プレスリリース

千葉工業大学・東京大学・高知大学の研究チーム、 地球史における “酸素に乏しい海” の多様性を 新たなデータ科学的アプローチにより解明 ―海のレアメタル資源探査への新展開―

作成者: Public Relations Office|Apr 8, 2025 1:00:00 AM

[ 発表者 ]
・矢野萌生(千葉工業大学 次世代海洋資源研究センター 主任研究員)
・安川和孝(東京大学大学院工学系研究科附属エネルギー・資源フロンティアセンター 准教授)
・中村謙太郎(東京大学大学院工学系研究科附属エネルギー・資源フロンティアセンター センター長・教授)
・黒田潤一郎(東京大学大気海洋研究所 准教授)
・池原実(高知大学海洋コア国際研究所 教授)
・岩森光(東京大学地震研究所 教授)
・加藤泰浩(東京大学大学院工学系研究科 研究科長・工学部長 システム創成学専攻 教授/千葉工業大学次世代海洋資源研究センター 所長・主席研究員)

[ 概要 ]
矢野萌生(千葉工業大学)、安川和孝、中村謙太郎、黒田潤一郎、岩森光(東京大学)、池原実(高知大学)、加藤泰浩(東京大学/千葉工業大学)の研究チームは、現世の海洋とは全く異なる「酸素に乏しい海」(貧酸素/無酸素海洋) で生成したさまざまなレアメタル元素を含む堆積岩 (黒色頁岩) の化学組成データを統計的に解析し、貧酸素/無酸素海洋においてレアメタル濃集を引き起こした要素を分離・抽出することに成功しました。さらに、これらを新たな指標として、酸素に乏しい海洋がどのような環境であったかの推定に利用できることを示しました。本研究の成果は、酸化的な海洋で生成するレアアース泥やマンガンノジュールとは全くタイプの異なる、酸素に乏しい海洋で生成したレアメタル資源の探査にも活用できると期待されます。これまで貧酸素/無酸素海洋で形成した堆積物の化学組成については、対象とする個々の時代や元素に注目した研究がなされていましたが、それらが互いにどう異なるのかや、堆積時の海洋環境と堆積物への元素濃集および海底レアメタル資源の生成との関係は明らかになっていませんでした。今回研究チームは、ペルム紀/トリアス紀境界、白亜紀海洋無酸素事変、現世という3つの異なる時代に形成した堆積物・堆積岩に対して多変量解析手法の1つである独立成分分析 (注1; 図1) を適用し、酸素に乏しい環境下での異なる元素濃集パターンを示す4つの成分を抽出することに成功しました。そして、抽出された成分の特徴の詳細な解析から、時代や海域ごとの黒色頁岩の化学組成の普遍性と特異性を初めて明らかにしました。この成果は、海洋の酸素が乏しい時代に形成された黒色頁岩における元素濃集のメカニズムの解明、さらにそれを生じさせた地球環境変動の解明に貢献する、重要な知見といえます。
この研究成果は、2025年4月7日にアメリカ地球物理学連合 (American Geophysical Union) の学会誌「Paleoceanography and Paleoclimatology」で発表されました。
キーワード:貧酸素海洋、独立成分分析、化学組成データ、ペルム紀/トリアス紀境界、白亜紀海洋無酸素事変、黒色頁岩、レアメタル資源

■ 研究背景
現在の海洋は、酸素が豊富に溶け込んでおり、海底には酸化的な海で安定に存在するレアアース泥やマンガンノジュールという鉱物資源が分布していることが知られています。一方、地球史においては、現在とは全く異なる「酸素に乏しい海洋」が、繰り返し発生してきました。このような貧酸素/無酸素海洋では、海底に降り積もった有機物が酸化分解されずに残り、黒色頁岩・黒色泥が形成されます。そしてその黒色頁岩・黒色泥には、バナジウムやモリブデンなどの酸化還元鋭敏元素 (注2)と呼ばれる、産業上重要なレアメタルが濃集することが知られています。
過去に貧酸素海洋が発生した時期として、地球史上最大規模の生物大量絶滅が起こった約2億5000万年前のペルム紀/トリアス紀境界 (注3) や、大気中CO2濃度が非常に高く現在よりはるかに温暖であった白亜紀 (注4) などが知られています。また、ほとんどが酸化的な現在の海洋でも、海水の入れ替わりが起こりにくい閉鎖海盆 (注5) や生物の一次生産性が高く有機物の沈降量が多い湧昇域 (注6) など、一部の海域では海水中の酸素が消費されて還元的な環境が発達し、黒色泥が堆積しています。
このように、地球史を通じてさまざまな時代や場所で黒色頁岩・黒色泥は生成されてきました。これらはバナジウムやモリブデンなどのレアメタルの濃集を伴うことから、レアアース泥やマンガンノジュールとは全く異なるタイプのレアメタル資源となる可能性を有しています。しかしながら従来の研究は、個々の対象とする時代の堆積物や、ごく少数の元素に着目した指標に基づくものがほとんどでした。そのため、異なる時代や場所で堆積した黒色頁岩・黒色泥を生み出した酸素に乏しい海洋環境が互いにどう異なるのか、その多様性に加え、それらと潜在的な新しいレアメタル資源の生成プロセスとの関連については、これまで明らかになっていませんでした。

■ 研究内容
そこで本研究では、まずペルム紀/トリアス紀境界の超大洋パンサラッサ遠洋域、白亜紀海洋無酸素事変における古太平洋遠洋域およびテチス海や南大西洋の大陸縁辺域、および現世の閉鎖海盆や湧昇域という3つの異なる時代・場所の貧酸素海洋で形成された黒色頁岩・黒色泥の化学分析を行い、31種類の元素濃度からなる化学組成データセットを構築しました (図2)。分析には、東京大学大学院工学系研究科システム創成学専攻の蛍光X線分析装置および誘導結合プラズマ質量分析装置を用いました。得られたデータセットに対して、多変量解析手法の1つである独立成分分析を用いた統計解析を行いました (図1)。近年、岩石や堆積物の化学組成からその起源物質や元素濃集プロセスを明らかにするために、多変量解析手法を用いたデータ科学的アプローチが有用であることが示されています。その中でも独立成分分析は、多次元のデータ構造に隠れた特徴的な成分 (独立成分) をうまく抽出できることから、岩石や堆積物の化学組成の特徴を読み解くのに極めて有効な手法と考えられます。本研究では、この独立成分分析を行った結果、8つの独立成分(Independent Component, IC)を抽出することに成功しました。そして、そのうちの4つは酸化還元鋭敏元素の濃集に関連するものと解釈できました (図3, 図4)。それぞれのICについて、関係の強い元素および高知大学海洋コア国際研究所での分析で得られた試料中の全有機炭素量、全硫黄量のデータを統合して検討したところ、IC1は海水中の酸化還元境界の発達により沈殿する元素 (モリブデンやウラン)、IC2は有機物に吸着されて堆積物中に固定される元素 (亜鉛やバナジウム)、IC3は海洋における一次生産性の増加に伴い海底へ沈積する元素 (銅やバリウム)、IC4は硫化鉱物の形成に伴いそれらに取り込まれる元素 (ヒ素やニッケル) の濃集をそれぞれ示していると解釈できました。
さらに、このICという新たな指標を用いて個々のサンプルについて検討した結果、酸化還元境界における元素の濃集は、ペルム紀/トリアス紀境界、白亜紀海洋無酸素事変および現世の試料について、共通して見られました (図4)。ペルム紀/トリアス紀境界の超大洋パンサラッサおよび白亜紀の古太平洋の遠洋域において堆積した試料が現世の貧酸素海洋の試料と同じシグナルを示すことは、現世であればごく限られた閉鎖海盆 (黒海や南米カリアコ海盆など) にしか見られない酸化還元境界が大洋の中央部でも発達していたことを意味しており、2つの時代の海洋環境の特異性を表していると言えます。また有機物と親和性の高い元素の濃集は、ペルム紀/トリアス紀境界および白亜紀海洋無酸素事変の試料に特徴的に見られました (図4)。本研究で用いたペルム紀/トリアス紀境界の試料は、プレート運動による付加プロセスを経て陸に上がる過程で有機物が一部分解され失われたと考えられていますが、有機物以外の多数の元素情報を統計的に解析した本研究のアプローチでは、全有機炭素量に依らず、貧酸素海洋のシグナルを抽出できることが明らかになりました。これらのように時代や場所を超えて共通性のあるシグナルに対し、一次生産性の増加に伴う元素濃集のシグナルと硫化鉱物の形成に伴う元素濃集のシグナルは、それぞれ白亜紀海洋無酸素事変とペルム紀/トリアス紀境界の試料で強く表れることが明らかになりました (図3, 図4)。このことは、白亜紀海洋無酸素事変では中央太平洋やテチス海で海洋表層の生物生産が増大したことが黒色頁岩の形成に寄与した一方で、生物の大量絶滅が起こったペルム紀/トリアス紀境界では、海洋表層の生物生産性は増大せず、水中で硫化物が析出するような無酸素水塊が深海に発達したことが黒色頁岩の形成に支配的な役割を果たしたことを示しています (図5)。また現世の黒色泥試料は、これらのシグナルを示しませんでした。これは、本研究で対象とした現世の黒色泥は、過去の黒色頁岩とは明瞭に異なるものであり、単純な比較対象にはならないことを意味しています。
本研究のアプローチにより、黒色頁岩・黒色泥の地球化学的な特徴は、4つの主要なプロセスや成分に統計的に分解され、それらの重ね合わせにより表現出来ることが示されました。また、個々の時代のみに注目した研究では認識されていなかった黒色頁岩・黒色泥の化学組成の共通点と相違点を、世界で初めて体系的に明らかにすることが出来ました。本研究で提案した地球化学的独立成分は、酸素に乏しい海洋環境への理解を深めるための新しい有用な指標になるといえます。
本研究で対象とした黒色頁岩は、現在注目を集めるレアアース泥やマンガンノジュールなどの酸化物鉱床とは全く異なるタイプの、新しい堆積性レアメタル鉱床として有望な岩石です。ICを通じて見ることにより、こうした還元的レアメタル資源の生成が、現世には見られない過去の大規模な貧酸素/無酸素海洋で特に顕著に起こっていたことがわかりました。今回の我々の研究で示された黒色頁岩の成因の違いやそれによって生じるレアメタル組成の多様性は、これまで知られていなかった新たなタイプのレアメタル鉱床の発見にも繋がる極めて重要な知見となるため、社会的にも非常に大きな意義を持つといえます。

■ 今後の展望
本研究では、独立成分分析を用いて貧酸素/無酸素海洋における堆積物 (黒色頁岩・黒色泥) の化学組成データセットから元素濃集プロセスの痕跡を抽出し、その組み合わせにより異なる時代・場所の黒色頁岩・黒色泥の化学組成の特徴を表現できることを示しました。このようなデータ駆動型のアプローチは、海底における元素濃集プロセスの本質的理解の一助となり、地球史を通じた海洋環境変動の解明のみならず、さまざまな海洋環境下でのレアメタル資源の生成プロセスを理解することにも大きく貢献します。今後は、さまざまな時代に堆積した黒色頁岩の性質やそれを形成した海洋の長期的な進化・環境変動、および現在注目されている酸化的な海洋における鉱物資源とは全く異なる、黒色頁岩に伴う新たなレアメタル資源の探査指針について、さらなる研究を進めてまいります。

■ 用語の説明
(注1) 独立成分分析:脳科学分野や情報科学分野で確立された多変量解析/信号解析手法。原信号が「統計的に独立」かつ「非正規分布に従う」確率変数であるという仮定のみに基づいて、多次元データの構造に潜む特徴を抽出し、データを構成する真に独立な変数を推定できます。
(注2) 酸化還元鋭敏元素:海水の酸化還元状態の変化に応じて、溶解または析出する元素群。マンガン、バナジウム、モリブデン、ウランなどが知られ、堆積物中のそれらの元素の濃度は、過去の海洋の酸化還元状態を推定する際に用いられます。
(注3) ペルム紀/トリアス紀境界:今から約2億5000万年前の古生代ペルム紀と中生代トリアス紀の境目に相当する時代。激しい温暖化や海水準の変動、海洋の無酸素化に伴い、地球史上最大規模の生物大量絶滅が発生したことが知られています。
(注4) 白亜紀:1億4,500万年前~6,600万年前を指す時代区分。地球の歴史の中で最も温暖な時代の1つで、陸上では花を咲かせる植物が登場したほか、恐竜やワニなどの爬虫類が全盛期を迎えていました。黒色頁岩の堆積により特徴付けられる海洋無酸素事変(ocean anoxic events: OAEs)が繰り返し起こったことが知られており、本研究では特に約1億2,000万年前に発生したとされるOAE1aに着目しました。
(注5) 閉鎖海盆:周囲を陸に囲まれていたり、海底の地形が影響することにより、海水の交換が制限されている海域。深層に貧酸素水塊が発達し、有機物に富む黒色の泥が堆積していることが知られています。該当する海域の例として、黒海や南米カリアコ海盆が挙げられます。
(注6) 湧昇域:海水が深部から表層へ湧き上がる流れが発生している海域。海洋表層で生物生産が増加し、沈降する有機物が分解されることにより海中の酸素が消費されるため、酸素極小層という溶存酸素に乏しい層が形成されます。その下には、黒色の泥が堆積しています。該当する海域としては、ペルー沖やナミビア沖などが挙げられます。

■ 原著論文情報
雑誌名: Paleoceanography and Paleoclimatology (公開日: 2025年4月7日)
論文題目: Geochemical variations in sedimentary records of oxygen-depleted marine environments in representative geological periods: New perspectives from an independent component analysis
著者: Moei Yano, Kazutaka Yasukawa, Kentaro Nakamura, Junichiro Kuroda, Minoru Ikehara,  Hikaru Iwamori, Yasuhiro Kato
論文リンク: https://doi.org/10.1029/2024PA005004 (オープンアクセス)

■ 研究費情報
本研究は、科研費 基盤研究S(15H05771、20H05658)、基盤研究A(17H01361)、基盤研究B(20H02678)、若手研究(22K14637)、研究活動スタート支援(20K22333)の支援を受けたものです。また、本研究は高知大学海洋コア国際研究所共同利用・共同研究(採択番号:17B068, 18A015, 18B014, 19A014, 19B012)のもとで実施されました。

■ 添付資料

図1 堆積物の化学組成データに対して独立成分分析を適用する際の概念図
本研究では、さまざまな時代や場所の黒色頁岩/黒色泥試料の化学組成データ(x)から、独立な起源成分や元素濃集プロセス(s)と未知の混合行列(A)の両方を同時に推定するデータ科学的アプローチを用いて、酸素に乏しい海洋環境の共通点や相違点を明らかにしました。(Iwamori et al.(2010)をもとに作成)

図2 本研究で用いた試料の採取地点
現世堆積物は、12地点から得られた海洋掘削コア試料を用いました。白亜紀の試料は、3地点から得られた海洋掘削コア試料と1地点の陸上に露出している岩石を用いました。ペルム紀/トリアス紀境界の試料は、超大洋パンサラッサで堆積し現在日本列島に露出している岩石を用いました。

 

図3 それぞれのICとサンプルの関係を示した解析結果
抽出された各ICについて、各サンプルが示す得点をプロットした散布図です。(a)、(b) の図中に示した矢印が伸びる方向に、それぞれの元素濃集プロセスの影響が強くなることを示しています。

 

図4 各海域におけるICの得点を示した箱ひげ図
各海域の試料がどのようなIC得点の分布を示すかを表しています。得点が正方向に大きいほど、その元素濃集プロセスの影響を強く受けていることを表します。

 

図5 本研究から推定される貧酸素海洋における元素濃集メカニズムおよび海洋環境の概念図
(a) 現世の海洋においては、IC1のプロセス(酸化還元境界の発達による元素濃集)のみが閉鎖的な海域で働いていると考えられます。(b) 白亜紀(特にOAE1a)の海洋において、IC1、IC2(有機物と親和性の高い元素の濃集)、IC3(一次生産の増加に伴い海底へ沈積する元素の濃集)が外洋(古太平洋の遠洋域)で機能していたことが推定されます。(c) ペルム紀/トリアス紀境界において、IC1、IC2、IC4(硫化鉱物の形成による元素濃集)が外洋(パンサラッサ遠洋域)で働いていたと考えられます。(図は北里(2003)を改変)

 

プレスリリース本文:PDFファイル
Paleoceanography and Paleoclimatology: https://doi.org/10.1029/2024PA005004