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【第10回 インタビュー】 原子力国際専攻 小宮山涼一先生

 

カーボンニュートラル実現への道はどうなる?
―エネルギーシステムをモデル化して未来を探る―
 
現在、人類共通の大きな問題となっているのが地球温暖化。気候変動による被害を抑えるためには、二酸化炭素の排出削減が求められており、日本は2050年までのカーボンニュートラル達成を政策として打ち出しました。これを実現するためには、どうすれば良いのか。染谷隆夫工学系研究科長による対談の第10回では、この最前線で活動している小宮山涼一准教授に話を伺いました。

300要素以上の複雑なシミュレーション

染谷:今朝の新聞にもCOP26(国連気候変動枠組条約第26回締約国会議)に関する記事が掲載されていましたが、現在、環境や地球を守るということについて、社会の意識が急激に高まっています。この問題に密接に関わるのが我々人類の社会活動に伴うエネルギーで、まさに小宮山先生の専門分野ですね。これまで、どのような研究をしてきたのですか?

小宮山:私の研究テーマはエネルギーシステムです。エネルギーシステムというのは、エネルギーのあらゆる構成要素、たとえば生産、転換、消費など全てを体系化したもの。システムとして全体を俯瞰し、数理的なモデルに落とし込み、数値シミュレーションを行うことで、エネルギー政策や環境政策のあり方を研究しています。
また電力システムについても、精緻なシミュレーションモデルを構築しています。現在、国際的に再生可能エネルギーの大量導入が進んでいますが、太陽光や風力など出力が天候に左右される再生可能エネルギーは、制御が非常に難しい電源です。この難しいものをいかに電力系統に統合し運用すれば良いか、シミュレーションを通して研究しています。

染谷:素人からするとエネルギーシステムと電力システムはほとんど同じように見えるのですが、何が違うのでしょうか。

小宮山:電力システムはエネルギーシステムの一部です。エネルギーシステムには、電力以外に、石油の精製やガスの配送などが含まれています。そのほか、製鉄や紙パルプなどの産業部門も組み込まれていて、カーボンニュートラル実現のためにはどのようなエネルギーのベストミックスが必要かを調べています。
ただ、電力システムは技術的にデリケートなため、緻密にモデリングする必要がありますが、現在のコンピュータでは性能上の制約により、エネルギーシステム全体に組み込むことが難しい。そのため、電力システムを全体から切り離し、ここだけさらに精密にシミュレーションを行っているのです。

染谷:なるほど、エネルギーシステムは、電力、石油、石炭など全てのエネルギーを含んでいるのですね。扱う範囲が非常に広く、様々な専門家が協力しているのだと思いますが、その中で小宮山先生ならではと言えるような特徴は、どのように発揮しているのでしょうか。

小宮山:現在、エネルギーシステム全体を見ようというニーズが特に高まっています。個別技術の効率改善だけでは、カーボンニュートラルの達成は困難。システム全体を見た上で、どんな技術を使えば良いか、どこが費用対効果が高いか、俯瞰的な視点が重要と国際的にも認識されています。
その中でも私の研究の特徴は、あらゆる技術について背景も含め勉強した上でモデリングし、それを可能な限りシステムに組み込み、最適化して数値シミュレーションを行っていることです。そのために、我々が構築したモデルには、エネルギー技術やエネルギーキャリアなど、300種類以上の要素を入れたものもあります。ここが特殊な点だと思います。

染谷:300種類以上とはすごいですね。素人からすると、極めて重要な3つか4つの要素があれば大体予測できるのではないかとも思うのですが、なぜ300種類以上も必要なんでしょうか。

小宮山:たとえば電力システムでは、周波数や電圧を一定にさせて品質の高い電力を作るだけでも、様々な技術が使われています。電源や送電線の事故や故障というリスクに対し、一定の余力も必要です。エネルギーの安定供給は、様々な要素技術により成立しており、それらを模擬することが欠かせません。
また、2050年、2100年と将来を見据えた場合、どの技術が花開くかは不確実性が高く、予測が難しい。ある特定の技術に依存してしまうと、万が一その技術がうまくできなかったとき、エネルギーの安定供給面で大きなリスクになります。可能な限り、あらゆる技術を網羅的に考慮し、モデリングするのが重要だと考えています。

染谷:未来を予測するのは難しいけれども、いろいろなものが予め考慮されているのは、消費者からすると心強いですね。

小宮山:たとえば自動車は、カーボンニュートラル実現のために、電力化が進むと見られていますが、すると将来は電力需要が今より増える可能性があります。それを火力発電でカバーするのでは意味が無くなってしまうため、大量の再生可能エネルギーを導入しなければなりません。
しかし大量に再生可能エネルギーを導入すると、電気料金が高くなるリスクがあります。たとえば、電気自動車を走らせるのに、ガソリン以上の費用がかかるかもしれない。その場合は、電気以外、たとえば水素の内燃機関や燃料電池などの方が、技術進歩が進めば安くなる可能性もある。だからあらゆる可能性を排除せず、中立的な観点での評価が大事なのです。

染谷:それはすごく納得します。自分が言いたいことを言うために、注目しているパラメータの周辺だけを最適化すると、都合の悪い部分が見えてきません。逆に全部入れているから、俯瞰的、中立的にモニターできるわけですね。

小宮山:電気自動車等の新技術の普及拡大により、何か予期せぬボトルネックが出てくる可能性があって、それを中立的に見る必要があります。現在、電気自動車は世界的に関心が高いのは確かですが、そういう技術的な制約条件も考慮し、長期的にエネルギー政策や環境政策を考える必要があります。その評価ツールとして、エネルギーシステムモデルを研究しています。

2050年までのカーボンニュートラル実現に向けて

染谷:パラメータを変えながら、ここがこうなるとカーボンニュートラルに近づくと予測できそうですね。小宮山先生自身は、こういった研究から、将来はどうすべきと考えていますか?

小宮山:予測は必ず外れると言われているので(笑)、確度の高い予測をするというスタンスでは研究していません。将来起こり得るシナリオを可能な限り想定した上で、数値シミュレーションを行っています。
やはり将来はどうなるか分からない。日本では、諸外国に比べ、太陽光発電や風力発電のコストが高いですが、将来はすごく安くなる可能性もある。バッテリーのコストも今は高いですが、将来的に技術革新があれば安くなるかもしれない。そうなると、電力システムのシナリオもいろいろ変わってきます。
逆に、再生可能エネルギーのコストが高止まりするようなら、それに変わる技術が必要になるかもしれません。たとえば、今注目されている水素発電やアンモニア発電。場合によっては、原子力発電も考えられます。将来の予測は難しいのであらゆる可能性を想定し、このシナリオではこのエネルギーミックスが最適と、政策立案者に情報提供していきます。

染谷:日本は2050年までのカーボンニュートラル実現を目指していますが、これは困難だと見る人が多い印象です。小宮山先生から見て、これはどのくらい難易度が高いことなんでしょうか。またどうすれば解決に近づくことができるでしょうか。

小宮山:私も現状の様々な技術を見ていますが、これまでの効率改善のテンポからすると、やはり厳しいと言わざるを得ません。この実現には、何かドラスティックなイノベーションが必要になるでしょう。
とにかくコストの大幅な低減が必要です。再生可能エネルギーも、バッテリーも、水素の製造も、今はコストが高い。革新的な技術イノベーションが起き、コストを劇的に低減しない限り、2050年までという限られた期間内にカーボンニュートラルを実現するのは難しいと、数値シミュレーションを通じて感じています。

染谷:欧州では再生可能エネルギーの導入がどこよりも早く進み、カーボンニュートラル社会の実現に向け、リーダーシップを発揮しています。それに比べ、日本の普及率はかなり遅れているように見えますが、なぜ遅れたのでしょうか。追いつき追い越すことはできるのでしょうか。

小宮山:私は、再生可能エネルギーの主力電源化なくして、カーボンニュートラルの達成は難しいと、数値シミュレーションを通じて実感しています。ただ、欧州で一番普及している再生可能エネルギーは風力発電ですが、欧州は風況が良く、風力発電のコストが非常に安いという事情があります。
どのくらい風が吹いて発電できているかという設備利用率の数値は、英国の良い場所では60%にもなります。対して日本だと全般的に20%から30%くらい、半分程度しかありません。再生可能エネルギーの元になる自然環境は、日本は極めて不利。普及のためには補助金等の政策支援が有効ですが、結局は国民の負担になってしまう可能性があるのが大きな課題です。

染谷:電力事情は各国ごとに異なり、それぞれのスタート地点から工夫しながら、カーボンニュートラルに一歩でも近づこうと努力するしかないわけですね。 

小宮山:その通りです。日本は欧州に比べ、再生可能エネルギーの導入環境が厳しいのは事実。その上で、日本独自の政策としては、水素やアンモニアを海外から輸入して利活用するということも考えられます。たとえば中東は日射量が多い等により、太陽光発電のコストが安い。その安い電力で水を電気分解すれば、水素を安く製造できる可能性があります。

染谷:なるほど、海外の再生可能エネルギーを、水素の形にして輸入するのですね。これまで日本の製造業は、知的資産を海外に持って行って、製品を現地で安く製造するということをやってきました。電力についても、これと同じようなことができるというのは、日本にとってはイメージしやすいですね。

小宮山:海外とのエネルギー協力は、外交的にも大きな意味があります。エネルギー開発で国同士の関係ができると、それは非常に長期に渡る協力関係になる。たとえばLNGだと現在は20年や30年の長期契約が主流で、水素もそうなるかもしれません。日本の技術協力で水素を製造することには、エネルギー安全保障上の意義も大きい可能性もあるのです。

染谷:エネルギー問題というと地産地消のイメージが強く、そういった観点は全く持っていませんでした。長期的な契約は、両国間の関係を安定化させる方向に働く。世界平和の上でも、重要な役割を担っていることが良く分かりました。

 

日本のエネルギー・環境政策にも大きく貢献

染谷:小宮山先生は、東京大学の「グローバル・コモンズ・センター」の活動に、工学系から参加していただいています。日本のCOP26向けの提言策定において、実務の中心的なところを担ったと聞いていますが、ここではどんな活動をしているのでしょうか。

小宮山:現在、グローバル・コモンズ・センターと英国のNGO「ETC」(Energy Transitions Commission)が、日本のカーボンニュートラル実現に向けたシナリオを作成しています。私は電力システムの数値シミュレーションに関する専門家として参加し、ベストミックスやコストを分析。結果を両者に提供し、役立ててもらいました。

染谷:国家の将来を左右するような一大事業に参画されたのですね。ところで日本のシナリオ作成に国内のグローバル・コモンズ・センターが関わっているのは分かるのですが、ETCはどのような役割を担っているのでしょうか。

小宮山:ETCは国際的に、カーボンニュートラルを達成するための道筋を描く活動をしていて、今回、初めて日本を対象に分析を行うことになりました。電力システムについては私がシミュレーションを担当し、それ以外のエネルギーシステムの分析についてはグローバル・コモンズ・センターとETCが協力しています。

染谷:ETCの持つ国際標準的な手法を取り入れれば、各国の比較もやりやすいですね。その一方で、現地のことについては現地の機関が最も詳しいわけで、国際協調・分業の体制を取っているのは理想的だと思います。小宮山先生は今回のETCとのコラボで、何か感じたことはありましたか?

小宮山:私は、海外から日本がどう見えるのかという点にとても関心がありました。欧州では、自動車はもう全て電動化するというのが標準的な見方になっていて、各国の政策もそれが中心です。しかし日本では、単に電動化を進めるだけでは、必ずしも二酸化炭素の排出量が減少するとは言えない事情があります。
欧州では、再生可能エネルギーの電力比率がすでに約4割にも達していて、原子力発電の約2割と合わせると、電力の半分以上が非化石電源になっています。一方、日本は福島の事故以降、原子力発電の再稼働がほとんど進んでおらず、火力発電に依存している。日本のハイブリッド車は非常に燃費が良いので、現状のままでは、電動化しても排出量があまり変わらない可能性もあります。
電力の脱炭素化が進まない限り、電気自動車による効果はあまり期待できないというのが日本側の認識ですが、欧州の人たちと話すと、日本でももっと再生可能エネルギーを導入できるはずだから、そこでイニシアティブを発揮すべきだと。そのあたりの考え方にかなり異なる点があったと認識しています。

染谷:大学の最も重要な役割は、中立性を保った上で、どちらにも肩入れすることなく、意見を言うことだと思っています。国際社会の場においても、海外の状況を理解して日本に伝える一方で、日本の事情に合った貢献方法を海外に発信するというのは、中立である大学の大きな使命ですね。

小宮山:私も中立的な視点を一番大切にしています。日本の再生可能エネルギーが不利な環境にあることも中立的に見る必要があって、たとえば太陽光発電が最も普及しているのは中国や米国ですが、じつは国土面積あたりの発電量では日本が世界主要国のなかでトップです。必ずしも、後れを取っているわけではありません。
ただ、狭い国土の中で太陽光発電が大量に普及した結果、課題も見えつつある状況です。最近では、太陽光発電を導入した地域において、自然環境や景観で軋轢も生じています。再生可能エネルギーについては、それぞれの国の特徴を理解する視点が極めて重要でしょう。

染谷:工学には、やはり社会課題の解決が大きく期待されています。論文を書くことは今後も重要ですが、その一方で、小宮山先生のように国際社会と向き合い、日本と世界の橋渡しをするのは、工学の未来そのものだと感じました。今回の取り組みで、小宮山先生ならではの貢献もあったのではないですか?

小宮山:私がエネルギーシステムの研究を始めたのは大学院からですが、そのとき痛感したのは、特定の分野だけ研究していては、全体像が分からないということでした。私の専門は電気系なので電力システムについては知識があったものの、石油精製など化学分野は分かっておらず、他部門について勉強するきっかけになりました。
最近ではそういう知識も活かされていて、たとえば日本のカーボンニュートラルを実現する上で、私は一番重要なポイントの一つとして鉄鋼分野に注目しています。日本の鉄鋼は、国内の二酸化炭素排出量の約1割を占めていて、ここを削減できれば大きな効果が期待できます。
排出量が大きい原因は、コークス(石炭)で鉄を還元していることです。化学的には、コークスの代わりに水素でも還元はできるのですが、コークスとは逆に吸熱反応になるため、熱を加え続けて温度を維持する必要があります。水素により二酸化炭素排出量をゼロにできる可能性はあるものの、ここがボトルネックになっています。
こういうことは、鉄鋼の化学反応を勉強して、やっと良く分かるようになりました。様々な分野において、どこに課題があるのか。真摯に勉強していく姿勢が非常に大事だと、エネルギーシステムを分析する中で痛切に感じました。

染谷:鉄鋼業界の人たちも問題意識を持って取り組んでいるでしょうが、小宮山先生の研究で全体の中での位置付けが分かれば、モチベーションも変わってくると思います。そういう意味でも、システム全体を俯瞰した知見は非常に貴重ですね。

皆が安心して暮らせる社会の実現を目指す

染谷:時間も押してきたので、最後に、小宮山先生が研究者を目指した動機やきっかけについて教えてください。

小宮山:私が大学生の当時は、日本の半導体産業がまだ世界に冠たる産業だった時代でした。私は電子工学科を卒業したら半導体技術者になりたいと思っていましたが、大学院でエネルギーシステムを研究する機会を得ることができました。半導体にも興味はあったものの、やってみると、エネルギーシステムの研究も非常に面白い。
当時はまだ、二酸化炭素の排出削減について、社会的な関心はそれほど高くはありませんでした。ただ、いろんな先生の話を聞いてみると、地球温暖化は社会へのインパクトが非常に大きく、社会的な貢献として今後重要になってくるのは間違いない。それで、この分野の研究者になろうと決意しました。
大学院を卒業したあとは民間の研究所に入り、そこでしばらく研究していましたが、再び大学で研究する機会を得ることができました。それが今の研究に繋がっています。

染谷:エネルギー分野では、野心的になればどこまでも大きな夢を描けるでしょうが、小宮山先生の将来の夢はなんでしょうか。研究者としての目標はどんなことです?

小宮山:私は、「人間が安心して暮らせる社会」の構築を一番大切にしています。「安心」はエネルギーに限ったことではありませんが、私はその中でもエネルギーの安定供給や、二酸化炭素の排出量削減などで貢献したいと思っています。
皆さんがエネルギー問題を意識しなくても、安心して生活できる社会を構築するためには、どんな取り組みが必要か。そういうことを考えながら研究を続けていきたいです。

染谷:今日は時間の関係で触れませんでしたが、事前に送ってもらった論文の中には、災害時のエネルギー供給など、エネルギーのレジリエンスについて多くの著作物がありました。どんなときでもエネルギー供給を途絶えさせず、安心して生活できる環境を整えるという、小宮山先生の視点は非常に重要だと思いました。
本日は長時間に渡って話を聞かせてもらい、ありがとうございました。私もエネルギー関係について、理解を深めることができました。小宮山先生の今後の研究を、ますます楽しみにしています。

Profile
小宮山涼一准教授
横浜市立城郷中学校(神奈川県)出身、私立浅野高等学校(神奈川県)出身          
聞き手:研究科長 染谷隆夫教授
東京学芸大学附属竹早中学校(東京都)出身、東京学芸大学附属高等学校(東京都)出身  
※所属や職位の情報は全て取材時点での内容です。