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深堀!! 若手研究者紹介:超小型深宇宙探査機「エクレウス」とは? ~航空宇宙工学専攻 船瀬 龍准教授~

 

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東京大学のキャンパスの中で、まもなく宇宙へと飛び立つ小さな宇宙探査機が作られています。重量はわずか14キログラム以下。世界最大となる予定のNASAの新型ロケットに乗って、月へ向かう軌道を目指します。東京大学大学院 工学系研究科航空宇宙工学専攻の船瀬龍准教授が目指すのは、小さな探査機が毎月のように飛び交い、月よりもはるか遠い宇宙の異世界から初めて見るたくさんの報告を届けてくれる世界。どんな技術でそれが可能になるのか、船瀬准教授に語っていただきました。

 

■ NASAのロケットに初搭載。超小型深宇宙探査機「エクレウス」とは?

 

 

―エクレウスの技術とミッションは、どのようなものでしょうか?

超小型深宇宙探査機エクレウス(EQUULEUS:EQUilibriUm Lunar-Earth point 6U Spacecraft)は、「キューブサット」という非常に小さな人工衛星のひとつです。NASAが2020年以降に打ち上げる有人大型ロケット「SLS(スペース・ローンチ・システム)」初号機に相乗りして、月へ行く軌道に乗ります。探査機自身が軌道を制御して、月の重力を使う「月スイングバイ」を行い、効率的に軌道変換することで月のラグランジュ点まで到達することを目指しています。

月のラグランジュ点とは、将来は人が滞在する深宇宙の拠点の候補として考えられているところです。キューブサットはまだ推進能力や宇宙での軌道変換能力は小さいのですが、その範囲でもそこに効率的に到達できれば、さらに遠くの深宇宙まで飛んでいくこともできます。将来は深宇宙の拠点を使って、超小型衛星でもっと遠くの小惑星を探査する、火星まで行くといったこともできるようになってくる。そのための第一歩として、エクレウスで効率的な軌道制御技術の実証を行うのが主目的ですね。

宇宙で軌道制御するための「推進系」には、将来を見据えて水を推進剤として使います。なぜ水かというと、深宇宙の拠点を起点にして遠くへ行って、また拠点に帰ってくることもできる。そして水を補給して、探査機を再利用して別のところに行って……と非常に高頻度にさまざまなミッションができます。

 

―水を使うと宇宙探査機にはどのようなメリットがあるのでしょうか? 月で水を供給できるのでしょうか?

最初のフェーズでは地球から水を運び、その拠点で水を使うという想定です。将来は月面を開発して水を手に入れることができれば、地球からではなく月面から水を拠点までもっていく経路もできる可能性があります。水の供給と使う場所をつなぐパスがどんどん増えてくれば、低コストに水を補給することもできるでしょう。さらに将来は地球に近い小惑星などの小さな天体から水が取れるかもしれません。水を取ってくるところにも、超小型衛星を使えるかもしれないと想定しています。これが水を推進剤として着目した理由です。

推進剤としての水は、性能の面ではそれほどメリットはありません。ですが、現在の宇宙機で使われる推進剤は人体に有害な物質が多くて取り扱いが難しいので、小さな探査機を大学レベルの研究室で作り上げるにはハードルが高くなります。水ならば大学の小さな研究機関が主体的に超小型衛星や探査機を作るときにも扱いやすくてハードルを下げてくれますね。

 

―エクレウスの設計を始められたときのきっかけやキューブサットになった理由というのは?

僕は「いかに深宇宙探査を高頻度に低コストに気軽にやれるようにするか?」という問題意識を持っていて、これをずっと考えています。

 

開発中のエクレウス。2020年以降にNASAの大型ロケットSLS初号機に搭載される13機の超小型衛星のひとつ。

 

2015年にNASA からSLSというロケットに相乗りして、月フライバイ軌道へ打ち上げる機会の公募がありました。もともと2017年ぐらいには打ち上がるスケジュールでした(実際にはロケットの開発が遅れて、打ち上げは2020年以降になりました)。そこで将来の高頻度・低コストの探査につながることを何か提案できないかなと。月をフライバイする軌道はそのまま行くと深宇宙へ飛んでいってしまいますが、月や太陽の重力をうまく使うことで、非常に効率的に軌道制御することができます。実現すれば、月のラグランジュ点に行けるかもしれない。拠点までの高効率な軌道が実現できるようになると、逆に拠点を中心として、超小型探査機がたくさんいろいろな目的地へ飛んでいく、そういう世界にも繋がります。

実は公募からミッション提案まで2週間しかなかったんですよね(笑)。そんなバカな話あるのかという感じですが、その2週間で軌道設計の世界的な第一人者や研究室の学生にも入ってもらって、超小型探査機を効率的に制御して拠点まで行けるのかという仮説をがーっと検討しました。なんとかできるかもしれない、とりあえず一例は軌道を作れたので、さらにあと一週間ぐらいでがーっと探査機設計の概念検討をして、想定される制約の中で機能を詰め込めそうだなということがわかって、提案したわけです。日頃から問題意識を持っていて、来たチャンスにぱっと食いついて、集中的に検討した。そうして立ち上がったミッションです。

 

―高頻度・低コストの探査ができると何が実現しますか? 開発にどのくらいのコストがかかり、どのような探査ができるのでしょうか?

たとえば小惑星探査機「はやぶさ」や「はやぶさ2」が小惑星へ行って、凄いクローズアップの写真をとって、想像もしなかったよう世界が見えました。これを5年や10年に一回ではなくて、毎月のように探査にでかけて新しい発見するようにしたい。「はやぶさ2」のように何百億円もかかるとそれはできないので、いかに小さく軽く安く、探査ミッションを作れるかということが大事になります。

数億円以内のコストで探査機を作れないと、なかなか毎月のように飛ばして、という話にはならないと思います。数億円以内の価格で作るのであれば、重さ50~100キロぐらいの規模の衛星でしょう。

ただ、すべて超小型で深宇宙探査や太陽系探査が成り立つわけではなく、行ったことない、環境も良く分からないリスクのあるところに先発隊として超小型衛星を使い、最初の発見をしていくのが面白い。

50キロ級衛星では、観測装置の部分が5~10キログラムぐらいになります。「はやぶさ2」のようにたくさん観測機器を乗せて、徹底的にさまざまな波長や方式で観測することは難しいですが、一つか二つ、これぞという観測装置を乗せて行くことができる。まず、行ったことのないところがどんなところなのか知る、という用途に超小型衛星を使うことができます。そして「すごく面白い天体だね」となったら、もっと大きな探査機でいろいろな観測装置を乗せて、次の便で本格的に観測しにいける。

小惑星リュウグウのようにサイズや自転軸の傾きも、重力も行ってみないと分からない、初めて行くようなところに大きな探査機で行くと、設計のマージン(余裕)をたくさん取らなくてはなりません。ですが、最初に超小型でまず行って、どういうところかを調べると、相手の環境がよく分かっているのでそこに特化した設計ができる。大きな探査機をもっとスリムにすることにも貢献できるわけです。

 

■ 超小型探査機の未来

 

 

―探査機を使い分けられる技術を積み重ねていくとすれば、エクレウスはゴールではなくてこの先がもっとたくさんあるわけですね。今後、5年、10年で研究のテーマとして実証していきたい技術は何でしょうか?

エクレウスがうまく行ったら、次は月軌道の拠点を起点にした火星探査などのミッションを提案して、実際に探査して科学成果を上げるというところを次に狙っていきたいです。アメリカが月の軌道に作るゲートウェイに日本も参加する予定で、そこから超小型衛星を放出する計画が進んでいます。

NASAは火星にキューブサットを送ったことがあって、6U(10数キログラム)サイズの衛星で火星着陸機のデータを地球に中継することができました。ただ、火星周回軌道に投入して探査するとなると、やはり50~100キロといった規模になると思います。今、東大とJAXAが研究している「展開型の柔軟エアロシェル」という傘のような柔らかいものを広げてブレーキをかける技術があります。大気で減速するエアロシェルを持った超小型探査機で火星周回軌道に入れる、といったこともできるようになると思います。

柔軟エアロシェルが地球に再突入するといった実証を通して技術が成熟してきたら、僕らの超小型探査機と組み合わせて火星を探査できるようになるでしょう。ゲートウェイから50キログラムぐらいの衛星を放出して、火星に行くために必要な軌道変換能力は、500メートル毎秒から800メートル毎秒程度です。現在想定できる超小型衛星の推進系の能力ですでに技術的には可能なレベルです。エクレウスの水の推進系が発展すればそれを使えますし、ほかにも実現する手段はあると思います。

それができれば、地球近傍、月、小惑星とか、火星ぐらいまでの領域に探査機たくさん飛ばすというところが視野に入ってきます。そしてさらに先、もっと遠くまで超小型探査機でチャレンジしたい。小惑星帯とか木星、土星などを超小型の探査機で探査するなら、どうやったらできるのかなということも考え始めています。

 

―木星や土星へも超小型探査機で行けるのですね!

宇宙探査機を小さく軽く作れるということは、同じロケットでもより遠くへ行けるということです。アメリカみたいに超大型ロケットを持っている国は冥王星に約480キログラムの探査機を運べるわけですが、日本にそれはまだ無理ですよね。でも、50kgであればもしかしたら運べるかもしれない。探査機を小型軽量化していくことは、将来に日本が外惑星やさらに冥王星やカイパーベルトにアクセスするために、いずれやらなくてはならないのだと思います。冥王星や海王星にどんどん探査機は飛ばせるようになるということが最終的な目標です。まずは一回でも実証しなければならない。

個人的に行きたいところを一つ挙げるとすれば、宇宙の生命探査をやってみたいと思っています。たとえば土星の衛星「エンケラドス」は水があって、海があると思われている。そこに生命が生きられる環境があるかもしれません。そういうところに行って、自分の探査機が生命やその痕跡を発見できたらとても嬉しいです。

ただ、遠くに行く、探査するという目標はそれだけやっていても技術が広がっていくものでもない。エクレウスも提案してからもう5年ぐらいたっていて、ようやく打ち上がろうとしていますし、深宇宙探査だけではなかなか新しい技術を開発して実証するサイクルが回らない。そこで、地球周辺の高頻度に打ち上がるビジネスや実利用の機会を使って技術を蓄え、その技術を最終的に自分がやりたい探査機にフィードバックさせる。そうでないと、目指す探査機を高頻度に、というとこには繋がっていかないと思います。ですから地球周りの実利用にも貢献したいですね。

 

―新しい世界をたくさん見たいというところにモチベーションがあるわけですね。

そうです。より遠く、よりたくさん。そういう戦略を考えたり、プロポーザルを書いたり、誰のどの技術を組み合わせたら実現できるのか? そういうことを考えるのが得意ですし好きです。そのために今できることは全部手広くやろうかなというところですね。

 

―先生のご専門は推進機関なのでしょうか?

何でしょうね? 実は日々まったく違うことをやっていて、「これしかやらない」と思って研究してきたことはないんです。たとえば姿勢制御の研究をしていたこともありますし、JAXAのポスドク時代は「ソーラーセイル」という宇宙ヨットの設計や姿勢制御の研究をやっていました。深宇宙探査ミッション全般の軌道制御の研究もしていました。東大に来てきてからは、もう少し広く衛星システム全体のシステム設計をやっています。自分の持っているある技術にフォーカスしてそれを実用化したい、ではなく「宇宙でこういうことを実現したい」という目標に対して、自分ができることや協力してくれる人をとりまとめて実現する。みんなのコーディネーターとして、システムを設計して成立させ実現させていく、そういう立場で取り組んでいますね。

 

―そのための基礎作りというのは?

学生の研究テーマはすごく大事だと思っています。基本的に「これをやりなさい」ということはあまりいわない。宇宙開発や、宇宙探査の問題意識は研究室でよく議論して共有しますが、それを踏まえて各自がどういう研究していきたいかということは自主性に任せています。この研究室の中で学生がやっている研究ってもうめちゃくちゃ多様なんですよね。測位衛星の話をやりたいという学生もいるし、エクレウスのような軌道制御技術をやりたいという学生もいる。そういう学生と一緒に議論していろいろな研究をすることで、自分自身も視野が広がっていって、また新しいミッションのアイディアが生まれてくる。新しいミッションをやる中で新しい問題意識ができて、そこがまた新しい学生の研究テーマになって……そんなふうに自分の関わる範囲をなるべく広げていくことを心がけていますね。

ですから「何の研究室ですか?」とか「何の研究者ですか?」と言われるとよく分かりません(笑)。宇宙システムとか超小型衛星、超小型探査機システムという言葉の範囲は本当に広くて、それを実現するためのことであれば基本なんでもやりますよというスタンスです。

 

■ 宇宙の道に進んだきっかけ

 

―子供のころから宇宙に興味があって、それを目指して東大にこられたのでしょうか?

実は高校くらいまで、特に何かやりたいことはなかったんです。それが高校生のときに、たまたま新聞でNASAの「ソジャーナ」という小さな火星ローバーが撮った火星のカラーの写真を見た。実際に探査機が撮った、火星のゴツゴツした岩の写真を見て、人間の作ったものがあんなところに行って、写真をとってそのデータが地球に送られてきて、こんな景色が見えるのかと。「これはすごいな」「このローバーを開発した人は、この写真を見てどんなに感動しただろう?」と思いました。そういうものを作ってみたいなとそのとき思って、それならば航空宇宙をやればいいのかな? 考えはじめました。たまたま中学校、高校と進学校で勉強していて、東大という選択肢があって良かったなと思いました。やりたいことができたときに、選択肢が広がりますよね。

 

1997年7月4日、NASAの火星探査機マーズ・パスファインダーとともに6輪のローバー(火星探査車)ソジャーナが火星に着陸した。写真は着陸の成否を確認したときの画像。ソジャーナは7火星日の探査予定を大幅に超えて83火星日にわたって活動を続け、1997年9月27日に最後の火星の画像を送信した。Image Credit: NASA/JPL

 

僕はソジャーナの模型を持っていて、これは実は、NASAのジェット推進研究所で実際にソジャーナが撮った画像を処理した日本人の研究者からもらったものなんです。最近お会いすることができて、一個だけ残してあったものを「そんなにソジャーナが好きだったらあげるよ」と。自分が航空宇宙をやる、と決めた画像を解析した人からいただいて本当に感動したので、開封していないです(笑) 。

 

 

―最初に自分で手がけられたものが動いたうれしい体験というのは?

船瀬:学生のときに最初に作った10センチ立方、1キログラムのキューブサットですね。2003年に打ち上げられて、初めて自分が作ったものが宇宙へ行きました。本当に小さなカメラしか付いてなかったのですが、自分の衛星が撮った地球の写真を見て、「本当に撮れるんだ、地球って青いんだ、ちゃんと丸いんだ」ということがぱっとリアルになった。これはかなり衝撃的でした。あんなにきれいに映ると思っていなかったですし、そのころまだ地球の画像はあまり身近ではなかったように思います。この体験が大きかったですね。もしもそこで失敗していたら今はこの仕事やってないかもしれません(笑)。


東京大学中須賀研究室が開発、2003年6月に打ち上げられた超小型衛星プロジェクトCubeSatプロジェクトの「CubeSat-XI-Ⅳ(サイフォー)」が撮影した地球の画像。


Credit: 東京大学工学系研究科 中須賀・船瀬研究室

取材・文:秋山文野
撮影:小林伸 

 

【関連リンク】

中須賀・船瀬研究室
https://www.space.t.u-tokyo.ac.jp/nlab/index.html

2018【若手研究者紹介:003】航空宇宙工学専攻 中須賀・船瀬研究室 船瀬 龍准教授
http://www.t.u-tokyo.ac.jp/foe/topics/setnws_201807261417564249240403.html