プレスリリース

公園の近くに住む高齢女性は緊急事態宣言下も歩数が減りにくい -2019年および2020年上半期の1.9万人の歩数分析より-

 

1.発表者
樋野 公宏(東京大学 大学院工学系研究科都市工学専攻 准教授)
浅見 泰司(東京大学 大学院工学系研究科都市工学専攻 教授) 

 

2.発表のポイント:
◆新型コロナウイルス感染症の第一波に対する緊急事態宣言前後に、横浜市民18,817人の歩数がどのように変化したのか、また、その変化が居住地域の住環境によってどのように異なっていたのか、分析をしました。
◆前年比歩数は緊急事態宣言の6週前から減り始め、特に女性、非高齢者の減少が顕著でした。高齢女性は住環境の影響を受けやすく、人口密度の高い地域や駅に近い地域では歩数が減りやすかった一方で、大規模公園に近い地域では減りにくかったことが分かりました。
◆全国の自治体でコンパクトなまちづくりが進められるなか、適度な人口密度を考え直すことや、身近な公園などのオープンスペースを充実させることの重要性が示唆されました。

 

3.発表概要
新型コロナウイルス感染症の第一波に対する緊急事態宣言中、外出自粛によって身体活動が不足することが懸念されました。東京大学大学院工学系研究科の樋野公宏准教授らは、この第一波に対する緊急事態宣言発令の前後(2020年上半期)に、人々の歩数がどのように変化したか、また、その変化が居住地域の住環境によってどのように異なっていたのか、分析をしました。

分析対象者は、横浜市が実施する「よこはまウォーキングポイント事業」(注1)の参加者18,817人です。前年比歩数は緊急事態宣言の6週前から減り始め、特に女性、非高齢者の減少が顕著でした(図1)。宣言解除から1か月後も前年の水準まで回復しませんでした。

「一般化線形混合モデル」(注2)による分析の結果、特に高齢女性において、歩数変化と住環境との関係が顕著でした。人口密度の高い地域や駅に近い地域の居住者は歩数が減りやすい傾向にありました(図2)。一方で、感染拡大前に歩数と関係がなかった大規模公園までの距離については、近接地域で緊急事態宣言下に歩数が減りにくかったことが分かりました。全国の自治体でコンパクトなまちづくりが進められるなか、適度な人口密度や、公園などの身近なオープンスペースの重要性が示唆されました。 

 

4.発表内容
①研究の背景・先行研究における問題点
新型コロナウイルス感染症の第一波に対する緊急事態宣言中、外出自粛によって身体活動が不足することが懸念されました。一方で、在宅勤務の推奨や長距離移動の自粛により、居住地周辺の住環境の重要性は高まりました。ロックダウン等の移動制限に起因する身体活動の変化については各国の報告がありますが、身体活動の変化と住環境との関係は十分に研究されていませんでした。

 

②研究内容
本研究では、緊急事態宣言発令(2020年4月7日)から宣言解除(5月25日)までの期間を含む2020年上半期に、人々の歩数がどう変化したか、その変化が居住地域の住環境によって異なるか、前年同期との比較によって分析しました。分析対象者は、横浜市が実施する「よこはまウォーキングポイント事業」(注1)の参加者のうち、2019年および2020年の上半期に一定の歩数が記録されていた18,817人で、女性(48%)/男性(52%)、65歳未満(36%、平均53.9歳)/65歳以上(64%、平均73.1歳)による4群に分けて分析しました。居住地域の住環境指標としては、地理情報システムを用いて大字ごとに算出した人口密度、最寄り駅までの距離、最寄りの大規模公園(1ha以上)までの距離を用いました。

まず、群別に歩数の前年比を計算したところ、緊急事態宣言の6週前(2/24~3/1の週)から減り始め、特に女性、非高齢者の減少が顕著でした(図1)。買い物や仕事など必需行動に伴う移動の減少によると考えられます。特に非高齢女性は減少幅が大きく、宣言中に前年の80%以下となった週が2週ありました。なお、宣言解除から1か月後の6月最終週(6/22~28)においても、各群とも前年の90-95%までしか回復しませんでした。

次に「一般化線形混合モデル」(注2)という手法で、緊急事態宣言下の前年比歩数と住環境との関係を分析したところ、3つの住環境指標とも、高齢女性においてのみ有意な関係が見られました。そこで高齢女性に着目して週単位で分析したところ、一般にウォーカブル(歩きやすい)とされる人口密度の高い地域や駅に近い地域の居住者は、感染拡大前において歩数が多い傾向にありましたが、緊急事態宣言中は他地域との差がなくなっていました。この状態は宣言解除から数週間後まで続きました(図2-a,b)。一方で、大規模公園までの距離は、感染拡大前に歩数と関係がありませんでしたが、宣言中は近くに住む居住者の歩数が減りにくい傾向にありました。この状態は6月最終週においても維持されていました(図2-c)。商業地域や電車など「密」になりやすい空間が避けられる一方で、比較的リスクが低い屋外で運動不足を解消できる空間として身近な公園が使われるようになったと考えられます。

 

③社会的意義・今後の予定 など
全国の自治体でコンパクトなまちづくりが進められるなか、適度な人口密度を考え直すことや、公園などの身近なオープンスペースを充実させることの重要性が示唆されました。これらの知見は、ウィズコロナ、アフターコロナ期のまちづくりのエビデンスとして、自治体等に活用されることが期待されます。

なお、本研究は、横浜市と本研究チームが締結した「よこはまウォーキングポイント事業検証に関する協定書」(2015年10月30日)に基づき実施したものです。今後も引き続き横浜市と協力して、都市における歩行の促進・阻害要因とその影響を明らかにし、歩行を促進するまちづくり手法を検討していく予定です。 

 

5.発表雑誌: 
雑誌名:Health & Place 英国現地時間 3月10日にオンライン掲載済み
論文タイトル:Change in walking steps and association with built environments during the COVID-19 state of emergency: A longitudinal comparison with the first half of 2019 in Yokohama, Japan
著者:Kimihiro Hino*, Yasushi Asami
DOI番号:10.1016/j.healthplace.2021.102544
アブストラクトURL:https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S135382922100040X

 

用語解説
(注1)よこはまウォーキングポイント事業:
横浜市に在住・在勤・在学する18歳以上の希望者に歩数計を配布し、ウォーキングを通じて楽しみながら健康づくりに取り組んでもらう事業。2018年4月からはスマホアプリでも参加できる(本研究ではスマホアプリ参加者は対象外)。
https://enjoy-walking.city.yokohama.lg.jp/walkingpoint/

(注2)一般化線形混合モデル:
目的変数が正規分布に従うことを前提とし、サンプル全体で同一のパラメータ(固定効果)を推定する重回帰分析などの線形モデルに対し、一般化線形モデルの特徴(非負の整数値をとる歩数のデータなど、正規分布以外にも適用できる)と、線形混合モデルの特徴(反復測定の際の個人差などを変量効果として扱うことができる)を持つモデル。 

 

.添付資料

図1. 性別・年齢群別にみた各週の歩数の前年同月比(2020年1~6月)
注 w2~w26:第2週~第26週

図2. 2020年1~6月における高齢女性の歩数の推定値(2019年同月のG3を1とする比率)
(a) 人口密度 (人/ha) G1:低い地域 (<= 99.8), G2:中くらい, G3:高い地域 (129.6+)
(b) 最寄り駅距離 (m) G1:近い地域 (<= 610.3), G2:中くらい, G3:遠い地域 (994.3+)
(c) 最寄り公園距離 (m) G1:近い地域 (<= 457.1), G2:中くらい, G3:遠い地域 (674.8+)
注 State of emergency:緊急事態宣言中、w2~w26:第2週~第26週

 

 

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Health & Place:https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S135382922100040X