキセノン類と第二級アミン類を基質とした脱水素芳香環形成反応を経るメタフェニレンジアミン類の選択合成に成功しました(図1)。本反応は、中間体の単離精製が不要な一段階合成であり、空気中の酸素のみを酸化剤とする環境調和的な新合成手法です。CeO2担体が1,4-付加/1,2-付加を促進して効率よくエナミン中間体を合成し、酸素分子利用を促進することでAuナノ粒子触媒による脱水素能を向上させる協働触媒作用に加え、γ位配向基を有するエナミン中間体のAuナノ粒子触媒上への優先的な吸着を経る選択的脱水素によって、これまでの生成物選択性制御の課題を解決し、メタフェニレンジアミン類の選択合成を実現しました。
図1:本触媒系による脱水素芳香環形成を経るメタフェニレンジアミン類の選択合成の概要
本触媒系は、新規構造を含むさまざまなメタフェニレンジアミン類の選択合成に適用可能であることが確認されました(図2)。さらに、酸触媒や水を添加することによって、生成物選択性を変更できることも見出し、同様の触媒を用いて、N,N-二置換アニリン類やエナミノン類の選択合成も達成しました。
図2:本触媒系によって合成できたメタフェニレンジアミン類の例(各構造の下の数値は単離収率)
本研究成果により、身の回りに遍在するもののこれまで多段階を要する環境負荷の大きい手法で合成されていたメタ二置換ベンゼンが、環境にやさしい一段階合成で入手可能となります。本新反応によってさまざまな新しいメタ二置換ベンゼンも合成可能であるため、地球環境に調和したプロセスへの置き替えや効率的な新規機能性化学品の創製が期待されます。また、本研究は、金ナノ粒子触媒の特異な触媒作用に担体等の機能を複合した不均一系触媒ならではの機能集積触媒を設計することで、これまでどのような試薬や触媒でも実現できなかった未踏の分子変換が達成できることを示しています。今後は、本研究で得られた新たな触媒設計指針をもとに、他の未踏反応の達成を推し進めていきます。
発表者・研究者等情報
東京大学大学院工学系研究科 応用化学専攻
谷田部 孝文 講師
山口 和也 教授
木村 平蔵 博士課程
論文情報
雑誌名:Journal of the American Chemical Society
題 名:Au-Catalyzed Aerobic Dehydrogenative Aromatization to m-Phenylenediamine Derivatives via Product Selectivity Control
著者名:Heizo Kimura, Takafumi Yatabe*, Kazuya Yamaguchi*
DOI:10.1021/jacs.4c12043
URL:https://doi.org/10.1021/jacs.4c12043
研究助成
本研究は、科研費「基盤研究(S)(課題番号:22H04971)」、「若手研究(課題番号:24K17556)」、「学術変革領域研究(A)デジタル化による高度精密有機合成の新展開(課題番号:24H01062)」、「学術変革領域研究(A)化学構造リプログラミングによる統合的物質合成科学の創成(課題番号:24H02210)」、JST「戦略的創造研究推進事業 さきがけ(課題番号:JPMJPR227A)」、同 「次世代研究者挑戦的研究プログラム(SPRING)(課題番号:JPMJSP2108)」の支援により実施されました。
用語解説
(注1)金ナノ粒子
金(Au)を1~100ナノメートル程度の粒子にして化学物質と相互作用しやすくしたもの。一般に金はバルク(塊状)では不活性であり、ナノ粒子にすることで初めて触媒として機能することが多い。表面が酸素分子により酸化されない特長を活かし、特異な酸化反応を進行させることがある。
(注2)不均一系触媒
反応する基質と異なる相に存在する触媒を不均一系触媒といい、有機合成においては、無機物で構成された溶けない固体触媒が、有機溶媒中に溶けた基質と触媒表面で反応する形式で不均一系触媒として機能することが多い。金属ナノ粒子を酸化セリウム等の担体上に高分散に固定化した触媒を担持金属ナノ粒子触媒といい、一般的に無機物で構成されているため不均一系触媒として機能する。触媒が溶けないために回収・再使用が容易であり、触媒が生成物に混入することも防止できるため、環境にやさしい触媒として注目されている。対となる概念は均一系触媒であり、基質と触媒とが同じ相に存在している(例えば、どちらも同じ有機溶媒中に溶けている)ため、反応後に分離することが難しい。
(注3)第二級アミン類
アンモニア(NH3)の2つの水素原子を炭化水素基またはアリール基で置換した化合物の総称。天然物や医農薬品のほか基礎化学品にも遍在し、入手容易な窒素含有原料である。電子不足のサイトと反応しやすい求核剤の性質をもつ。例えば、シクロヘキセノン類等のα,β-不飽和ケトンのカルボニル炭素やC=C二重結合のβ位炭素と結合を形成する反応が起こり、それぞれ、1,2-付加、1,4-付加、という。
(注4)脱水素芳香環形成反応
脂肪族化合物から、脱水素反応により二重結合を形成し、ベンゼン環等をもつ芳香族化合物を合成する反応。酸素分子を酸化剤とすれば理論上水のみが副生成物となる環境にやさしい反応となる。
(注5)メタフェニレンジアミン類
ベンゼン環の水素を2つ置換基で置き換えたときに1位と3位に置換基をもつ構造をメタ二置換ベンゼンといい、その中でもベンゼン環と窒素原子が結合する形で二置換された構造がメタフェニレンジアミン類である。医薬品や機能性ポリマー等に含まれる重要な構造である。
(注6)協働触媒作用
1つの反応に複数の活性点が関与して、効率的に化学結合の切断・形成が行われる触媒作用。特に多数の活性点をもつ担持金属ナノ粒子触媒において発現することが多い。
(注7)生成物選択性
化学反応により複数の生成物が生成し得る場合に、目的の生成物を優先的に合成する性質。特に化学式の異なる生成物が複数得られる場合に用いられる。
(注8)オルト・パラ配向性
電子を与える置換基がついたベンゼン環において、置換基を求電子置換反応で導入する場合、置換基の隣のオルト位と置換基の向かい側のパラ位で置換反応が起こりやすく、メタ位には起こりにくい性質のこと。
プレスリリース本文:PDFファイル
Journal of the American Chemical Society:https://doi.org/10.1021/jacs.4c12043