第2回 Special Lecture 開催報告
2022年11月16日

Special Lecture


 メタバース工学部のテックアンバサダー向けのワークショップを、教職員、在学生、リスキリング講座受講者の皆さんが参加・視聴できるSpecial Lectureシリーズとして拡張しました。第2回目は東京大学総長の藤井輝夫先生から「領域を超えるテクノロジー」についてご講演いただきました。

 

 

講演内容


 

東京大学総長 藤井 輝夫

講演タイトル「領域を超えるテクノロジー ~メタバース工学部テックアンバサダーの皆さんへ」

 

 私は元々工学部の船舶工学科という船や石油掘削のための洋上オイルリグを作るといった技術の学科を卒業しました。大学院修了後、生産技術研究所や理化学研究所にて勤務、また生産技術研究所の教授、所長になり、その後本部の大学執行役・副学長、理事・副学長を経て、昨年から総長職に就いています。

 

 船舶工学で始まった研究は何度も領域を超えて、最終的にはアプライド・マイクロ・フルイディクス・システムズという、デバイスの上でウェットの系を作って反応させたり、あるいは細胞を培用して薬の効き目を調べたりといった研究になってきました。

 

 これは深海の環境の研究とも関連していますし、最近はDNAと酵素を組み合わせた人工の反応系を使ってニューラルネットワークを作り、分子を使って情報処理を行う研究をしています。船舶工学から、どのようにここまで発展していったのかお話ししたいと思います。

 

 1985年に私が学部生だったころ、水中ロボット(現在は水中ドローンと言われてます)が実現されつつありました。こうした自律型の水中ロボットをどう制御して動かすかというのは大きな課題でした。

 

 例えばまっすぐ泳げるようにするには、どうしたらよいのか? 運動方程式を書くと、ものすごく複雑になってもう非線形極まりないことになります。少しでもコンフィギュレーションを変えると、全部やり直しです。毎回毎回、水槽実験をして、パラメーターを同定して、制御系を設計するという、気が遠くなるようなプロセスでした。

 

 そこで神経回路のモデルを作って、ロボットの泳ぎがだんだん上手になっていくシンプルなニューラルネットワークの系を作りました。最初はバタバタ泳いでいますが、だんだんと自分の運動の特性のモデルを作り、制御系をチューンしてちゃんと泳げるようになる。この運動のモデルは「リカレントネットワーク」と言って現在のディープラーニングに非常によく使われています。

 

 これはまさに現在のAIの原型でして、当時16bitパソコンで2週間ぐらい計算して、気が付くとデータが発散して計算が止まっていた、ということを繰り返していたものが、指数関数的に容量が拡大し、非常に高速の計算と大容量のデータを集めることも可能になったわけです。この発展そのものがAIを本当に使えるものにしてきているのです。

 

1

藤井総長による講演の様子

 

 その後理化学研究所でまったく新しいテーマであるマイクロ・フルイディクスの研究を立ち上げることになりました。当時は「マイクロマシーン」といって、海中ロボットの延長のような小さなビークルを作って体の中に入れるということが考えられていました。ですが、ただロボットを小さくして、メカニカルに大きなエフェクトを得るというのは、実は簡単なことではありません。

 

 むしろミクロな空間を使って、ケミカルで活用することができると大きなエフェクトも期待できるんじゃないかと思い立ちました。理化学研究所にいるバイオロジーのプロたちとも一緒に研究することで、領域をまたぐことができるわけです。

 

 そこで、直径50ミクロン程度、髪の毛の半分程度のスケールの非常に小さい空間を作って、ミクロの試験管のようにその中で液体を扱うという研究分野を始めました。

 

 まずは、蛍の遺伝子から「ルシフェラーゼ」という酵素を作らせて、ホタルの発光を再現するところから、細胞を使わずにタンパク質を遺伝子から合成する技術を発展させていきます。体積をどんどん小さくすると、1個のDNAからピュアにコードしているタンパク質の集まり、非常に高密度のタンパク質のアレイが作れます。そこで反応をコントロールするにあたって、どのように混合するとどういった反応になるかということをマップ化して全体像を見たいと考え始めたんですね。

 

 1万個ほどの液滴の中で比率の異なる混合物を一気に作ります。それぞれにどういった濃度のDNAや酵素を入れたのかということを、蛍光ラベルを一緒に入れておくことで区別できるようにします。これを測定したものをコンピューター上で混合比率に応じた場所に並べ直した上で、あるパラメーターと別のパラメーターの濃度比によって、物質がどう増えたか減ったかということを1回で特定できるようになりました。これを1個1個実験するととても大変ですが、小さい試験管をたくさん並べたマイクロ・フルイディクスの系では、1回で多数の液滴を作って、さまざま組み合わせの反応条件のものを一気に読み出すということができます。

 

 これは新しいコンピューティングに繋がっていくと考えています。「情報爆発」という言葉が10年ほど前から言われていて、もうデータセンターをずっと作り続けなくてはならない。ですがシリコンベースだと2050年ごろには物理的にも無理になってきます。これがDNAですと、1Kgで計算上は全インターネットのデータが入るゼタバイト級のデータ密度を持っています。DNAは非常に安定な分子ですから、100年ほど置いておくことができる、情報のストレージとして有効な候補でもあるかもしれません。

 

 皆さんにお伝えしたいのは、さまざまな、現在取り組んでいることが将来どうなっていくかわからない。今やってることの視点でしっかり考えておくことが、将来に全く異なる課題に直面したときに、他の誰も持っていない視点として生かすことができるということです。ですから、新しい課題、あるいは新しい領域にどんどん挑戦することが未来の社会を作っていくことに通じると思っています。

 

 私もさまざまな分野を超えてきましたが、みなさんが今後さまざまな分野に出ていかれるときにはそれを糧として、楽しんでやっていっていただければ、というメッセージをお伝えしてこの話を終わりたいと思います。

 

 

開催報告


 

2テックアンバサダー及び染谷隆夫工学系研究科長とともに

藤井輝夫総長を囲んで

 

 メタバース工学部のスペシャルレクチャー第2回では、東京大学総長の藤井輝夫先生にお越しいただきました。改修を終えた、工学部5号館51番教室で実施しました。本題から外れますが、東大演習林から切り出した木材が使われ、とても素敵な教室です。

 

 現地参加23名、オンライン参加98名でした。リスキリング講座の受講者の皆様をはじめとする学外からの参加者が半数以上を占めました。

 

 講演内容の詳細は前述の通りですが、大学院時代の海洋探査ロボットから始まり、マイクロ流体デバイスへと、他領域を取り込み、展開発展させていったご自身の研究の歴史をご紹介いただきました。マイクロ流体デバイス=ミクロの空間で効果的に化学反応を起こす、というとらえ方の妙に唸った受講生の方も多かったのではないでしょうか。

 

 質疑においては、新しい分野に踏み出していくときの心構え・コツについて多数の質問がありました。バックグラウンドが違うメンバーが新たに研究コミュニティに入ってくることは、迎える側にとって大きなインパクトになり、新たな発想、解決策が生まれやすくなることを身をもって体感されたとのことです。また、取り組んでいる研究が今後どのような分野へと発展させていくことができるか、その発展性について常に意識していらしたそうです。

 

 バックグラウンドの異なる多様性のあるメンバーで構成されたチームが創造的な成果を生むと言われて久しいですが、メンバーの多様性は、必要条件であって十分条件ではないことに四苦八苦している研究チームも多いのが実情です。多様なメンバーを取り入れた後に、うまく研究チームとして機能していくには、メンバーが共に“面白い”と思える“問い”を設定するのがコツという示唆に富んだコメントもいただきました。現在自分が関わっている研究チームにおいて、そのような“問い”を設定できているか、一度立ち止まって見直していきたいと思いました。

 文責:研究科長特別補佐 熊田亜紀子

 

 

 

お問合せ


メタバース工学部事務局

〒113-8656 東京都文京区本郷7-3-1

お問合せフォーム