プレスリリース

巨大な電場誘起旋光現象の観測 ―高効率な偏光制御デバイスの実現に向けて―

作成者: Public Relations Office|May 12, 2025 12:19:36 AM

発表のポイント
電場を媒質に印加することにより、媒質を透過した光の旋光性が誘起される現象「電場誘起旋光性」の巨大化に成功しました。
ニッケルチタン酸化物(NiTiO3)の単結晶において、これまでに提案されていたのとは異なるメカニズムで、過去に報告されていた最大値に匹敵する大きさの電場誘起旋光性が生じることを明らかにしました。
将来のデバイス化に向けた構造の提案も行い、高効率な偏光制御デバイスの実現に貢献することが期待されます。

NiTiO3で観測された電場誘起旋光性


概要
東京大学大学院工学系研究科の林田健志助教(研究当時、現所属:Radboud大学FELIX Laboratory ポストドクター)、松本滉永大学院生、木村剛教授による研究グループは、電場印加に比例して光の旋光性(注1)が誘起、制御される現象「電場誘起旋光性(linear electrogyration)」を巨大化することに成功しました。
電場誘起旋光性は、さまざまな結晶で生じうる現象であり、高速かつ低消費電力な偏光制御デバイス開発につながる可能性を秘めています。しかし、その効果の微小さがこれまで応用開発の障壁となっていました。本研究では、ニッケルチタン酸化物(NiTiO3)の単結晶において、近赤外領域(注2)の特定の電子遷移に対応した波長の光を用いることで、これまで鉛を含む強誘電体で観測されていた電場誘起旋光性の最大値に匹敵する大きさの旋光性を実現しました(図1)。

図1:NiTiO3で観測された電場誘起旋光性(上)電場誘起旋光性の概念図。(下)NiTiO3で観測された近赤外領域における電場誘起旋光性の実験結果。印加電場に比例して旋光角θの大きさが増大し、100Vの電圧下でθの大きさは最大0.8°に達する。


ただしそのような現象の巨大化には、「特定の波長」と「低温」という制約があります。そこで本研究ではさらに、結晶が有する「回転歪み」の向きに着目し、結晶を適切に重ね合わせることで、電場誘起旋光性を人工的に増強できることも示しました。
これらの発見は、電場誘起旋光性を用いた高効率な偏光制御デバイスの実現に大きく貢献すると期待されます。

発表内容
電場の印加によって試料を透過した光の偏光面が回転する「電場誘起旋光性(linear electrogyration)」は、光の偏光状態を電気的に制御できる現象として知られています。この現象はさまざまな結晶材料において観測されるものの、その回転角は通常極めて小さく、実用的なデバイス開発に向けた大きな課題となっていました。
今回、ニッケルチタン酸化物(NiTiO3)の単結晶において、この電場誘起旋光性を大幅に増強できることが明らかになりました。NiTiO3は「フェロアキシャル物質(注3)」として知られ、結晶構造に自発的な回転歪みを有するという特徴があります。本研究では、近赤外領域のエネルギーに相当するニッケルイオン(Ni2+)の特定の電子遷移に着目し、電気双極子遷移と磁気双極子遷移(注4)の干渉の大きさが巨大化する波長領域で測定を行いました。その結果、低温環境下では電場誘起旋光性の係数が約 8 × 10-3 deg/V に達し、これまで強誘電体材料の Pb5Ge3O11 にシリコンやクロムを添加した場合に報告されていた最大値(3〜12 × 10-3 deg/V)に匹敵する効果が得られることを実証しました(図1)。
さらにNiTiO3の持つ「回転歪み」に着目し、単結晶試料を適切に積層することで電場誘起旋光性を人工的に増強できることを示しました。具体的には、逆向きの回転歪みを持つ単結晶試料を透明電極を介して交互に積層し、それぞれの向きの回転歪みの結晶に逆向きの電場を印加することにより、同じ厚さの1枚の単結晶試料に比べて電場誘起旋光性の大きさを積層枚数倍に増大できることを実証しました(図2)。この積層構造では、層数に比例して効果を増強できるため、将来的には省エネルギーで高効率な偏光制御デバイスに応用されることが期待されます。

図2:フェロアキシャル結晶の積層による電場誘起旋光性の増大

(a)一方向の回転歪みを有するフェロアキシャル結晶を半分に切断し、裏返すことで、逆向きの回転歪みを持つ状態にできる。これらを重ね合わせ、電場を2つの層の間で逆向きにすることで、2倍の回転角を得ることができる。(b)NiTiO3における実証結果。積層した試料では、1枚のときと比べて、2倍の回転角が広い波長範囲で観測された。(c)N枚積層することで、1枚のときのN倍の大きさの旋光性が生じると期待される。

本研究の成果は、電場誘起旋光性の基礎理解を深めるとともに、低消費電力かつ高速動作が求められる光学デバイスの新たな設計指針を提供するものです。

発表者・研究者等情報
東京大学 大学院工学系研究科
 林田 健志 助教:研究当時
  現所属:Radboud大学FELIX Laboratory ポストドクター
 松本 滉永 修士課程
 木村 剛 教授

論文情報
雑誌名:Advanced Optical Materials
題 名:Large Electrogyration Effect in Ferroaxial NiTiO3 at Near Infrared Wavelengths
著者名:Takeshi Hayashida, Koei Matsumoto, Tsuyoshi Kimura*
DOI:10.1002/adom.202500364
URL:https://doi.org/10.1002/adom.202500364

研究助成
本研究は、日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業「新規フェロイック秩序物性の開拓(JP21H04436)」、「高強度テラヘルツ・中赤外パルスによる強相関系の超高速量子相転移の開拓(JP21H04988)」、「強的秩序の光制御に関する研究(JP24K22855)」、「マルチフェロイック変換による物性開拓(JP25H00392)」、および村田学術振興・教育財団 研究助成の支援により実施されました。

用語解説
(注1)旋光性
試料を透過した直線偏光の偏光面が回転する現象。自発的に生じる自然旋光性はキラリティを有する媒質において生じる。

(注2)近赤外領域
波長が約800~2500ナノメートル(nm)の光の領域であり、光通信や家電のリモコンなど身近なところで利用されている。

(注3)フェロアキシャル物質
結晶構造に内在する原子配置の回転歪みで特徴付けられる秩序(これをファロアキシャル秩序と呼ぶ)を有する物質。フェロアキシャル秩序は、強磁性や強誘電性といった既存の強的秩序物性に加わる結晶固体における新たな秩序状態として提案されている。

(注4)電気双極子遷移と磁気双極子遷移
光と物質が相互作用する際に、電子(イオン)の位置の変化(電気双極子モーメントの変化)によって起こる電子遷移を電気双極子遷移と呼び、電子スピンなどによって生じる磁気双極子モーメントが変化することによって生じる電子遷移を磁気双極子遷移と呼ぶ。

 

プレスリリース本文:PDFファイル
Advanced Optical Materials:https://doi.org/10.1002/adom.202500364