プレスリリース

離れていてもつながった電子の軌道運動の実証~ワイル粒子による特異な非局所量子性を観測~

 

【要点】
○ワイル粒子の存在により電子の軌道運動が二次元から三次元へと拡張できることが理論的に予測されてきたが、これまで観測できていなかった。
○トポロジカル半金属のトランジスタデバイスを測定することで、空間的に離れた表面の電子状態がワイル粒子により結合し量子化された三次元運動を示すことを観測した。
○空間的に離れた電子が相互作用し合う散逸のない伝導を利用することで、超低消費電力エレクトロニクスへの応用が期待される。

【概要】

東京工業大学 理学院 物理学系の打田正輝准教授の研究グループは、東京大学大学院工学系研究科の川﨑雅司教授の研究グループ、理化学研究所創発物性科学研究センターの田口康二郎グループディレクターの研究グループと共同で、トポロジカル半金属(用語1)と呼ばれるトポロジカル物質において、空間的に離れた表(おもて)面と裏面の電子状態が結合し、量子化された三次元軌道運動として量子ホール効果(用語2)を示すことを実証した。
打田正輝准教授らは、独自の成膜技術で作製した高品質なトポロジカル半金属薄膜をもとにデュアルゲート型の電界効果トランジスタデバイス(用語3)を作製し、量子ホール効果を観測することに成功した。系統的な電気抵抗測定により、三次元系における量子ホール効果の観測の背景には、空間的に離れた表面電子状態がワイル粒子(用語4)によってつながったワイル軌道が存在することを実証した。今回の結果は、空間的に離れた表面状態がワイル粒子によって結合し、エネルギーを散逸しない形で電子の行き来が可能になることを示している。この特異な非局所性を持つ三次元量子化伝導は、新たな超低消費電力エレクトロニクスの応用アイデアにつながることが期待される。
本研究成果は、英国科学誌「Nature Communications」に5月6日に掲載されました。

・背景
トポロジカル物質と呼ばれる一連の物質系では、電子状態のねじれに由来して散逸のない量子化伝導現象が生じ、それを利用した超低消費電力エレクトロニクスの実現が期待されている。これまで電気伝導の量子化は、二次元的な電子状態を持つ物質系でのみ実現するものと理解されてきた。一方、近年発見されたトポロジカル半金属と呼ばれる新しいトポロジカル物質では、ワイル粒子として振る舞う物質内部の電子状態(バルク状態)とフェルミアーク(用語5)と呼ばれる物質表面に現れる電子状態(表面状態)が相互作用し、特異な伝導現象を実現する。例えば磁場中の電子は、従来の二次元物質では平面内に閉じ込められサイクロトロン運動(図1上)と呼ばれる円運動を行うが、トポロジカル半金属の場合は、二つの表面状態による半円弧上の運動と内部状態の往復運動が組み合わさった特殊な軌道運動(図1下)を実現すると期待される。ワイル軌道とも称されるこの伝導現象は、量子化伝導を三次元系へ拡張することができると考えられ注目を集めてきた。しかしながら、これまでこのようなワイル軌道による量子化伝導を直接的に実証した報告はなかった。

図1. 磁場中電子の、二次元系におけるサイクロトロン軌道の描像(左上:実空間、右上:運動量空間)と、三次元トポロジカル半金属におけるワイル軌道の描像(左下:実空間、右下:運動量空間)。ワイル軌道では、ワイル粒子を持つ内部状態を介して、表面電子が表(おもて)面と裏面を行き来する。

・研究の経緯
これまで東京大学大学院工学系研究科の打田正輝講師(研究当時)らは、典型的なトポロジカル半金属であるヒ化カドミウム(Cd3As2)について極めて高品質な薄膜を作製する独自の成膜技術を開発し(2017 年 12 月 22 日プレスリリース「トポロジカル母物質の高品質薄膜作製に成功」)、表面量子化伝導の観測に成功してきた(2019 年 6 月 12 日プレスリリース「ワイル粒子がつなぐ量子化された伝導を観測」)。しかしながら、トポロジカル半金属表面における量子化伝導について、その三次元性と実際の電子の軌道運動の関連性は大きな争点となっており、詳細を実験的に解明することが急務とされてきた。

・研究成果
Cd3As2の表面状態で観測されている量子化伝導の起源については、印加磁場に垂直な試料上下の表面状態が物質内部のワイル粒子を介してつながった二つのワイル軌道を形成する描像(図2左上)と、従来のトポロジカル絶縁体(用語6)と同様に表(おもて)面と裏面それぞれに独立したサイクロトロン軌道が形成される描像(図2左下)のどちらであるかが重要な争点となっていた。
そこで本研究では、高品質な薄膜試料からデュアルゲート型のトランジスタ構造を作製し、試料上下表面のキャリア濃度を電界によって独立に制御する実験を行った。三次元的なバルク状態による伝導が支配的な試料に対して、電界を印加し、電子濃度を低減することで、表面状態が関わる量子ホール効果の観測に成功した。
加えて、試料上下に配置したトップゲートとバックゲートの電圧を独立に掃引し、量子化したホール抵抗値の変化をマッピングした結果、従来型のサイクロトロン軌道に予想されるチェッカーボード状の模様(図2右上)ではなく、ストライプ状の模様(図2右下)を描くことを明らかにした(図3)。このホール抵抗値が描く模様は、上下それぞれのゲート電圧に対して応答する軌道運動の数の違いを反映するが、ストライプ状の模様は電子の軌道運動が試料の表裏両方にまたがって存在するワイル軌道を示している。
これにより、トポロジカル半金属での量子化伝導が、試料の表(おもて)面と裏面の電子状態が結合したワイル軌道の空間分布を持つことを世界で初めて明らかにした。これまで二次元でのみ観測されてきた量子化伝導が、三次元的な電子状態を持つトポロジカル半金属に拡張される背景には、空間的に離れた表面状態の間での散逸のない電子の行き来を可能とするワイル軌道特有のメカニズムがあるためと解釈される。 

図2.トポロジカル半金属薄膜の表(おもて)面と裏面にそれぞれに独立した従来型のサイクロトロン軌道を持つ場合(上)と、試料全体にカイラリティ(用語7)の異なる二つのワイル軌道(赤、青)が形成されている場合(下)の、量子ホール効果のデュアルゲートに対する応答の違い。表(おもて)面と裏面のそれぞれから印加される電界に対して、影響を受ける軌道の数(上:一つのサイクロトロン軌道、下:二つのワイル軌道)に応じて、量子化した伝導度の現れるパターンが異なる。

図3.トポロジカル半金属(Cd1-xZnx)3As2薄膜(x =0.7、膜厚75 nm)においてデュアルゲートによる量子ホール効果のマッピングを行った結果(左)と、代表的なバックゲート電圧(緑:-5 Vと黄:-20 V)における、トップゲート電圧VTG掃引に対するホール抵抗Ryxと一階微分dRyx/dVTGの変化(右)。ワイル軌道が存在する場合に予測されるストライプ状の量子ホール伝導度が観測されている。

・今後の展開
三次元トポロジカル半金属において量子化伝導は、空間的に離れた表面状態が結合することで実現されていることを実験的に実証した。このような非局所性は、本来、三次元物質では強く遮蔽されてしまう。その観点から、エネルギー非散逸であることに加え、ワイル粒子によって空間的に離れた電子同士が相互作用し合うという性質を持つトポロジカル半金属の量子化伝導は、これまでの物質科学の常識を覆す新しい伝導現象であると言える。薄膜試料の界面の制御性を生かして、この非局所性を活用することで、ワイル粒子による三次元量子化伝導を制御できる可能性がある。今後、超低消費電力デバイスに向けた非散逸伝導機能のさらなる研究開発が進むことが期待される。

【付記】
本研究は、科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業 さきがけ「薄膜技術を駆使したトポロジカル半金属の非散逸伝導機能の開拓」(No. JPMJPR18L2)、CREST「トポロジカル絶縁体ヘテロ接合による量子技術の基盤創成」(No. JPMJCR16F1)、日本学術振興会科学研究費補助金 基盤研究(B)(No. JP18H01866)の支援を受けて行われた。

【用語説明】
(1)トポロジカル半金属:物質内部が完全な絶縁体となるトポロジカル絶縁体とは異なり、対称性で保護された運動量空間の一部の点において伝導帯と価電子帯が一点で重なり、物質内部にエネルギーギャップを持たない電子構造が実現する。
結晶中の電子構造は、電子が占有可能なエネルギー準位の帯と、占有不可能な帯(エネルギーギャップ)とに分けられている。エネルギーギャップよりも下にあり電子によって占められているエネルギー帯を「価電子帯」と呼び、エネルギーギャップより上にあり電子が空のエネルギー帯を「伝導帯」と呼ぶ。トポロジカル半金属の場合はある運動量の点でエネルギーギャップがゼロとなる。
(2)量子ホール効果:二次元に閉じ込めた電子に磁場を加えた場合、電子移動度が極めて高い系においては、エネルギーが十分な間隔をもって完全にとびとびの値となる準位が形成される(量子化)。この際に、ホール抵抗がプランク定数hと電気素量eを用いてh/e2と表される抵抗値(約25.8 kΩ)の整数分の1になると同時に、縦抵抗がゼロになる現象を量子ホール効果と呼ぶ。1985年のノーベル物理学賞の対象にもなった。
(3)デュアルゲート型の電界効果トランジスタデバイス:薄膜試料上下に絶縁体と電極を取りつけた素子構造。上下それぞれの電極から電圧を印加することで、試料中の電荷を制御することができる。
(4)ワイル粒子:相対論的電子を記述する方程式において、質量をゼロとしたときに得られるフェルミ粒子のこと。1929年にドイツの理論物理学者ヘルマン・ワイルによって提唱された。物質中においては、異なるカイラリティを持つワイル粒子が対となって現れる。
(5)フェルミアーク:エネルギーと運動量によって表示した物質の電子構造を、伝導に寄与する電子の等エネルギー面(フェルミエネルギー)で区切った断面をフェルミ面と呼ぶ。従来の物質ではフェルミ面は必ず輪を描くのに対して、トポロジカル半金属の表面状態のフェルミ面は、閉じた輪にならず、円弧上に分布するためフェルミアークと呼ばれる。
(6)トポロジカル絶縁体:物質内部はエネルギーギャップを持った電子構造を実現し、電気を流さない絶縁体となるが、物質表面には電気を流す表面状態を持つトポロジカル物質。
(7)カイラリティ:ワイル粒子が持つ二値の量子数。スピンと運動量の相対方向を表す概念で、両者が平行の場合は右巻き、反平行の場合は左巻きとなる。

【論文情報】
掲載誌:Nature Communications
論文タイトル:Intrinsic coupling between spatially-separated surface Fermi-arcs in Weyl orbit quantum Hall states
著者:S. Nishihaya, M. Uchida*, Y. Nakazawa, M. Kriener, Y. Taguchi, and M. Kawasaki
DOI:10.1038/s41467-021-22904-8


プレスリリース本文:PDFファイル

Nature Communications:https://www.nature.com/articles/s41467-021-22904-8

東京工業大学:https://www.titech.ac.jp/news/2021/049703.html

科学技術振興機構:https://www.jst.go.jp/pr/announce/20210507/index.html

理化学研究所:https://www.riken.jp/press/2021/20210507_1/index.html

日本経済新聞:https://www.nikkei.com/article/DGXLRSP609795_X00C21A5000000/