プレスリリース

細菌の生存競争に関わるタンパク質の活性化の分子機構を解明 〜翻訳因子のこれまで知られていなかった新たな機能の発見〜


1.
発表者

王    晶(東京大学大学院新領域創成科学研究科メディカル情報生命専攻 博士課程3年)

八代  悠歌(東京大学大学院新領域創成科学研究科メディカル情報生命専攻 特任助教)

坂口 裕理子(東京大学大学院工学系研究科化学生命工学専攻 特任研究員)

鈴木   勉(東京大学大学院工学系研究科化学生命工学専攻 教授)

富田  耕造(東京大学大学院新領域創成科学研究科メディカル情報生命専攻 教授)

 

2.発表のポイント:
◆腸管出血性大腸菌EC869株の接触依存性増殖阻害(CDI、注1)に関与するタンパク質(CdiA-CTEC869)は、隣接する細菌内の翻訳伸長因子(注2)によって活性化され、特定のtRNA(注3)を切断し、細菌の増殖を抑制します。
CdiA-CTEC869が翻訳伸長因子と複合体を形成することによりCdiA-CTEC869tRNAへの親和性とtRNA切断の反応性が高まり、その結果tRNAが切断されることが明らかになりました。
◆翻訳伸長因子がタンパク質合成伸長過程の機能とは異なり、細菌の生存競争に関わる現象において、tRNA切断の反応場として働くこれまで知られていなかった新たな機能を見出しました。

 

3.発表概要

接触依存性増殖阻害(CDI)は、細菌の生存競争に関わる現象です。CDIは、細菌から接触依存性増殖阻害タンパク質(CdiA-CT)が隣接する別の細菌内へ挿入され、CdiA-CTが隣接細菌の増殖を阻害することによって起きます。CDIは病原性細菌に広く見出され、病原性細菌の優先的な増殖、蔓延を促進します。

今回、東京大学大学院新領域創成科学研究科メディカル情報生命専攻の王晶大学院生(博士課程)、八代悠歌特任助教、富田耕造教授らの研究グループは、東京大学大学院工学系研究科化学生命工学専攻の坂口裕理子特任研究員、鈴木勉教授との共同研究において、病原性腸管出血性大腸菌(EC869株)の有するCdiA-CTが隣接する細菌内で翻訳伸長因子であるTuTsと三者複合体を形成し、CdiA-CTが複合体中のTuTsを反応の足場(scaffold)として利用して特定のtRNAを効率よく切断する分子機構を明らかにしました。

本研究成果はタンパク質合成に必須な翻訳伸長因子が細菌の生存競争プロセスにおいて、これまで知られていなかった新たな機能を有することを明示したものであり、あらゆる生物が有する生命に不可欠な翻訳因子の多機能性を明らかにしたものです。

本研究成果は、412日付けで「Nucleic Acids Research」にオンライン掲載されました。

 

4.発表内容

接触依存性増殖阻害(CDI)は、細菌間の生存競争に関わり、病原性細菌において広く見出される現象です。CDIは、細菌同士の特異的な接触依存性増殖阻害タンパク質前駆体とその受容体を介した直接的な相互作用、接触依存性増殖阻害タンパク質の細胞内への輸送といった、一連のプロセスによって進行します。隣接する標的細菌内に増殖阻害タンパク質が送り込まれると、その細菌の増殖は増殖阻害タンパク質の作用で抑制されます。大腸菌の場合、CDIを司る遺伝子は、cdiAcdiBcdiIです。CdiAは、アミノ末端(注4)が細胞表面から突出したフィラメント状構造をとり、受容体結合ドメイン(RBD)とカルボキシ末端(注4)側の活性ドメイン(CdiA-CT)から構成されます。CdiBは外膜タンパク質であり、CdiACdiBを介して細胞外へ輸送され、CdiARBDが隣接する細菌の受容体に結合すると、CdiAは自己タンパク質分解活性により活性ドメインCdiA-CTを切りはなし、CdiA-CTは標的細胞内に移行します。CdiA-CTは多様性に富んでおり、細胞膜への孔形成活性(pore-forming、注5)、rRNAtRNAを標的としたRNA分解活性、DNA分解活性などを持つものがあることが知られています。CdiIは、CdiA-CT:CdiI複合体を形成することでCdiA-CTの活性を抑制し、細胞を自己毒から守る免疫タンパク質であり、対応するCdiIを持たないの細菌の増殖は、CdiA-CTによって阻害されることになります。

最近、腸管出血性大腸炎を引き起こす病原性大腸菌NC101株、EC869株、肺炎桿菌(かんきん)342株由来のCdiA-CTが、tRNAのアクセプター3' 領域(注6)を切断する活性を持ち、タンパク質合成を阻害することにより標的細胞の増殖を抑制すること、また、そのtRNA切断活性にはタンパク質合成過程に必須な翻訳伸長因子TuTsが必要であることが報告されました。タンパク質合成反応において、TuGTPに結合した(Tu:GTP)状態で、アミノアシルtRNAをタンパク質合成が行われるリボソームへ運搬する役割を持っています。リボゾーム上へ正しいアミノ酸を受容したtRNAが運ばれると、TuGTPase活性によってGTPGDPに加水分解され、GDP結合型TuTu:GDP)はリボソームから放出されます。TsTu:GDPと結合してGDPを解離させ、Tuを再利用するために必要な、Tuのグアニンヌクレオチド交換因子として機能することが知られています。しかし、これらの病原性細菌由来のCdiA-CT の基質tRNAの選択的認識機構や翻訳伸長因子TuTsCdiA-CTによる特定のtRNAの切断の活性化の分子機構は明らかになっていませんでした。

本研究では、腸管出血性大腸菌EC869株由来のCdiA-CTEC869 (以後、簡略化してCdiA-CT)に注目しました。まず、大腸菌内でCdiA-CTによって切断されるtRNAを質量分析により解析したところ、CdiA-CTはアスパラギン、グルタミン、トリプトファンを受容するtRNA、およびタンパク質合成の開始に使われるメチオニンを受容するtRNAのみを選択的に切断することが明らかになりました。さらに、高度に精製したCdiA-CTTuTsタンパク質を用いて、翻訳伸長因子によるCdiA-CTの活性化を試験管内で解析し、これらのtRNAは翻訳伸長因子とGTP 存在下でtRNAのアクセプター領域の7172の間を特異的に切断し、これらのtRNAのみに共通してみられる特徴が認識されていることがわかりました。また、翻訳伸長因子によるCdiA-CTによるtRNA切断の活性化は、1)基質となるtRNAのアミノアシル化の状態とは無関係であること、2TuのドメインIIIII内のアミノ酸および、Tsのコイルド-コイル(coiled-coil、注7)ドメインの塩基性残基に依存し、さらに3TuTsが二者複合体を形成することが活性化に関わっていることを明らかにしました。

また、CdiA-CTTuと直接相互作用し、CdiA-CT:Tu:Ts:tRNAの四者複合体がGTP存在下で形成されることを明らかにしました。さらに、CdiA-CTTuの結合様式を明らかするため、CdiA-CT:CdiI:Tuの三次元構造をX線結晶構造解析によって決定し、CdiA-CTTuのドメインII 結合していることを明らかにし、CdiA-CT:Tu:Ts:tRNAの構造モデルの構築を行いました。その結果、翻訳伸長因子存在下でのCdiA-CTによるtRNAの切断には、tRNAのアクセプター領域の構造変化およびCdiA-CTの構造変化が必要であることがわかりました。

これらの一連の解析から、CdiA-CTTu:GTP:Ts複合体に結合し、その複合体によってtRNAが認識されてtRNA切断されること、この際にTu:GTP:Ts複合体がtRNA切断の反応足場(scaffold)として働き、CdiA-CTによる効率的なtRNA切断を促進するという、翻訳伸長因子によるCdiA-CT活性化のメカニズムのモデルを提示しました(図)。

本研究成果は、タンパク質合成過程で必須である翻訳伸長因子が、細菌の生存競争といった全く異なるプロセスに関与するCdiA-CTの反応場(scaffold)を提供することを明らかにし、あらゆる生物が有する翻訳因子のこれまで知られていなかった新たな機能を見出したものです。


*本研究は、日本学術振興会科学研究費助成事業 基盤研究A18H03980)、基盤研究S18H05272)、文部科学省科学研究費助成事業 新学術領域研究(26113002)、科学技術振興機構 戦略的創造研究推進事業(ERATO, JPMJER2002)などの支援を受けて行われました

 
5.発表雑誌

雑誌名:Nucleic Acids Research(オンライン版:412日)
論文タイトル:Mechanistic insights into tRNA cleavage by a contact-dependent growth inhibitor protein and translation factors

著者:Jing Wang, Yuka Yashiro, Yuriko Sakaguchi, Tsutomu Suzuki, and Kozo Tomita*
DOI番号:10.1093/nar/gkac228

 

6.用語解説

1)接触依存性増殖阻害(Contact-Dependent growth Inhibition : CDI

隣接する細菌の増殖を阻害することにより、特定の細菌が優先的に増殖する細菌間の生存競争システムであり、数多くの病原性細菌に見出されている。

 

2)翻訳伸長因子

アミノ酸が付加されたtRNA(アミノアシルtRNAと呼ぶ)をタンパク質合成装置であるリボゾームへ運搬する因子を翻訳伸長因子(EF-Tu : Elongation factor Tu)と呼ぶ。GTPが結合したEF-TuはリボゾームへアミノアシルtRNAを運搬したのち、リボゾーム上でGTPGDPへと加水分解を受けGDPが結合したEF-Tuがリボゾームから解離する。もう一つの翻訳伸長因子であるEF-Tsは、GDPが結合したEF-Tuへ結合し、EF-TuからGDPを解離させることによりEF-Tuをリサイクルする役割がある。

 

3tRNA

転移(transferRNAと呼ばれる70-90ヌクレオチドからなる低分子RNAである。mRNA(伝令RNA)上の遺伝暗号コドンとアミノ酸とを結びつけるアダプター分子として働く。tRNA3’末端にアミノ酸が付加されてリボゾーム上に運ばれてくる。

 

4)アミノ末端、カルボキシ末端

タンパク質の末端には、タンパク質が合成されはじめる側の末端と合成が終了する側の末端があり、それぞれアミノ末端、カルボキシ末端と呼ぶ。

 

5)孔形成活性(pore-forming

細胞膜を貫通する細孔を形成すること。CDIに関わるタンパク質のうち、標的細菌の細胞膜に細孔を形成することにより、標的細胞の増殖を抑制するものもある。

 

6)アクセプター3' 領域

tRNAの末端には5’末端と3’末端がある。アミノ酸が付加されるのはtRNA3’末端であり、その3’末端を含む領域にアミノ酸がアクセプトされる(受容される)領域という意味で、アクセプター3’領域と呼ぶ。

 

7)コイルド-コイル(coiled-coil

タンパク質がコイル状のヘリックス構造をとったものが連続してつながっている部分のこと。

 
7.添付資料: 
以下からダウンロード可
http://webpark1918.sakura.ne.jp/rnabiology/wp-content/uploads/2022/03/プレス図-2022-NAR.tif

fig1
図:翻訳伸長因子による接触依存性増殖阻害タンパク質(CdiA-CT)活性化機構。標的細菌中に輸送されたCdiA-CTは、標的細菌のTuGTP:Ts複合体中のTuと相互作用し、CdiA-CT:Tu:GTP:Ts複合体を形成します。CdiA-CT:Tu:GTP:Ts複合体は特定のtRNAを効率よく認識し、複合体中のCdiA-CTtRNAを効率よく切断します。tRNAの切断により、標的細菌のタンパク質合成は抑制され、細菌の増殖は阻害されます。

プレスリリース本文:PDFファイル
Nucleic Acids Research:https://academic.oup.com/nar/article/50/8/4713/6565320