プレスリリース

メディアイベントは開催国の国民を団結させるのか?

 

1.発表者

鳥海 不二夫(東京大学 大学院工学系研究科システム創成学専攻 教授)

 

2.発表のポイント

◆オリンピックの様なメディアイベントには国内の政治的対立を一時的に棚上げし、政権に対する支持を浮揚する効果があると言われている。
◆東京オリンピックの開催に合わせソーシャルメディア上の東京オリンピックに対する態度と菅政権への支持の関係を分析した。
◆その結果、オリンピックに対してネガティブだったユーザもオリンピック開幕後にはポジティブになることが多かったが、政権への態度との関連は見られなかった。

 

3.発表概要: 

オリンピックは典型的なメディアイベントであり、マスメディアを通じて人々の関心を独占する祝祭の場とみなされている。オリンピックとその報道は、あらかじめ決められたスケジュールで行われ、政治的対立を一時的に休戦させることによって国民の一体感を高める。特にオリンピック開催国の政府は、この効果を利用して自国の政策への支持を集めようとする傾向がある。しかし、メディア環境の変化や政治的偏向の高まりにより、こうしたメディアイベントの効果は弱まりつつあるのではないか。本研究では、2020年の東京オリンピックを題材に、大量のTwitterデータを分析し、日本のソーシャルメディアユーザーのオリンピックに対する意識と、その意識変化と菅政権の政治的リーダーシップに対する意識との関係を探った。その結果、それまでネガティブだったオリンピックに対する態度は、人々がオリンピックを楽しむにつれて改善されていくことが明らかになった。しかし、このポジティブな変化は、首相に対する態度とは関連が認められなかった。オリンピックに対する態度はユーザの政治指向に強く規定されており、メディアイベントとしてのオリンピックが政権支持に与える意味は限定的であることが示された。

 

4.発表内容: 

メディアイベント理論では、オリンピックなどの世界的なスポーツ大会や象徴的な人物の結婚や死(例:エリザベス女王の死去)、大災害や大きな事件・事故などのメディアイベントはマスメディア上での議題を独占し、人々の関心を集中させることで政治的対立を一時休戦状態に置き、政権に対する支持を高める効果があるとする。しかし、マスメディアがメディア環境を独占してきた時代は終わり、ソーシャルメディアでは人々の関心はより細分化、分断化しており、メディアイベントがかつてのように国民を統合するような効果を持たなくなりつつあるのではないかと考えられる。このような問題意識に基づき、本研究はオリンピック開催前、開催中、開催後の3つの時期に分けて、日本語でのTwitter利用者のオリンピックと菅義偉首相に対する態度を推定し、オリンピックに対する態度の好転が菅首相に対する態度と関連するかどうかを検討した。

6,500万件以上のオリンピックまたは菅首相に関連するツイートをリツイートネットワークのクラスタリングを用いてポジティブとネガティブなものに分類した。オリンピック開催前は新型コロナウイルスの感染が拡大する中での開催に反対する声が多かったものの、開会式以降は日本人選手の活躍もあって、オリンピックに対する態度は大幅に好転したことが明らかになった(図1)。さらに、オリンピック開催前と開催後のオリンピックに対する態度の変化をパタン化し、各パタンごとに菅首相に対する態度を調べたところ、オリンピック前後で菅首相に対する態度はほとんど変化していないことが明らかとなった(図2左)。図2左の変化のパタンは、たとえばNPであればオリンピック開催前にオリンピックに対してネガティブな態度、開催中にはポジティブな態度を示したユーザを示す。PNはポジティブからネガティブへの変化を表し、NNは開催前、開催中ともにネガティブな態度、PPはともにポジティブな態度を表す。オリンピックに対してネガティブな態度を持つ人は菅首相に対してもネガティブであり、オリンピックに対してポジティブな態度を持つ人は菅首相に対してもポジティブである傾向が見られた。

この傾向を踏まえて、先行研究で得られていた政治的傾向(安倍晋三首相に対する態度をベースに保守的あるいはリベラルな政治傾向を推定したもの)とオリンピックに対する態度との関連を調べたものが図2右である。オリンピックに対する態度が一貫してネガティブだったユーザ(NNパタン)ではリベラルな(青色)ユーザが多く、オリンピックに対して一貫してポジティブだったユーザは保守的な(オレンジ色)ユーザが多い傾向が見られた。このことは、オリンピックに対する態度は政治的な傾向によって強く規定されていたことを示している。一方、オリンピックに対する態度は開催後に大幅に好転したものの、この好転は菅政権に対する支持の拡大にはつながらなかった。

オリンピックの開催がホスト国の政権浮揚につながる可能性については、メディアイベント理論だけでなく、政治家自身も認識していたと思われる。たとえば、自民党の河村建夫元官房長官は、「五輪で日本選手が頑張っていることは、われわれにとっても大きな力になる」「五輪がなかったら、国民の皆さんの不満はどんどんわれわれ政権が相手となる。厳しい選挙を戦わないといけなくなる」と述べ、東京五輪での日本代表選手の活躍が次期衆院選において政権与党に対する追い風となるという認識を示している。しかし、オリンピックに対する態度がそもそもイデオロギー的に規定されていたこと、さらに、オリンピックに対する態度は確かに日本人選手の活躍等によって好転したが首相や政権に対する態度には波及しなかったことによって、このような期待された効果は生じなかったと結論付けられる。

もちろん、オリンピックに対する短期的な態度の変容ではなく、オリンピックに関連する公共事業やインバウンド効果によってより長期的に政権に対する支持が高まるという効果も考えられるだろう。しかし、新型コロナウイルスの拡大によって海外からの観客が失われたことなどによってそうした効果も限定的である可能性が高い。オリンピックのようなメディアイベントを主催することで期待される政治的効果は、マスメディアがメディア空間を独占できなくなった現代ではあまり期待できないことを本研究は示した。

本研究はJSPS科研費JP19K20413JST未来社会創造事業JPMJMI20B4およびRISTEX JPMJRX20J3の支援を受けた。

 

5.発表雑誌: 

雑誌名:PLOS ONE

論文タイトル:Do media events still unite the host nation’s citizens? The case of the Tokyo 2020 Olympic Games

著者:Takeshi Sakaki*, Tetsuro Kobayashi, Mitsuo Yoshida, Fujio Toriumi

DOI番号:10.1371/journal.pone.0278911

 

6.添付資料:

 

fig1

1 オリンピック開催前、開催中、開催後におけるオリンピックに対する態度の変化

 

 

fig2

2 オリンピックに対する態度の変化パタンごとの政治的特徴

 

 

プレスリリース本文:PDFファイル

PLOS ONE:https://journals.plos.org/plosone/article?id=10.1371/journal.pone.0278911