プレスリリース

燃料電池製造プロセスの自動実験・自律探索システムを開発 ―AIロボットを用いた生産プロセスインフォマティクスにより100倍の効率を実証―

作成者: Public Relations Office|Jun 12, 2025 5:00:00 AM

発表のポイント

◆ 燃料電池の実製造プロセスを模擬した小型パイロットラインを開発しました。
◆ 従来の10倍以上の実験速度と、10倍以上の探索速度を実証しました。
◆ これまでにないプロセスパラメータを少量サンプルで発見するだけでなく、迅速な生産ラインの設計・稼働・運用に活用可能です。

 

「塗布乾燥ROPES」

 

発表概要

東京大学大学院工学系研究科の長藤圭介教授らの研究グループは、金沢大学、九州大学、堀場製作所と共同で、燃料電池の実生産の開発に資する自動実験・自律探索のシステム「FC-ROPES(ロープス)」(注1)を開発しました。

燃料電池の発電のコア部分である触媒層は、ナノサイズのカーボン・白金触媒・ポリマー・空隙が三次元的に複雑に配置された構造で、混合分散・塗布乾燥といった「お好み焼き」にも通じる粉体膜形成プロセスで作られています。実生産に用いる乾燥工程の温度履歴などのプロセスパラメータの探索は、ヒトの手作業による実験と実生産設備を用いた大規模実験を用いて行われることが多く、時間的にも規模的にも効率が悪いという問題がありました。

本研究では、図1に示すエレベータに乗るサイズの小型システムの中で、1 cm×1 cmという小さなサンプルを試作しつつ自動実験・自律探索を行い、それぞれ従来の10倍以上の効率を実証しました。これは従来の100倍以上の速さで、プロセスのデータと実サンプルを自動で生成することに相当します。

 

図1:ROPESのプロセス・評価の一連の流れ

 

発表内容

〈研究の背景〉

燃料電池自動車(FCVHDV)や定置用燃料電池発電機は今後の水素社会に欠かせない発電装置です。品質・コスト・納期(QCD)の要である生産技術開発のスピードアップが課題となっています。その解決策のひとつとして、自動実験・自律探索システム、すなわちラボラトリーオートメーションの活用がありえますが、これまで粉体膜プロセスを対象とし、かつ実生産を想定したものはありませんでした。

 

〈研究の内容〉

本研究では、NEDOのFCVHDV用燃料電池技術開発ロードマップ(20233月公開)記載の、触媒層生産技術における高品質塗工面形成技術の確立、およびPI(プロセス・インフォマティクス)を用いた材料・プロセス探索に関する課題に対応し、燃料電池生産技術開発の自動実験・自律探索システム、「FC-ROPES」のうち、塗布乾燥工程に着目し、ダイコータでの触媒インク塗布、熱風乾燥での触媒膜乾燥という「塗布乾燥ROPES」(図2)を開発しました。大きく次の3つの要求機能;

(i)通常エレベータにて搬入出可能であること、

(ii) 少量小型サンプルでハンドリング可能であること、

(iii) 粉が実生産ラインと同じ物理現象を感じること、

を設定しました。そして、それぞれに対応する設計解を以下のように実現しました。

(i)プロセスラインと評価ラインの連結、

(ii)1cm×1cm枚葉式サンプルの採用、

(iii)ディスペンサと多段階炉で実生産ラインをスケールダウン。

 

図2:「塗布乾燥ROPES」

 

自動実験の実証において、乾燥炉安定化に平均約2分、乾燥時間は約6分、評価計測時間は約1分、基板準備・基板ストアに約1分、1サイクルタイムあたり計10分のケースを設定しました。これは、100サンプルとデータを17時間で作成することに相当します。さらに、自律探索の実証においては、ベイズ最適化を用いてパラメータ候補数約500の中から24回という少ない試行回数で、スキン層形成ステップ・再配列ステップの2段乾燥工程の結果を見出しました。

 

〈今後の展望〉

本研究で開発した「塗布乾燥ROPES」は、図3に示すように、これまでの研究開発を高速化するだけでなく、QCDの要である実生産ラインの設計・稼動・管理へのスケールアップの谷を超える第2の高速化にも貢献します。その生産技術開発力の向上に資する本研究成果を、日本の燃料電池システムメーカ(旧AFC: オールスターFC(注2))だけでなく、材料メーカ、生産設備メーカにも活用していただくべく、受託試作計測ビジネス化、ROPESそのものの商品化を目指します。

また、今回は塗布乾燥工程に着目して自動実験・自律探索を実証しましたが、その上流工程であるインク調合に関する自動実験・自律探索、すなわち「混合分散ROPES」および、「塗布乾燥ROPES」との一貫生産技術開発の実証に関する研究開発を、次期NEDO事業「水素利用拡大に向けた共通基盤強化のための研究開発事業」にて、「生産技術のためのプロセスインフォマティクスプラットフォーム」として取り組みます。本成果および次期事業は、NEDOロードマップ(20252月公開)記載の「DX技術開発による研究開発力向上」に資するテーマであり、2035年のFCVHDV用燃料電池の性能目標の達成に貢献します。

 

3ROPESの生産技術開発現場から実生産ラインまでの活用方法

 

〈プロモーション動画〉

日本語版: https://youtu.be/SBlvF8oOoD0

英語版: https://youtu.be/QySre6yKSSM

2025/3/21公開,約1分)

 

〈関連のプレスリリース〉

AIロボットを活用した 燃料電池プロセス探索システムの基盤技術開発を開始 ―NEDO「燃料電池等利用の飛躍的拡大に向けた共通課題解決型産学官連携研究開発事業」」(2023/7/5

https://www.t.u-tokyo.ac.jp/press/pr2023-07-05-001

 

「ロボット実験×AIによる燃料電池のものづくり研究開発法の革新~粉体成膜プロセスインフォマティクスにより3万候補から40回で新しい最適解の発見に成功~」(2022/2/7

https://www.t.u-tokyo.ac.jp/press/foe/press/setnws_202202081352523736460557.html

 

NEDO事業〉

燃料電池等利用の飛躍的拡大に向けた共通課題解決型産学官連携研究開発事業(20202024)

https://www.nedo.go.jp/activities/ZZJP_100182.html

 

水素利用拡大に向けた共通基盤強化のための研究開発事業(20252029)

https://www.nedo.go.jp/activities/ZZJP_100336.html

 

NEDOロードマップ〉

NEDO燃料電池・水素技術開発ロードマップ」

https://www.nedo.go.jp/library/battery_hydrogen.html

 

発表者

東京大学 大学院工学系研究科 機械工学専攻

長藤 圭介 教授

 

金沢大学 理工研究域 機械工学系

辻口 拓也 教授

 

九州大学 大学院工学研究院 化学工学部門

井上 元 教授

 

株式会社堀場製作所

中村 博司 シニアコーポレートオフィサー(常務執行役員)CTO

 

研究助成

本研究の成果は、国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の委託事業「燃料電池等利用の飛躍的拡大に向けた 共通課題解決型産学官連携研究開発事業」内「燃料電池のプロセスインフォマティクス共通基盤の構築」、科学技術振興機構(JST)未来社会創造事業「共通基盤」領域、探索研究「粉体成膜プロセス研究のハイスループット化のためのデータ駆動型プロセス・インフォマティクス(課題番号:JPMJMI19G3)」、および、本格研究「マテリアル探索空間拡張プラットフォームの構築(課題番号:JPMJMI21G2https://meep.nagato-u-tokyo.jp/)」の支援により実施されました。

 

用語解説

(注1FC-ROPES(ロープス):

The ropes”(英語で「コツ」という意味)になぞらえて命名した、ROPESRobotic Objective Process Exploration System:ロボットとヒトが協調するプロセス探索システム)

 

(注2)オールスター FC(エフシー)(AFCとも略される):

燃料電池(FCFuel Cell)システム国内OEM4社および技術研究組合FC-Cubic

 

 

 

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