プレスリリース

高温液滴の操作を容易に ―疎水性粒子で覆われた高温液滴の付着現象の解明とそれを防ぐ方法―

作成者: Public Relations Office|May 13, 2025 12:35:13 AM

発表のポイント
高温のリキッドマーブルが、冷たい表面との温度差により結露を発生させ、付着や破裂を引き起こすメカニズムを世界で初めて可視化・解明。
さらに、粒子のサイズを大きくする、液体の揮発性を抑える、あるいはナノ構造をもつ疎水性表面を用いることで、結露の影響を抑え、安定した高温リキッドマーブルの操作が可能となることを発見。
これらの成果により、高温環境でのバイオメディカル検査や化学マイクロリアクターへのリキッドマーブルの応用可能性が広がることが期待される。

リキッドマーブル(撮影:浅井美紀)


概要
東京大学大学院工学系研究科のムテルドゥ ティモテ講師らの研究グループは、高温のリキッドマーブルが固体表面との間に発生させる結露が引き起こす付着・破裂現象のメカニズムを、実験的手法により世界で初めて解明しました。通常、ミリメートル未満の微小サイズの液滴は固体表面に付着しやすく、その操作は困難です。一部の昆虫は、疎水性微粒子で液体表面を覆うことで、液体と体表の間に空気層を形成し、液体の付着を防いでいます。このように疎水性粒子に覆われた液滴は「リキッドマーブル」と呼ばれ、摩擦が非常に小さいため容易に移動させることができます。しかし、高温液体の輸送においても有用かどうかは未解明でした。
本研究グループは、高温のリキッドマーブルを冷たい表面上に配置した際、結露が起こり、液滴と基板の間に液体ブリッジが形成され、それが原因で付着や破裂が生じることを発見しました。さらに、粒子のサイズを大きくする、液体の揮発性を低下させる、またはナノ構造を有する疎水性基板を使用することで、この付着を抑制できることを確認しました。本成果は、発熱反応を伴う化学マイクロリアクターや、室温以上で行われる細胞培養や生物学的分析へのリキッドマーブルの新たな応用可能性を拓くことが期待されます。

発表内容
〈研究背景〉
雨滴などの身近な例からもわかるように、微小な液滴は表面に付着しやすく、その操作は困難です。小さな昆虫は、液滴が体表に強く付着することで、水滴から逃れられなくなる可能性があります。このような状況を避けるため、昆虫は疎水性微粒子で液体表面を覆うことで、液体と体表の間に空気層を形成し、液体の付着を防いでいます。このように粒子で覆われた液滴は「リキッドマーブル」と呼ばれ、微量の液体を無駄なく容易に移動させることが可能です。しかし、高温の液体を運ぶ手段としてリキッドマーブルが機能するかどうかは、これまで未解明でした。

〈研究内容〉
高温のリキッドマーブルを低温の固体表面上に置いたところ、空気層内で生じる結露によって固体表面と液体の間に液体ブリッジが形成され、それが原因で親水性表面上ではリキッドマーブルが破裂し、疎水性表面上では液滴の付着が生じることを発見しました(図1)。全反射顕微鏡(注1)観察を用いて、リキッドマーブル直下の空隙を可視化し、破裂および付着の詳細なメカニズムを解明しました。空気層内に発生した結露が成長し、最終的に基板と液滴内部の液体との間に液体ブリッジを形成します。この液体ブリッジこそが、リキッドマーブルの摩擦増大の原因であることがわかりました。

図1:高温リキッドマーブルの安定性と付着リキッドマーブルは、微細な疎水性粒子で覆われた液滴です(A)。高温のリキッドマーブルをより低温の表面上に置くと、親水性表面上では破裂する場合があります(B)。また、表面との間を隔てる空気層内に液体ブリッジが形成されることで、摩擦が増加することもあります(C)。

本研究グループは、粒子サイズを大きくする、または液体の揮発性を低下させることで、このブリッジ形成を遅らせることができることを明らかにしました。さらに、ナノ構造を有する疎水性表面を用いることで、液体ブリッジ自体の付着力を低減し、高温のリキッドマーブルの安定性を向上させることにも成功しました(図2)。
図2:高温リキッドマーブルの静的付着を防ぐ3つの方法

高温リキッドマーブルの静止摩擦は、液滴下の空気層内で生じる結露によって形成される液体ブリッジ(A)に起因します。この摩擦力は、ナノ構造を有する基板を用いることで抑制でき(B)、または粒子サイズを大きくしたり揮発性の低い液体を用いることで発生を遅らせる(C)ことが可能です。

〈今後の展望〉
本研究成果により、微量の高温液体を無駄なく操作する新たな方法が拓かれました。これは、発熱反応により液体が加熱される化学分野でのマイクロリアクター応用や、室温以上で行われる細胞培養などの生物学的応用において、リキッドマーブルの新たな活用可能性を示すものです。

発表者・研究者等情報 
東京大学 大学院工学系研究科 機械工学専攻
 ムテルドゥ ティモテ 講師
 ロイ プリタム クマル 東京大学特別研究員(日本学術振興会外国人特別研究員)
 髙井 優衣 博士課程
 松原 塁 研究当時:工学部国際インターンシップ研修生

国立研究開発法人物質・材料研究機構 ナノアーキテクトニクス材料研究センター
 天神林 瑞樹 独立研究者

論文情報
雑誌名:Proceedings of the National Academy of Sciences
題 名:Hot liquid marbles
著者名:Pritam Kumar Roy, Yui Takai, Rui Matsubara, Mizuki Tenjimbayashi and Timothée Mouterde*
DOI: 10.1073/pnas.2500619122
URL: https://doi.org/10.1073/pnas.2500619122

研究助成
本研究は、科研費「高温液体撥液表面の学理構築(課題番号:24K01341)」、「潤滑液含浸表面(LIS)上での液滴の非接触バウンス現象の実験的研究(課題番号:23KF0106)」、JST 次世代研究者挑戦的研究プログラム JPMJSP2108の支援により実施されました。

用語解説
(注1)全反射顕微鏡(Total Internal Reflection microscope):光を臨界角より大きい角度で入射させて全反射を起こし、界面の反射像を観察する顕微鏡です。ガラスと空気・水の屈折率差を利用することで、水が接触した領域だけ光が透過し、ガラス表面の濡れを可視化できます。

 

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