プレスリリース

理化学研究所(理研)創発物性科学研究センター電子状態マイクロスコピー研究チームのポン・リソン基礎科学特別研究員、于秀珍チームリーダー、強相関物質研究グループの軽部皓介研究員、田口康二郎グループディレクター、永長直人副センター長(理研創発物性科学研究センター強相関理論研究グループグループディレクター、東京大学大学院工学系研究科教授)、十倉好紀センター長(理研創発物性科学研究センター強相関物性研究グループグループディレクター、東京大学卓越教授/東京大学国際高等研究所東京カレッジ)らの研究グループは、室温で単一の「スキルミオン[1]」を電流によって駆動することに成功し、その動的な振る舞いを観察しました。
本研究成果は、スキルミオンを用いた電子デバイスへの応用研究に寄与するものと期待できます。
これまで、キラル磁性体[2]中の単一のスキルミオンは、−150℃の低温条件下では電流によって駆動できることが報告されていましたが、室温で駆動させた例はありませんでした。
今回、研究グループは、キラル磁性体Co9Zn9Mn2(Co:コバルト、Zn:亜鉛、Mn:マンガン)の薄板にナノ秒(ns、1nsは10億分の1秒)のパルス電流を流すことにより、室温で約100ナノメートル(nm、1nmは10億分の1メートル)サイズの単一スキルミオンを生成させ、その運動を追跡することに成功しました。その際、磁場の向きを反転させてスキルミオンのトポロジカル数[3]の符号が反転すると、そのホール運動[4]の方向も反転することが分かりました。
本研究成果は、オンライン科学雑誌『Nature Communications』(11月24日付:日本時間11月24日)に掲載されました。


ナノ秒パルス電流によるスキルミオン駆動の模式図

研究支援
本研究の一部は、日本学術振興会(JSPS)科学研究費補助金基盤研究(A)「電子顕微鏡によるトポロジカルスピン構造とそのダイナミクスの実空間観察(研究代表者:于秀珍)」、科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業CREST 「Beyond Skyrmion を目指す新しいトポロジカル磁性科学の創出(研究代表者:于秀珍)」「ナノスピン構造を用いた電子量子位相制御 (研究代表者:永長直人)」による助成を受けて行われました。

1.背景
「スキルミオン」は、固体中の電子スピン[5]によって形成される渦状の磁気構造体で、大きさは通常数十~数百ナノメートル(nm、1nmは10億分の1メートル)です。電流を流すと、伝導電子はスキルミオンの創発磁場を受け、トポロジカルホール効果[6]を示します。その反作用として、スキルミオンは電流により偏向され、ホール運動をします。
スキルミオンは試料中の欠陥などによってピン止めされ、安定に存在していますが、電流を流すと動き出します。具体的には、電流が閾値JC(臨界電流密度)を超えると、スキルミオンは静止状態からゆっくりとしたクリープ運動[7]をし、さらに電流が大きくなると、電流の流れる方向と一定の角度(ホール角)を成しながらフローモーション(流動)へと変化することが理論モデルにより明らかになっています。
これは、磁性薄膜中に生成された界面スキルミオンの電流駆動で実証されていますが注1)、界面スキルミオンを駆動する臨界電流密度は約1012A/m2程度であるため、試料中に大きなジュール熱が発生します。一方、キラル磁性体で生成されたスキルミオンを駆動する臨界電流密度は、その100万分の1の約106A/m2t程度で済むという利点があります注2)
しかし、キラル磁性体中の単一スキルミオンの電流駆動は、これまで−150℃の低温条件下でしか実証されていませんでした注3)。将来的にスキルミオンを電子デバイスに組み込むためには、室温で単一スキルミオンを電流駆動することが不可欠です。そこで、研究グループは室温でスキルミオンを生成できるキラル磁性体Co9Zn9Mn2 (Co:コバルト、Zn:亜鉛、Mn:マンガン)を用いて、単一スキルミオンの電流駆動を試みました。

注1)Jiang, W. et al. Direct observation of the skyrmion Hall effect. Nat. Phys. 13, 162–169 (2017).
注2)2012年8月8日プレスリリース「電子スピンの渦「スキルミオン」を微小電流で駆動」
https://www.riken.jp/press/2012/20120808_2/index.html
注3)2020年6月18日プレスリリース「低電流でのスキルミオン制御に成功」
https://www.riken.jp/press/2020/20200618_1/index.html

2.研究手法と成果
研究グループはまず、キラル磁性体Co9Zn9Mn2(図1a)のバルク結晶から厚さ約160 nmの薄板を切り出し、薄板の両端にタングステンと白金電極を付け、パルス電流を流せるマイクロデバイスを作製しました(図1b)。このデバイスの板面に垂直下向きに80 mTの磁場を加えながらパルス電流を流すことで、直径約100 nmの単一スキルミオンの生成に成功しました(図1c)。生成されたスキルミオン中心の磁気モーメントの向きは上向きで、そのトポロジカル数は+1になります。


図1 Co9Zn9Mn2dデバイス中に観察された単一スキルミオンとその電流駆動ホール運動

(a)Co9Zn9Mn2のキラルな結晶構造。
(b)Co9Zn9Mn2の薄板の両端にタングステン(W)と白金電極(Pt)を取り付けたマイクロデバイス。
(c)室温で生成された単一スキルミオン(左)とその磁化分布(右)。磁場は紙面の下向き、スキルミオンの中心スピンは上向きである。
(d)電流駆動スキルミオンのホール運動の模式図。

作製したデバイスに150ナノ秒(ns、1nsは10億分の1秒)のパルス電流を流し、生成されたスキルミオンのダイナミクスをローレンツ電子顕微鏡[8]で観察しました。デバイスの右から左に5.05×1010 A/m2の電流を流すと、トポロジカル数+1のスキルミオン(図2a)は左下から右上に移動しました(図2b-c)。磁場の向きを上向きに反転させると、スキルミオンのトポロジカル数は−1に変わります(図2d)。この状態でパルス電流の方向を変えずに、4.82×1010 A/m2の電流をデバイスに流すと、スキルミオンの並進運動の方向は変化せず、ホール運動の方向が逆になることが明らかになりました(図2e-f)。
図2g-hは、それぞれ電流を横軸、スキルミオンのホール角(電流の方向と移動するスキルミオンが成す角度)と速度を縦軸にそれぞれプロットしたグラフです。電流が小さいうちは、スキルミオンは固定されたまま動きません(薄灰色領域)が、電流がJC(臨界電流密度)を超えると、スキルミオンはゆっくりとしたクリープ運動をします(薄黄色領域)。さらに電流が大きくなると、スキルミオンは流動するようになり、ホール角(30°弱)を保ちながら、その速度は電流の増大に伴い直線的に増加します(薄橙色領域)。

図2 トポロジカル数が+1と−1のスキルミオンのホール運動

(a-c)  磁場−80mT、電流j =5.05×1010A/m2におけるスキルミオンのホール運動。aはスキルミオンの模式図、bは電流を流す前、cは電流を流した後のスキルミオンのローレンツ電子顕微鏡像。
(d-f)  磁場+50mT、電流j =4.82×1010A/m2におけるスキルミオンのホール運動。dはスキルミオンの模式図、eは電流を流す前、fは電流を流した後のスキルミオンのローレンツ電子顕微鏡像。
(g-h)  電流の変化によるスキルミオンのホール角(g)と速度(h)の変化を示すグラフ。

3.今後の期待
本研究では、室温でパルス電流を用いた単一スキルミオンの駆動に初めて成功しました。本成果は、磁壁を駆動する電流の1万分の1の低電流でスキルミオンを駆動できるため、次世代の省電力の電子素子の実現や、スピントロニクス[9]の応用研究に寄与するものと期待できます。

4.論文情報                                
<タイトル>
Dynamic transition of current-driven single-skyrmion motion in a room-temperature chiral-lattice magnet
<著者名>
Licong Peng, Kosuke Karube, Yasujiro Taguchi, Naoto Nagaosa, Yoshinori Tokura, Xiuzhen Yu
<雑誌>
Nature Communications
<DOI>
10.1038/s41467-021-27073-2

5.補足説明                                
[1] スキルミオン
固体中の電子スピンが形成する渦状の磁気構造。スキルミオンの中心スピンと外周スピンは反平行であり、その間のスピンは少しずつ方向を変えながら、渦状に配列している。
[2] キラル磁性体
左右の関係など、鏡に映して得られた構造が元の構造と重ならない結晶構造を持つ磁性体。
[3] トポロジカル数
「トポロジー」とは磁気渦の幾何学的な性質を特徴付けるスピンの「巻き数」に相当する数であり、スピンが円を1周(公転)する間に、スピン自身がどれだけ回転(自転)したかを表す数と考えられる。
[4] ホール運動
磁場中を通過した伝導電子が磁場由来のローレンツ力を受け、運動方向が曲げられる現象を指す。
[5] 電子スピン
電子は、スピンと呼ばれる小さな棒磁石と同等の性質を持っている。通常の磁石では、自発的なスピン配列により巨視的な磁化が現れる。
[6] トポロジカルホール効果
スキルミオンは電子に対し、巨大な仮想磁場の源として働き、電子の運動を横方向に曲げる。
[7] クリープ運動
極低速で前進・後退を繰り返しながらゆっくり進む運動を指す。
[8] ローレンツ電子顕微鏡
電子線が磁性体を通過する際に受けるローレンツ力による電子軌道の方向の変化を可視化することにより、試料内部の磁気構造を観察する方法。
[9] スピントロニクス
電子の自転(スピン)現象を利用した電子工学はスピントロニクスと呼ばれ、次世代の省電力・不揮発性の電子素子の動作原理を提供すると期待されている。

6.発表者                            
<発表者> ※研究内容については発表者にお問い合わせください。
理化学研究所
創発物性科学研究センター
電子状態マイクロスコピー研究チーム
基礎科学特別研究員    ポン・リソン(Peng Licong)
チームリーダー      于 秀珍  (う しゅうしん)

強相関物質研究グループ
研究員          軽部 皓介 (かるべ こうすけ)
グループディレクター   田口 康二郎(たぐち やすじろう)

創発物性科学研究センター
副センター長        永長 直人 (ながおさ なおと)
(創発物性科学研究センター 強相関理論研究グループ グループディレクター、
東京大学 大学院工学系研究科 教授)
センター長         十倉 好紀 (とくら よしのり)
(創発物性科学研究センター 強相関物性研究グループ グループディレクター、
東京大学 卓越教授/東京大学 国際高等研究所東京カレッジ)


プレスリリース本文:/shared/press/data/setnws_202111250946405900093201_592161.pdf

Nature Communications:https://www.nature.com/articles/s41467-021-27073-2

理化学研究所:https://www.riken.jp/press/2021/20211124_1/index.html

科学振興技術機構:https://www.jst.go.jp/pr/announce/20211124/index.html

日本経済新聞:https://www.nikkei.com/article/DGXLRSP622223_S1A121C2000000/