工学が担う未来 - 工学部長・工学系研究科長 原田昇 -

【Profile】都市工学専攻 都市工学科 工学博士
 | 1983年、東京大学大学院工学系研究科博士課程修了。同年、工学博士取得。計量計画研究所研究員を経て、1985年、東京大学工学部助手に。その後、’92年同学部助教授、'99年東京大学大学院新領域創成科学研究科教授を経て、2005年東京大学大学院工学系研究科教授に就く。2012年4月より、東京大学工学部長・工学系研究科長に就任。専門は都市交通計画、交通行動分析など。


 2012年4月から、東京大学工学部長・大学院工学系研究科長を務める原田昇教授。東日本大震災からの復興が急がれる日本は、今、転換期を迎えているという。世界をリードしていくべき日本の工学に期待される役割や国際求心力について、また、人材育成について、大学が直面している課題なども語ってもらった。

大きな転換期を迎えた日本

東京大学工学部・工学系研究科には、学部生2150名、大学院生3234名(平成24年5月現在)が在籍している。工学系の守備範囲と手法は広範であり、原子レベルでの物質の理解から、それらを構造化する技術まで、また、情報の意味を問うことから、その効果的な伝達・処理技術まで、さらにはこれらすべての技術が及ぼす社会的影響の評価に至るまで、日々さまざまな研究や取り組みが行われている。明治維新以降、「科学技術立国」をスローガンに国を築いてきた日本において、工学部・工学系研究科がこれまで担ってきた役割の大きさは広く知られるところであるが、原田昇工学部長・工学系研究科長は、今の日本は大きな転換期にあると語る。

「工学部・工学系研究科は、125年前、海外から先端技術を導入し、基礎基盤工学を理解してその技術を支える人材を輩出するところから始まりました。そして現代、我が国の科学技術は、国際的な観点から見ても、追いつけ追い越せの時代を終え、世界をいかに率いていくかという時代に入りました。科学技術の視点では、真理や生活の豊かさを追求するだけではなく、“持続的な自然と共生する社会の構築”に目を向けることが重要だと考えられます」
2011年3月11日、日本は東日本大震災および原子力発電施設の同時事故という未曾有の危機を経験した。世論的にも、まさに“持続的な自然と共生する社会の構築”という課題がクローズアップされ、大きな期待と注目が寄せられている。

「震災と事故を経験し、我が国を支えている科学技術に対して、多くの人々が不安を感じる中で、工学が担う役割について、明確なビジョンと方向性を示していきたいと思っています。工学者は、直面する課題を正視し、深く客観的に原因を究明して課題を整理し、冷静な判断の下に適切な計画を立案、正しい見識を示す必要があります。その見識は、純粋に科学技術に立脚した中立なものでなければなりません。また、その社会的な効果や役割を理解するために、さまざまな状況におかれている、さまざまな人々の考えや意見にも謙虚に耳を傾ける必要があります。技術と社会との関わりを一層密にしていくことが重要な使命の一つなのです。国土や産業、社会の再生と復興は、科学技術の社会的貢献なくしては進みません。科学技術で国の礎を築くのが工学部・工学系研究科の役割だという認識を、いっそう強くしています」

工学が変える世界、工学にしか変えられない世界

東京大学工学部・工学系研究科はかねてから、民間企業と連携しながら研究開発や事業を行う「産学連携」に積極的だったが、科学技術の社会的貢献を進めるために、その役割は形を変えながらいっそう高まっていくだろうと原田工学部長は語る。

「最先端の研究を活かして技術開発するだけでは、新しい技術を世に生み出し、社会を変えていくことにはつながりません。技術開発を活かした製品をつくり、その製品の品質を管理しながら市場を創り出していくことも必要です。最先端の研究成果を用いた技術は、多くの人にとって未知のものですから、その神髄を理解し、運用できる工学者の力は研究開発だけでなく、製造や販売はもちろん、市場創生の分野にも求められているのです。技術開発が新しい産業や暮らしに繋がっていくことを期待しています」

工学が変える世界、工学にしか変えられない世界がある。大きな変革期を迎え、新たな未来を創造していく力が必要とされる今、工学部・工学系研究科が研究成果を社会に還元していくことの重要度はますます高まっている。では、将来、産業界や官界で真に必要とされる人材を多く輩出するにあたって、今、工学部・工学系研究科が直面している問題とはどんなものなのだろうか。原田工学部長は、ある危機感を抱いているという。

科学技術立国として世界を率いていくために

「私は、20年、25年先の未来を学生諸君に想像してもらいたいと思っています。社会に貢献する科学技術を日本に、アジアに、世界に発信していけるのか、そのためには、何が足りないかを考えてほしいと思います。グローバル化の波の中で、世界中の大学で最優秀層の教員・学生の奪い合いが起きているのに、日本だけが取り残されているように思うのです。“科学技術立国としての日本の将来が危ない”という危機感を持っています。今、東大生は世界的に見てもトップクラスであることに違いはありませんが、世界には優秀な人がたくさんいて、このままではすぐに追い越されてしまう。早く手を打たなければと思っています」

取り組むべき大きな課題が二つあるという。
「一つめは“博士を増やす”こと。現在、工学部から博士課程に進む人は、約8%しかいません。学士・修士では日本を支えていけないということはありませんが、今後ますます高度科学技術を身につけ、問題解決能力に優れる人材が多くの分野で必要とされるはず。これからの日本で、自ら技術を創造し市場を創っていくには、博士のスキルと経験が必要なのです。博士課程に進むと就職できないと、しばしば報道されますが、東大の工学系研究科は博士課程修了者の95%が修了後5年以内に定職に就いています。日本に限らず海外にも目を向け、さまざまな分野で活躍してほしいですね。そして、二つめの課題が“国際化”です」

ここでいう“国際化”とは、“国際競争力”のことではなく、“国際求心力”のことだという。
「2011年、東京大学はQS世界大学ランキングで、25位と評価されましたが、工学系でのランキングでは7位にランクされています。実際に、教育研究環境も整い、世界トップレベルの研究を展開していると自負していますが、世界の優れた学生、研究者、教員が東大に来て活躍したいと思えるかどうか、この“国際求心力”を高めたいと思っています。世界中から優秀な教員と学生が集結し、互いの文化を尊重し理解しながら、世界最高峰の研究と教育を進めていくこと。それが東大工学部・工学系研究科のめざす姿です。具体的に、世界トップ大学とのDeans Forumを主催し、バイリンガルキャンパス構想を推進するなど、この目標に向かって、動き出しています。」


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