プレスリリース

極度に湾曲した表面(ナノチューブ)上での結晶成長〜マトリョーシカ構造の原子的形成メカニズムを理解するための方法論〜

 

1.発表者:
熊本 明仁(東京大学 大学院工学系研究科附属総合研究機構 共同研究員)
項   栄(東京大学 大学院工学系研究科機械工学専攻 准教授)
幾原 雄一(東京大学 大学院工学系研究科附属総合研究機構 教授)
丸山 茂夫(東京大学 大学院工学系研究科機械工学専攻 教授)

2.発表のポイント:
◆ 透過型電子顕微鏡法とナノチューブ合成法の知見を組み合わせることにより、1次元ナノ構造の結晶成長メカニズムを系統的に調べるための非破壊TEM法を独自に開発しました。
◆ 1次元ヘテロナノチューブの元素分布、結晶方位、切れ端の形状や結晶性を非破壊で調べ、極度に湾曲した表面である単層カーボンナノチューブ上では、特定の位置から窒化ホウ素原子層が触媒なしに成長することや、構造的に安定なチューブの巻き方が存在することが明らかになりました。
◆ 1次元ヘテロナノチューブの合成と非破壊TEM法の導入、および一連の解析とフィードバックについて示した本研究成果は、1次元ヘテロナノチューブの新奇なデバイスへの応用の実現性を高めるだけでなく、新材料の発見と評価に至る一連の研究の方法論を提唱するものであり、今後の新たなナノ材料開発のためのガイドラインとしての活用も期待されます。

3.発表概要:
東京大学の丸山茂夫教授、項栄准教授、幾原雄一教授らの研究グループは、高度な透過型電子顕微鏡法(TEM)(注1)と化学気相成長法(CVD)(注2)の知見を融合させた独自の構造解析手法を構築することで、高い曲率(1/r)を持ったナノスケールの基材から成長する1次元ヘテロナノチューブ(注3)の原子的な結晶成長メカニズムの解明に成功しました。1次元ヘテロナノチューブは、異なる物質からなる複数のナノチューブが同軸構造を形成し、研究者の間では「マトリョーシカ人形を彷彿とさせるナノ構造」として注目されている新しい材料です。昨年、同グループによって高品質な1次元ヘテロナノチューブの合成が世界で初めて実証されましたが、この構造体がわずか数ナノメートルという曲率半径(r)の基材の上で高品質に結晶成長できたことから、その詳細な成長メカニズムに高い関心が寄せられていました。今回、1次元ヘテロナノチューブが成長できたり、成長できなかったりする様々な条件を調査し、同時に、それらのサンプルを非破壊でTEM観察する新しい解析手法を構築しました。これにより、1次元ヘテロナノチューブにおける切れ端の構造、成長が始まる場所、ヘテロナノチューブ間での結晶方位関係という結晶成長メカニズムに関する基礎的知見を得ることができました。本研究は、一般的な3次元空間や2次元平面での結晶成長とは異なり、これまでにない1次元軸への結晶成長についてそのメカニズムが解明された成果です。この成果は、今後の研究において、より制御された1次元物質の合成指針を与えるだけでなく、光学、電磁気学、力学、電気化学等におけるさまざまな物性評価を始めるための基礎的知見として活用されることが期待されます。また、今回の一連の解析手法は、新材料の発見と評価に至る一連の研究の方法論を提唱するものであり、今後の新たなナノ材料開発のためのガイドラインとしての活用も期待されます。
本研究成果は、大阪大学、産業技術総合研究所、国立研究開発法人物質・材料研究機構、アールト大学、北京大学との共同研究であり、2021 年9月14日付の米国学術誌PNAS電子版に掲載されました。(2021 年9月10日にprogress版公開)。

4.発表内容:
① 研究の背景
高集積マイクロデバイスの需要拡大に伴い、高品質化が進む2次元単結晶の合成に関心が持たれています。グラフェン、六方晶窒化ホウ素(BN)、遷移金属ダイカルコゲナイド(TMDC)などの2次元材料については、過去数十年の間にナノテクノロジー分野で盛んに研究が進められてきました。現在では、さまざまな材料を用いて、高品質な2次元結晶を成長させることができ、これまでに多くの研究成果が生み出されています。一方で昨年、東京大学大学院工学系研究科機械工学専攻の丸山茂夫教授、項栄准教授らのグループは、上の2次元結晶材料と同じ物質が、1次元ナノ構造としても結晶成長が可能であることを実証しました。ここで紹介する1次元ナノ構造とは、原子の配列が一軸方向にのみ周期性を持つナノチューブのような物質を含みます。具体的には図1に示すように、単層カーボンナノチューブ(SWCNT)(注4)を基材(テンプレート)に用い、窒化ホウ素から成るナノチューブ(BNNT)、二硫化モリブデンから成るナノチューブ(MoS2NT)を化学気相成長法(CVD)で順次合成し、それまで不可能とされてきた1次元ナノ構造の結晶の合成に成功しています。このようなナノチューブ上での層ごとの成長は、曲率半径(r)がわずか数ナノメートル(1〜3 nm)の極めて特殊な環境下で、一般的な2次元、3次元結晶成長とは大きく異なるため、その成長メカニズムを理解することは極めて重要でした。一方、この構造を調べるためのTEMは、ナノ材料の原子配列を明らかにできる最も強力な評価法です。しかしながら、通常の方法では、複雑な前処理が必要であり、その結果、材料の形が変化したり、試料固有の情報が失われたりすることがあり、成長時に起こっていたイベントを電子顕微鏡像から見出すことが困難であるという問題がありました。

② 研究内容
今回、1100℃までの耐熱性がある直径3 mmサイズ、厚さ0.2ミリメートルサイズ以下のTEM用グリッド上に、1次元ナノ構造を直接成長させることができる新たな方法を開発しました。この方法は、世界最高峰の原子分解能分析電子顕微鏡JEM-ARM200F,GRAND-ARMTM等(いずれも日本電子製)での構造解析に適用され、ナノ構造の元の形態について前処理の煩わしさなく、非破壊でのTEMによるの構造解析(非破壊TEM法)を可能にします。従来のTEMによる観察では、サンプルへの機械的な操作や化学処理等が必要でしたが、この非破壊TEM法ではそのような特別な処理が一切不要となります。図2に示すような特別なTEM用グリッドを用いることで、1次元ナノ構造が成長した元の姿を原子レベルまで構造解析することが可能になりました。この非破壊TEM法により、1つのTEMサンプルに含まれる無数のナノチューブは成長直後の構造を保持でき、1次元結晶成長の素過程である成長の起点(核生成サイト)の特定、ナノチューブの切れ端(開口部)の構造、チューブのらせん構造が右巻きか左巻きかなど、いくつかの重要な現象を明らかにすることに成功しました。さらに、SWCNT基材の清浄表面の重要さ、BNNTの核生成サイト、SWCNT基材との結晶方位関係が、この非破壊TEM技術によって明らかにされました。
1次元ヘテロナノチューブは同軸構造を形成しています。まず、TEM法により、それらナノチューブの結晶方位に相当するカイラリティ(注5)を識別しました。カイラリティの識別の結果、BNNTの開口部の形は、そのBNNTの格子方向がチューブの軸に沿って特定の角度に並んでいることが確認されました。図3は、3つの典型的な開口部の形のタイプを表しています。開口部は図3Aに示すTEM像より、NT#1およびNT#3は明確ならせん状のエッジを持ち、エッジの傾斜角(エッジの方向とチューブの軸とのなす角)はそれぞれ約30°および60°であるのに対し、NT#2ではエッジがSWCNTの軸にほぼ垂直でした。この3つのチューブについて、構造の違いを明らかにするため、直径20nm程度の領域から電子回折図形を取得できるナノエリア電子回折(NAED)法を用い、BNNTのカイラル角を決定しました。これによると、NT#1はカイラル角(θ)はおよそ30°のBNNTであり、NT#2およびNT#3はカイラル角(θ)がおよそ0°のBNNTであることがわかりました。図3Bは、TEM像Aに対応するBNNTの構造モデルをカイラル角の決定とエッジの角度の関係から明らかにした図です。すなわち、BNNTの開口部が窒素極性のジグザグエッジ終端構造をとることで、TEM像で得られたエッジの方向を再現することができます。2次元結晶の窒化ホウ素は、窒素終端のジグザグエッジ方向に成長して三角板の形状に成長することがよく知られていますが、1次元結晶であるBNNTにおいても、開口部は全て窒素終端ジグザグエッジに成長が進行することが示唆されました。このために,図3Aや図3Cに示すような切り立った先端を示すことになります。
さらに、高品質な1次元結晶を育成するためには、清浄なSWCNTの基材が必須であることが確認されました。清浄なSWCNT表面では、単一の出発点から1~2層のBNNTを形成しますが、一方で汚染されたSWCNT表面では、複数の部位からBNが核生成し、多結晶に成長することを明らかにできました。また、広い視野での分析の結果、汚染されたSWCNT の方が、清浄な SWCNT よりも多く窒化ホウ素が存在していることもわかりました。これは、意図的または非意図的な汚染が、窒化ホウ素の核生成サイトを増大させていることを示唆しています。図1Aのような理想的な1次元結晶成長を実現するためには、SWCNTの基材への汚染を避けることが極めて重要であるとわかりました。
ナノチューブはらせん構造をもち、カイラリティで特徴付けられます。その特徴の多くは電子回折図形によって確かめられますが、らせん構造の特徴の一つである右巻きか左巻きかの違い(利き手)を通常の電子回折図形で判断することは不可能です。そこで本研究では、収差補正器を搭載したTEMを用いることで、傾いたナノチューブが右巻きか左巻きかを格子像から判定しました。図4は1次元ヘテロナノチューブ(SWCNT,BNNT各一層の例)で取り得る利き手の組み合わせについて示しています。解析の結果、基材であるSWCNTの利き手と後続のBNNTとの間には明確な相関関係はありませんでしたが、BNNTが後続にも積層されていた場合、BNNT層どうしでは、利き手が一致する傾向が認められました。BNNT同士では比較的強い相互作用があること、直径の増大につれて2次元薄膜物質の成長と同様な格子間での相互作用効果が増大していく傾向にあることが考えられています。

③ 社会的意義今後の予定
一次元ナノ構造の系統的な構造解析は、現在のところ、透過型電子顕微鏡で解析可能な直径3 mmの薄いグリッド上のみで実現しています。この手法は、成長したナノ材料本来の姿のままに原子的構造を評価でき、その成長挙動を理解することに極めて有効な手法です。このような非破壊TEM法はナノスケールで結晶成長した材料の構造解析手法としては再現性が極めて高く、他の材料合成への指針の検討や他の触媒プロセスにおける原子スケールでのメカニズム解明にも活用できます。ここで得られたナノスケールでの結晶や核生成挙動に関する知識は、今後の1次元結晶材料の合成法の改良だけでなく、新奇なマテリアルデザインに関する学術研究を加速することが期待されます。将来的にこのような研究手法が広がれば、原子レベルでの物質の構造の成り立ちをよりクリアにし、物質科学の教科書をより直感的なものに導いてくれることでしょう。

本研究成果の一部は、科学技術振興機構戦略的創造研究推進事業(CREST)(No. JPMJCR20B5、研究代表者: 丸山茂夫教授、主たる共同研究者: 項栄准教授ら)およびJSPS科研費(JP20H00220、研究代表者: 丸山茂夫教授ら)による支援を受けて行われました。TEM/STEMによる構造解析は、文部科学省委託事業ナノテクノロジープラットフォームに参画する東京大学微細構造解析プラットフォーム(JPMXP09A20UT0063,JPMXP09A21UT0050)の支援を受けて実施されました。熊本明仁卓越研究員は日本電子株式会社が運用する文部科学省卓越研究員事業の支援を受けています。

5.発表雑誌:
雑誌名:「PNAS」(Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America)
論文タイトル: One-dimensional van der Waals Heterostructures: Growth Mechanism and Handedness Correlation Revealed by Nondestructive TEM
DOI 番号:10.1073/pnas.2107295118
アブストラクト URL:https://www.pnas.org/content/118/37/e2107295118

6.用語解説:
(注1)透過型電子顕微鏡法(Transmission electron microscopy、TEM)
電子線を試料上で広げて照射し、試料位置より下方の電磁レンズで投影像を拡大して像を得る。複数のレンズ設定(倍率)の切り替えによって電子回折図形を取得することができる。
(注2)化学気相成長法(Chemical vapor deposition、CVD)
原料ガスを高温下で反応させることにより物質を合成する方法。本研究では、単層CNTを基材(テンプレート)に用い、化学気相成長法よりその周囲BNNTやMoS2ナノチューブを合成した。BNNTの合成にはアンモニアボランを原料用いて1000-1100℃で反応を行った.MoS2ナノチューブの合成には酸化モリデンおよび硫黄を原料用いて400-600℃で反応を行った。
(注3)1次元ヘテロナノチューブ(1 D heteronanotube、1DhNT)
原子の配列が一軸方向にのみ周期性をもつナノチューブにおいて、異種(ヘテロ)物質層が同軸構造を形成して一つのナノチューブに成長した構造である。カーボンナノチューブのような高い曲率の基材に成長させているが、基材と成長層との層間の原子的相互作用が弱いことから、1次元ファンデルワールスヘテロ構造とも呼ばれる。
(注4)カーボンナノチューブ(Carbon nanotube、CNT)
炭素によって作られる六員環ネットワーク(グラフェンシート)が単層の管状あるいは多層の同軸管状を形成した物質。単層の管状のものは単層カーボンナノチューブ(Single-walled CNT、単層 CNT、SWCNT)と呼ばれる。
(注5)カイラリティ(Chirality)
グラフェンや他の2次元物質において、ハニカム構造のシートがチューブ状に巻かれた場合、その巻き方をカイラリティと称する2つの指数(n,m)で表し、ナノチューブ単層ごとの幾何構造(炭素原子の結合の仕方)を分類する。単層CNTの電子伝導は(n,m)によって変化することが知られている。

7.添付資料:
図1. (A)カーボンナノチューブに窒化ホウ素と二硫化モリブデンを同軸上に成長させた3物質から成る1次元ナノ構造の構造モデル、(B)その透過型電子顕微鏡像、および(C)電子エネルギー損失分光法による元素マップ。Cは上から原子分解能STEM像、マッピング中に同時撮影されたSTEM像、カーボン、ボロン、窒素、硫黄の元素マップに対応する。

図2.1次元ナノ構造を直接合成できる耐熱性TEMグリッドの概略図。グリッド上にはナノ構造の基材であるナノチューブが担持されている。

図3.(A)3種類のBNNTの開口部構造の透過型電子顕微鏡像。矢印はBNNT開口部のエッジに沿った方向をそれぞれ示している。(B) 3つのBNNTの開口部で期待される原子配列の概略図。結晶の向きは電子回折法とエッジの形状により決定されている。

図4.(A)ナノチューブにおける左巻き(左手系)と右巻き(右手系)、(B)SWCNTとBNNT2つのナノチューブが取り得る1次元ヘテロナノチューブの組み合わせ。内側の緑色のナノチューブはSWCNT、外側の赤/青のナノチューブはBNNTを表す。


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PNAShttps://www.pnas.org/content/118/37/e2107295118

日本電子株式会社https://www.jeol.co.jp/news/detail/20210915.5045.html

日本経済新聞https://www.nikkei.com/article/DGXLRSP617906_U1A910C2000000/