プレスリリース

垂直入射型コヒーレント光受信器を開発 ―Beyond 5G用の超高速・超小型光トランシーバ実現に期待―


1.発表者

種村 拓夫(東京大学 大学院工学系研究科 電気系工学専攻 准教授)

相馬  豪(研究当時:東京大学 大学院工学系研究科 電気系工学専攻 修士課程)

中野 義昭(東京大学 大学院工学系研究科 電気系工学専攻 教授)

石村 昇太(株式会社KDDI総合研究所 コアリサーチャー)

 

2.発表のポイント
◆半導体基板に対して垂直に入射された光の複素振幅を検出するコヒーレント光受信器を開発。
◆金属ナノ格子型偏光子を光検出部の直上に集積した新規構造により、複雑な光回路を用いることなく、高速な光信号の複素振幅を実部と虚部に分離して検出できることを初めて実証。
◆2次元並列化が可能になるため、Beyond 5Gにおいて大量に必要になるテラビット級光トランシーバが超小型でかつ安価に実現でき、情報通信技術の発展に貢献すると考えられる。

 

3.発表概要

東京大学大学院工学系研究科の種村拓夫 准教授、相馬豪 大学院生(研究当時)、中野義昭 教授らを中心とする研究グループと株式会社KDDI総合研究所は、国立研究開発法人情報通信研究機構(NICTエヌアイシーティー))委託研究「Beyond 5G 研究開発促進事業」のもと、コヒーレント光受信器(注1)の新規構造を実証することに成功しました。光検出部の直上に金属ナノ格子型偏光子(注2)を集積することで、上面から垂直に入力した高速な光信号の複素振幅(注3)を、実部と虚部の成分に分離して受信出来ることを初めて示しました。

従来のコヒーレント光受信器は、半導体基板の側面から光を入力し、複雑な導波路(注4)からなる光回路内を伝搬することで複素振幅の各成分を検出する構成でした。大容量化に向けて、多数のチャンネルを集積することが求められますが、従来構造では1次元方向に導波路を並べるしかなく、10チャンネル以上の並列化は困難でした。これに対して本成果で実証した構造は、垂直入射型かつ超小型のため、100チャンネル以上の2次元並列化も可能になります。テラビット級光受信器を安価に実現でき、Beyond 5Gネットワークの構築に直結する技術だと期待されます。

本研究成果は、2022721日(米国東部夏時間)に米国科学誌「ACS Photonics」のオンライン版に掲載されました。

本研究は、NICTの委託研究「Beyond 5G 研究開発促進事業(採択番号:03601)」により実施されました。


4.発表内容:

<研究の背景・先行研究における問題点>

5Gの次の世代の移動通信システムであるBeyond 5Gでは、無線基地局間をつなぐ光アクセス網(注5)を流れる情報トラフィックが大幅に増大すると予測されています。この要求に応えるために、大容量のデータを効率良く伝送できるコヒーレント光通信方式(注6)を光アクセス網にも導入することが考えられていますが、そのためには、安価なコヒーレント光受信器が必要になります。

コヒーレント光受信器は、現在、長距離の伝送系において広く使用されていますが、多数の導波路や干渉計からなる複雑な光回路を要するため、光アクセス網のような短距離のネットワークに大量に導入するのは、大きさやコストの面で問題があります。また、導波路型のため、1次元方向に並べることしかできず、並列化可能なチャンネル数に限度があります。一方、Beyond 5Gでは、大量の空間チャンネルを用い、マルチコアファイバ(注7)などを介して伝送する必要性が指摘されていますが、そのような並列化された光信号を一括受信できるコンパクトかつ安価なコヒーレント光受信器は未だ存在せず、実現が望まれています。

 

<研究内容>

上記の課題を解決するために、従来の導波路型とは異なり、2次元方向への並列化が可能な垂直入型のコヒーレント光受信器を新しく提案し、高速な光信号を受信できることを実験的に実証することに成功しました。

本研究で提案したコヒーレント光受信器の構成を図1に示します。半導体からなる高速な光検出部の直上に金属ナノ格子構造による偏光子を集積しており、偏光子の角度を0°、45°、90°、135°としたものを4つ並べた構成になっています。この構造に対して上面から信号光と局所光を左右円偏光状態にして入射すると、偏光子の角度に応じた位相差で信号光と局所光が干渉し、検出部で受光されます。その結果、各検出部の光電流信号から、信号光の複素振幅の実部(I信号)と虚部(Q信号)をそれぞれ検出することが出来ます。従来の導波路型と異なり、複雑な光回路を要しないため、光検出部の面積のみで決まる超小型なコヒーレント光受信器が実現できます。また、光の波長に関係なく、信号光と局所光との間に正確な位相差を与えることが出来るため、従来型よりも広い波長範囲にわたって使用することが出来ます。

インジウムリン基板上に作製したコヒーレント光受信器の顕微鏡写真と走査電子顕微鏡像を図2に示します。検出部の面積は僅か70 mm×70 mmであり、従来の導波路型に比べて小さな占有面積に収まっています。今回は作製と測定の便宜上この大きさにしましたが、原理的には数mmまで小さくすることが可能です。作製した素子を用いて、信号光を受信した結果を図3に示します。変調レート64 Gbaudの4位相偏移変調(QPSK)信号(注8)や、50 Gbaud 16値直交振幅変調(16QAM)信号(注9)などの高速な光信号を受信できることを示しました。さらに、1280 nm から1630 nmの広い波長範囲にわたって動作することを実証しました。

  

<社会的意義・展望>

今回、占有面積が僅か70 mm×70 mmの垂直入射型のコヒーレント光受信器を実証しましたが、今後、検出部の面積をさらに縮小して2次元アレイ状に並べることで、10チャンネル以上に並列化した超小型かつ大容量の受信器が実現できます。このような素子は、Beyond 5Gにおいて大量に必要となるテラビット級の光トランシーバを安価に実現するための有効な手段になります。さらに、光通信に留まらず、センシングや光コンピューティングの分野においても、2次元アレイ化したコヒーレント光受信器の需要は高く、広範な分野への応用が期待されます。


5.発表雑誌

雑誌名:ACS Photonics」(オンライン版:721日)

論文タイトル:Ultra-Broadband Surface-Normal Coherent Optical Receiver with

Nanometallic Polarizers

著者:Go Soma, Warakorn Yanwachirakul, Toshiki Miyazaki, Eisaku Kato, Bunta Onodera, Ryota Tanomura, Taichiro Fukui, Shota Ishimura, Masakazu Sugiyama, Yoshiaki Nakano, and Takuo Tanemura*

DOI番号:10.1021/acsphotonics.2c00759

アブストラクトURL:https://pubs.acs.org/doi/10.1021/acsphotonics.2c00759


6.研究グループの構成

相馬  豪(研究当時:東京大学 大学院工学系研究科 電気系工学専攻 修士課程)

ヤンワチラークン ワラーコン(研究当時:東京大学 大学院工学系研究科 電気系工学専攻 特任研究員)

宮崎 俊輝(研究当時:東京大学 大学院工学系研究科 電気系工学専攻 修士課程)

加藤 豪作(東京大学 大学院工学系研究科 電気系工学専攻 学術専門職員)

小野寺 文太(東京大学 大学院工学系研究科 電気系工学専攻 修士課程)

田之村 亮汰(東京大学 大学院工学系研究科 電気系工学専攻 博士課程)

福井 太一郎(東京大学 大学院工学系研究科 電気系工学専攻 博士課程)

石村 昇太(株式会社KDDI総合研究所 コアリサーチャー)

杉山 正和(東京大学 先端科学技術研究センター 教授)

中野 義昭(東京大学 大学院工学系研究科 電気系工学専攻 教授)
種村 拓夫(東京大学 大学院工学系研究科 電気系工学専攻 准教授)

7.用語解説

(注1)コヒーレント光受信器
局所光と干渉させることで信号光の強度と位相を両方検出する受信器。光の強度のみを検出する直接検波型受信器に比べて、高効率かつ高感度な光通信が実現できる。
(注2)金属ナノ格子型偏光子
薄い金属膜を波長以下の周期で格子状のスリットに加工した構造。適切に設計することで、入射光のうち一つの偏光成分のみを透過する偏光子として機能する。
(注3)複素振幅
光電界の強度と位相の情報を複素数形式で表したもの。複素振幅の実部と虚部の情報から、強度と位相の情報に換算できる。(注4)導波路
半導体や誘電体のチップ内において、ある領域の屈折率を高くすることで、光をその領域に閉じ込めて伝送する線路のこと。(注5)光アクセス網
光ファイバ通信システムにおいて、ユーザーに近い領域をカバーする比較的短距離の光通信網。すなわち、複数の有線加入者や無線基地局とこれらを集約するセンター局との間を結ぶ光ネットワークのこと。
(注6)コヒーレント光通信方式
光の強度に加えて位相にも情報を載せて伝送する方式。強度のみを用いる方式に比べて、信号の帯域利用効率や受信感度の面において優位性がある一方で、光の位相を検出するためのコヒーレント光受信器などが必要になり、一般的には高価になる。(注7)マルチコアファイバ
一本のファイバの内部に、光の通り道である「コア」を複数本配置したファイバのこと。コア数を増やすことで伝送容量を拡大できるため、次世代の光通信システムにおいて使用されると期待されている。
(注8)4位相偏移変調(QPSK)信号
光の複素振幅において、位相が90°ずつ離れた4つの状態を用いて信号を伝送する方式。一度の変調で4値(2ビット)の情報を送ることができる。
(注9)16値直交振幅変調(16QAM)信号
光の複素振幅において、複素平面上で等間隔に離れた16個の状態を用いて信号を伝送する方式。一度の変調で16値(4ビット)の情報を送ることができる。

8.添付資料
fig1図1:金属ナノ格子型偏光子を集積した垂直入射型コヒーレント光受信器の模式図。

fig2図2:インジウムリン基板上に作製した垂直入射型コヒーレント光受信器。(a)素子全体の写真、(b)金属ナノ格子部の走査電子顕微鏡像。

fig3図3:試作した素子を用いたコヒーレント信号光の受信結果。(a)波長1550 nmにおける高速信号受信結果、(b)広波長域での動作特性。


プレスリリース本文:PDFファイル
ACS Photonics:https://pubs.acs.org/doi/10.1021/acsphotonics.2c00759