プレスリリース

新規窒化物半導体ヘテロ接合における電子散乱機構を解明 ―高周波GaNトランジスタの性能向上に道筋―

作成者: Public Relations Office|Jul 7, 2025 5:00:00 AM

発表のポイント

高品質な新規窒化物半導体ScAlN/GaNヘテロ接合の結晶成長に成功し、その界面に分極誘起される二次元電子ガスの輸送特性を詳細に測定・解析しました。
ScAlN/GaNヘテロ界面において、非常に高密度の二次元電子ガスが誘起され、その電子移動度が界面ラフネス散乱によって制限されていることが分かりました。
今後、界面ラフネスを改善することで移動度の向上が期待されます。高密度・高移動度の二次元電子ガスを実現することで、次世代高周波通信に用いられるトランジスタの性能向上へ大きく貢献します。

 

ScAlN/GaNヘテロ接合における二次元電子ガスが界面ラフネスにより散乱される概念図

 

概要

東京大学大学院工学系研究科の前田拓也講師、中根了昌特任准教授、久保田航瑛大学院生、若本裕介大学院生と住友電気工業株式会社は、新規窒化物半導体ヘテロ接合における二次元電子ガスの散乱機構を明らかにしました。

本研究では、分子線エピタキシー(MBE)(注1)を用いて、窒化スカンジウムアルミニウム(ScAlN)(注2)と窒化ガリウム(GaN)の高品質なヘテロ接合を成長させ、そのヘテロ界面に誘起される二次元電子ガス(2DEG)の散乱機構が界面ラフネス散乱(注3)であることを明らかにしました。2DEGが高密度であるため、伝導帯の非放物線性による有効質量の増大(注4)を考慮する必要があることを指摘し、その上で界面ラフネス散乱の影響を定量的に明らかにした点に新規性があります。この研究成果は、今後、高周波・高出力なGaN高電子移動度トランジスタ(HEMT)(注5)の研究開発に貢献し、次世代高周波通信の発展に役立ちます。

 

発表内容

〈背景と課題〉

ScAlNは、バンドギャップが大きく、強い分極、強誘電性を有しており、高周波・高出力なGaN HEMTの新規バリア層として注目を集めています。これまでScAlN/GaNヘテロ接合における2DEGは、高密度に誘起されるものの、高い移動度が得られないことが問題点として挙げられていましたが、その移動度を制限する要因については未解明でした。

 

〈成果の内容〉

この度、東京大学は、住友電気工業株式会社が提供した高品質GaN/SiC基板上にMBE法によって高品質ScAlN/GaNヘテロ接合(図1)を成長させ、その電子輸送特性を詳細に測定・解析しました。反射高速電子線回折法(RHEED)やX線回折法(XRD)、原子間力顕微鏡(AFM)などにより成長させた結晶を評価したところ、表面が原子レベルで平坦であり、急峻な界面が形成されていることを確認しました。また、ScAlNはGaN上に擬似格子整合して成長していることを確認しました。

 

1:本研究で成長させたScAlN/GaNヘテロ接合の断面図(左図)。

数値計算したエネルギーバンド図および電子分布(右図)。

 

 東京大学は、成長させたScAlN/GaNヘテロ接合に対して、ホール測定用構造を作製し、ホール効果測定を行いました。電子濃度は3×1013 cm-2程度とScAlNの分極値から予想される通りの高い値が得られました。移動度は、室温より低温になるにつれて増加し、次第に飽和して684 cm2/Vsという値に到達しました。得られた結果に対して、極性光学フォノン(POP)散乱、音響変形ポテンシャル(ADP)散乱、界面ラフネス(IR)散乱を用いて解析を行なったところ、実験で得られた移動度の温度依存性を良く説明することができました。特に解析においては、電子濃度が高いため、伝導帯の非放物線性に起因して有効質量が0.24m0程度にやや重くなることを考慮しました。その上で、界面ラフネス散乱の計算には、量子井戸幅δ = 2.6 Å、相関長Λ = 15 Å(Λ/δ = 5.8)という値を用いました。δはGaNのc軸長の約半分に相当する妥当な値であり、Λは従来のAlGaN/GaNヘテロ接合と比較して4割程度低い値であり、ラフネス(平坦性)が良くないことを示唆しています(図2)。先行研究では、移動度の温度依存性が一般的な散乱機構ではうまく説明できず不可解なままだったのに対し、本研究では、高品質なヘテロ接合を成長させることで比較的高くリーズナブルな移動度が得られ、半導体物理に基づいてその散乱機構を明快に説明できました。

 

2ScAlN/GaNヘテロ接合における二次元電子ガスの移動度の温度依存性の測定値、横軸が温度、縦軸が電子移動度(左図)。伝導帯の非放物線性に関する概念図、横軸が散乱に用いた波数、縦軸が観測されたエネルギー(中央図)。界面ラフネス散乱に関する概念図、黄色のScAlN層(barrier)と水色のGaN層からなり、量子井戸(well)付近での散乱を表す(右図)。左図の赤点線は電子濃度から推定した有効質量(0.24m0)を用いて計算した結果。

 

これらの研究成果は、窒化物半導体分野で最大規模の国際会議であるInternational Conference on Nitride Semiconductors(ICNS)(2025年7月6日~11日開催)に投稿され、高い評価を受けて招待講演に選出されました。

 

〈今後の展望〉

本研究の成果をもとに、今後はScAlN/GaNヘテロ接合のラフネス改善による移動度向上および高周波GaN HEMTの試作実証に取り組みます。これらの研究は、高周波・高出力なGaN HEMTの研究開発を加速させ、次世代高周波通信技術の発展に貢献することが期待されます。

 

〇関連情報:

「プレスリリース①窒化アルミニウム系ショットキーバリアダイオードの電流輸送機構を解明 ―低炭素社会に寄与する新しいパワー半導体デバイスの実現に向け大きく前進―」(2024/12/10)

https://www.t.u-tokyo.ac.jp/press/pr2024-12-10-001

 

発表者・研究者等情報

東京大学大学院工学系研究科

 前田 拓也 講師

 中根 了昌 特任准教授

 久保田 航瑛 修士課程

 若本 裕介 修士課程

 

住友電気工業株式会社 伝送デバイス研究所 電子デバイス研究部

 中田 健 部長

 牧山 剛三 主幹

 河原 孝彦 主席

 吉田 成輝 主査

 

学会情報

学会名:The 15th International Conference on Nitride Semiconductors (ICNS 15)

会 期:2025年7月6日~11日(発表は7月10日10:30-11:00(中央ヨーロッパ夏時間))

題 名:Scattering Mechanism of 2DEG in ScAlN/GaN Heterostructures Grown by Plasma-Assisted Molecular Beam Epitaxy

著者名:Kouei Kubota, Yusuke Wakamoto, Takahiko Kawahara, Shigeki Yoshida, Kozo Makiyama, Ken Nakata, Ryosho Nakane, Takuya Maeda*

URLhttps://mkon.nu/icns-15/invited_speakers

 

研究助成

本研究は、科学技術振興機構(JST)「戦略的創造研究推進事業ACT-X(課題番号:JPMJAX22KH)」、「創発的研究支援授業(課題番号:JPMJFR234D)」の支援により実施されました。

 

用語解説

(注1)分子線エピタキシー(Molecular Beam Epitaxy, MBE)

MBE法は、超高真空環境で原料を供給することで高純度な半導体を結晶成長させる手法である。原料セルから放たれた分子が散乱されることなく直進してビーム状の分子線となることが名称の由来である。単原子層レベルでのエピタキシャル成長が可能であるため、急峻なヘテロ接合や超格子などの人為的な構造の作製が可能である。

 

(注2)窒化スカンジウムアルミニウム(ScAlN)

ScAlNは、大きいバンドギャップや高い自発分極、圧電係数、強誘電性などの魅力的な電子物性を有している。2008年ごろに産業技術総合研究所の秋山守人氏らが世界で初めて結晶成長に成功し、AlNにSc添加することで圧電性が高くなることを発見した。バルク弾性波フィルタや高温動作可能な不揮発メモリデバイスなどへの応用が検討され、研究開発が進められている。Sc組成0–40%程度の範囲ではWurtzite構造であり、GaN上にエピタキシャル成長させることができるため、GaN HEMTを高性能化・新機能発現させる新規バリア層としても近年注目を集めている。

 

(注3)界面ラフネス散乱(Interface Roughness (IR) scattering)

界面ラフネス散乱は、半導体デバイスの酸化膜/半導体界面やヘテロ接合界面において凹凸がキャリアの輸送を阻害して移動度を低下させる機構である。従来のAlGaN/GaNヘテロ接合においては、典型的に量子井戸幅と相関長の比(Λ/δ)が5–10程度であり、この数字が大きいほど界面ラフネスが良い(凸凹が少ない)とされる。

 

(注4)伝導帯の非放物線性による有効質量の増大

伝導帯は、頂(下端)付近で放物線的であるが、エネルギーが大きくなるにつれて直線的になり、非放物線性が顕著に現れる。そのため、電子濃度が高い場合は、伝導帯における電子分布を反映して電子輸送に関わる有効質量がやや重くなる。

 

(注5)高電子移動度トランジスタ(HEMT)

化合物半導体ヘテロ接合においては、変調ドーピングや分極誘起ドーピングによって不純物を添加していない層に高密度・高移動度な2DEGを誘起させることができる。この2DEGを活用した電界効果型トランジスタはHEMTと呼ばれ、携帯電話や衛星通信などの高周波無線通信に使用されている。1979年に富士通研究所の三村高志氏らがHEMTを発明した。

 

 

 

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