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若手研究者紹介:金澤直也講師

 

 

 

 

【経歴】
2009.3: 東京大学工学部物理工学科卒業
2011.3: 東京大学大学院工学系研究科物理工学専攻修士課程修了
2014.3: 東京大学大学院工学系研究科物理工学専攻博士課程修了

2011.4-2014.3: 日本学術振興会 特別研究員(DC1)
2014.4-2018.5: 東京大学大学院工学系研究科物理工学専攻 助教
2018.6-: 東京大学大学院工学系研究科物理工学専攻 講師

 

【研究について】

・物質中のトポロジカルスピン構造の開拓と機能創出
紀元前の遥か昔に発見された鉄がくっつく石、すなわち磁石は、現代社会を支える必要不可欠な要素となっています。例えば最先端のテクノロジーが詰まっている自動車に目を向けてみると、スイッチやモーター、センサーなどの装置の部品として100個以上の磁石が使われています。磁石の古い歴史にも関わらず、物質のもたらす磁石の性質(磁性)が本質的に理解されたのは20世紀の量子力学の誕生からです。物質中に多数存在する電子は、自転運動のようなスピンという角運動量を持ち、微小な磁石として振舞います。これら多数のスピンが互いに相互作用をして平行に整列すると、いわゆる磁石となります。磁性は、我々の生活している温度(室温)で起きる量子現象であり、実は驚異的な性質なのです。
スピンは平行に整列する強磁性状態だけではなく、多彩な集団構造を示すことが明らかにされてきました。その中でも、私は「トポロジカルなスピン配列」に注目して研究を行っています。トポロジーという数学は、やわらかい幾何学とも評されるように、二つの物が連続変形可能であれば形が同じであると分類する幾何学です。インターネットで検索するとすぐに出てくる有名な例として、「ドーナツとマグカップは互いに変形が可能で同じ形に分類される」というものがあります。これは立体の閉曲面は穴の数で分類することができ、それぞれのカテゴリーは穴の数である整数で特徴付けられるという定理に由来しています。近年、物性物理学の分野においてもトポロジーの考え方が有効であることが認識され、様々な発見がなされています。スピンの集団構造(磁気構造)のトポロジーにおいては、ドイツのグループと十倉先生の率いる私たちのグループによって、スキルミオンという2次元のトポロジカル磁気構造が実験的に実証されました。図1に示したのは、Fe0.5Co0.5Siという物質に現れるスキルミオンという2次元の磁気構造を電子顕微鏡によって直接観察した像です[文献1]。スピンの向きを解析して色を付けています。(左下のカラーホイールが色と向きの対応を表しており、例えばカラーホイールの右に位置する赤色は右向きスピンを表します。) 数万個のスピンの集団が整列して直径90ナノメートル程度の渦状構造「スキルミオン」を形成し、さらにそれらの渦が三角格子のように敷き詰められている状態になっています。スキルミオンを成す全てのスピンを一点に集めると、スピンの向きが丁度1回球面を覆うことがわかります。このようにスピンが球面を整数回だけ覆うとき、磁気構造がトポロジーの性質を持つ(トポロジカルである)と言います。スキルミオンの持つトポロジーの数学的性質は、物質中の電子との相互作用を通して物理的にも特有の性質をもたらし、有望なデバイス機能としても注目されています。私たちは、スキルミオンの発生する「創発磁場」と呼ばれる巨大な実効磁場に注目し、ナノデバイスにおいても動作する様々な電磁気応答を観測しました。例えばスキルミオンは1つの粒子のように見做せ、電流などによって高効率に駆動や検出ができることから、電気的に操作可能な次世代の磁気記憶メモリの情報ビットとして応用できる可能性を持っています。他にもスキルミオン格子の概念を3次元に拡張して、ヘッジホッグ格子という、宇宙誕生の時には存在していたと考えられている「磁気モノポール」と同じ振舞いをする新しいトポロジカルな磁気構造の観測にも成功しました[文献2]。現在はこれらの磁気構造のダイナミクスを利用して高効率な熱-電気変換などユニークな機能物性の開拓も行っています[文献3]。

 

[文献1] X. Z. Yu, Y. Onose, N. Kanazawa, J. H. Park, J. H. Han, Y. Matsui, N. Nagaosa, and Y. Tokura, “Real-space observation of a two-dimensional skyrmion crystal”, Nature 465, 901 (2010).
(プレスリリース: https://www.jst.go.jp/pr/announce/20100617/index.html)
[文献2] N. Kanazawa, Y. Nii, X.-X. Zhang, A. S. Mishchenko, G. De Filippis, F.Kagawa, Y. Iwasa, N. Nagaosa, and Y. Tokura, “Critical phenomena of emergent magnetic monopoles in a chiral magnet”, Nature Commun. 7, 11622 (2016).
(プレスリリース: https://www.t.u-tokyo.ac.jp/shared/press/data/setnws_20160517141308378190109870_563171.pdf)
[文献3]
Y. Fujishiro, N. Kanazawa, T. Shimojima, A. Nakamura, K. Ishizaka, T. Koretsune, R. Arita, A. Miyake, H. Mitamura, K. Akiba, M. Tokunaga, J. Shiogai, S. Kimura, S. Awaji, A. Tsukazaki, A. Kikkawa, Y. Taguchi, and Y. Tokura, “Large magneto-thermopower in MnGe with topological spin texture”, Nature Commun. 9, 408 (2018).
(プレスリリース: https://www.t.u-tokyo.ac.jp/shared/press/data/setnws_201801301316101584833631_830732.pdf )

 

 

【今後の抱負】
磁気構造のトポロジーが生み出す創発磁場は、物質中の電子に今までの電磁気学では考えて来られなかった効果を与え、未開拓の多彩な電磁気機能をもたらしてくれる可能性を秘めています。
現在、人類は電気エネルギーを自在に使う時代となりました。しかし急速な情報化社会の発達に伴い、身の回りに満ち溢れているIT機器が消費する電気量は増加し続け、環境問題や資源枯渇といった問題を正面から取り組まなければなりません。基礎・応用物理の架け橋となる物理工学の研究者として、物質中のトポロジーの概念を活用・発展させ、高効率なエネルギー変換や超低消費電力素子の実現に貢献していきたいと思います。

 

十倉研究室:http://www.cmr.t.u-tokyo.ac.jp/