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【第1回 インタビュー】 物理工学専攻 武田俊太郎先生

 


東京大学大学院工学系研究科・工学部の第一線で活躍する若手研究者の皆さんと、染谷隆夫工学系研究科長が研究の成果と未来、発展のために必要なことについて語り合います。第1回は、量子光学・量子情報科学を専門とし、光量子コンピュータとその応用について研究する武田俊太郎准教授です。

 

染谷:若手の研究室を知る対談の第1回は武田俊太郎先生です。昨日から楽しみでわくわくしていました。2019年には東京大学大学院工学系研究科 克研究奨励賞(若手研究者部門)を受賞されたほか、数々の受賞歴がありますね。ぜひこれからも良い研究をしていってほしいと思いますし、武田先生の良い研究を応援してくれるファンを増やしていただくために、こうして積極的に前に出て研究についてお話してほしいと思います。早速ですが、量子コンピューティングの研究というのはどんなことをしているのでしょうか?

武田:今、世界中で量子コンピュータの研究が進められています。Googleは、超伝導の回路を使っていたり、イオンを使うベンチャー企業があったりとさまざまな方式の量子コンピュータの開発が進められています。私たちはその中で、光を使って量子コンピュータを作ろうとしています。
光にはいくつか魅力的なところがあります。まず、光は室温や大気中でも量子の性質が壊れません。光以外の量子コンピュータでは、量子を外乱から守ってあげるために、非常に低い温度にしたり、真空にしたりと特殊な環境が必要になります。一方で光の場合は、室温、大気中でテーブルの上に鏡を組み合わせていくだけで量子コンピュータとして動かすことができます。これはとても重要なメリットで、真空装置や冷凍機といった量子コンピュータの大規模化を妨げる制約もありませんし、将来実用化されたときに手軽で使いやすいものができます。
光にはさまざまな用途があって、通信もできるという点もとても魅力的です。現在でも光は通信に使われていますが、光の量子である「光子」の情報を光ファイバーを通じてやり取りする「量子通信」も重要な応用分野の1つです。量子コンピュータを光で作ると、量子コンピュータどうしでスムーズに光子の情報をやり取りすることがきます。これは光にしかない大きな魅力なんです。

染谷:電子工学が専門の私からみると、「通信」と「演算」は関係はするけれどもファンクションがかなり異なるものだと思えます。この2つがつながる魅力というのは、何でしょうか?

武田:量子コンピュータと量子通信が組み合わさると、量子コンピュータどうしを連携させたり、遠くにある量子コンピュータにアクセスして安全に利用できたりと、新たな機能が生まれます。しかし、たとえば超伝導方式の量子コンピュータどうし、日本と海外で通信したい、と思ったとすると、いったんメディアを変える必要があります。超伝導で扱っている量子の情報を、いったん光に変えないと、情報を送ることができない。異なるメディア、異なる物理系に量子の情報を変えるというのはかなり難しいことです。一方で光の量子コンピュータならば、その障壁はありません。これは大きいですね。

染谷:すると、複数の演算システムを並列に組み合わせようとしたとき、通信できるということが巨大なシステムを作る意味で魅力的であるということですね。確かに、それは非常に大きな魅力ですね。
さてもうひとつ、量子コンピュータはGoogleをはじめ世界中で競争になっています。従来からさまざまな優れた計算の方法がある中で、なぜ量子コンピューティングというものに世界中が興奮しつつ取り組んでいるのでしょうか?

武田:きちんとした量子コンピュータができれば、確実に現在のコンピュータより速くなる、という理論的な裏付けを持つ計算がいくつか知られているからです。量子コンピュータを作ることはとても難しいのですが、完成したときに何の役に立つか、どの部分がスピードアップするか、ということが明確にわかっているのです。そこが研究のドライビングフォースになっていると思いますね。優れたコンピュータがあるということは、その国の経済力や安全保障にとって重要だと思いますので、どの国も大規模な予算を投入して進めているわけです。

染谷:ここ最近、量子コンピュータが注目を集めているのは、何か大きな技術的進歩などがあったのでしょうか? 

武田:最近は小規模ながら量子コンピュータの実機が登場し始めていますし、より高性能なコンピュータを求める社会の期待感から、注目度が高まっているように思います。現在のコンピュータは限界が見えてきて、このまま技術を延長するだけでは劇的に性能は上がらないのではないか、という懸念があります。現在の半導体で作られているコンピュータは、「ムーアの法則」に沿って年々機能が進歩しているのですが、半導体の性能向上はトランジスタの小型化に依っています。ただ、その小型化が難しい領域に差し掛かってきているんですね。あまりにもトランジスタが小型化して、原子のサイズに近くなってきているので、これ以上小さくするときちんと動かない可能性があります。一方で、AIやビッグデータなどより大きな情報処理をしたいという要望は高まってきています。すべての計算を量子コンピュータで速くできるわけではないですけれど、得意な計算を圧倒的に速くできるという理論的な裏付けがあるわけですから、量子コンピュータが重要だと認識されているのです。


染谷:半導体が微細化の限界に到達する、ということは随分前から新しいコンピュータを開発する動機になっていますね。一方で、微細化の限界を迎えたとしても、これだけ高度な集積化を実現できる手法が他にはなかなか代替がみつかりませんね。一つの演算を速くするにあたって、集積化して何ビットも組み合わさったものを実現するというのはなかなか難しいのではないかと思うのですが、量子コンピューティングはそうした高集積化の方向性はどうなっているのでしょうか?

武田:将来、実用レベルの量子コンピュータを作るときには集積化が必要になってきます。現状では光の量子コンピュータといっても、大きなテーブルをいっぱいに使って、本当に単純な1+1=2といった計算をしているレベルです。将来、実用レベルの計算を誤りなくきちんとするためには扱える量子の数を圧倒的に増やす必要がありますし、演算の速度も上げないといけない。その場合、何かしらの方法で光の場合も集積度をもっと上げなくてはならない。そこで光の回路をチップ上に集積化する研究も並行して進んでいて、拡張性という意味で重要だと思います。超伝導やイオン、半導体といった他の量子コンピュータのアプローチでも最終的には集積化の方向に向かっています。

染谷:どんなに一つの演算が速くても、信頼性が高く高集積化が実現できないと、高度なコンピューティングは実現できないですよね。ところで、現在の量子コンピュータのさまざまな手法、Googleの超伝導方式やイオン方式に対して、光は通信と演算が組み合わさるという点では確かに光が良いと思うのですが、集積化といった異なる視点で観た場合に他の方式も魅力的だという部分はありますか?

武田:実は、どのアプローチが量子コンピュータの本命なのか、まだ誰にもわからないという状況です。その意味でどの方式にもそれぞれの魅力があります。Googleの行っている超伝導方式の量子コンピュータがいちばん進んでいて、ある程度は本命視されています。ただ、現在の量子コンピュータ研究全体が、最終的な目標に対して山登りでいえば1合目、2合目のレベルです。光の良いところ、超伝導の良いところ、それぞれの利点があって、今の段階ではどのアプローチも「どんぐりの背比べ」だともいえます。
その中で私が光で研究を続けるのは、光はとてもアプリケーションが多いという魅力があるからですね。量子コンピュータも通信も重要ですし、光を当ててものを見たり、光の往復時間で長さを測ったりとセンシング・計測分野にも利用できる。量子コンピュータとしてどの方式が最終的に生き残るのかまだわかりませんが、光にしかできない通信やセンシングでも必ずどこかで役に立つ研究につながると私は信じています。

染谷:武田先生の信じる光の魅力が詰まったラボをぜひ今から見学させてください。

 
武田:私のラボでは、テーブル上で光の量子である「光子」1個レベルで演算したり、計算結果を読み出したりという回路を作って量子コンピュータの実験をしています。回路の大元には、ファイバーレーザーという、通信でも使われる1545ナノメートルの波長のレーザー装置があって、そこから光ファイバーで送られてきた光ですべての実験のシステムが組まれています。あるコンポーネントでは光子1個、2個というレベルの光を作り、それを特殊なデバイスで計算処理を行い、最後に測定して読み出す。一連の回路をテーブル上にミラーを配置して組んでいくシステムなのです。
量子コンピュータをきちんと動かすには、量子1個1個を非常に正確に制御する必要があります。正確な光回路を作るために、振動や温度変化によってミラーの位置がずれたりしないようきちんと制御しなくてはなりません。そこで、さまざまな安定化の機構を組み込み、光の進む経路の長さをナノメートルオーダーで制御したり、光のパワーを安定に制御したりします。また、光子1個がどこかで失われたりしないように、高品質なコーティングのミラーを1枚1枚、しかもできるだけ少ない枚数で配置していく。そのように工夫を凝らしてはじめてちゃんとした量子コンピュータとして動いて、期待する計算結果が得られるのです。


染谷:光の実験室はいつでも精密に並べられて、魅力的ですね。これは最初からこうなる形を目指していたのか、それとも徐々に拡張してこうなってきたのか、どのようにして巨大な光学システムに発展してきたのでしょうか?

武田:始めの段階で、CADを使ってどういった光路で何を配置するか、ある程度まで設計します。組み立ての際には、最初は非常に精密にミラー1つ1つを配置していく必要があります。ただ、ある程度まで組めば、間違ってミラーの1枚くらいを触って一部のビームの通り道がずれてしまったとしても、別のビームの通り道の情報を頼りに簡単に直せるようになります。現在のシステムができあがるまで、実験室ができてから9カ月くらい、事前の入念な準備を含めると、システム全体には1年ぐらいかかっています。データを取ると思い通りにならないところも出てきますので、部分的にシステムを組み換えながらこれからもバージョンアップしていきます。

染谷:量子コンピュータにとって光方式が魅力的なアプローチだとすると、他のグループにライバルがいるのではと思うのですが、武田先生のアプローチはどんなところが抜きん出ているのでしょうか?

武田:世界的に量子コンピュータ業界全体を見ると、超伝導方式を目指す人が多く光量子コンピュータを研究している人がそもそも少ないという状況です。さらに光量子コンピューティングを研究しているグループの中でも私たちは独特のことをやっていて実はライバルは少ないと思います。どちらかといえば光の分野は量子通信を研究している人の方が多いですね。
その中で、他のグループの研究では光子ひとつひとつに情報を載せて処理していくシステムが多いのですが、私たちの特徴は光の「粒の性質」だけでなく「波の性質」を使っているというところにあります。光の「光子の数」のように0、1、2と数えるような飛び飛びの物理量ではなくて、「振幅」「位相」といった連続的な物理量をうまく情報処理に使うというアプローチです。その点が特徴的でもありマイナーでもあるのですが、最近少しずつ注目が集まっている分野です。
くわえて、私たちの武器であり強みになっているのがミラーの透過率や光の位相などを高速かつプログラマブルに切り替えるという技術です。たとえばミラーの透過率を、瞬間的に0%から50%にする、50%から100%にする、ということをナノ秒の時間スケールで切り替えることができる。光路の長さ、つまり光の位相を瞬間的にずらすことを電気回路を使って非常に高速に、かつプログラムしてどんなパターンにも切り替えられるという技術を持っています。すると、光の回路のパラメータをプログラムできるのですね。普通でしたら光の回路は一度組んでしまうと簡単には変えられず、ミラーの透過率を変えたいと思った場合は手作業でミラーを置き直さないといけない。私たちのアプローチだとそんな手間をかけず、プログラミングするだけで全部ぱっと変えられる。プログラマブルな光回路というのはとても重要な技術になっています。持っている技術を駆使して、新しい量子コンピュータの機能を生み出そうとしています。

染谷:ミラーの透過率が瞬時に切り替わる、すごいことだと思います。実際にはどうやって実現しているのでしょうか?

武田:ある透過率のミラーというのは、2つの光が入ってきて、それぞれ一部が反射・透過して混ざり合って出ていくという2入力2出力のデバイスです。パッシブなミラーで透過率を瞬間的に変えることはできないので、実効的に2入力2出力でアクティブに透過率を変えられる装置を作っているんですね。そのために電気的な光のスイッチに似たものを使います。光の偏光には「横偏光」と「縦偏光」があって、この2つの偏光の光を同じ経路上に合わせてから特殊な結晶に通します。この結晶に電圧をかけると「偏光を回す」ことができ、2つの偏光成分が混ぜ合わされるのです。混ざった後の光を再び横偏光と縦偏光の2つに分離すると、結果的に2入力2出力のミラーとして振る舞うのです。電圧をうまく制御すれば、透過率を時間的に変化させることができ、全体で2入力2出力の透過率可変ミラーとして働きます。

染谷:ここでひとつ、先生はそもそもなぜ量子コンピュータの道に進まれたのでしょうか?

武田:光の量子1個1個を操るという実験装置を古澤明先生のところで拝見して、すごく感動したんです。配線はぐちゃぐちゃで、一見すると物が乱雑に置かれているように見える実験装置なのですが、実は最先端のテクノロジーが詰まっており、光の粒1個1個をきれいに制御して測ることができる。そこにある種のロマンを感じて、その興味から始まりました。私は『バック・トゥ・ザ・フューチャー』という映画が大好きで、デロリアンのタイムマシンはメカメカしくて配線はぐちゃぐちゃで、けれども未来にも、過去にも行ける。ロマンがありますね。子供の頃に感じたそのワクワク感に近いものを、光子を操る装置に感じたのですね。メカメカしい装置なのに、光子1個という目に見えないミクロな量子の世界を操れる。そこから入っていって、実際にシステムを組んでみたら本当に動くというのが楽しくて、しかも将来量子コンピュータという役に立つものに結びつく。私の価値観に合っていて、どんどんのめり込んでいきました。

染谷:すると、武田先生はそもそも、小さな頃から科学にあこがれがあった?

武田:SF映画はとても好きで、ただ、それは漠然としたものでした。工作も好きで、大学に入ったことで具体的な研究を知って、自分の興味がすべてつながったという気がします。

染谷:そこで明確に、「研究者になろう」と思ったきっかけはありますか?

武田:学部、修士、博士と研究を続けていって、研究が楽しいということをずっと感じていました。アイディアを出して、どうやって進めるか、すべて自分で決める。試行錯誤しながらうまくいくというプロセスがとても面白いなと思います。企業の研究者も面白いかもしれないとも思ったのですが、博士課程で研究を進めて論文を書くうちに、「自分でやりたいこと」を目標にできるのはやはり大学、研究所といったアカデミックな場所の魅力だと感じました。引き寄せられるようにここまで来たという感じですね。

染谷:自分の思うこと、やりたいことができるというのは大学の最も大きな魅力ですね。自分がやめる、と思わない限りは続けられる。先生がそのことを認識してこの道を選ばれたというのはとても重要なことだと思います。ただ、研究は日々失敗の連続でもあります。そうしたとき、どうやって乗り越えていきますか?

武田:あまり意識していないのですが、私は楽天的なのかもしれないですね。あまり思いつめず、いろいろやっていればうまくいくよ、という気持ちで続けていくとだいたいうまくいく。そういう心構えなのかと思います。

染谷:それもいい話ですね。研究とはそもそも「こんなことうまくいかないよ」とみんなが思っていることをやってみてうまくいくからすごいもの。そもそもうまくいかないようなことに挑戦しているわけです。日々うまくいかないことで落ち込んでいたら、研究者稼業はできませんね。やっていればうまくいくだろう、と明るく続けられるというのは、研究者人生を明るく過ごす重要な素養ではないかと思います。先生はこうして話していても楽しさがにじみ出ている感じです。その楽しい研究で、今後目指す遠い目標と近い目標はなんでしょうか?

武田:遠い将来、究極的に目指しているのは、きちんと実用で使える量子コンピュータの実現です。量子コンピュータにはさまざまな方式がありますが、エラーをどうやって直して、最後に正確な答を導くかという部分が一番難しいのです。どの方式もエラーに悩まされているので、エラーをきちんと訂正するという仕組みをいかに取り入れるか。最大の課題として取り組まなくてはならない部分だと思います。長期的には、そうした課題を乗り越えて実用になる量子コンピュータを目指したい。
かつ、短期的な目標も必要です。「30年後に量子コンピュータができます」といっても30年間何も役に立つものがないと、研究している側も苦しいですし、支援する側も「いつになったら役に立つんだ」と疑問に思い、支援が止まってしまうこともあります。そう考えると、5年、10年スパンで今のシステムを工夫することで役に立つようなアプリケーションがないか、というのは重要な視点だと思います。たとえば、現在のエラーがある小規模な量子コンピュータでも、うまく使えば役に立つ計算ができるかもしれません。他にも、光には通信、センシングといったアプリケーションがあるので、5年、10年スパンでそうしたことを見つけていきたいですね。

染谷:実は5年、10年というと科学者の観点からするとあっという間ですよね。今すでに候補があって、その中の一つがものになるというイメージなのか、候補はこれから技術の進展に伴って模索するというものなのか、その点はどうでしょう?

武田:候補になりそうなものは2つ3つあります。今も、そうしたアプリケーションにつなげる第一歩の実験をしようとしています。小さな量子コンピュータでも少しずつ拡張しながらうまく利用すると、現在のコンピュータでは解けないような計算が解けるかもしれない。現状では、従来のコンピュータで計算したほうが速いような計算でも、その可能性に向けて実験をはじめています。また、量子数個のレベルが扱えるだけでも役に立つアプリケーションも知られています。いくつかその候補と技術レベルを見定めていこうと思っているところです。

染谷:役に立つということを大事にしつつ、先生が研究を始めたときには、光子1個1個を制御できることへの感動や好奇心があったわけですね。そうしたサイエンスへのチャレンジでやってみたいということはどんなところでしょうか?


武田:量子1個1個が自在に操れて、人間がコントロールして量子の現象を見られるというのはサイエンスとしてもとても面白いです。最近は量子コンピュータ業界にお金が入ってきて、サイエンスより若干アプリケーション指向になっているとは思いますが、純粋に光子1個1個を制御したらどういった光の状態が作れて、どういった物理現象が生まれるのかということ自体に興味がつきません。そうしたサイエンティフィックな視点でも何か発見したいですね。

染谷:世の中を変えてきた新しいものは、必ずしもアプリケーションありきではなく、科学者の好奇心から生まれています。思いがけないイノベーションが起きるということも多いので、武田先生が好奇心を原動力に新しいものを生み出していくことが重要なことだと思います。量子エレクトロニクス関係は若い研究者にとって非常に魅力的な分野だと思いますので、将来、先生の研究室に入っていくる若い研究生、大学院生には、どういったことを期待されますか?

武田:私がそもそも研究の道に入ったのは知的好奇心やロマンがきっかけで、研究をエンジョイしています。量子エレクトロニクスの研究というのは手を動かして作っていく、ものづくり要素も多いので、1個1個組み立ててものを作ること、そして普通ならば見えないような世界を見て興奮すること、そういった研究そのものを楽しめるとよいと思いますね。内面的なモチベーションが研究を進める駆動力になるので、これから入ってくるみなさんがそうだといいと思います。

染谷:工学が基礎科学を実現して、そして次につないでいくことが大事だと思いますね。そうした工学部が東京大学で実現するにあたって、武田先生の視点から「こうであればいいのに」と思うことはありますか?

武田:量子の分野ですと……ポストがまだ少ないなと思うことがあります。研究費が国からいろいろな量子関連分野についていて中間層に任期付きのポストはかなり増えて来ています。一方で任期のない独立したポストの数はかなり限られています。後の世代が育つためにも、独立した研究室がもっと存在する必要があります。まだ量子関係の研究室は日本全体で少ないという印象です。

染谷:すると、若手の仲間を増やすために、任期付のポストばかりでなくもっと大きなチャレンジをするための安定したポストが必要、そうすればもっと若手が増えて分野が活性化するということですね。

武田:そうです。量子情報分野、特に実験系には国内に有名研究室がいくつかありますが、その数は多くなく、他の分野からこの分野へ入って来る人材も少ないです。業界の中だけで足りない人を回していて、お互いほとんど知り合いになってしまっています。新しい学生さんを育て、分野を伸ばしていくような独立したラボが少ないのです。私は幸いにもこの分野でポストを得ることができたので、これから貢献していきたいと思っていますが、日本には他にもさまざまな量子関連分野で活躍する人材が大勢いるにも関わらず、なかなか独立できていない。業界を見ていて辛いと思うところです。

染谷:一人ひとりの研究者の自立性は、若手が安定して研究を進められる基盤となるものなので、任期付でないポストや研究資金がきちんと配分されるように環境を整えていきたいと思います。その点で、工学系研究科に要望されるものはありますか?

武田:私自身はかなりサポートしていただいていると思っていて、工学系の若手教員スタートアップ資金制度のおかげでかなりスムーズに研究を始められましたし、克研究奨励賞もいただいています。ただ、継続性という点では不安があります。私自身、学生さんを毎年受け入れて研究を拡大していく責任のある立場になった今、科研費が年1回のバクチになっていることに少し怖さを感じています。ただ、工学系研究科には科研費に落ちたときのサポートもあるので、その点は安心材料になっていると思います。

染谷:すると、切れ目のない研究費や万が一途切れたときのセーフティネットも必要であると。

武田:そうですね、研究費をとれるように自分が頑張るのはもちろんですが、仮にすべてのチャレンジが失敗すると「1年間実験が止まってしまうかもしれない」というのはP.I.の立場ではかなり怖いことだと痛感しています。セーフティネットはあるとよいと思います。

染谷:研究者にとって、それが大きなプレッシャーであるということは、私も過去の経験からよく理解しています。そこで、先生の研究を理解し応援してくれる支援者、ファンが専門家集団や外の世界に多くなれば、「素晴らしい研究を応援しよう」という機運が盛り上がると思います。ぜひ、積極的に前に出ていって、先生の研究のファンを増やしてください。

Profile
武田俊太郎准教授
私立麻布中学校(東京都)出身、私立麻布高等学校(東京都)出身
聞き手:研究科長 染谷隆夫教授
東京学芸大学附属竹早中学校(東京都)出身、東京学芸大学附属高等学校(東京都)出身
※所属や職位の情報は全て取材時点での内容です。