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工学部/工学系研究科 プレスリリース

1024個の堅牢な分子センサを1チップに集積化―多種分子群を識別する小型・低消費電力センサの実現に期待―

 

1.発表者
本田 陽翔(東京大学 大学院工学系研究科 応用化学専攻 博士課程1年生)
高橋 綱己(東京大学 大学院工学系研究科 応用化学専攻 特任准教授)
椎木 陽介(慶應義塾大学 大学院理工学研究科 総合デザイン工学専攻 博士課程2年生)
石黒 仁揮(慶應義塾大学 理工学部 電気情報工学科 教授)
柳田  剛(東京大学 大学院工学系研究科 応用化学専攻 教授)

2.発表のポイント:
◆1024個の堅牢な金属酸化物ナノ薄膜(注1)分子センサ(注2)を1チップに集積化したセンサアレイ(注3)を開発し、揮発性分子の空間濃度分布の可視化に成功した。
◆導電性金属酸化物電極を有する横型ナノ薄膜チャネル構造(注4)とアナログフロントエンド回路(注5)技術により、長期間安定かつ高密度集積が可能なセンサアレイ・システムを実現した。
◆分子センサチャネルの界面化学物性制御技術を融合することで、多種類の分子群の識別・分類の実現が期待される。

3.発表概要
東京大学大学院工学系研究科応用化学専攻の大学院生 本田陽翔、高橋綱己 特任准教授、柳田剛 教授、慶應義塾大学大学院理工学研究科総合デザイン工学専攻の大学院生 椎木陽介、同大学理工学部電気情報工学科の石黒仁揮 教授らの研究グループは、1024個の堅牢な金属酸化物ナノ薄膜分子センサを1平方センチメートル以下の面積に集積化したセンサアレイチップを開発し、1平方センチメートル以下の領域における空気中の分子の濃度分布を可視化することに成功しました。
従来技術では難しかった、長期間安定的に動作する分子センサの高密度集積化を導電性金属酸化物電極材料設計、横型ナノ薄膜チャネル構造、およびアナログフロントエンド回路技術によって実現しました。
本センサアレイと分子センサチャネルの界面化学物性制御技術を融合することで、多種類の分子からなる分子群の分類ができるセンサの実現が期待されます。
本研究成果は、2022年1月23日(米国東部標準時)に米国科学誌「ACS Sensors」のオンライン版に掲載されました。

4.発表内容
<研究の背景>
空気などの気体に含まれている分子(揮発性分子群)を電気信号として検出する分子センサは、ヘルスケアや食品管理、農業・工業生産管理といった幅広い応用分野で注目を集めており、近年精力的に研究開発が行われています。検出対象となるガス(呼気などの生体由来のガスや食品からのガス)には数十から数百種類程度の分子が含まれていることから、これらの混合からなるガスの検知には多数のセンサを集積化する必要があると考えられています。この集積化されたセンサ群(センサアレイ)には、小型・低消費電力であることに加えて、長期間データを取得し続けられる長期安定性が求められています。しかしながら、従来技術ではこの高密度集積化と長期間安定性(堅牢性)を両立したセンサアレイ技術は開発されていませんでした。

<研究内容>
本研究では、高温下でも劣化せずに分子の検出が可能な金属酸化物半導体を、理想的な集積化が可能なクロスバー構造(注6)に配置したセンサアレイの開発により高密度集積と安定性の両立を実現しました。酸化スズ(SnO2)のナノ薄膜をチャネルとする横型チャネル構造センサを半導体微細加工技術により作製し、格子状に電極(クロスバー電極)を配置しました(図1)。本センサの特徴は、クロスバー構造により、従来広く開発されている縦型チャネル構造と比べてセンサの表面積/体積比(注7)が大きくなる点とセンサの電気抵抗を大きくできる点であり、これらによって効率的な分子検出と多数センサの集積化を実現しました。
図2に、作製したセンサアレイチップと測定システムを示しています。本研究では1辺32本の電極を有するクロスバー構造により、合計1024個(32×32)の分子センサを5 mm四方程度の面積に集積化することに成功しました。そして、これらの1024個のセンサの電気抵抗値を1秒以下で同時に計測するアナログフロントエンド回路を開発しました。クロスバー構造はセンサの高密度集積化に優れている一方で、配線の電気抵抗がセンサの電気抵抗に加わってしまい、センサを正しく測定できないという問題が知られています。本研究で開発したセンサアレイは、50 nmの非常に薄い酸化スズの膜中に平行に流れる電流で分子を検出することから電流経路の断面積を非常に小さくすることができ、断面積に反比例するセンサの電気抵抗を大きくできます。その結果、本研究では配線の電気抵抗の影響を抑え、1024個のセンサを集積化したクロスバー構造のセンサアレイにおいてもセンサの電気抵抗の正確な計測を実現しました。
分子センサの長期間安定性を実現するには、大気中かつ高温でも変化しない(熱的・化学的に安定な)材料でセンサ全体を構成することが重要です。本研究では分子を検知する材料として極めて安定であることが知られている酸化スズを採用しています。さらに、ナノ薄膜をチャネルとするセンサではチャネルと電極の界面の劣化がセンサ特性の安定性に強く影響することに着目し、電極材料として従来の金属(チタン、クロム、アルミニウムなど)に代わって導電性の金属酸化物(アンチモン添加酸化スズ)を採用しました。上記の電極界面材料設計により、500℃の熱負荷後においても電気特性が劣化しないセンサの開発に成功しました。
開発した1024個のセンサアレイ・システムを用いて、センサの近傍から蒸発・拡散してくる分子の検出を行いました。図3aに実験の模式図を示しています。センサチップの隣にアルコールの液滴を配置すると、蒸発し、気体としてセンサチップ上に拡散します。1024個のセンサでこの気体を検知することで、液滴に近い部分ではセンサが大きく応答し、遠い部分では小さく応答する結果を得ました(図3b)。分子拡散シミュレーションから、このセンサ応答の位置による変化は分子の空間的な濃度分布を反映していることが明らかになりました。さらに、図3bのセンサ応答の勾配を解析すると、分子の種類に応じて異なる傾向を示すことが明らかになりました(図3c)。この結果は、本研究のセンサアレイによって分子の種類(蒸気圧)を判別できる可能性を示しています。

<将来展望>
本研究で開発した技術とセンサチャネル表面の化学物性を制御する技術(例:貴金属や有機分子膜を酸化スズ表面に配置)を融合することにより、多種類のセンサを高密度に集積化することができます。将来的には、本研究の技術を基に多種類の分子が混合された分子群の判別ができるようなセンサシステムの実現が期待されます。

<謝辞>
本研究は、科学技術振興機構「さきがけ(課題番号:JPMJPR19M6)」、「CREST(課題番号:JPMJCR19I2)」、科研費「基盤研究(S)(課題番号:JP18H05243)」、「基盤研究(B)(課題番号:JP20H02208)」の支援により実施されました。

5.発表雑誌
雑誌名:「ACS Sensors」(オンライン版:1月23日)
論文タイトル:Impact of Lateral SnO2 Nanofilm Channel Geometry on a 1024 Crossbar Chemical Sensor Array
著者:Haruka Honda, Tsunaki Takahashi*, Yohsuke Shiiki, Hao Zeng, Kentaro Nakamura, Shintaro Nagata, Takuro Hosomi, Wataru Tanaka, Guozhu Zhang, Masaki Kanai, Kazuki Nagashima, Hiroki Ishikuro, and Takeshi Yanagida*
DOI番号:10.1021/acssensors.1c02173

6.用語解説
(注1)金属酸化物ナノ薄膜
金属と酸素からなる半導体材料。ナノ薄膜はナノメートルスケール(典型的には100 nm以下)の厚さの膜を意味する。
(注2)分子センサ
分子を検知して信号に変換する素子。本研究では分子が酸化スズ表面に吸着し、酸化スズの電気抵抗が変化することで、分子を検知して電気信号に変換している。
(注3)センサアレイ
センサを複数配置したチップやシステム。
(注4)横型ナノ薄膜チャネル構造
ナノ薄膜のチャネルに対して基板と並行の方向に電流を流すセンサ構造。チャネルは素子中で電流が流れる部分で、本研究では分子が吸着する酸化スズナノ薄膜に相当する。
(注5)アナログフロントエンド回路
センサで分子を検出した際の電気信号(アナログ信号)をパソコンなどで処理できるデジタルデータに変換する回路
(注6)クロスバー構造
格子状の配線の交点部分に素子を配置することで平面上(チップ上)の素子を高密度に集積化する設計。
(注7)表面積/体積比
材料の表面積を体積で割った値。分子センサでは表面に分子が吸着して検知するため、一般的に表面積/体積比が大きい方が分子に対する信号の変化率(センサ応答)が大きく、優れたセンサとされる。

7.添付資料


図1:横型チャネル構造(本研究)と縦型チャネル構造(従来技術)の模式図。


図2:本研究で開発したセンサアレイの顕微鏡写真(右図)およびアナログフロントエンドセンサ計測回路システムの写真(左図)


図3:(a) 液滴をから蒸発・拡散させた分子をセンサアレイで検出する実験の模式図と写真。(b) 蒸発・拡散してきたエタノールに対するセンサ応答とセンサ列の関係。液滴に近いセンサほど高い応答が得られている。(c) 図3bのセンサ応答の勾配(傾き)と各種液滴滴下後の時間の関係。60s時点で液滴を滴下している。勾配の時間依存性が分子の種類に応じて異なる傾向を示している。


プレスリリース本文:PDFファイル

ACS Sensors:https://pubs.acs.org/doi/10.1021/acssensors.1c02173

慶應義塾大学:https://www.keio.ac.jp/ja/press-releases/2022/1/24/28-92254/

科学技術振興機構:https://www.jst.go.jp/pr/announce/20220124-2/index.html