プレスリリース

EUV光源を高効率化するためのマルチレーザー照射法 ― 先端半導体向けリソグラフィー用EUV光源の駆動レーザー負荷低減へ ―

作成者: Public Relations Office|Jul 26, 2024 5:08:26 AM

 

【発表のポイント】

  • 先端半導体1向けのEUVリソグラフィー2の光源の研究です。
  • 波長13.5 nmのEUV3光源の高効率化に向けたマルチレーザー照射法を実証しました。
  • 電気―光変換効率の高い固体レーザーや現在動いている炭酸ガス(CO2)レーザーの高出力化で問題になっているレーザー増幅器への負荷を低減し、同時にEUV変換効率4も高めるマルチレーザー照射法を実験的に示しました。
  • 最も簡便なSn平板に波長が1 μmのパルスレーザーを1本照射したときの最大EUV変換効率(1.7%)を大きく超え、マルチビーム照射では4.7%になることも実証しました。
  • EUV光源の高出力化と省エネ化に向けた高効率化への指針を明らかにしました。

 

■研究概要

宇都宮大学学術院(工学部基盤工学科)の東口武史教授、森田大樹助教、地域創生科学研究科博士前期課程2年の杉浦使、地域創生科学研究科博士前期課程1年の矢澤隼斗、東京大学大学院工学系研究科原子力専攻の坂上和之准教授、九州大学大学院システム情報科学研究院電気システム工学部門の中村大輔准教授、理化学研究所光量子工学研究センターの高橋栄治チームリーダー、米国パデュー大学極端環境物質センターの砂原淳研究員、アイルランド国立大学ダブリン校のO’SULLIVAN Gerry名誉教授、広島大学大学院先進理工系科学研究科の難波愼一教授の共同研究グループは、極端紫外 [Extreme ultraviolet (EUV)] 光源を高効率化するためのマルチレーザービーム照射法を提案し、EUV光源を高効率化できることを実験的に実証しました。この成果は、現在稼働している駆動レーザー装置の増幅器への負荷や今後の固体レーザーの媒質損傷を回避できるものであり、将来の駆動レーザー装置の大幅な小型化・低電力化につながるものです。

 

EUV露光機の消費電力のほとんどはEUV光源によるものです。EUV光源を高出力化するため、駆動用レーザー(プラズマ加熱用レーザー)である炭酸ガス(CO2)レーザーの増幅器を増やし出力を上げており、消費電力も莫大なエネルギーとなっています。EUV露光機の消費電力を下げる必要性は認識されているものの、先端半導体のさらなる性能向上にはEUV光源の高出力化が不可欠で、現状、消費電力を削減する方策は見いだされておりません。EUV光源の高出力化にはいくつかの克服すべき要素技術がありますが、その中でも (a) 駆動用レーザーの消費電力を下げることと (b) EUV光源の高効率化が必要とされています。

 

EUV露光装置、EUV光源の消費電力を下げる1つの可能性として、波長が約2 μmの固体レーザーを使うことを欧米の複数の研究チームが提案しています。その理由は、波長が約2 μmの固体レーザーでのEUV変換効率がCO2レーザーでのEUV変換効率と同等であることが理論的および実験的に示されていること、さらに固体レーザーの方がCO2レーザーよりも電気―光変換効率が高く、レーザー装置の消費電力を抑えられるからです。しかしながら、波長が約2 μmの固体レーザーをパルス動作かつ数10 kHzで連続稼働させるときの1システムあたりの出力は100 Wにも満たないのが現状で、CO2レーザーのように固体レーザーの1システムあたりの出力を数10 kW級にするためには多くの技術課題があり、これからの技術開発を待たねばなりません。また、この固体レーザーの出力を制限するのは固体レーザー結晶や内部の光学素子の損傷(ダメージ)で、同様に多くの技術課題があります。

 

今回、共同研究グループは、レーザー装置1システムあたりのパワーが1 kW級であったとしても、複数レーザー装置、複数レーザービームを同時にターゲットに集光照射することでEUV変換効率を増加できることを実験的に原理実証しました。

 

今回の成果は、以下のとおりです。

  • EUV光源の駆動用レーザーの入射する1回あたりの全照射エネルギーを500 mJ、1パルスあたりのレーザー強度(パワー密度)を2 × 1011 W/cm2としてスズプラズマを発生させると、1ビーム(500 mJ/pulse)だけの高エネルギーパルスを照射するときよりもビームを分割したほうがEUV変換効率が高くなることがわかりました。
  • 2ビームに分割し(1パルスあたりのエネルギー:250 mJ/pulse)、スズターゲットへの入射角を60°にすることで、EUV変換効率を4.7%と大幅に改善することに成功しました。なお、1ビーム(1パルスのエネルギー:500 mJ/pulse)のときの変換効率は1.7%で、約2.8倍増加したことになります。なお、今回の4.7%という数値は、波長が1 μmの代表的なナノ秒固体レーザー(Nd:YAGレーザー)をSn平板に照射したときのEUV変換効率の世界最高記録です。
  • 2ビーム〜5ビームまで分割し、レーザーパルスのスズターゲット入射方向を変化させました。いずれの場合も1ビームだけを照射するときよりもEUV変換効率は増加し、その値は2.4%〜4.7%でした。
  • レーザービームを複数個用意するとき、1台のレーザー装置のビームを分割する必要はなく、複数台の出力エネルギーの小さなレーザー装置からレーザービームを照射すればよいこともわかりました。これは、1機あたりのレーザー出力を低減できることを意味します。
  • 複数のレーザービームを入射しても、それぞれのレーザー強度を同じにすることで生成されるプラズマ状態はほぼ同じであることもわかりました。
  • 一方、なぜこのようになるのかの詳しい物理は不明なことも多いのが現状です。今後、放射流体シミュレーションなどによる数値解析が必要です。
  • 今回の結果は、高繰り返し動作での多重レーザーパルス照射が将来の高出力EUV光源およびEUV技術ノードに向けた露光ツールの革新的技術になり得ることを示しています。

 

共同研究グループは、(a) 駆動用レーザーの消費電力を下げる手法として、増幅器を並べて1ビームあたりのエネルギーを増やすのではなく、1ビームあたりのエネルギーを下げて複数ビームを照射することで、(b) EUV光源を高効率化できることを示しました。これにより、現在使われているCO2レーザーシステム全体を高出力化せずとも複数ビームを照射することでEUV光源を高効率化することができます。また、CO2レーザーほど固体レーザーの出力を上げることが難しい中、固体レーザーでも複数ビームを用いることで高効率化できることを明らかにしました。このことは、駆動用レーザーの消費電力を抑制できることを意味し、EUV光源の高出力化と省エネ化に大きく貢献できるものと考えています。

 

本研究成果は、7月16日、米国物理学協会 (American Institute of Physics) の学術誌Applied Physics Lettersに公開されました。

 

■研究の背景

先端半導体はスマートフォンや機械学習、生成AIなどに使われており、モビリティー・自動運転などの分野でもその需要が高まると予想されます。また、先端半導体は経済安全保障の観点からも非常に重要です。先端半導体の製造過程の1つに露光と呼ばれる回路パターンを転写する前工程があります。露光に用いられるのが波長13.5 nmのEUV光です。露光機内のEUV光は、CO2レーザー生成スズ (Sn) プラズマからの放射であり、EUV光を集め、露光機内に導いています。

 

現在の3 nmノードテクノロジーのみならず、2 nmノードテクノロジーとそれ以下のテクノロジーの回路パターンの微細化に向け、露光機の光学系の開口数を大きくしていくのに伴い、露光機内の光学系のEUVミラーの枚数が増えるため、EUV光源の高出力化と高効率化が必要です。露光機の消費電力は1台あたり1 MWを超えており、その大きな消費電力は地球温暖化や国レベルの電力の逼迫をもたらすため、露光機の省エネ化は急務の課題です。露光機の消費電力に大きく関係するのは、(a) 駆動用レーザーの消費電力と (b) EUV光源の変換効率です。

 

CO2レーザーの電気から光への変換効率は数%、増幅器1機あたりの放電電力は150 kWから200 kW(推定)です。CO2レーザーは放電によりレーザー媒質を励起しており、露光機1機に要するCO2レーザーの増幅器は4台以上と推定されます。レーザー増幅器の台数が少ないときのレーザー出力はCO2レーザー増幅器に比例しますが、高出力になるほど利用できる出力が飽和する傾向にあります。現在のEUV露光機では放電電力の大きな増幅器を何台も並べ、CO2レーザーを高出力化し、EUV光源を高出力化しています。増幅器の増幅率を上げるために放電電力の電力密度(パワー密度)を増加させると放電電極が溶け、レーザー放電が不安定になると予測されます。したがって、CO2レーザーによる高出力化は、増幅器を増やすことによる消費電力の増大だけでなく、設置場所の面積の増大や放電電力の耐久性などの問題も抱えています。

 

EUV露光機の消費電力の多くはEUV光源のCO2ガスレーザーの消費電力です。このため、電気―光変換効率の悪いCO2レーザーを電気―光変換効率のよい中赤外固体レーザーに置き換えることが検討され、欧米では理論的あるいは実験的な検証が進んでいます。波長が約2 μmのパルス中赤外固体レーザーによるEUV変換効率はCO2レーザー生成プラズマのEUV変換効率と同等であると予想されており、米国のローレンス・リバモア国立研究所 (LLNL)によるレーザー開発や、欧州のナノリソグラフィ先端研究センタ(ARCNL)を中心とした原理実証実験が行われています。我が国でも半導体物資が経済安全保障の重要物資になっていることを踏まえ、中赤外固体レーザーを開発する動きがあります。

 

しかしながら、固体レーザーに用いられるレーザー媒質は結晶であり、電気―光変換効率は数十%と高いものの、高出力化するとレーザー結晶にダメージが入り、出力が制限されます。単発あるいはバーストモードで動作させ出力を上げる手法もありますが、半導体産業ではパルスレーザーを50 kHzから100 kHzで連続動作させなければならず、平均出力は1 kWにも達していないどころか100 W程度に留まっています。今後、固体レーザーの高出力化に新しい手法が出現することが望まれますが、パルス中赤外固体レーザーを数10 kHzから100 kHzで連続動作させ1 kW以上の出力を得ることは大変難しいのが現状です。

 

■研究の方法

本研究では、図1に示すように、真空容器内に設置されたSn金属の平板ターゲットにナノ秒のパルス幅をもつNd:YAGレーザーを集光照射することでプラズマを生成し、EUV光のスペクトル、EUVエネルギー(EUV変換効率)、光源イメージ、高速イオンなどを観測しました。

 

図1:実験装置の概念図。用いたレーザー装置は独立した2台のNd:YAGレーザー。外部トリガーで2台のレーザーを同期。1ビーム照射(パルスエネルギー:500 mJ/pulse)のときは、1台のみ使用。レンズの位置を調整することで、照射するビーム数に応じて集光サイズを変え、Snターゲット位置でのレーザー強度を2x1011 W/cm2となるようにしました。複数ビームを照射するときは、照射するレーザーのパルスエネルギーの合計を500 mJ に設定し、各レンズの位置を調整することでそれぞれのビームの集光レーザー強度を2x1011 W/cm2としました。EUVエネルギーはEUVエネルギーメータで測定したのち、EUV変換効率を評価しました。EUV光源サイズをピンホールカメラで、高速イオンをファラデーカップで測定しました。

 

■研究成果

本論文では、EUV変換効率の向上や光源サイズ、各レーザービームが独立にもつEUV変換効率を評価することで、各ビームの変換効率の和がEUV光源全体のEUV変換効率であることを明らかにしました。また、高速イオンのエネルギースペクトルから、1ビームあたりのレーザーエネルギーを下げてもレーザー強度が保たれていて、総照射エネルギーが同じであれば、EUV光源プラズマは似た状態になることがわかりました。このことから、EUV光源を高効率化できていると推測しています。現状では、なぜこのようになるのかの詳しい物理は不明なことも多いため、今後、放射流体シミュレーションなどによる解析が必要です。なお、査読者などからは、「マルチパルス技術をスケールアップすれば、レーザードライバー1台あたりに必要な平均パワーを低減できるという主張は、(増幅媒体の種類にかかわらず)非常に有効で、タイムリーで話題性もあり、よいことばかりだ」とのコメントもありました。

 

図2:EUV変換効率のレーザー照射ビーム数依存性。ビームが2本のときのEUV変換効率が最も大きくなりました。時間的に同期した2台の独立レーザーを用意し、同時にレーザーパルスを照射することでEUV変換効率を2倍以上に増加させることができました。このことは、1台あたりのレーザーシステムの出力を下げてよいことを意味しています。レーザーシステムの高出力化に伴い開発負荷を下げられる上、EUV変換効率も向上することから、低消費電力化あるいはEUV光源の高出力化につながることを示しています。

 

■今後の展望(研究のインパクトや波及効果など)

近年の国際情勢を反映したエネルギー問題の高まりとともに電力需要が逼迫している中、EUV露光機の消費電力を大きく削減する見通しはまだ立っていません。今回の成果は、(a) 駆動用レーザーの消費電力を下げる手法として増幅器を並べて1ビームあたりのエネルギーを増やすのではなく、1ビームあたりのエネルギーを下げて複数ビームを照射することで、(b) EUV光源を高効率化できることを示しました。これにより、現在使われているCO2レーザーシステム全体を高出力化せずともEUV光源を高効率化することができます。また、CO2レーザーほど固体レーザーの出力を上げることが難しい中、固体レーザーでも複数ビームを用いることで高効率化できることを明らかにしました。このことは、駆動用レーザーの消費電力を抑制できることを意味し、EUV光源の高出力化と省エネ化に大きく貢献できると考えています。従いまして、先端半導体の製造によるデジタルトランスフォーメーション(DX) だけでなく、脱炭素化と経済活性化のためのグリーントランスフォーメーション(GX)にも寄与するものと考えています。

 

■論文情報

論文名:Efficient extreme ultraviolet emission by multiple laser pulses

雑誌名:Applied Physics Letters

著者:Tsukasa Sugiura, Hayato Yazawa, Hiroki Morita, Kazuyuki Sakaue, Daisuke Nakamura, Eiji J. Takahashi, Atsushi Sunahara, Gerry O’Sullivan, Shinichi Namba, and Takeshi Higashiguchi

URL:https://doi.org/10.1063/5.0214952

 

■用語説明 

注1:先端半導体は最近のCPU、GPU、DRAMなどの電子回路の幅をできるだけ細くして性能が高められた半導体のことで、スマートフォン、コンピュータ、生成AIなどに使われている。

注2:波長が13.5 nmの極端紫外光(EUV光)を使って半導体を製造するためにウェハに電子回路の平面図を描く工程のこと。

注3:波長が13.5 nmの極端紫外光。一般的にEUVの波長領域は広く定義されるが、露光機に用いられるMo/Si多層膜鏡により、EUVリソグラフィーでは波長が13.5 nm(波長幅2%)に限定される。

注4:入射したレーザーエネルギーに対する出力されるEUV光エネルギー比。

 

■英文概要

We demonstrated an efficient extreme ultraviolet (EUV) source at a wavelength of 13.5 nm using spatially separated multiple solid-state-laser pulse irradiation. The maximum conversion efficiency (CE) achieved was 3.8% for ± 30° oblique laser pulse injection, which was about twice as high as that for single laser pulse irradiation of 1.7%, with an EUV source size of about 100 μm for two spatially separated laser pulses with a total laser energy of 500 mJ at a laser intensity of 2x 1011 W/cm2. In addition, we achieved the EUV CE of 4.7% for ± 60° oblique laser pulse injection, which was one of the highest values ever reported, in the case of a 1-μm solid-state laser-produced planar Sn target plasma by multiple laser pulse irradiation. This result suggests that multiple laser-pulse irradiation at high repetition rate operation could credibly pro- vide the next technology for future high-power EUV sources and exposure tools toward future EUV technology nodes.

 

 

 

プレスリリース本文:PDFファイル

Applied Physics Letters:https://pubs.aip.org/aip/apl/article/125/3/034103/3303543/Efficient-extreme-ultraviolet-emission-by-multiple