東大緊急工学ビジョン・ワーキンググループが提言! 震災後の工学の使命

東京大学大学院工学系研究科では、工学の在り方を示す「工学ビジョン白書」を数年に一度のペースで編纂している。東日本大震災が起きた2011年は、5月に急きょ『震災後の工学は何をめざすのか』をテーマにした小冊子を編纂。いち早く、震災後の工学ビジョンを示した。ここではその編集に尽力した近山隆教授に、改めて震災後の工学の使命≠ノついて語っていただいた。


【Profile】 近山 隆教授

近山 隆教授 1996年に東京大学教授に就任。学内の異動を経て、現在工学系研究科教授・副研究科長。主たる研究分野はプログラム言語、分散並列処理、機械学習などで、コンピュータ将棋プレイヤ『激指』は研究室所属の大学院生が機械学習技術を活かして開発したもの。

東京大学大学院 工学系研究科 緊急工学ビジョン・ワーキンググループ『震災後の工学は何をめざすのか』 東京大学北森武彦工学系研究科長を中心に数十名の教員で結成された、緊急工学ビジョン・ワーキンググループが、5 月11日に発行。震災後の工学の使命と役割を、短期のアクション、中期のプラン、長期のビジョンに分けて解説している。 『震災後の工学は何をめざすのか』の全文はこちらから。
http://www.t.u-tokyo.ac.jp/epage/topics/pdf/vision.pdf

1 復興のために工学が果たすべき役割を明確に

震災後すぐに、工学部は東大緊急工学ビジョン・ワーキンググループを発足させました。原子力発電施設の事故、通信網の機能不足、製造業の機能不全などを目の当たりにし、科学技術への信頼が損なわれかねない状況のなかで、工学を牽引してきた我々が、いち早く今後のビジョンを示さなければならない。そんな使命感から、研究者たちが集まってビジョンを策定し、約2ヵ月で急いでまとめたのが『震災後の工学は何をめざすのか』という冊子です。今回の震災により、今までの工学に足りなかった視点が明らかになりました。と同時に、大震災に対処するさまざまな技術の芽は、工学のさまざまな分野に存在することも再認識したのです。だとしたら、その技術を整理してみなさんにビジョンを伝えていくことが、一つの重要な使命なのではないかと、そう考えました。

2 示すべきは、判断≠ナはなく科学技術に立脚した判断材料

「原発は停止すべきか」「自然エネルギーにシフトすべきか」「防潮堤の補強工事を進めるべきか」……。こうしたさまざまな課題に対して、工学者はまず、北森研究科長が冊子でも伝えているように純粋に科学技術に立脚した中立な見識≠示さなければなりません。発電手段でいえば、原子力・火力・風力・太陽電池などの技術には、それぞれのコスト、リスクとベネフィットがあります。これらを科学的に明らかにし、さらにコストやリスクを減らすにはどのような技術開発が必要かを検討し、判断を行うために必要な科学的データをそろえ、世のなかに提示することこそが、最も重要な使命だと考えます。

3 科学・工学の基礎知識をわかりやすく伝える努力を

必要以上に不安に陥ったり、パニックや風評被害を起こさないためにも、また逆に安全性を過大評価してさらに大きな被害を招かないためにも、これからは広く一般の人々が科学・工学の基礎知識を持つ必要があります。震災直後に開催した「放射能・放射線の基礎知識」の勉強会には参加希望者が殺到。学内の他学部・他研究科からの要望も多く、数次にわたって追加開催もしました。今後も科学・工学の基礎知識をわかりやすく伝えていく地道な努力を大切にしたいと考えており、この冊子の発行もその一環です。

4 今こそ分野を超えて英知を集結させるとき

災害復旧一つをとっても、解決の糸口は工学のさまざまな分野に存在します。例えば、必要な救援物資を迅速に届ける技術は、交通運輸分野の問題でもあり、道路状況を把握する情報通信分野の問題でもあります。こうした分野間の交流はこれまでも重要性が叫ばれてきましたが、この災害を一つの契機としてさらに活発にし、工学の総合力を発揮できるようにしていく必要があります。

5 これからの工学は防災≠ノ加えて減災≠フ視点を

これまでの工学は、災害や事故などの危険に対して主として回避する・防ぐ≠ニいう対策をとってきました。しかし、今回の地震によって、どんな対策を施しても、想定した範囲を超えるリスクは残る≠ニいうことを再認識させられました。これからの工学は、災害を防ぐ防災≠ノ加え、防ぎきれなかった災害に際しても被害を最小限に食い止める減災≠ニいう視点を持つことが重要になります。

6 緊急事態に即座に対応し迅速な機能回復を可能にする技術を

大量生産から多品種少量生産へ、さらには変種変量生産へと柔軟な生産様式の転換を実現させた工学の次なる課題は、緊急時に必要なものを即座につくり出す「緊急対応工学」を確立すること。被災地の状況に応じた作業ロボット、必要なところにすぐ送れる超小型医療機器、緊急時の電力供給手段など、必要なモノを、必要な量、すぐにつくり出せる技術や、災害時などにも本来の機能を迅速に回復できる技術体系の構築が求められています。

7 大災害に対応できる技術の将来像を提言していく

小冊子『震災後の工学は何をめざすのか』は、主として学生に向けて迅速に情報を発信するために取りまとめたものです。そこには書ききれなかったこと、十分な検討を加える時間的余裕がなかったことも少なからずありました。現在、それぞれの項目についてさらに深い検討を施し、情報通信や交通運輸、医療・衛生なども検討対象に加えた、より広い読者層のための書籍を編纂中で、2012年春には発刊したいと考えています。


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