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2019.07.01

【若手研究者紹介:023】航空宇宙工学専攻 ジェット推進学研究室 姫野武洋准教授

経歴
1996年 : 東京大学工学部 航空宇宙工学科 卒業
2000年 : 日本学術振興会 特別研究員
2001年 : 東京大学大学院工学系研究科 航空宇宙工学専攻 博士課程修了
2001年 : 宇宙開発事業団 宇宙開発特別研究員
2003年 : 宇宙航空研究開発機構 プロジェクト研究員
2004年 : 東京大学大学院工学系研究科 航空宇宙工学専攻 講師
2007年 : 東京大学大学院工学系研究科 航空宇宙工学専攻 准教授(現在)

<研究について>
航空宇宙工学専攻のジェット推進学研究室(渡辺・姫野研)で、宇宙機(ロケット・人工衛星)と航空機のエンジン内部における熱流動現象を対象とした研究に取り組んでいます。今回は、宇宙機に関係した気液二相流に話題を絞って、研究内容を紹介します。

1. 宇宙で液体を操る

人類の活動領域が地球周回軌道上まで拡大するのに伴い、液体ロケットや人工衛星の推進薬タンクやエンジン、宇宙ステーションでの熱制御装置など、地上とは異なる加速度環境で液体を利用する場面が増えつつあります。しかし、このような環境では、貯蔵容器内の液体を望ましい位置に保持し、思い通りに外部へ搬送するなど、気液二相流を操るのがとても難しくなります。機体姿勢やエンジン推力を変えながら貨客を運ぶ液体ロケットや、比重差を利用した流体駆動を期待できない微小重力環境で働く人工衛星について、開発コストと運用リスクを低減させるためには、その設計段階からタンクや配管内部における液体推進薬の挙動を適切に予測することが重要になります。このように、地上とは異なる加速度環境における気液二相流の振舞いを予測し、思い通りに操るための技術は、宇宙工学の分野で「流体管理(fluid management)」、あるいは、宇宙輸送システムに限って「推進薬管理(propellant management)」と呼ばれます(1)。これら推進薬管理に関する技術課題を解決するためには、地上では再現が困難な熱流動現象に関する知見の獲得と蓄積が不可欠であり、理論と実験を補完する手段として数値シミュレーション技術の確立が期待されています。

図1に示すのは、鍋に溜めた水を煮た数値シミュレーション例です(講義用教材で、現実の三次元ではなく、二次元計算になっています)。地上重力環境では、熱くなった鍋底で発生した気泡が少し成長すると、比重差に駆動され、鍋底から浮き上がって離脱するとともに、代わりにそこへ冷たい水がやってくることが繰り返されて、鍋底から水へ向かう伝熱は促進されます。一方、重力の大きさを1/10、1/100、1/1000と減らしていくと、浮力の消失に伴って、泡がなかなか離脱せず伝熱面に居座るようになります。こうなると伝熱は劣化します。

 

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図1:プール沸騰。重力は左から1G、1/10G、1/100G、1/1000G。

 

これをご覧になっただけでも、重力の有無によって気液二相流の振る舞いは随分と違うことが理解できると思います。つまり、推進薬管理に関する技術課題には、液体の「動き」だけでなくて「熱」も含めた予測技術が求められます。

2. 気液二相流の数値解析手法

このような動機付けから、東京大学と宇宙航空研究開発機構(JAXA)は協力して、様々な加速度環境における気液二相流の挙動を予測する数値シミュレーション技術(CIP-LSM)を提案(2)(3)して改良を続けてきました。それと並行して、落下塔や加振機を用いて実現される微小重力環境や動的加速度環境における気液界面観察実験(4)(5)(6)を実施しています。実験データとの比較を通じて、シミュレーション手法の妥当性検証や改善に繋げています。「百聞は一見に如かず」の通りで、実際の現象をよく観察し慣れ親しむことが、シミュレーションに組み込む新しい数理モデルの着想に繋がることもあります。

3. シミュレーションの例
3.1 静的加速度環境(ダム崩壊問題)

時間的に一定の重力が加わる環境に置かれ、気体と液体の比重差に駆動されて液面が大変形する例として、水槽内部でのダム崩壊実験(7)を参照して、対応する数値解析手法を行いました。計算では、作動流体として、非圧縮流体である水と理想気体の状態方程式に従う空気を用いています。図2に示すように、水槽底面を走る水際線の位置、右壁に衝突して鉛直方向に立ち上る水柱の形状、砕波しながら再崩壊する水柱に空気が飲み込まれる様子、水槽底面で跳躍した波頭が再び左壁に到達する様子など、対応する実験で観察された液面形状の特徴的な変化が、計算でもよく再現できました。

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図2:ダム崩壊問題。障害物が無い場合(左)と有る場合(右)

3.1 非定常加速度(再使用型液体ロケット推進薬タンクでのスロッシング)

JAXA宇宙科学研究所では、再使用可能な液体ロケットの実現へ向けて、図3のような、液体酸素と液体水素を推進薬とする小型エンジンを搭載したロケット実験機を開発し、比較的短秒時の垂直離着陸飛行を反復する試験(11)に取り組んでいます。従来型の液体ロケットに比べ、再使用型の場合、地上帰還時の大気圏内飛行など、多様な飛行経路や機体姿勢を要求されます。

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図3:ロケット実験機の垂直離着陸試験 (提供JAXA/ISAS)

こういう飛ばし方をされると、タンク内の液体推進薬が時間的に変化する加速度を受けて大きく揺動すること(スロッシング)が心配になります。大規模なスロッシングの発生は、機体の姿勢制御に有害なだけでなく、タンク吸引口から加圧ガスが排出されれば、ポンプの過回転や燃焼室での失火を誘発する危険性があるなど、エンジンにとっても有害です。スロッシングを抑制するためには、タンク内に邪魔板などの減衰器具を艤装すべきですが、飛行中の加速度環境を地上で再現するのは難しく、スロッシングの規模や減衰器具の効果を事前評価する「試運転」は容易ではありませんでした。

そこで私たちは、水平方向加振機に実機タンクの縮小模型を搭載した地上実験を、工学部7号館の実験室で行うとともに、対応する三次元数値シミュレーションも試みました。実験では、複数エンジンの一つが故障して機体姿勢が大きく変化する場合を想定した加振も行いました。流体の運動方程式を無次元化して考えることで、小さな模型容器の中で起こる現象は、大きな実機タンクの中で起こる現象に、時間的にも空間的にも相似変換することができます。模型実験を考案するときに使う相似則こそ力学の醍醐味です。

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図4:模型タンク内のスロッシング観察結果(左)と対応する数値解析 (右)

気液界面の変形に注目すると、波頭形状、液体がタンク頂部へ達する様子、それ以降の砕波現象など、対応する実験結果が計算でも良く再現されているのが分かります。その一方、格子スケール以下の液滴や気泡を界面捕獲法で捉えられないことも明らかであることから、計算対象に応じた格子密度の設定が重要であることも確認できます。

検証計算によって数値解に対する一定の妥当性が確認されたのを受け、図5に示すように、実験機の飛行条件により近い加速度条件を課した場合や、スロッシング抑制のための邪魔板をタンク内部に装備した場合についても数値シミュレーションを行っています。これらの成果は、図6に示すように、日本の基幹ロケットであるH2Aの高機能化(H2A高度化)とH3の開発にも活かされています。

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図5: 邪魔板付タンク内のスロッシング 図6: 基幹ロケット上段機体タンク内の液挙動(低重力)

3.3 低重力環境

微小重力環境に置かれた円筒容器の内部で、界面張力と濡れ性に駆動されて変形する界面について、落下塔実験と数値シミュレーションを行った結果です。図7に示すように、実験では高さ約10 mの落下塔を用いて、1/1000G以下の加速度環境を落下筐体内部で約1秒間にわたって実現できます。

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図7 : 落下塔外観と落下筐体模式図 (東京大学、津江・中谷研究室より借用)


図8に実験結果の一例(左)と共に、対応する数値解析結果(右)を示します。実験結果からは、微小重力環境で、固体壁面上の接触角を保とうとする濡れ性の効果と、液面の曲率を緩和しようとする 界面張力の効果によって液面形状が変化しているのが分かります。また、落下開始の約1秒後に、落下筐体内部で、円筒容器を搭載した内箱が風除けの外箱に追突すると、液体の柱が立ち上る様子も観察されました。このように、微小重力環境では「太い管」でも「毛細管」現象が観察できます。人工衛星タンクの内部には、界面張力と濡れ性を上手に使って、液体を望ましい位置に捕まえておくデバイス(PMD)も用いられます。

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図8:円筒内の表面張力駆動流、観察結果(左)と対応する数値解析 (右)

この他、多くの方々の協力を得て「小さなロケットを使った大きなロケットのための飛行実験」(外部リンク)にも取り組んでいます。ご興味があればご一読ください。

 

<今後の抱負>

今後、直近の課題として、濡れ性モデルと相変化モデルの高度化(図9)に取り組んでいます。これらの課題については、相変化を考慮した界面捕獲法(8)によるキャビテーション現象の数値解析(図10)(9)などを通じて、新たな手法やモデルの妥当性評価を着実に進めています。

宇宙輸送システムは、地上からの打上ロケットの再使用化だけでなく、宇宙空間の多地点を往来する軌道間輸送機の実現、推進薬再補給ステーションなどの軌道上インフラ構築へ向かって発展します。そのような場面で、しっかり働く機械を設計するためにも、流体工学や熱工学を含む学問体系を、低重力・極低温・超高圧などの極限的な条件にも拡張するように発展させるのが、航空宇宙工学の研究者としての役目だと思っています。
よく冷えた生ビールをジョッキから飲むのは、地上では簡単ですが、地球周回軌道上では簡単ではありません。それができるようにするのも、私の目標です。

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図9:管内沸騰流 図10: キャビテーション

 

参考文献

(1)    Reynolds, W. C. and H. M. Statterlee, Liquid propellant behavior at low and zero g., The Dynamic Behavior of Liquids in Moving Containers, H. N. Abramson, (ed.), NASA SP-106 (1966), pp.387-449.

(2)    T. Himeno and T. Watanabe, Thermo-Fluid Management under Low-gravity Conditions : 2nd Report, Free-Surface Flows Driven by Surface Forces, Trans. JSME Ser.B, Vol.68, No.687(2003), pp.2400-2407 (in Japanese)

(3)    T. Himeno, S. Nonaka, Y. Naruo, Y. Inatani and T. Watanabe,“Numerical Analysis of Sloshing and Wave Breaking in a Small Vessel by CIP-LSM” ,  JSME International Journal, Series B, Vol.47, No.4(2004), pp.709-715.

(4)    T. Himeno, T. Watanabe and R. Imai, “Numerical Analysis of Free Surface Flows Driven by Interfacial Tension Effect”, Journal of the Japan Society of Microgravity Application, Vol.23, No.2(2006), pp.99-105.

(5)    T. Himeno, T. Watanabe, S.Nonaka, Y. Naruo,,Y.Inatani and H. Aoki, Numerical and Experimental Investigation on Sloshing in Rocket Tanks with Damping Devices, AIAA Paper 2007-5557(2007)

(6)    T. Himeno, D. Sugimori, K. Ishikawa, Y. Umemura, S. Uzawa, C. Inoue, T. Watanabe, S.Nonaka, Y. Naruo,,Y.Inatani, K. Kinefichi, R. Yamashiro, T. Morito and K. Okita, Heat Exchange and Pressure Drop Enhanced by Sloshing, AIAA Paper 2011-5682(2011)

(7) Koshizuka, S., Tamako, H., and Oka, Y, Computational Fluid Dynamics J. Vol. 4, (1995), pp.29-46.

(8) Y.Umemura, T. Himeno and T. Watanabe, Numerical Simulation of Bubble Growth and Departure on Heat Transfer Surface, J. Jpn. Soc. Microgravity Appl. Vol. 29 No.1 (2012), pp.2-7 (in Japanese).

(9) K.Ishikawa, Y.Umemura, T. Himeno, T. Watanabe, N. Tani, H. Terashima and M. Koshi, Numerical Analysis on Unsteady Cavitation by Direct Interface Tracking Approach, Trans. JSASS Aerospace Tech. Japan, Vol. 11 (2013)

 

航空宇宙工学専攻 渡辺・姫野研究室
http://park.itc.u-tokyo.ac.jp/jetlab/