プレスリリース

理化学研究所(理研)創発物性科学研究センター統合物性科学研究プログラム創発分子集積研究ユニットの佐藤弘志ユニットリーダー(東京大学大学院工学系研究科客員研究員、科学技術振興機構(JST)さきがけ研究者)、相田卓三副センター長(理研創発物性科学研究センター創発ソフトマター機能研究グループ グループディレクター、東京大学大学院工学系研究科教授)、東京大学大学院工学系研究科化学生命工学専攻のウェンジン・メン特別研究員(研究当時)らの共同研究グループは、「カテナン[1]」分子を3次元的に精密に配列することで、外から加えた力に応答する柔らかい結晶の開発に成功しました。
本研究成果は、指でつまんだり離したりすることで、二酸化炭素などの気体分子を吸脱着できる革新的な多孔性材料の応用などにつながると期待できます。
今回、共同研究グループは、二つのリング状分子が鎖状につながったカテナン分子とコバルトイオン(Co2+)を溶媒中で加熱することで、カテナン分子が配位結合[2]によって3次元的に配列した結晶を作製しました。単結晶X線構造解析[3]を用いてこの結晶の構造を調べたところ、結晶の90%以上がカテナン分子からできていること、多数の微小な穴が空いた構造をしていること、温度変化に伴って構造を変えることなどが分かりました。さらに、外から力を加えると形が変わり、力を除くと元の形に戻ることから、結晶でありながらまるでゴムのような性質を示すことも分かりました。
本研究は、科学雑誌『Nature』の掲載に先立ち、オンライン版(10月13日付:日本時間10月14日)に掲載されました。

 

       分子の鎖「カテナン」を精密に3次元配列させて作る結晶

※共同研究グループ
理化学研究所
創発物性科学研究センター
統合物性科学研究プログラム 創発分子集積研究ユニット
ユニットリーダー    佐藤 弘志 (さとう ひろし)
(東京大学 大学院工学系研究科 客員研究員、
科学技術振興機構(JST) さきがけ研究者)
創発物性科学研究センター
副センター長      相田 卓三 (あいだ たくぞう)
(創発ソフトマター機能研究グループ グループディレクター、
東京大学 大学院工学系研究科 教授)
東京大学
大学院工学系研究科 化学生命工学専攻
特別研究員(研究当時) ウェンジン・メン(Wenjing Meng)
(現 物質・材料研究機構 研究員)
大学院工学系研究科 附属総合研究機構
特任助教(研究当時)  近藤 隼  (こんどう しゅん)
教授          幾原 雄一 (いくはら ゆういち)
大学院理学系研究科 附属地殻化学実験施設
准教授         小松 一生 (こまつ かずき)

<研究支援>
本研究は科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業(さきがけ)「原子・分子の自在配列と特性・機能(研究総括:西原寛)」の研究課題「トポロジカル結合の自在配列による革新的機械特性発現(研究者:佐藤弘志)」、日本学術振興会(JSPS)科学研究費補助金基盤研究(B)「トポロジカル結合からなる多孔性結晶と力学機能(研究代表者:佐藤弘志)」、同基盤研究(S)「マルチスケール界面分子科学による革新的機能材料の創成(研究代表者:相田卓三)」による助成を受けて行われました。

1.背景
自然界には、ある種のDNAやタンパク質など、機械的な結合[4]に支えられたさまざまな構造体が存在しています。その美しい形状が特有の機能を発揮することから、化学分野においても注目されてきました。
1961年に初めて「化学的トポロジー[5]」という概念が導入され、最初の「カテナン」分子が報告されました。カテナンは、リング状の分子を鎖のようにつなげることで組み上げられた分子の総称です。共有結合で構築された分子とは異なり、カテナンは機械的な結合により鎖状に連結されているため、運動の自由度を持ちます。その運動性を利用して、これまで多種多様な分子機械[6]や分子スイッチ[7]の部品として開発されてきました。
1970年代に入ると、多数のリング状分子が連結された「ポリカテナン[8]」の合成が初めて報告され、機械的に連結したカテナンのポリマーが特異な力学特性をもたらすのではないかと期待されてきました。しかし、これまで開発された材料は、カテナンがランダムに配置されているものばかりでした。そこで、共同研究グループは、もしも多数のカテナンを連結しながら3次元的に精密に配列させ、材料のほとんどがカテナンによって構成された材料ができれば、全てのカテナンが連動して動く新材料の開発につながるのではないかと考えました。

2.研究手法と成果
共同研究グループは、二つのリング状分子が鎖状につながったカテナンを3次元的に規則正しく精密に並べる方法として、カテナン分子の4カ所にカルボキシ基(−CO2H)を導入し(図1a)、このカルボキシ基と結合することが知られている金属イオンと反応させる手法を採用しました。これまで共同研究グループは、金属イオンを利用して分子を配列させることで、さまざまな機能性材料を開発してきました。この経験を生かし、金属イオンや合成条件を検討した結果、カテナン分子とコバルトイオン(Co2+)を溶媒中で加熱することにより緑色の結晶(幅・厚み:0.1 mm程度、長さ:0.5~1 mm程度)が得られました。
単結晶X線構造解析を用いて、この緑色結晶の中でカテナンがどのように並んでいるかを調べたところ、カテナンが結晶重量の90%以上を占めることが分かりました。また、カテナンのカルボキシ基がCo2+で連結されて直線状の鎖状構造を作り、さらにその鎖同士がカテナンの機械的な結合で縦横に連結されていることが分かりました(図1b-d)。つまり、織物の縦糸と横糸が、その全ての交点でカテナンが与える機械的な結合でピン留めされ、全体としてはジャングルジムのような構造をしていました。

 


図1 合成したカテナン分子の構造とコバルトイオンで連結した結晶の構造
(a) 今回設計・合成した「カテナン」分子の化学構造。
(b) カテナンをコバルトイオン(Co2+)で連結することで形成された結晶の構造。赤球や青球はCo2+を示す。縦横方向、それぞれの直線状の鎖は、カテナンのカルボキシ基が Co2+に配位結合することでつながっている。
(c) 結晶構造の一部を取り出した図。縦糸と横糸の交点部分には、紙面の表と裏にカテナン分子が一つずつ、合計二つ存在しており、機械的結合により連結されている。
(d) (c)を90°回転させた図。

次に、この結晶の特性を調べたところ、さまざまな環境変化に応答してその構造を変化させることが分かりました。例えば、結晶中に存在する直径1ナノメートル(nm、1nmは10億分の1メートル)程度の微細な穴に取り込まれた溶媒分子を加熱や真空処理によって取り除くと結晶は収縮しましたが、溶媒に浸すと再び膨らみ、元の構造に戻りました。また、温度を変化させながら単結晶X線構造解析を行ったところ、この結晶は0℃以下の低温でも構造を柔軟に変化させることが分かりました。例えば、図2は–180℃から室温(26℃)の範囲で、結晶中の穴の形状が次々と変化していく様子を示しています。

 
図2 単結晶X線構造解析で調べた結晶の温度に依存する構造変化の様子
各構造中の水色四角の部分は、構造中の微細な穴の断面形状を分かりやすく表したものである。温度によって正方形、長方形、ダイヤ、正方形、平行四辺形と変化する。

さらに、力学的な特性について研究を進めました。これまで、カテナンが3次元的に配列した結晶の力学的な特性を調べた例はありませんでした。そこで、ナノインデンテーション測定[9]と呼ばれる手法を用いて、結晶表面に微小なダイヤモンド製の針(圧子)を押し込み、そのときの押し込む力と針が押し込まれた深さを測定しました(図3a)。この測定から、材料のヤング率(力を加えたときに材料がどのくらい変形しやすいかを表す指標)を見積もることができます。
測定の結果、既報の金属イオンと有機物(配位子)が配列した結晶の中で最も小さなヤング率(溶媒中で1.8 ギガパスカル[GPa、Gは10億])を示し、力に対して非常に変形しやすいことが分かりました(図3b)。また、ナノインデンテーション測定後には、通常、試料表面に針の「跡」が残りますが、今回の結晶ではそのような跡が全く残りませんでした。結晶でありながら、力を除くとまるでゼリーのように元の形に戻るという驚くべき現象といえます。

 

図3 ナノインデンテーション測定による緑色結晶のヤング率の見積もり
(a) ナノインデンテーション測定の概要。溶媒中または空気中にある結晶に、ダイヤモンドの圧子を押し込む。
(b) 圧子によって結晶表面に加えた荷重と圧子が押し込まれた深さを表したグラフ。溶媒中(青)と空気中(赤)で異なる特性が観測され、空気中よりも溶媒中の方が変形しやすいことが分かった。

今回作製した結晶には微小な穴が多数空いており、その中に二酸化炭素をはじめさまざまな分子を取り込むことが可能です。この穴の中に分子が存在するかしないか、または取り込まれる分子の種類は何かといった違いによって、結晶の力学的な特性が変化することも分かりました。
また、ダイヤモンドアンビルセル[10]という特殊な容器を用いて、結晶全体に圧力(最大1 GPa程度 = 1万気圧程度)をかけながら単結晶X線構造解析を行ったところ、圧力をかけるとカテナンの空間的な配置が変化し、結晶の全体構造が変化することが分かりました。この結果は、カテナンが結晶の特異な力学特性、すなわち結晶に柔らかさを与えるために重要な役割を果たすことを示しています。

3.今後の期待 
今後、機械的な結合を持つパーツの設計を工夫することで、さらに小さな力で変形する結晶を作製できると考えています。将来的には、指でつまんだり離したりすることで、二酸化炭素のような気体分子を効率良く取り込んだり放出したりできるスポンジのような結晶、多孔性材料の開発につながるものと期待できます。

4.論文情報
<タイトル>An elastic metal–organic crystal with a densely catenated backbone
<著者名>Wenjing Meng, Shun Kondo, Takuji Ito, Kazuki Komatsu, Jenny Pirillo, Yuh Hijikata, Yuichi Ikuhara, Takuzo Aida, and Hiroshi Sato
<雑誌>Nature
<DOI>10.1038/s41586-021-03880-x

5.補足説明 
[1] カテナン
リング状の分子が互いのリングを貫通するように絡み合って、鎖のように連結されることで形成された分子の総称。
[2]  配位結合
結合を形成する二つの原子の一方からだけ結合電子が提供される化学結合。金属イオンと有機物(配位子)との間に形成されることが多い。
[3]  単結晶X線構造解析
単結晶試料にX線を照射し、その回折現象から原子および分子構造を決定する手法。
[4]  機械的な結合
構成成分同士に直接的な結合は存在しないが、複数の分子が空間的に貫通するなどして形成される、解消できない立体的な絡み合いのこと。機械的な結合によって作られる分子の代表的な例には、リング状の分子同士がお互いに貫通してできる「カテナン」や、リング状分子を棒状分子が貫通することでできる「ロタキサン」が挙げられる。
[5]  化学的トポロジー
トポロジカル化学ともいう。分子の構成原子や共有結合などの要素は変化しないが、位相幾何学的な(トポロジー)観点で相互変換可能な分子(機械的な結合で形成された分子)を扱う学問領域。
[6]  分子機械
機械的な動きを示す分子。2016年のノーベル化学賞受賞対象となった。
[7]  分子スイッチ
光や電場など、外部からの刺激によって物性値が可逆的に変化する分子。
[8]  ポリカテナン
多数のリング状分子が鎖状に連結されてできる構造体の総称。
[9]  ナノインデンテーション測定
押し込み硬さ試験の一種。ダイヤモンド製圧子を材料表面に押し付け、押し込み深さを測定することで、微小な領域の弾性定数や硬度などの機械的特性を評価する測定法。
[10] ダイヤモンドアンビルセル
試料に高圧力を加えるための装置。底面が平らに研磨された1組のダイヤモンドに試料を挟んで、圧力を加えることができる。

6.発表者・機関窓口 
<発表者> ※研究内容については発表者にお問い合わせください。
理化学研究所 
創発物性科学研究センター
統合物性科学研究プログラム 創発分子集積研究ユニット
ユニットリーダー    佐藤 弘志 (さとう ひろし)
(東京大学 大学院工学系研究科 客員研究員、
科学技術振興機構(JST) さきがけ研究者)
創発物性科学研究センター
副センター長      相田 卓三 (あいだ たくぞう)
(創発ソフトマター機能研究グループ グループディレクター、
東京大学 大学院工学系研究科 教授)
東京大学 大学院工学系研究科 化学生命工学専攻
特別研究員(研究当時) ウェンジン・メン(Wenjing Meng)
(現 物質・材料研究機構 研究員)

<機関窓口>
*今般の新型コロナウイルス感染症対策として、理化学研究所では在宅勤務を実施しておりますので、メールにてお問い合わせ願います。

理化学研究所 広報室 報道担当
東京大学 大学院工学系研究科 広報室
科学技術振興機構 広報課

<JST事業に関すること>
科学技術振興機構 戦略研究推進部 グリーンイノベーショングループ
嶋林 ゆう子(しまばやし ゆうこ)

 

プレスリリース本文:/shared/press/data/setnws_202110141036189631049169_164532.pdf

Nature:https://www.nature.com/articles/s41586-021-03880-x

理化学研究所:https://www.riken.jp/press/2021/20211014_1/index.html

科学技術振興機構:https://www.jst.go.jp/pr/announce/20211014-2/index.html

東京大学理学部・理学系研究科:https://www.s.u-tokyo.ac.jp/ja/press/2021/7591/