プレスリリース

省資源・環境低負荷:超軽量だが強靭な人工ヘチマスポンジ ―水に電圧をかけると生じる電荷の偏りを利用する一段階グリーン合成―

作成者: Public Relations Office|Jul 4, 2025 1:00:00 AM

発表のポイント

◆ ヘチマスポンジのように軽量にもかかわらず超強靭な多孔質架橋ポリマー超薄膜を開発。
◆ pH応答的に物質透過のon/offを制御できる抗菌・抗ウイルス性スマート分離膜。
◆ 導電性の多孔質炭素薄膜に容易に変換でき、超小型エネルギーデバイスに応用可能。

 

ヘチマスポンジに似た超軽量だが強靭な多孔質ポリマー超薄膜

 

概要

東京大学大学院工学系研究科の伊藤喜光准教授と同大学国際高等研究所東京カレッジの相田卓三卓越教授(理化学研究所創発物性科学研究センター グループディレクターを兼任)らの研究チームは、過去最高の力学強度を有する超軽量多孔質架橋超薄膜の開発に成功しました。これは、「多孔質超軽量ポリマーは力学強度が小さい」というこれまでの常識を覆すものです。開発した超薄膜は、市販の安価な原料を水に溶かし、その水溶液に電圧を2分間印加するだけで、厚さ70 nmの欠陥のない大面積自立超薄膜が得られます。この超薄膜は天然のヘチマスポンジに似た架橋構造を有し、水溶液のpHに応答して物質透過のon/offを自動的に切り替え可能な抗菌・抗ウイルス性スマート分離膜として使えます。また、蒸し焼きにすることで、エネルギーデバイスへの利用が可能な欠陥のない導電性多孔質炭素薄膜を作製できます。電極表面に生成した超薄膜は電圧を切ると電極表面から自発的に剥がれるので、ロール-to-ロール方式(注1)による大量生産が可能だと考えられます。超低密度な革新的軽量材料は、省資源・環境低負荷をキーワードに持続可能な未来を実現します。

 

発表内容

プラスチック廃棄物が地球規模の環境問題を引き起こしている中で、少ない資源量で大きな物体を作ることができる低密度・多孔質ポリマーは持続可能な未来の実現において重要な戦略を提供します。ヘチマを乾燥させて得られるヘチマスポンジは、リグニン(注2)を主成分の一つとする天然の多孔質ポリマーです。この超軽量素材は、湿っているとやわらかいので、浴室で体を洗うために使用されることもあります。しかし乾燥すると強靭になり、容易には変形しなくなります。自然界にはしばしばこのような相反する物性を併せ持つ物質が存在しますが、既存の人工多孔質ポリマーは乾燥状態でも力学強度が小さく、脆いのが普通です。

本研究チームは、環境を循環する唯一のグリーン溶媒である「水」を用い、電気化学的手法(注3)と組み合わせ、このヘチマスポンジを簡便に合成することに成功しました(図1)。市販の安価な試薬であるレゾルシノールとホルムアルデヒドの混合物を純水に溶かし、その水溶液に電極を入れ、室温にて+5 Vの電圧を2分間印加します。その結果、電極表面全体を均一に覆う形で架橋重合反応(注4)が進行し、リグニン様の化学構造を持つ、厚さ70 nmの大面積架橋超薄膜が無欠陥で生成します。電圧を切ると超薄膜が電極表面から自発的に剥離し浮かんできます。それを金魚すくいの要領ですくいとります。この反応中、正電極上では、モノマーと生成ポリマーが共に負に帯電し、電気二重層(注5)を形成します。重要なことは、その負電荷と対になる正電荷(対イオン)が水溶液中ではなく、電極内に存在するということです。従って、対イオンによる電荷の遮蔽が起こりません。モノマーやポリマーはイオン化による活性化を受けながらも、互いに大きく反発し合う状況に置かれ、そのような中で結合を形成するため、生成物は多孔質化します。

 

1:超軽量・強靭多孔質薄膜の合成法

レゾルシノールとホルムアルデヒドの混合物の水溶液に電極を入れ電圧を印加すると、負に帯電した原料や生成物が電気二重層を形成する。対イオン不在のために互いに極度に静電反発する中、架橋反応が進行するため、多孔質ポリマー薄膜が得られる。

 

生成した多孔質ポリマー超薄膜の乾燥状態での密度は通常のポリマーの半分程度ですが、材料の硬さを示すヤング率(注6)は通常の樹脂の約3〜4倍です。このような、軽量であるにもかかわらず力学強度の大きな人工の多孔質ポリマー材料は、特殊加工された繊維を除けば史上初です(図2)。ホルムアルデヒドにかわり、末端をフォルミル化したポリエチレングリコール(注7)を使うことで膜を強靭にすることが可能です。ヘチマに似た網目構造と化学構造を持つ本薄膜は、ヘチマ同様の高機能材料です。例えば、乾燥状態では高強度である本薄膜も、湿潤状態、特にpH(注8)が高いアルカリ性の溶液の中では柔らかくなり膨潤します。この性質を利用することで、水のpHに応答して物質透過のon/offを自動的に切り替えられるスマート膜分離を実現できます。また、抗菌・抗ウイルス性を併せ持つことから感染防止フィルターへの展開も期待できます。さらに本薄膜を蒸し焼きにすると、形状及び多孔質性を維持したまま欠陥フリーな導電性の大面積炭素薄膜が得られます。たとえば、エネルギーデバイスである電気二重層キャパシタ(注9)の電極素材として利用可能です。ロール-to-ロール方式の連続製造に資する省資源・環境低負荷の本手法は、超軽量・高強度機能材料の開発を可能にする革新的な科学技術といえます。

 

2:密度と硬さ(ヤング率)の関係

従来知られている2D/3D多孔質ポリマー(密度<0.7 g/cm3)の密度とヤング率(硬さ)をプロットしたもの。従来の多孔質ポリマーはヤング率2 GPaを超えることはなかったが、本研究で開発した薄膜は11 GPaにも達する。

 

発表者・研究者等情報

東京大学

大学院工学系研究科

伊藤 喜光 准教授

 

国際高等研究所東京カレッジ

       相田 卓三 卓越教授

兼:理化学研究所 創発物性科学研究センター グループディレクター

 

論文情報

雑誌名:Science

題 名:Electric double-layer synthesis of a sponge-like, lightweight reticular membrane

著者名:Yoshimitsu Itoh*, Tengfei Fu, Pier-Luc Champagne, Yudai Yokoyama, Kunita Numabe, You-lee Hong, Yusuke Nishiyama, Hsiao-Fang Wang, Akemi Kumagai, Hiroshi Jinnai, Hirohmi Watanabe, Teiko Shibata-Seki, Asuteka Nagao, Tsutomu Suzuki, Yukie Saito, Keigo Wakabayashi, Takeharu Yoshii, Atsushi Izumi, Katsumi Hagita, Junichi Furukawa, and Takuzo Aida*

DOI10.1126/science.adq0782

URLhttps://www.science.org/doi/10.1126/science.adq0782

 

論文情報:研究グループの構成

伊藤 喜光 東京大学大学院工学系研究科 化学生命工学専攻 准教授/研究当時:JST さきがけ 研究員
Tengfei Fu 研究当時:東京大学大学院工学系研究科 化学生命工学専攻 博士課程
Pier-Luc Champagne 研究当時:東京大学大学院工学系研究科 化学生命工学専攻 博士研究員
横山 祐大 東京大学大学院工学系研究科 化学生命工学専攻 博士課程
沼邊 国太 研究当時:東京大学大学院工学系研究科 化学生命工学専攻 修士課程
You-lee Hong  研究当時:理研-JEOL連携センター 特別研究員
西山 裕介  日本電子株式会社 エグゼクティブスペシャリスト
Hsiao-Fang Wang 研究当時:東北大学多元物質科学研究所 特任助教
熊谷 明美 東北大学多元物質科学研究所 技術職員
陣内 浩司  東北大学多元物質科学研究所 教授/JST CREST 研究代表者
渡邉 宏臣  産業総合技術研究所 研究グループ長
柴田-関 禎子 東京都立大学管理部研究推進課 機器共用担当
長尾 翌手可 東京大学大学院工学系研究科 化学生命工学専攻 講師
鈴木 勉 東京大学大学院工学系研究科 化学生命工学専攻 教授
斎藤 幸恵  東京大学大学院農学生命科学研究科 生物材料科学専攻 教授
若林 佳吾 東北大学多元物質科学研究所 博士課程
吉井 丈晴    東北大学多元物質科学研究所 准教授
和泉 篤士 住友ベークライト株式会社 コーポレートエンジニアリングセンター 上席主幹
萩田 克美 防衛大学校応用物理学科 講師
古川 淳一  研究当時:東京大学大学院工学系研究科 化学生命工学専攻 博士課程
相田 卓三 東京大学国際高等研究所東京カレッジ 卓越教授/理化学研究所創発物性科学研究センター グループディレクター

 

研究助成

本研究は、科学技術振興機構(JST)さきがけ「電場による非平衡反応場を利用した合成化学

(課題番号:JPMJPR21Q1)」、日本学術振興会(JSPS)科研費「基盤研究B(課題番号:21H01903)」、「特別推進研究(課題番号:23H05408)」の支援により実施されました。

 

用語解説

(注1)ロール-to-ロール方式

膜の連続生産に用いられる方式。ロール状に作られた膜をロール状に巻き取りながら連続的に製造する。

(注2)リグニン

木材を構成する主成分の一つ。

(注3)電気化学的手法

電気をかけながら物質を合成する方法。電極表面での電子の授受により化学反応が進行する。

(注4)架橋重合反応

原料が連続的に反応してポリマーになる重合反応のうち、生成するポリマーが三次元的に結びつきながら進行する反応。

(注5)電気二重層

電極にかけた電位の極性と反対の極性を持つイオンが溶液中から電極上に集積し、その集積した構造を電気二重層と呼ぶ。たとえば、プラスの極性の電極の上には溶液中からマイナスイオンが集積する。

(注6)ヤング率

材料の硬さを示す指標。単位はギガパスカル(GPa)。

(注7)ポリエチレングリコール

水溶性のポリマー。化粧品や医薬品に多く用いられている。

(注8)pH

水素イオン濃度を示す指数。数値が低いと酸性、高いとアルカリ性を示す。

(注9)電気二重層キャパシタ

イオンが電気二重層として電極上に集積することを利用した電気エネルギーを貯蔵できるデバイス。

 

 

 

プレスリリース本文:PDFファイル

Science:https://www.science.org/doi/10.1126/science.adq0782