九州大学大学院工学研究院の佐久間臣耶准教授(前職:名古屋大学大学院工学研究科助教)、名古屋大学大学院工学研究科の笠井宥佑博士課程大学院生(研究当時)、名古屋大学宇宙地球環境研究所のChristian Leipe(クリスティアンライペ)客員准教授、東京大学大学院工学系研究科の新井史人教授(前職:名古屋大学大学院工学研究科教授)らの研究グループは、マイクロ流路中で「輸送渦」を時空間的に制御することにより、大型の微粒子を高速で分取することに成功し、花粉の化石を用いて確実性の高い年代測定を実現しました。
セルソーター注1は、医学や生物学の分野において重要な基盤技術である一方で、100マイクロメートル注2を超える微粒子を高速で分取することは困難とされてきました。本研究では、マイクロ流体チップ注3中で、局所的かつ高速に流体を制御し、時空間的に発達する「輸送渦」を生成することで、1秒間に最大5,000回という駆動速度で高速に大きな微粒子を分取することに成功しました。この新規の大型微粒子の操作技術を用いて、花粉の化石を用いた高精度な年代の測定を実現しました。湖底の地層には大小様々な花粉の化石が含まれており、泥の中から花粉の化石を選択的に分取し、花粉に含まれる炭素14同位体注4をAMS法注5で測定した結果、約1.5万年前の標本と良好な一致を示しました。本成果により、セルソーターの地質年代学や古生物学への応用展開や、創薬・再生医療・バイオ燃料など大型細胞を取り扱う分野への新規応用が期待されます。
本研究は、2021年4月14日14時(米国東部時間)に米国のオープンアクセス科学誌「Science Advances」にオンライン版で公開されました。
研究成果の概略図:
(A-1)セルソーターの構成図。
(A-2)輸送渦を用いたセルソーティングのコンセプト図。
(B-1)選別前のサンプル顕微画像。(B-2)選別後のサンプル顕微画像。
写真:左から、笠井宥佑 博士課程学生(研究当時)、Christian Leipe 客員准教授、新井史人 教授、佐久間臣耶 准教授
【発表のポイント】
・マイクロ流路中で「輸送渦」の時空間的な制御により、大型微粒子の高速分取に成功しました。
・湖底下の古代の地層の中から、花粉の化石を選択的に分取し高確度な年代測定に成功しました。
・本操作技術は、創薬・再生医療・バイオ燃料など、多くの分野での貢献が期待されます。
【研究の背景】
セルソーティングは、細胞の大きさ、形態、蛍光などの物理化学的な情報を基に微粒子を分取する技術であり、医学や生物学の分野において重要な基盤技術です。しかし、従来のセルソーターにおいて、対象とする微粒子の大きさと処理できる速さ(スループット)との間にトレードオフ注6の関係があり、100マイクロメートルを超える大型微粒子の高速な分取は困難とされてきました。大型微粒子の高速分取技術が確立されれば、従来のセルソーターでは適用出来なかった多くの分野への貢献が期待されます。
本論文では特に、地質年代学や古生物学の分野における花粉の化石の分取に着目いたしました。地質年代学において、化石は年代を測定する上で重要とされています。その中でも、花粉の化石は様々な年代の地層に一般的に含まれているという利点があり、年代測定のサンプルとして注目を集めています。花粉の化石を用いて年代を測定することで、サンプルを採取した地層の年代情報が得られます。また、花粉の種類や分布から世界各地の古代の気候・環境などが推定でき、地質年代学や古生物学における新たな知見が得られることが期待されます。地層の年代を高精度に測定するためには、地層の泥の中から花粉化石だけを選択的に分取する必要があります。しかし、花粉化石の大きさは大小さまざまであり、100マイクロメートルを超える花粉も多く存在するため、従来のセルソーターでは花粉だけを分取することは困難でした。そこで我々は、マイクロ流体チップを用いた大型微粒子の高速分取技術の確立に取り組みました。
【研究の概要】
本研究では、超高速流体制御により時空間的に生成された輸送渦を用いることで、100マイクロメートルを超える大きな微粒子の高速分取を可能としました。従来の層流注7を利用したマイクロ流体チップを用いたセルソーターでは、図1(A)に示すように、大きな微粒子を対象として大きな体積の流体制御をすると応答速度が遅くなるという課題がありました。そこで本研究では、図1(B)に示すように、従来我々が提案してきたオンチップメンブレンポンプを有するセルソーターを活用して、図1(C)のように、局所的かつ瞬間的にマイクロ渦を生成し、時空間的に発達する「輸送渦」として利用する新たな分取法を提案しました。これにより、この輸送渦が、圧力の壁として作用することで、大体積の流体を制御するのと同等の微粒子操作が可能となると着想いたしました。
図2に、輸送渦の効果を数値シミュレーションで検討した結果を示します。シミュレーションの結果、図2(A)に示すように、粒子分取のための噴流の流速を増加させることで渦が生成・発達し、操作体積を増やすことなくメイン流の変位量を増大させることが可能であることが分かりました。小さい操作体積で大きな変位量を得ることが出来るため、高速での分取操作が可能になると考えられます。また、図2(B)に示すように、1 m/sのメイン流と10 m/sの噴流を与えた際の輸送渦の時空間的発達をシミュレーションしたところ、100マイクロ秒という早さで輸送渦を形成し、メイン流の軌跡を切り替える様子が確認されました。
続いて、作製したデバイスを用いて輸送渦による流体制御の評価実験を行いました。まず、オンチップメンブレンポンプに図3(A)のような入力波形を与え、電圧値(すなわち操作体積)を固定した条件で電圧の立ち上がり時間(すなわち流速)を変化させた実験を行いました。実験の結果、図3(B)、 3(C)に示すように、立ち上がり時間500マイクロ秒の低流速条件だと輸送渦は生成されず、立ち上がり時間100マイクロ秒の高流速条件だと輸送渦が生成可能であることが確認されました。さらに、応答速度および分取可能な幅の評価を行った結果を図3(D)、 3(E)に示します。実験の結果、最大変位を迎えるまでの応答時間は最速約100マイクロ秒(1秒間に5,000回の駆動速度に相当)、分取可能な幅は最大約520マイクロメートル(操作体積7ナノリットル注9に相当)であり、大きな体積を高速に制御することに成功しました。実際に160マイクロメートルの蛍光ビーズを用いた実験を行ったところ、分取の成功率96.8%、純度99.2%、最大処理スループット約2,900個/秒という非常に高い性能を示し、大きな微粒子の高速分取を達成しました。
最後に、日本の琵琶湖およびオーストリアのモンド湖の底に堆積している地層から採取した泥の中から花粉化石を分取し、地層の年代を測定する実験を行いました。花粉化石の分取の様子を図4(A)に示します。花粉化石に含まれるスポロポレニンという物質の蛍光を励起・検出し、石炭や鉱物を含む泥の中から花粉化石のみを選択的に分取しています。図4(B)に示すように、分取前後のサンプルを顕微鏡で確認したところ、分取によって高い純度で花粉の化石が回収されたことが確認できます。分取後の花粉化石をサンプルに対して、AMS法により年代測定を行った結果を図4(C)に示します。実験の結果、例えば琵琶湖のサンプルでは、従来用いられてきた地層の泥サンプルにおいて95%の信頼期間で標本値と約2,700年のオフセットがあったのに対し、分取された花粉化石サンプルでは、95%の信頼期間で約30年以内のオフセットとなりました。以上により、提案する手法によって非常に高い確度での年代測定を実現したことが確認されました。
【用語の解説】
注1)セルソーター
特定の細胞を選択的に分取する装置。微細管を流れる細胞懸濁液にレーザーを照射し、蛍光や散乱光を測定することで細胞を識別・分取する。
注2)マイクロメートル
100万分の1メートル(マイクロ:100万分の1)。例えば髪の毛の太さは60~100マイクロメートル程度。
注3)マイクロ流体チップ
微量な溶液や生体試料の混合、反応、分取、精製、検出などさまざまな化学、生物操作をミクロ化できる半導体製造技術を用いて作製したデバイス。
注4)炭素14
陽子を6つ、中性子を8つ持つ炭素の放射性同位体。炭素14の半減期が5730年であることを利用して、炭素14を測定することで年代測定が可能となる。
注5)AMS (Accelerator Mass Spectrometry) 法
加速器質量分析法。加速器を用いて試料に含まれる極微量の放射性同位体と安定同位体の比を測定する分析法であり、炭素14の存在比の測定に用いられる。
注6)トレードオフ
一方を追求する際に、他方を犠牲にしなければならないということ。
注7)層流
流れの状態の名称で,流体の各部分が互いに混ざり合うことのない流れのこと。
注8)ナノリットル
10億分の1リットル(ナノ:10億分の1)。100マイクロメートルの細胞の体積は約5ナノリットル。
【論文情報】
タイトル: Breakthrough in purification of fossil pollen for dating of sediments
by a new large-particle on-chip sorter
著者名: Yusuke Kasai, Christian Leipe, Makoto Saito, Hiroyuki Kitagawa, Stefan Lauterbach, Achim Brauer,
Pavel Tarasov, Tomasz Goslar, Fumihito Arai, Shinya Sakuma
掲載誌: Science Advances
DOI: 10.1126/sciadv.abe7327
【研究助成】
本研究は、JSPS科学研究費助成事業(JP17H04913、日本)、the German Research Foundation (DFG) (LE3508/2-1、TA 540/8-1、ドイツ)の支援を受けて行われました。
プレスリリース本文:PDFファイル
Science Advances:https://advances.sciencemag.org/content/7/16/eabe7327
九州大学:https://www.kyushu-u.ac.jp/ja/researches/view/591
日本経済新聞:https://www.nikkei.com/article/DGXLRSP608505_T10C21A4000000/