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【第3回 インタビュー】化学システム工学専攻 山田裕貴先生

 

究極の電池が環境・エネルギー問題を解決する
―教科書を超える新しい反応を持った材料を“一から設計”―


携帯電話やノートパソコンといった電子機器にも、次世代自動車や風力発電、太陽光発電といった社会のインフラにも、エネルギーを貯蔵し必要なときに取り出す機能、つまり蓄電池が欠かせません。すでに長く社会の中で使われていながら、それでもまだ多くの課題を抱えているのが電池という技術です。新しい材料から電池の課題を追求するのが化学システム工学専攻の山田裕貴准教授です。東京大学大学院工学系研究科・工学部の第一線で活躍する若手研究者の皆さんと、染谷隆夫工学系研究科長が研究の成果と未来、発展のために必要なことについて語り合う対談の第3回をお届けします。

 

水を材料に新たな電池をつくる

染谷:今回お話をうかがう山田先生は、電池の材料の研究をされています。私自身が電気工学の研究者であり、先生とは材料の分野に近い、共通点のある研究をしていて、以前から山田先生とは非常に近い問題意識があるのではないかと思っていました。先生は、電池の中でも電解質というものに着目して、環境やエネルギーの問題解決に役立つ革新的な電池を生み出そうとされています。まずは、どのような研究なのか教えていただけますか?

山田:私は、電池を構成する電極と電解液のうち、正極と負極のあいだでイオンのやりとりをする液体、電解液の研究をしています。電池の技術でも電極のほうはこれまでにさまざまなものが開発されてきたのですが、実際に実用化されているものは数種類しかありません。これは、電極を使えるようにするための電解液の開発や学術的理解が遅れているという問題があるからです。そこで、電極の性能を発揮できるように、これまでとは異なる性質・性能をもった電解液を作ろうという研究をしています。

染谷:電池というとさまざまなものがすでに世の中にあるように思いますが、まだ実用化されていない種類の電池、技術というものがあるわけですね。環境やエネルギー問題がますます重要になってきている世の中ですが、電気はほとんど貯めることができないという大きな弱点を持っています。仕方ないのでダムに水をためて、エネルギーを貯める代わりにしている。蓄電は最も重要な技術であり、言い換えれば最も遅れている部分でもあるわけですね。電池の性能向上がIoTにせよ自動車にせよ環境問題全体の決め手になるわけです。先生の研究では、電池のどこに着目しているのでしょうか?

山田:たとえば、ものすごく高い電圧を出せる電極があったとしても、電解液の性能がそこに追いついていないため、高い電圧に耐えられないという問題があります。そこに問題意識を感じて、既存の材料を大きく超える電解液の材料をつくろう、既存のものの延長線上ではない開発をしようと考えています。私たちは電解液の基本であるイオンと溶媒分子のつながりに着目して機能を開拓していこうとしています。
たとえば「燃えない電解液を作りたい」という目標を設定すると、燃えない溶媒が必要です。水を使って電池を作ることができれば、究極の電池になると考えています。水を溶媒として、かつリチウムイオンを使った電池では、どれだけの電圧を出せるのか、ということに挑戦しています。

染谷:水は、高い電圧がかかると電気分解してしまいますね。理論的には1.2~1.3ボルトの電圧で電気分解するというのは物性で決まっていることのように思っていたのですが、もっと高い電圧に耐えられるとすれば、化学の限界に挑んでいるようでとてもスリリングです。そうした大きなブレイクスルーをどのように実現されたのでしょうか?

山田:私たちは、現時点で3ボルトくらいまで電圧をかけても電気分解を抑えられるような水系の電解液というものを作り出せています。普通の水というのは水分子ひとつひとつが水素結合でつながっている状態ですが、私たちが作っている材料は水分子ひとつひとつが相互に作用しているのではなくほぼ孤立していて、リチウムイオンにくっついているような状態です。すると電気分解しにくくなり、大きな耐電圧性能を得られるのです。しくみはまだよくわかっていない部分があるのですが、水分子中の電子の状態が変わることに加えて、リチウムイオンのアニオン(負に荷電したイオン)の作用で電極の表面に不働態の膜を作ることができて、その膜が水の分解を抑制しているのではないかと考えています。これはリチウムイオンを非常に高濃度にしているからこその特徴だと思っています。
リチウムイオンをたくさん溶かして液体の水和物をつくったことで、水分子がひとつひとつ孤立したような状態になり、リチウムイオンにくっついたような状態になって耐電圧性が上がる。水和物というのは常温だと結晶になるのが普通ですが、常温で液体になる材料として新しいものをみつけたのが私たちの研究のスタート地点です。

染谷:先生がさまざまな溶媒を試すときに、水に注目した理由というのはなんでしょうか?

山田:水は安くてどこでも手に入りますし、それに安全です。現在のリチウムイオン電池では発火や爆発などの事故が多く起きていますね。水という燃えない溶媒を使えばより安全ですし、使った後にリサイクルする場合も環境負荷を小さくできます。

染谷:水を溶媒とすると耐電圧性と安全性を両立することができ、電解液の性能をもっと向上させるという理想の展開に近づく大きな一歩となったわけですね。すると、他の特性もさらに良くする研究が必要なのではないかと思うわけですが、今後の課題としてどこがポイントになってくるのでしょうか?

山田:水に限らず有機溶媒を使って、どこまで耐電圧性を上げられるか? ということを突き詰めていきたいですね。さまざまな溶媒、イオンを使った研究も進めていて、およそ5ボルト程度かけても分解しない電解液というものができています。商品化されているリチウムイオン電池の電圧は3.8ボルトですが、それを5ボルトくらいまで引き上げられる可能性がでてきました。

課題をオープンに共有すると、エンジニア魂に火がつく

染谷:商品化というと、山田先生は電池の研究を将来は実用化していきたいという大きな目標を持っているわけですね。それは、先生が作った電解質を電池向けに実用化するということでしょうか?

山田:はい。世の中にある電池製品で自分が開発した電解液技術が使われるということを目指していきたいです。企業と共同研究をして、その知見が何らかの用途で製品に利用してほしいですね。

染谷:先生の作った電解質が世の中で役立つ製品に利用されるというのは素晴らしい、大事ななことだと思います。一方で、大学の研究でせっかく「世界最高耐電圧」といった性能を達成したのに、実際の電池にしようとすると中核になる性能以外にも耐久性やコストなどの問題が浮上してきて、うまく実用化に結びつかないということが世間ではよくあります。研究の実用化には、どのようなアプローチが必要になると先生は思われますか?

山田:大切なことは、大学と製品を社会に出す企業と、課題の共有ができているかどうかだと思っています。密接な関係で研究してみると、大学が思っているのとはまた違うところに企業の課題があるかもしれません。課題をきちんと共有することで、私たち学術側ができるところを解決していきたいですし、企業側にも持っている技術で解決してもらえるところがあると思います。

染谷:それは非常に大事なポイントですね。チームを組んで共同でものごとを進めるには、本当の意味で「共通のゴールを持つ」ことが必要になります。企業は製品を売りたい、大学研究者は論文を書きたいと思っていて、同じ「材料」が共通項としてあるだけで実際はゴールを共有していないという場合があって、この状態で走り始めるとぜんぜんうまくいかないのです。企業の側もなかなか本質的な課題を外に開示して「一緒に解決しましょう」とならないことがあります。最も大きな課題ではなく二番手、三番手のことしか言わないため、研究者側からすると「エンジニア魂に火がつかない」ことにもなってしまう。これまでの大学における産学連携は、そういった視点が十分でなかった残念な例もあります。先生は社会実装や課題の共有という意識を持っていると聞いてたいへん心強く思います。

研究の自由が新しいものを生み出す

染谷:社会の中でとても重要な電池に関する研究の分野では、企業で実用化を目指すという道もあったのだと思うのですが、山田先生がそこで大学の研究者を選ばれたのはなぜでしょうか? 大学ならではの魅力的な部分とは何でしょうか。

山田:大学は、なによりも自由な発想で研究できることが一番の魅力だと思っています。企業で研究すると、コストや特性といった何らかの制約があった上での電解液の開発になると思います。企業の開発したい電池の仕様が決まっていて、「この仕様を満たす電解液を開発しなさい」ということになりますが、大学ではその制約を考える必要がありません。これまで、どのようなイオンと溶媒の組み合わせを使ったら耐電圧性が上がるのか、ということが長く研究されてきました。企業ではあらゆる組み合わせを試しつくしていて、その方法はもう限界に達していると思います。ですからもう一つ別の軸が必要だと考えて、そこでイオンと溶媒の組み合わせだけではなく、イオンと溶媒とのつながり方を変えるという新しい軸を見出しました。実際にイオンと溶媒のつながり方を変えることで耐電圧性が変わるということを実証したわけですから、そうした新しい攻め方を作ったという大きなブレイクスルーになったわけです。一から自分の発想で材料開発ができることが大学の研究者の一番の魅力だと思っています。

染谷:私が対話した若手の研究者の方々は、山田先生も含めみなさん「大学の魅力とは自由に研究できること」とおっしゃっていて、これは本質的な部分なのだと思います。私自身も強くそう思いますね。みんながそれぞれ自由な発想で考えていく。
山田先生は自由とダイバーシティを両立させるための実践ついても触れられていますね。自由に考えているようで、実際は同じようなことを考える人ばかりが集まってしまうという課題があります。均質な空間というのは居心地がよいので、つい「君もそう思っていたのか、自分もそう思っていたんだよ」とお互い同調することになりやすい。すると、出てくるアイディアはどれも似たようなものになってしまいます。企業と共同研究しつつ相手の課題をきちんと理解する、というように異なる価値観、専門性を持った人が集まると、お互いに刺激があって新しい考えが生まれてきます。自由な発想を担保しつつも、異なる価値観の人が「それは違うのでは?」と批判だけでなく尊重しあいながら刺激しあうことで新しいものにつながります。自由とダイバーシティとは同じ方を向いているようでも少し違う軸なので実は両立させるのが簡単ではないのですが、意識してやればよい研究がどんどん生まれてくると思いますね。

新しい分野「液体材料科学」を生み出したい

染谷:先生は、社会実装を目標にしつつも大学の研究者としての道を選ばれているわけですね。究極的な目標には、学術的に原理を理解することがあるのでしょうか? 

山田:私がもっとも重視しているのは学術的な部分であり、最終的に目指したい学術面の目標は「液体材料科学」という分野の確立です。材料科学というと固体のイメージがありますし、電池を扱う研究室もほとんどが固体や電極を専門としています。その中で私はあえて液体、電解液の専門家として電池にアプローチしていきたいと考えています。

染谷:大きな展望ですね。電気化学の分野では、これまでにも液体や液体と固体の界面の問題を長年取り扱ってきました。液体材料科学というのはどのような部分に注目して取り扱う分野なのでしょうか?

山田:液体をどのように設計していくのかという手がかりを求める学問が液体材料科学の分野だと思っています。たとえば、液体の耐電圧性を決めている要素は何なのか? 液体をどのような構造に持っていくとどんな耐電圧性の特徴を発揮するのかという、液体の構造と組成、機能との関係を明らかにすることが中核です。

染谷:私は有機半導体という電気工学の中ではかなり材料の分野に近いところを研究していますし、電気を扱うという意味で分野として非常に近いものを感じますね。もともとはロボットの表面に貼り付けるセンサーを開発していたのですが、そこから生体の表面に貼り付けるウェアラブルセンサーの研究に入ってきました。従来は固体であった電子部品を、堅い無機的なものから、高分子、エラストマー、ゲル……と素材がどんどん生体の構成要素に近づいていって、そして生体との親和性が高くなっていきます。究極的には液体と固体が混ざったゲルのような電子回路が生体との親和性が高いのではないかと思っています。作ろうとしているものは異なりますが、基本には液体と固体の界面をどう制御して設計するのか、という山田先生と非常に近い問題意識があると思います。イノベーションとは思ってもいなかった分野の出会いから起きるものですし、電気化学や先生の電解質の分野には大きな関心を持っています。

新分野の発展には「ちょっと足りない」が必要?

染谷:山田先生はどのようなきっかけで化学の道へ、中でも電池の研究に進まれたのでしょうか? 同じ分野を目指す若手のみなさんへのメッセージとして、先生のこれまでについて聞かせてください。

山田:私は高校生のころから、化学によってイオンや分子といった非常に小さな部分で材料を一から設計して作ることができる、ということに魅力を感じていました。京都大学では、電気化学の分野で電池の研究室に進んだわけです。当時からエネルギーや環境問題に興味があって、化学を使ってエネルギー、環境問題の解決に挑戦したいと考えていました。電池とは電気エネルギーを化学エネルギーに直接変換して貯めることができるデバイスです。大きな可能性を感じてこの分野に入ってきたわけです。
電池における界面というのは、電極と電解液でリチウムイオンが行き来する部分です。修士課程のとき、この界面の反応は、電解液の成分や溶媒の状態によって大きく変わるということに興味を持ちました。電解液の状態を大きく変えてみれば、電池の性能も大きく変えられるのでは? という着想を得て、それを極めてみたくて博士課程に進み、研究者になりました。電池というものは電気と化学エネルギーを直接変換して貯蔵するという非常に重要な分野です。学術面でこれから開拓しようと思っている液体材料科学には大きな可能性がありますし、応用の意味でも今後大きく発展する分野です。興味を持ってくれる方にぜひ来てもらって一緒に研究したいと思いますね。

染谷:化学エネルギーの重要性はますます高まっていますので、先生の研究室には世界中から優秀な、志の高い学生が集まってくるものと思います。そこで先生と若い方々が新しい研究に取り組むために、これからの必要な環境は何でしょうか?

山田:そうですね……資金は十分にいただいていると思いますので、実験室のスペースでしょうか。スペースがもう少しあれば、さらに装置を入れて新しいことを始められますね。

染谷:大学で研究を律速するもっとも大きな要因がスペースですよね……。研究が発展期にあるときには、新しく来てくれるメンバーが増えて、やりたいテーマが増えてくるのですが、結局は面積による制約を受けてしまうということが大学の大きな課題だと思っています。潤沢な研究費が若手にいきわたり、研究スペースも揃うようにすることが研究科長として私の仕事ですから、これから戦略スペースを増やし、若手研究者のみなさんが借りやすい条件で利用できるしくみを作っていきたいと思います。
ただ、準備が整うまで若干の時間差があったときには、「ちょっと足りない部分をアイディアで補おう」と考えてもらえるとよいですね。何かをやりたいときには資金を注ぎ込んでスピードアップするという方法もありますが、ゼロから一を生み出そうとするときには研究費やスペースが少し足りないと思うと工夫することを考えますね。「この前見学した研究室にすごく良い装置があった。あの装置と同じものを資金力にものを言わせて買おう」という姿勢ではなく、足らないところを創意工夫で補おうとすると新しいものが生まれていく。研究費もスペースも全く足りないのは論外ですが、ちょっと足りないぐらいのところをうまく前向きに捉えて、アイディアを生み出す原動力として乗り切ってもらえるといいなと思います。

 

Profile
山田裕貴准教授
郡山市立行健中学校(福島県)出身、福島県立安積高等学校(福島県)出身
聞き手:研究科長 染谷隆夫教授
東京学芸大学附属竹早中学校(東京都)出身、東京学芸大学附属高等学校(東京都)出身 
※所属や職位の情報は全て取材時点での内容です。