プレスリリース

代謝シグナルを制御する細胞内アミノ酸センサーの発見とその作用メカニズムの解明

 

<研究成果のポイント>
● 代謝制御の鍵となるシグナル伝達因子TORC1がアミノ酸により活性化されることを試験管内で再現することに世界で初めて成功しました。
●酵母の天然変性タンパク質Pib2が細胞内グルタミンセンサーであること、さらにTORC1を直接活性化することを明らかにしました。
●本研究成果は、細胞内の栄養検知・応答メカニズムの理解を深め、加齢や過栄養によって引き起こされる代謝疾患の新たな治療法の開発が期待できます。
※本研究成果は、国際学術雑誌「Communications Biology日本時間9月17日午後6に公表されました。

 

 <概要>
浜松医科大学総合人間科学講座の谷川美頼特任助教と前田達哉教授は、東京大学医科学研究所の長門石曉特任准教授と東京大学大学院工学系研究科バイオエンジニアリング専攻津本浩平教授、微生物化学研究所構造生物学研究部の能代大輔研究員と野田展生部長、および東京大学農学生命科学研究科の永田宏次教授らとの共同研究により、代謝のマスターレギュレーターであるTORC1の新しい活性制御機構を明らかにしました。酵母の天然変性タンパク質Pib2がグルタミンセンサーとして細胞内のグルタミン量を検知し、グルタミンが高濃度に存在するときにはTORC1に結合して直接活性化するというものです。本研究により「天然変性タンパク質が高濃度の細胞内メタボライトを特異的に検知し、代謝制御のハブとなる因子を直接に制御する」という新たな代謝制御機構のモデルを提示することができました。

<研究の背景>
生物にとって、栄養を検知し、その質、量に対して適切に代謝を制御することは生命活動の基盤をなす適応反応です。われわれヒトを含む真核生物において、その栄養応答の中枢を担うのが、TORC1(Target of Rapamycin Complex 1)とよばれるプロテインキナーゼ複合体です。TORC1は成長因子や種々の栄養によって活性化され、同化反応の促進と異化反応の抑制を行うことで細胞を成長へと導きます。加齢や過栄養によるTORC1活性の異常な亢進は、糖尿病、発がん、自閉症、さらには老化のトリガーとなることがわかってきています。したがって、TORC1の制御機構の理解は生物学のみならず医学的にも重要な課題であると考えられています。近年、TORC1がアミノ酸の一種グルタミンによって活性化されることが明らかとなってきましたが、細胞内のグルタミンの増減をどのように特異的に検知するのかについては未知のままでした。

<研究手法・成果>
精製したPib2は、グルタミン存在時に折り畳み状態に変化が起きることを明らかにしました。また、精製したTORC1とPib2を試験管内で混合したところ、両者はグルタミン存在時に結合し、それに伴ってTORC1が亢進することを見出しました。これらの結果は、Pib2がグルタミンと結合することで構造が変化し、TORC1と結合して活性化することを示しています。すなわち、Pib2は細胞内グルタミンセンサーであると共に、TORC1の直接の活性化因子であることが明らかになりました。

<今後の展開>
Pib2がTORC1を活性化するメカニズムを利用して、人為的にTORC1活性を制御する方法の開発を目指します。これにより将来的に加齢や過栄養によって引き起こされる代謝疾患の新たな治療法の開発が期待できます。また、同様な機構が他のメタボライトの検知でも働いている可能性についても検討します。

<用語解説>
TORC1 = Target of Rapamycin Complex 1、ラパマイシン標的因子複合体1
天然変性タンパク質 = 決まった立体構造をとらないタンパク質
プロテインキナーゼ = タンパク質リン酸化酵素

<発表雑誌>
Communications Biology

<論文タイトル>
A glutamine sensor that directly activates TORC1

<著者>
谷川美頼1, 山本勝良2, 長門石曉3, 永田宏次4, 能代大輔5, 野田展生5, 津本浩平3, 6,
前田達哉1, 2

<研究グループ>
浜松医科大学総合人間科学講座1、東京大学定量生命科学研究所2、東京大学医科学研究所3、東京大学大学院農学生命科学研究科4、微生物化学研究所5、東京大学大学院工学系研究科6の共同研究で行われました。

<研究支援>
本研究は、日本学術振興会科学研究費補助金「科研費番号20K06555」(代表者・谷川美頼)、「科研費番号18H02151」(代表者・永田宏次)「科研費番号19K16344」(代表者・能代大輔)「科研費番号19H05707, 18H03989」(代表者・野田展生)「科研費番号17H03802,
20H03251」(代表者・前田達哉)、日本医療研究開発機構(AMED)創薬等先端技術支援基盤プラットフォーム―BINDS「JP19am0101094」(代表者・津本浩平)、大隅基礎科学創成財団研究助成(代表者・前田達哉)、浜松医科大学若手研究支援事業(代表者・谷川美頼)、浜松医科大学企画型基盤育成事業(代表者・谷川美頼)、浜松医科大学重点研究支援事業(代表者・前田達哉)、および浜松科学技術研究振興会科学技術試験研究助成(代表者・谷川美頼)の支援によって行われました。

<本件に関するお問い合わせ先>
浜松医科大学 医学部 医学科
総合人間科学講座(生物学)
教授 前田達哉

<参考図>


グルタミン濃度が低いときにはPib2はTORC1と結合せずTORC1は不活性である。グルタミンが高濃度に存在するときにPib2はグルタミンと結合し構造変化を起こす。構造変化をおこしたPib2はTORC1と結合してTORC1を活性化する。


プレスリリース本文:PDFファイル

Communications Biology:https://www.nature.com/articles/s42003-021-02625-w

浜松医科大学:https://www.hama-med.ac.jp/topics/2021/27225.html