第3回 Special Lecture 開催報告
2022年12月19日
Special Lecture
メタバース工学部の第3回スペシャルレクチャーは、石井菜穂子理事をお招きし、「COP27エジプト会合を踏まえた報告」と題してご講演いただきました。エジプトで開催された気候変動枠組条約COP27、そしてモントリオールの生物多様性条約COP15に出席されたばかりで、COPの本当の空気についてお伝えいただきました。
講演内容
東京大学理事 未来ビジョン研究センター教授 グローバル・コモンズ・センター ダイレクター
石井菜穂子 先生
講演タイトル 「COP27エジプト会合を踏まえた報告」
生物多様性条約 COP15がカナダのモントリオールで開催されました。COPというと気候変動のことだと思われがちですが、COPというのは条約締約国会議のことで生物多様性もそのひとつです。気候変動というのは地球環境問題のほんの一部であって、その本質に迫るには大きなビックピクチャーを見る必要があります。
人類の長い歴史の中で、我々は地質学上の「完新世」と言われる時代から、ヒトがただ一つの種として地球環境に多大な影響を与える時代「人新世」に移るという非常に大きな変化の中にいます。地球の気温は過去のほとんどの時代で、寒冷な領域で変動していました。それが1万2000年ほど前から温暖で安定した完新世という時代が始まり、その安定した気候の中で農業ができるようになり、人口が増え、都市ができ、文明が発達してきました。つまり人類文明はこの完新世の時代しか知らないわけです。
ところが現在、我々はこれまで文明を支えてくれた完新世の安定した地球システムの枠組みを飛び越えて、文明の礎を自ら壊してしまっています。特に産業革命以降、人類の活動は、人口、成長、投資のすべての基準で測って大きな発展を遂げたわけですが、同時に地球環境への負荷も急速に拡大しました。
急速に地球環境への負荷が増した結果、ありとあらゆるところで歪みが生じ、気候変動、生物多様性の喪失、海や土壌の汚染などの大きな問題が起きてきました。どのように地球システムを元の安定した状況に持っていくかということが今の課題であり、私たちはこのシステムの安定と自己回復力(レジリエンス)のことを「グローバル・コモンズ」と定義しています。みんなでグローバル・コモンズの責任ある管理を実現して、次世代に渡せるようにすることがグローバル・コモンズ・センターの使命でもあります。
1992年の国連環境開発会議をきっかけに、いわゆるリオ3条約、気候変動枠組条約・生物多様性条約・砂漠化対処条約ができました。しかしながら、国家間の条約でグローバル・コモンズを守ることがいかに難しいかということは、30年経っても温暖化は止まらず生物多様性はどんどん失われていることで明らかです。それでも2010年代に入って、今のままの社会・経済システムで地球と私たちの関係は大丈夫なのか、サステナブルでないのではないか、という認識が世界中でかなり広まり、2015年のパリ合意につながってきました。
さて、COPの取り組みについて、日本の報道は主として政府交渉の部分をフォローしています。しかし、実はCOPを本当に大きく動かし影響を与えているのは、現地に集まって来ているネゴシエーターたちです。そこには国家の交渉者だけではなくて、いわゆる非国家主体 (Non-state actor) たちによる連携があります。NGOや市民団体、アカデミアやグローバル企業などが中心になって課題ごとに国境を超えて連携し、業界のルールやビジネスプラクティスを決め、みんなで転換に向けて一歩進める動きをしています。政府間交渉だけ見ているのでは、交渉の裏側にある「パラレルワールド」で何が起こっているかということはほとんど抜け落ちてしまいます。生物多様性とは何か、何のために交渉をやっているのか、何が議論されているのかもわからなくなってしまいます。
2015年のパリ合意では、この非国家主体が後押ししたことが画期的な成功につながりました。昨年のグラスゴーでのCOP26では、政府間ではなく「パラレルワールド」で、GFANZ (Glasgow Financial Alliance for Net Zero) という金融セクターのアライアンスがネット・ゼロを加速するコミットを表明しました。また世界でバラバラだったサステナビリティ開示基準を標準化しようと、ISSB (International Sustainability Standards Board) ができるなど、注目される成果がいくつかありました。
今年の気候変動COP27はなかなか困難な会議でした。ウクライナ情勢のため政府間交渉はますます厳しくなりました。せっかくグラスゴーで示された1.5℃目標を廃棄したいという流れさえありましたが、何とか踏みとどまったというのが、政府間交渉の成果であったと思います。しかしながら、非国家主体を中心とする「パラレルワールド」ではCOP27年の歴史で初めて食料システムのパビリオンができ、これは大きな成果だったと思います。
食料システムは今危機的な状況にあります。まず、温室効果ガス排出量全体の3割が食料生産を原因としています。生物多様性の喪失原因の7割でもありますし、これもまた危機的なことに、取水の7割は食料増産に使われています。リンや窒素の害のかなりの部分もまた食料生産に由来するわけです。これから人口がどんどん増える中で食料をどう生産するか。そこで農業をリジェネラティブにするべきという課題は今後非常に大きくなってきます。
では個人としてどう動くのかということですが、まずは自分の役割と、グローバルなインパクトとを考える必要があるのだろうということです。自分の行動が、グローバルな見取り図の中のどこに位置するのかを常に考えることが重要です。私たちは、自分のコンパートメントの中でハッピーであればいいと考えてしまう傾向がどうしてもあるわけですけれども、国際社会と日本社会の中で自分の役割を考えて、そして初めて自分がすべきことがグローバルなスケールとの関係で見えてくるわけですし、自分の役割の中でグローバルなルール設定に関わっていける。これが重要なのではないかと考えているのです。
開催報告
メタバース工学部スペシャルレクチャー第3回では、東京大学理事でありグローバル・コモンズ・センター ダイレクターの石井菜穂子先生にお越しいただきました。完全オンラインで実施され、参加者は学内外合わせて61名でした。
モントリオール開催の生物多様性COP15から帰国されたばかりの石井先生は、地球環境危機の本質や、危機を解決するためには社会・経済システムの転換が必要であり、グローバル・コモンズを実現することが重要であるとご講演されました。COPといえば気候変動という認識を持っていた受講生も少なくはないと思いますが、早急に取り組まなければならない地球環境問題は他にも多数あり、それらを包括的に解決するためのビッグピクチャーについて背景から含めてご説明いただきました。
私自身も環境意識の高い北欧フィンランドで開催されたスタートアップイベントに参加した後に聞いた講演であったため、環境問題については少し知識を持って臨んだつもりでおりましたが、個別の事象について認知していただけで、システム転換を推進するフレームワークなどのビックピクチャーについては全く思案したことがなく、まだまだ視野が狭かったことを痛感しました。
また、COPにおいて日本のメディアは政府間交渉のみに注目しており、その裏で行われている議論や事情を掴めておらず、世界に遅れを取っていることを何度も強調されていたのが印象的でした。グローバルな潮流を理解するためには海外メディアからも積極的に情報収集することが大切であると学びました。グローバル・コモンズを守ることは国家間条約では限界で、パラレルワールドで非国家アクターの連携・活躍も重要というお話では、非国家アクターとして大企業の一員となる他にスタートアップとしてゲームチェンジャーとなる道もあると染谷先生からご意見もあり、今後自分にできることは何かと、各々の立場において考えさせられる講演となったのではないでしょうか。
文責:工学系研究科修士一年 木谷優衣
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