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アジアの空に航空交通管理の仕組みを創る
――人と航空機が協調し、環境を守るシステムを目指して―― 

地上に自動車の渋滞があるように、空には航空機の「渋滞」があるといいます。人の往来や物流のボトルネックになり、環境にも負担をかける空の渋滞をなくすには何が必要なのでしょうか。安全と効率性の両方を実現するには? 染谷隆夫工学系研究科長が研究の成果と未来、発展のために必要なことについて語り合う対談の第7回では、誰もが航空輸送の利便を安心して受けられる社会に向けて、空の交通整理に取り組む航空宇宙工学専攻の伊藤恵理准教授に登場していただきました。



■空の旅の課題を科学で解きほぐす

染谷:人の流れや物流のあり方は大きな社会課題です。日本が2050年を見据えてカーボンニュートラルのあり方も考えなくてはいけないときに、航空、物流、エネルギーの問題は自分たちの問題として取り組まないといけない、重要な課題だと思います。地上の道路に道路や信号、道路行政のような交通整理のシステムがあります。伊藤先生によると、空にも航空交通管理という分野があるそうですね。

伊藤:COVID-19の影響で、現在は空の交通がかなり少なくなっていますが、2019年のピーク時には、ある瞬間に1万機以上もの航空機が世界の空を飛んでいたともいわれており、とても過密な状態にありました。航空交通管理というのは、いわば空の交通整理です。混雑する航空交通をどのように安全に、効率的にかつ環境に優しく運用していくかという研究になります。IATA(国際航空運送協会)の試算ですと、2019年と比べると2~3年は空の交通も少なくなると試算されていますが、その後はまた交通量が戻り、20年後にはピーク時の約2倍になると予想されています。特にASEANを含むアジア環太平洋地域は、非常に航空交通の需要が増えて、日本にも大きく影響してきます。

航空交通は、まず空に航空機というハードウェアがあり、その中で自動操縦というソフトウェアが作動していて、それらは地上の管制センターなどを通して人間社会の中で動いています。エアラインや航空機メーカー、監督管理にあたる行政、現場の運用に関わる管制官や航空気象などに関わる関係各所など、さまざまな人たちが絡んでいる。多彩な要素が協働する複雑系において、デジタルトランスフォーメーションによる自動化を実現しつつ、安全性と効率性を向上させてかつ環境への負荷も低減するシステムを実現させる。航空交通管理は、そうした複雑系を構築する研究です。

染谷:航空機は、もう自動操縦で飛べるようになっているものだと思っていましたがそうでもないのでしょうか? 先生の研究は、自動操縦の技術を作るものなのですか?

伊藤:大規模空港に発着するような一般の旅客機はすでに自動操縦で安全かつ自在に飛べるようになっていて、飛行時間や高度・速度などを調整しながらコンピュータで安定に制御できます。航空機はどこでも自由に飛んでよいわけではなく、従来は地上に設置された無線施設の上空をたどりながら飛んでいました。航空機にも「航空路」という道があるわけです。現在はGPS衛星の位置情報を使い、地上の施設に頼らなくても飛ぶことができます。ただ、例えば、空港の周辺で複数の航空機がぶつからないように整理するとなると、自動操縦ではできないのです。そこで、管制官が針路や高度を指示して、人の持つスキルを駆使し交通整理しているわけですが、その部分にも自動化システムによる支援が入りつつあります。

管制官はそれぞれが担当する空域でベストを尽くしているのですが、航空交通全体で見ると最適の状態になっていない。それを、データをもとに分析して数理モデルを作り、理論に基づいて説明することが必要になってきます。すると「そうだったの!?」と今まで信じられていたことが覆ったりする、ということは何度もありました。科学と実際の社会インフラを結びつけるのが私の仕事です。

航空交通のインフラである管制システムの要素である通信・航法・監視装置などは、およそ1950年代の技術基盤の上に積み上げられたインフラなんですね。その後、さまざまな技術革新が起きています。管制官はレーダー画面で航空機の状況を見ながら無線で、音声で進路や目的地、高度、速度などをパイロットに指示していますが、データ通信が使えるようになり、かつ航空機そのものが飛びながら飛行状況の情報を放送できるようになりました。新しい技術を駆使すると、管制官を介さなくても、パイロットが周囲の交通状況がどうなっているのかをコックピットで把握して、自律飛行することも可能です。

染谷:理論的には優れたモデルがあっても、社会実装となると難しい、ということはさまざまな分野でありますね。航空の分野でそういうことはありますか?

伊藤:よくあります。たとえば、航空機の到着順序の最適化という課題ですね。航空機が空港に到着する際には、ファースト・カム・ファースト・サーブという先着順則に従って降ろしていく方式を現在は採用しています。管制官の感覚にも合っていますし、エアラインにとってもフェアなのですが、最適化計算の結果では順番の入れ替えが起こります。これが管制官の感覚に合わないし、エアラインにとっては不公平な順番に変わります。それでは、例え航空交通全体の飛行時間を最小にする最適計算の結果だったとしても、社会実装に至ることができません。高度な自動化が入ってくると、人間と協調できなくなる、「オートメーションサプライズ」という現象が起こります。これまでにも、自動操縦の挙動をパイロットが理解することができず、事故が起きてしまった例もあります。

現状では、航空交通のボトルネックは滑走路にあります。滑走路が処理できる離着陸機数が無限にあれば現状の渋滞はほぼすべて解消できるのですが、実際はそうではありません。ですから、どのような改善策があるかということを考えないといけない。航空機の間隔を整えていけばいいのか、それとも経路設計を変えればいいのか、そもそも到着率が高すぎるのか、滑走路容量を十分に活用できていないのか? これまでは、現場の経験に基づく改善が主流でしたが、科学のメスを入れるとどのような解決策が導かれるか? 具体的には、確率的な分布や統計を使って現状を把握しながら、数理モデルを元に理論的に解明して解決方法を提案し、シミュレーション評価により検証する。このような手法を統合的に組み合わせて、大規模空港での到着・出発および地上面の走行を管理する管制官を支援するシステムの設計を目指しています。

このように、航空交通管理は文理融合の研究テーマの典型例だと思います。これまでの理系の学問全般は、自然界の法則を理論的に明らかにし、その延長線上で社会に貢献する方向性をたどってきたと思います。ただ、現在では、すでにある程度でき上がって動いているシステムに対して、社会の要請に応じて科学技術で解決するやり方も必要になっています。社会問題にどうアプローチするべきか、というところでさまざまな知識、戦略が必要になります。自分の専門知識だけではカバーしきれないほど分野が多岐にわたるので、さまざまな分野の専門家の方々とチームを作って協力して、集合知で解いていくということが必要になります。工学に求められる形だと思います。

染谷:これまで経験に基づいて動いていたシステムの安全性や効率性を高めるために、新しい考え方や理論を導入しないといけないわけですね。航空というのは、すでにメーカーやエアライン、行政といったプレーヤーがいるわけですが、そうした既存のシステムを変えていくにあたって大学はどのような役割を果たすのでしょうか?

伊藤:科学的手法に基づいた体系的なシステム設計に貢献することと、それができる人材を育成するという役割です。行政機関や運用現場では、経験則に基づいてこれまでのやり方を踏襲することが多く、科学のメソッドを入れにくかった面があります。一方で大学は、数理モデルやシミュレーションを使って評価したり、体系的なシステム設計手法を構築したり、学術的な裏付けを作ることが得意ですから、現場の運用をよく知っている国土交通省などの行政機関やエアラインなどと、学術を担う大学とが連携していくことで、より良い社会技術システムの実装につながると考えています。実際のシステムを作るメーカーにも結果をフィードバックし、足並みを揃えて産学官の連携を作っていきます。

そして、本当に新しいシステムを実現するためには、パイロットと管制官といった現場で働く人達が操縦、操作できるか、ということを評価する必要があります。実際のレーダー管制卓を模擬したり、フライトシミュレータを使ってパイロットの操縦を模擬したりして、人間のオペレータを介した評価も行います。たとえば羽田空港という実在の空港を対象に、一連の数理モデルやシミュレーションから概念設計を作り、それを人間に評価してもらう。「空はひとつ」ですから、世界が足並みを揃えて自動化を導入できるようにICAO(国際民間航空機関)の国際基準策定活動に参加して、情報や研究成果をフィードバックすることもしています。

染谷:航空交通管理は、最終的には飛行機が実際に飛ぶ現場に使われ、活用されないといけないわけですね。大学の研究室から新しく生まれたものは、どのように現場に入っていくのですか?

伊藤:日本の航空行政のロードマップである「将来の航空交通システムに関する長期ビジョン(CARATS)」という計画があります。私は電子航法研究所とのクロスアポイントメントという立場で、次世代の航空交通システムの国家ビジョンに沿って研究しています。実際の研究は大学と研究所と半々になるのですが、そこで必要な研究課題を共有して、科学的な発想で社会問題を解くという研究スタイルをとっています。研究成果が国家計画の改定やメーカーが開発して実装するシステムの設計などにも結びついていますし、国際組織の基準策定にもフィードバックしています。エアラインとも共同で、脱炭素に寄与する運航とデジタル化の方法も研究開発しています。これらの成果は、エアラインの運航に反映し、航空交通全体の改善につながります。

航空交通管理システムという巨大な複雑系の中で、新しく自動化を導入するにあたってどのような未来のビジョンを描くか、ということを関係者が一堂に会して話し合う場が必要です。未来の航空交通管理システムにはどんな構成要素があるのか。パイロット、管制官、機体、新しい自動化システム、人工衛星といった多彩な構成要素を洗い出し、それをモデルとして書き表し、情報の流れを整理する。コンピュータの中に理論モデルを実装し、シミュレーションで評価しながら、「安全か」「脆弱性がないか」といったことを洗い出していきます。もし脆弱性が見つかったら、関係者と共有して、何度も何度もこのループを回しながらシステムを構築する必要があります。羽田空港を元に、たとえば空港の滑走路容量はどのぐらい上げられるのか、といったことを予想したり、地上走行をデータ分析して実運用の改善策を提案したりといったことも行います。

■分野の創造に立ち会う

染谷:多くの人が関わる複雑なシステムの中で、共同で仕事をしていくわけですね。先生が持っている、航空交通管理における大きなビジョンはどんなものでしょうか? また先生ならではの研究のオリジナリティはどんなところにありますか?

伊藤:私の大きなテーマは、「人間社会とデジタル技術の融合」です。それを実現しつつ、社会技術による実装まで持っていく。例を上げると、航空機は現在でも自律飛行が可能ですが、実際には自動車の運転と同じように自動化にもさまざまなレベルがあります。周囲の航空交通情報をただパイロットに見せるというものから、もっと高度な、管制官を介さずに飛行機が自律的に飛行できるところまで全部で4段階くらいあります。今は下から2段階目のASAS(航空機の自律飛行)というものの応用方式(IM: Interval Management)を実装していこうという流れです。管制官が地上で航空交通の責任を負いつつ、かつ自動化して航空機同士が自動的に整列するような制度ですね。

環境の観点から、燃費の削減もしないといけない。例えば、現状では、航空機は着陸前の低高度では階段状に降下していくことになっています。ただ、巡航区間が入ると、この方法では燃料を多く消費してしまいます。理想的には、一度降下をはじめたらすーっと滑空するように空港に向かってくれればいのですが、それには航空機の性能がまちまちで、降下のパスを管制官が予測できないので危ないのですね。これを降下のパスを揃えてどのように実現するかということを考えていきます。

オリジナリティというと、実は私が航空交通管理の研究を始めたとき、東京大学ではこの分野の研究者はわたしひとりだけだったのです。航空交通管理の研究そのものが新しくて、すべてに新規性があります。まさにブルーオーシャンです。

染谷:それはすごい。学術の黎明期で最前線に立って、0から1を生み出すことをされているわけですね。それはもちろん大変ではありますが、黎明期に出会うのはどんな分野でも本当に楽しく、そして難しいものです。これまで現場のカンと経験で進められていたものを科学の視点で捉えるという、新しい学問が興ってきているということですね。

伊藤:かなり興奮があります。もともとは自動操縦の問題をどのようになくしていくか、という研究をしていました。研究成果を国際学会で発表したところ、フランスの先生の目に止まって、ユーロコントロール実験研究所という航空交通管理に特化したEUの専門組織でのインターンシップに誘ってくれました。「こんな分野があるんだ!」とすごく驚きました。そこから、オランダの航空技術研究所やNASAエイムズリサーチセンター、シンガポールの南洋理工大学にもいくことになりました。アメリカ航空宇宙学会に専門のジャーナルが立ち上がって、やっと軌道にのりつつあるような、まだ小さなコミュニティですが、仲間も少しずつ増えてきて嬉しいですね。



染谷:先生はなぜ航空分野の研究者の道へ進まれたのですか?

伊藤:私の故郷は京都の田舎で、比叡山を見上げるとたくさんの航空機がそこにある無線中継施設の上を飛んでいくのです。「あのたくさんの飛行機は皆どこへいくのかなあ」と思っていました。また宮崎駿監督の『紅の豚』という映画に、フィオ・ピッコロというかっこいい飛行機エンジニアの女性がいたんです。父が「これからは女性も理系分野で活躍する時代だから工学部に」と勧めてくれたこともあり、航空宇宙工学科へ進学しました。航空機をどのように制御して飛ばすかということを学んだらとても面白かった。研究も面白いですし、新しいアイディアを生み出してそれを世の中に提案する、0から1を作るという作業はとてもいいなあと思いました。そしてフランスで航空交通管理という概念と出会い、日本では見たことも聞いたこともなかった研究分野で、突き詰めてやってみたらものすごく面白い。気がついたら今にいたるという感じです。

染谷:小さい頃の憧れと新しい研究分野に出会い、飛び込んでみたらどんどん発展していくというのは、絵に描いたような美しい研究者の道ですね。:先生はとてもほがらかで、すべてがとても面白そうに、夢中になってやっておられる。研究者にとって、夢中になれるというのはとても重要な素養だと思います。最後に、先生の夢をひとことで教えてください。

伊藤:はい。アジアの空に、科学的アプローチに基づいて、航空交通管理の仕組みを実現したい。欧米には航空機メーカーが多くあり、国連の組織も中心になっているのは欧米です。でもこれからの航空交通管理の中心はアジア地域になっていきます。ASEAN地域とも連携したさまざまなプロジェクトがこれから始まりますし、日本の航空関係者も巻き込んで、アジアの航空輸送に貢献したいです。